第十八話 相田の告白
美咲は弓道部に退部届けを出した。今まで頑張ってきたので多少の未練はあったが、自分にはあれが限界だったと思う。部長も仕方ないなと届けを受け取ってくれた。季節はもうすぐ夏を迎えようとしている。高校生活も半分過ぎようかという所だ。将来の目標が見えた美咲は後悔の残らないようとりあえず勉強を頑張ろうと気を引き締めた。和明と過ごす水曜日の放課後も慣れてきて、当たり前の日常になってきている。和明とのつかず離れずの距離が心地よくて、美咲はひとときの幸せを感じていた。
「和ちゃん、もうすぐ夏休みだね。どっか旅行とか行かないの?」
美咲はいつもと同じように水曜日の放課後和明と一緒に図書室で過ごしていた。和明は難しい数学の問題から目を離して美咲の方へ顔を向ける。
「イギリスへ父さんに会いに行ってくる。二週間ほど向こうにいる予定なんだけど・・。」
「わぁ、いいなあ。イギリスか、私も行ってみたいな。」
「美咲はどこか行かないのか?」
「夏休みは修ちゃんが帰ってくるの。もしかするとみんなでどこか行くかもしれないけど・・。」
「へぇ、修兄ちゃん帰ってくるのか。俺、長い間会ってないなぁ。」
「そうだろうね、私も会うの半年振りだもん。」
「まぁ、楽しい夏休みの前にテストがあるけどな。」
和明はいたずらそうな目をして笑った。美咲は和明の指導のおかげで数学嫌いがだいぶましになってきていた。今度のテストも以前に比べるとかなり期待できるだろう。和明はまたノートに視線を戻し問題を解き始める。二人が仲良くならんで座っているところに美咲と同じクラスの相田が入ってきた。二人を見るとびっくりした顔をして側によってきた。
「・・美咲ちゃん、いつから寺西と・・。」
「ち、違うの。私数学苦手だから教えてもらってたの。」
「でもなんで寺西と・・。おまえらいつからそんな・・。」
「落ち着けよ。俺達、小学校の時からの付き合いなんだ。正樹と一緒のな。おまえが思ってるような仲じゃないよ。」
和明はなんの感情も含まれていないような冷めた口調で答えていた。相田はそれでも疑わしい目で二人を睨んでいた。
「なんで二人なんだよ。つきあってるんじゃないんなら別に俺が入っても良いよな。」
相田は機嫌の悪そうな声をあげて二人の向かいに腰を下ろした。きまずい空気が流れている。美咲の好きなのは相田だと勘違いしている和明は、自分が邪魔だと思いこみ急に用事を思い出したと席を立った。
「美咲、ごめん。今日は先に帰るよ。相田も数学は得意だから続きを教えてもらえばいい。それじゃ。」
和明は足早に図書室を後にした。美咲は和明の背中を目で追いかけたが、すぐに姿は扉の向こうに消えて行った。
「もしかして、俺邪魔したかな。」
「え、ううん、そんなことないよ。」
「・・・美咲ちゃん、もうわかってると思うけど・・、俺、君の事が好きなんだ。もしよければ付き合ってほしいんだけど。」
相田の突然の告白に美咲は呆然としていた。以前隣の席で気安く声をかけられ、仲良くなったクラスメートにそんな対象として見られていたことにひどく驚いた。
「ごめん、驚かしたかな。俺の気持ちはわかっていたと思うんだけど。・・できれば今返事がほしいんだが。」
いつもふざけたように話す相田が真剣に美咲の顔をじっと見つめている。目を逸らすことはできなかった。かたく結んでいた口を開いて声を出そうとしたがその前に相田にさえぎられた。
「ごめん、やっぱいい。答えはわかってるんだ。」
相田は肩を落として視線を天井へと向けた。以前に偶然町で出くわした正樹と話した会話が頭の中に浮かんでくる。
*
「俺、おまえと双子の美咲ちゃんが好きなんだ。できたらおまえにも協力してほしいんだが・・。」
「・・。やめとけ、無駄だよ。美咲には和明がいてるから。あいつらの間には誰も入り込めない。」
「なんでそう言い切れるんだよ。別につきあってるわけじゃないんだろう。この間もそんなに仲がいいようには見えなかったぞ。」
