第十九話 重なる思い
期末テストが終わり、夏休みを迎えるだけの一番楽しい時だった。美咲も和明のおかげでかなり成績が上がり、ほっと胸をなでおろした。正樹の成績もなかなかのものでいつ勉強しているのかと不思議に思う。高校入学時はほとんどおなじだったはずなのに・・。廊下に張り出された上位成績者の名前を見てため息をついた。和明は相変わらず学年十位以内をキープしている。美咲とは雲泥の差だ。でも少しでも成績が上がったのは和明のおかげだと、何かお礼がしたいと美咲は考えていた。
「和明、相変わらずすごい成績だな。いったいどれだけ勉強してるんだよ。」
正樹は掲示板を見ながら横にいる和明に言った。
「別に普通だよ。でも美咲と勉強するようになって数学の成績があがったかな。教えているうちに自分の勉強にもなるから。」
「それじゃあ、俺にも教えてくれ。」
「ああ、いいよ。三人で水曜日、集まるか。」
「・・おまえ、ばかか。冗談だよ。それよりいいかげん告白したらどうだ。あの鈍い美咲にははっきり言わないと絶対伝わらないぞ。」
「いいんだ。いままで話もろくにしてなかったんだ。それに比べればすごい進展だ。昔みたいにそばにいられるだけで十分だよ。」
「おまえなぁ・・。他の奴にとられても知らないぞ。この間、相田が美咲に告白したそうだ。」
「えっ」
和明の顔色が変わり、唇をかたく結ぶ。正樹はその様子を見て大きくため息をついた。
「そんな顔をするなら、なんでさっさと自分の側につかまえて置かないんだよ。」
「・・・」
「安心しろ、相田は振られたそうだ。美咲はなにも言わないけど。」
和明は驚いた顔をして正樹に詰め寄った。
「美咲は相田のことが好きだったんじゃないのか?何で相田が振られるんだよ。」
「美咲もそうだけどおまえの思い込みも相当だな。なんでそんなこと思ってたのか知らんが、美咲が好きなのはお前だよ。それは間違いない。いいかげん素直になったらどうだ。」
和明は何か考えてじっと黙っていたが、おもむろに口を開き言った。
「・・告白するよ。美咲が好きなんだ。あたって砕けろだ。」
和明は覚悟を決めたのか笑って正樹の顔を見た。それを見た正樹も笑い返し、和明の肩を叩いた。
水曜日、いつものように美咲と和明は図書室で待ち合わせていた。美咲は今までのお礼にと和明にプレゼントを用意していたのだが、どうやって渡そうかと考えあぐねていた。話しかけても上の空の美咲に和明は苦笑して言った。
「美咲、今日はもう帰ろうか。あまりやる気なさそうだし・・。」
正樹に告白すると言ったもののどう切り出したものか和明も悩んでいた。
二人は図書室を出て、ゆっくりと家に帰るべく駅のほうへと向かった。いつもは、たわいのない話をしながらすぐに駅に着いてしまうのに今日はふたりとも気もそぞろで落ち着かなかった。
美咲はしばらく黙って和明の後ろを歩いていたがおもむろに切り出した。
「和ちゃん、これ。」
美咲はおずおずと封筒を差し出した。和明は美咲と封筒を往復して見つめた後、問いかける。
「何?」
「この間のテスト、和ちゃんのおかげでかなり成績上がった。本当にありがとう。貴重な時間割いて本当にごめんなさい。これ、私からほんの気持ちだけ。和ちゃん、あの、好きな人誘って行ってきたらと思って・・。」
「・・・。」
封筒から中身を取り出すと、遊園地のチケットが二枚入っていた。。美咲は片思いをしている和明のためにいいきっかけになるかとデートの誘い用に用意したのだ。和明は一瞬目を見開いてチケットを見ていたが、その後ゆっくりと美咲に微笑んだ。
「いいのか、もらっても?」
「う、うん。うまくいくといいね。ううん、大丈夫よ。和ちゃんの誘いを断る女の子なんかいてない。」
美咲はうれしそうな顔をしている和明を見て胸が痛んだ。誰を誘うんだろう。いや、それは自分には関係ないことだ。美咲は胸のうちを隠して笑顔を向けた。その時、信じられない言葉を耳にしたのだ。
「いつにする?俺、なるべく早く行きたいんだけど・・。」
「へ?」
「だから、いつ行く?美咲の都合のいい日にしよう。」
美咲はすぐに和明の言っている言葉の意味がわからなかった。和明の顔を見つめるばかりで声も出てこない。和明は少し困った顔をして美咲の右手を掴み引き寄せた。
「美咲と一緒に行きたい。俺の誘いはだれも断らないんだろう。・・好きだ。・・美咲は俺と一緒に行くの嫌か?」
すぐ側で聞こえる和明の不安そうな声に美咲は夢の中にいるのかと錯覚した。和ちゃんが私を好き?美咲は驚いて和明の側を離れようとしたがつかんだ手を離そうとはしなかった。
「ち、違う。和ちゃん、好きな人がいてるって・・。」
「そうだよ、美咲が好きだ。俺には美咲しかいてない。・・小さい頃、日本に来た時言葉もよくわからず心細かった俺を励ましてくれた。どれだけ心強かったか・・。お前と正樹には本当に感謝してるんだ。」
「和ちゃん・・。私も、私も和ちゃんが好き。ずっと、ずっと昔から・・。」
二人は見つめあい、お互いの瞳に映っている姿の中に幼い頃の自分達も映し出した。離れていても思いは同じだったのだ。これからも共通の思い出を作り上げていける。美咲は掴んだ手に自分の手を重ねた。お互いのぬくもりが長かった離れていた時間を取り戻そうとしている。
「I love you. There will be it much together from now on. You are my sun.」
(きみを愛してる。これからもずっと一緒にいよう。きみは僕の太陽だ。)
「 ? ! 和ちゃん、なんて言ったの? 何で英語なの?」
和明は笑いながら、困惑している美咲に言った。
「これからもずっと一緒にいよう。おまえ、頼りないから俺がいないと困るだろ。」
「か、和ちゃん!? 」
和明はいつもと同じにいたずらそうな目を向けて美咲に言ったが、顔は少し赤らんでいた。
「Japanese does not come out for joy very much. It seems to be a dream. I want to really dream.(あんまり嬉しくて日本語が出てこない。夢みたいだ。本当に夢みたいだ。)」
「和ちゃん、日本語で話して。何言ってるのか早すぎて聞き取れない。」
「ははは、I am sorry.ごめん、ごめん。つい嬉しくて・・。もう、昔のように俺から離れていくなよ。ていうか、離さない。美咲、I love you so much・・」
和明は愛しそうに美咲を目を細めて見つめている。
「僕はこんなに君を愛している。」
ゆっくり言った和明の最後の言葉に美咲は恥ずかしそうに顔を赤らめてうつむいた。夏の西日はゆっくりと傾き、いつまでも二人を照らしていた。