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第十七話 行き違う思い

「へぇ、やっと付き合うことになったのか。よかったな。」


正樹は顔色ひとつ変えずに嬉しそうに話す美咲に言ってのけた。


「はぁ?誰が付き合うって言ったのよ。一緒に水曜日の放課後、和ちゃんと勉強するって言ったのよ。」


「だから付き合うことになったんだろう、昼休みにやっとお互い気持ちを伝えたんじゃないのか?」


正樹は怪訝な顔で美咲の顔をのぞきこんだ。昼休みの後、和明と待ち合わせの約束をしたことが嬉しくて、授業そっちのけで舞い上がっていた。美咲は家に帰り、正樹の顔を見るなり和明と交わした約束の話しを聞かせていた。二人を引き合わせた正樹はこれでやっとくっつくだろうとたかをくくっていた。しかし、状況は正樹の想像を遥かに下回っている。お互いあれだけ思いあっているのに上手くいかないのはなぜなのか、見ていてじれったいのにも程がある。


「和ちゃん、他に好きな人がいてるのにわたしなんか相手にするわけないじゃない。」


「じゃあなんでわざわざ自分の時間削ってまでおまえに勉強教えるなんて言うんだよ。和明だってそんな暇なやつじゃないだろう。」


「・・幼馴染のよしみで成績の悪い私をかわいそうだと思ったのかもしれない。だいたい正樹に数学の問題聞いても自分で考えろって言って教えてくれないじゃない。悪いのは正樹よ。」


「はぁ?なんで話がそっちに行くんだよ。・・おまえと話してても埒があかない。」


正樹は美咲と言い合った後、部屋に戻り宿題をはじめた。正樹は高校に入ってからも地道に勉強を続け成績もかなり伸びてきていた。そろそろ将来のことも見据えて進学先も考えなければならない。長男である修司が父親と同じ医師を目指しているため、次男の正樹は別に好きなことをすればいいと堅苦しい束縛は何もなかった。けれども、父親の仕事のせいか病気で苦しんでいる人を助けてあげたいと最近切に思うようになっている。やはり自分も医学の道に進もうかとかなり真剣に考えるようになった。


「まあ、何にせよ、勉強するしかないか。」


正樹は難しい数学の参考書相手に夜更けまで机に向かっていた。


和明と一緒に勉強する水曜日がやってきた。美咲は一年の時から頑張ってきた弓道部をやめようと決めていた。自分なりに精一杯頑張ってきた。次は大学進学という大きな目標が定まったため、それに集中しようと決めたのだ。また、ずっとやめていたピアノを始めようかと思った。この間久しぶりに触れた鍵盤の感触がとても心地よかった。自分の演奏が好きだと言った和明の言葉がとても嬉しかったのだ。


図書館の奥の席に座り、美咲は今日習った数学の公式をノートに書き出していった。レベルの高い授業で、美咲は毎回当てられやしないかとひやひやしながら数学の授業を受けていた。難しい問題を前にして知らず知らず大きなため息が出てしまう。


「どうしたんだ?」


端正な顔の薄茶色の瞳が美咲の顔を覗き込んだ。


「う、うわぁ、びっくりした。突然現れないで。」


「約束してただろ、少し遅れたかな、ごめん。」


和明は美咲の隣のいすを引き、座った。すらりとした手足が美咲とは全然違うものだと距離が近いせいか妙に意識してしまう。和明はかばんから筆箱とノートを出し、ペンで何か書き付けていった。男の子の大きな節くれだった手に美咲の視線が集中した。


「?」


和明はノートに落としていた視線を美咲の方に向けていった。


「美咲、俺なんか変かな。」


美咲ははっとして、目を逸らした。


「ご、ごめん。和ちゃんの手、きれいだなと思って・・。」


「きれい?・・どこが・・」


和明は不思議そうな顔で手を上に掲げ開いてみた。別に普通の男の手だ。


「なんかペン持ってるところがきれい。」


「美咲、面白いこと言うな。きれいだなんてはじめて言われた。」


人気の少ない図書室で二人はひと時の楽しい時間を過ごしていた。美咲はわからない問題を指し示し、和明は難なく解いてわかりやすく説明していった。小学生の頃、夏休みの宿題をなかなか終わらせなかった美咲と正樹に親身に教えていた子供の頃の和明と重なってくる。そういえば昔から優等生だったなあと和明のことを思い出した。


「和ちゃん、本当に頭いいね。大人になったらどんなことしてるんだろうね。」


ふと、和明の将来はどうなのかと気になった。自分の夢は定まったが、和明の夢はなんだろうと興味がわいてきた。


「さあ、まだわからないな。やりたいことはたくさんあるけど、まだはっきり決められないんだ。」


和明は笑いながら、また違う問題を解くように美咲に提示してきた。放課後の図書室は静かで、話し声もほとんど聞こえない。あっという間に時間は過ぎて窓から西日が差し込んできた。


「そろそろ、帰ろうか。俺、ちょっと用事があって・・。美咲、悪いけど気をつけて帰れよ。」


一緒に帰れると思っていた美咲は少し落ち込んだが、自分のために時間を割いてくれた和明に礼をいい、図書室前で別れた。美咲は下校しようと人気のない階段を下りて、正門に続く廊下を進んでいった。その時、たまたま忘れ物に気づき、どうしようか一瞬悩んだが、やはり取りに行こうと自分の教室に向かって歩き出した。だれもいない教室は少し不気味で早く帰ろうと足は自然に早足になっていく。その時、ある教室のほうから話し声が聞こえてきた。美咲は無視して通り過ぎようとしたが、その一人が和明だとわかり美咲はびっくりして教室の中に視線を向けた。向かい合っているため、相手の女子生徒の顔はわからない。


「これだけ言っても聞いてくれないの、やっぱりあの子のことが好きなんでしょう。」


「ごめん、本当に今はだれとも付き合う気はないんだ。」


「じゃあ、なんであの子とは一緒にいてるの?この間も自転車で一緒に登校してたじゃない。」


「違う、そんなんじゃない。美咲は全然そんな関係じゃないんだ。」


和明のはっきりとした否定の声を聞き、美咲はショックで立ち尽くした。さっきまで一緒にいた楽しい時間で、もしかしたらとかすかな期待があったのが打ち砕かれた。美咲は気づかれないようにゆっくりとその場を離れ、家に帰った。


「でもこの間会った時もずっと沢中さんの方見てたでしょ。」


「君には関係のないことだ。だいたい美咲には別に好きな人がいてるし、どっちにしても君とは付き合えない。いいクラブの仲間のままやって行きたいんだ。ごめん。」


前からずっと言い寄られていたマネージャーの藤井理沙だった。勝気な性格でなんとしても和明の心を射止めようと頑張ってきたが、どうしても「うん」と言わない和明にしびれを切らし、呼び出したのだ。理沙は泣きながら教室を出て行った。


美咲はとぼとぼと校門を潜り抜けたところで走ってきた理沙に出くわした。泣いていたのか真っ赤になった目を見開いて美咲の顔をじっと見ている。


「あなたのせいよ。あなたがいるから・・」


理沙は美咲にそういい捨てると走っていってしまった。美咲はいきなりのことで訳がわからず呆然としていた。教室で和明と話していたのはこの間ハンバーガー店で会ったマネージャーの人だったのかとなんとなくそう思った。私のせいとはどういうことなんだろう。いくら考えても答えは出てこなかった。

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