「和明とは七歳の時からの付き合いなんだ。おまえに入り込める隙はないよ。」
「そんなことやってみないとわからないじゃないか。俺は真剣なんだ。そんな水をさすなよ。」
「おまえのためにいってるんだよ。・・十歳の時、美咲が階段から落ちかけた時があったんだが、和明が美咲をかばって大怪我した。美咲は気を失って覚えてないと思うが和明は大変な目にあっている。それでも美咲が無事でよかったと喜んでいたんだ。ずっと和明は美咲だけを見てきているんだ。それに、美咲も同じだよ。何でか今はお互い一線を引いているけど、あの二人の間に入る隙はないよ。あきらめたほうがいい。」
「あの寺西が・・。」
「ああ、あいつも不器用だからな。いつも澄まして勉強も運動もそつなくこなすくせに、美咲のことになるとどうもだめらしい。・・おまえが何が何でも美咲にって言うんなら、俺に止める権利はないが・・。」
相田はつらそうな顔をして正樹の方を向いて言った。
「すぐには、あきらめられない。でも相手が寺西じゃ普通でも厳しいのにそんな昔のことまでもちだされちゃ・・・。」
*
「わかっていたんだ。でも君と寺西が一緒にいるところを見て我慢できなかった。」
「相田君・・、ごめんなさい。」
「寺西が好きなんだろう。なんで付き合わないの?」
「和ちゃんには好きな人がいてるのよ、わたしなんか眼中にないわ。それに、わたしじゃ役不足。とてもつりあわない。」
「そんなことない。美咲ちゃんはとても素敵な女の子だよ。この俺が好きになったんだから。そんなに卑下する必要なんかない。もっと素直になったらいいんだよ。寺西もきっと待ってるんじゃないか。」
「ううん、ほんとに違うのよ。」
「まあ、俺は美咲ちゃんの味方だからね。きみには振られたけど、ちゃんと気持ちも伝えたしこれで前に進めるよ。はっきり振ってくれてよかった。ありがとう。」
相田はそのまま席を立ち美咲から離れていった。美術室にいるだろう正樹を探して三階へと続く階段を上っていく。部屋の奥でキャンバスに向かっていた正樹に声をかけた。
「よう、正樹。おまえ、ほんとに美術部にいたんだな。・・・それ、何の絵だ?」
正樹はびっくりして振り返った。最近は顔も見ていない珍客に驚いていぶかしげな視線を送っている。
「何か用か?」
「別に、急におまえと話がしたくなってな。」
「・・・・」
二人は廊下に出た。とても静かで何の音も聞こえてこない。
「寺西と美咲ちゃんが図書室にいるところに出くわした。お前知ってたんだろう、前からなのか。」
「ああ、美咲が和明に勉強教えてもらうって喜んで話してた。」
「そうか・・。俺、告白したんだ。」
正樹は驚いて相田の顔を見た。相田は苦笑いしながら続けていった。
「でもあっさり振られたよ。・・ほんとに寺西には何やっても適わないな。バスケもそうだし俺の得意な数学でもあいつには勝てない。そうだ、この間のバレーボール大会でも負けちまった。あげくに本気になった女の子も寺西の大切な子だったんだ。あいつ、俺になんか恨みでもあんのかって言ってやりたいよ。」
「そうだな。お前の気持ちはわかるよ。でも和明も同じ様に思ってんじゃないか。ずっと見てきた子が他の奴に横取りされそうだったんだから。」
「まぁ、そうだな。でも、お前の言ったとおりだ。あの二人の仲は割かれないよ。二人でいるところ見てわかった。同じ空気がしている。ほんとにお似合いだと思ったよ。さっき図書室では意地悪したが、これからは応援してやりたい。美咲ちゃんのためにも・・。」
「大丈夫か?」
「まぁ、ちょっとつらいけど仕方ないな。・・お前には一言言っとこうと思って。」
相田は正樹の邪魔をしたと一言わびると廊下を反対の方へと歩き出したが、振り返って言った。
「おまえ、絵の才能はないな。早めにやめたほうがいいんじゃないか。」
「・・大きなお世話だ。」
正樹は力なく去っていった相田の背中を消えるまで見送っていた。