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食品添加物って、ヤバいわ。



 私は別に健康オタクという訳ではないけれど、食品添加物が身体に良くないのはまぁ、付け焼き刃ではあるものの勿論知っていた。


 慣れてない人間に大量に与えたらアレルギーとか出るらしいっていうのも聞いたことはある。だけど、まさか美少女と見紛う美少年が厳ついオッサンに超進化すると思うか? 


 ――いやいやいや、しない、絶対。


 いくら今までミルクとクッキーの純粋培養だった美少年だとはいえ、菓子パンとスナック菓子を与えたからと言っても、半年でこんな恐ろしい進化はするまい。


 そもそもたかがそんなことで毛根が死滅するとは考え辛い上に、ずっとジャンクフード食べてる子供は切れやすくなるとは聞いていたけど……性格も絶対凶悪になってるぞ?


 順法精神が異世界とやらの住人にあるのかは知らないけれど、他人の家に不法侵入してる時点でアウトだろう。


 油分なの? 


 酸化なの? 


 塩分、香料、甘味料? 


 異世界の妖精さんはどこまでか弱いんだ。こちらとしては私の乱れた食生活のせいだと考えたら、少し罪悪感すらあるぞ。


 あり得ないし……そもそも先の言葉を翻すのが早いのは分かっていても、あの一から十まで怪しい話を鵜呑みにするお人好しがいたら驚く。


 私の仕事柄から言っても、社会の常識から言っても、即通報することをお勧めする案件だ。


 とは、思いつつも――衝撃の出逢いからもう一月が経とうとしていた。


 どれを丸ごと無視したとしても、今日も今日とて目の前のマッチョの作る飯は旨いし、部屋は綺麗に片づけられていて居心地が良い。


 布団はいつもフカフカだし、バスタオルもいつの間にかあの香りがキツすぎる洗剤から、ナチュラルな香りの物に落ち着いてるし。


 そもそもブラウニーの家事力を舐めてたなぁ……。現代人の私より遥かに早く掃除機も洗濯機も、アイロンさえも使いこなすようになってしまった。


 最近では一緒に夕飯の買い出しに行けば、近所の奥様方と夕飯の献立で盛り上がったりしているし……実に恐るべき順応力である。


 このハイスペックなオッサンを失ってしまった家は今頃相当に困ってるだろうな。同情は全くしないけど。


 給与不払いは万死に値する! しかもそれが食料だとリアルに死に直結するだろうが。今の見た目ではなく、以前の見た目の時に飯を抜くとか信じられん。


 ――エグい性格の人間がいるもんだな、異世界とやらは。


 一人暮らしは自由気ままだったけれど、その分生活が荒れやすいのが欠点なんだよな……。


「あ、そっか。この部屋の真下の部屋、確かに結構前から誰も入ってないよな。それじゃあ私が気付くまでの半年間、一階のベランダから室外機のドレン伝ってこの部屋に上がってきてたのか――?」


 今日はここへの進入経路を酒のツマミに、マッチョ・ブラウニーお手製の絶品シーフードカレーを頬張っている。エビの背わたもしっかり取って背割りもしてあるから柔らかい。


 うん、色とりどりのサラダも付いて理想的な食事バランスである。


「おぅ、そうだ。ちょうどアスカは少しでも日中の気温の高い日は、寝る前にベランダの窓を少しだけ開けていたからな。余裕で忍び込んで作業が出来たぜ。それに途中からは身体がデカくなったから、そんなことしないでもベランダの柵に手を引っ掛けて一発よ」


 ――今の会話のどこに胸を張れる余地があるのか甚だ疑問だ。あと後半からは懸垂で登ってきたのか……。


 深夜の犯行とはいえ、防犯意識の甘さに我ながら呆れる。


 呑気に訊ねて良い内容の会話ではないと感じつつ、最近はこうして一緒に食事をとれる時に今までの怪しい生活を聞き出しているのだけれど……良く今までお巡りに捕まらなかったな、コイツ!?


「じゃあ、ここに進入できるようになるまではどうしてたんだよ? 半年も期間があったなら、いくら暑がりな私だって窓閉めてただろ。食べ物とか、着るものとかさ」


 缶ビールをコイツが来てから使うようになったグラスに注いであおる。今までの生活だと滅茶苦茶な職場から、半死半生で帰ってきたらグラス一個を洗うのすら面倒くさかったのだ。


 ちなみにそんな私の仕事は泣く子も黙るブラック職業……範囲の広い意味での“警備員”である。


 どういうことかと言うと、ゴルフのツアー会場の警備から、商業ビルの地下街から最上階までの警備、はたまた物流倉庫の警備であったり、深夜の工事現場の警備であったり。


 何の偶然が重なったのか――異世界空間のポケットからコイツを助けてしまった遊園地の中にあるアトラクション周辺の警備であったり……と。


 会社から言われた派遣先に飛んで行き、酷い時は不衛生な仮眠室とネズミが足許を走るシャワールームのある本社ビル(笑えよ)で、一週間近く生活を拘束される。


 ――どこも人手不足でなり手もいない。その分、給金は悪くないけど、使う暇が全くないのだ。しかも“一日休暇”と称される休みは会社から帰る時点から換算されるので、実質半ドンである。


「何だそんなことか。食べ物はアスカがいつも決まった日に透明な袋に詰めて出していてくれたじゃねぇか」


「え?」


「着るものだってたまに近所の人間が出してたぞ。ちゃんと袋に入れて」


「ん?」


「住処はこの近所にある変な生き物の形をした洞窟があったからな。そこで生活してた同士に“だんぼーる”だったか? あれを分けてもらって寒さを凌いでたぜ。意外に何とかなるもんだよな!」

 

「ちょ?」


「それにこの辺りには早朝の玄関先にミルクが置いてあることがあるんだが、あの家の人間にまだ手伝いを頼まれてねぇんだよな。心が広いぜ……」


「はぁ?」


 嘘吐けよ、どれを取って繋ぎ合わせたとしても絶対何とかならないやつだろそれ。何でか普通ゴミの収集日と資源ゴミの収集日を把握してたのはそれでかよ。


 完璧にストリートなやつじゃん! あと何うちの近所でサラッと窃盗かましてんだこのハゲ!


 そしてよくよく考えたらもう少し小さい……というか元のサイズに近い時に見つけていればこのかさばるオッサンではなく、省エネスペースで生活できたのではなかろうか?


 釈然としない気分になって思わず無言のまま、ただただシーフードカレーを口に運ぶマシンと化していた私の耳に――ポツリと。


「それになぁ――ただ遠くからでもアスカの姿を見て、アスカと同じ物食って、同じ世界にいられるってだけでもよ……俺はあっちの世界にいた時よりもずっと “幸せ”だったんだよな」


 私はグラスに残ったビールに手を伸ばしかけて、つい。


「お、どうしたアスカ? おかわりか?」


 つい、何だかそのごっつい手を握ってしまった。私は嬉しそうな顔をしてカレーのおかわりを勧めてくるこの厳ついオッサンに、同情ではないものを感じて見つけ出してしまう。


 ……やれやれ、参った。ノラの動物ってのは、一回でも家に上げちゃうと情が移るんだよな。


 一人暮らしが長いと慣れるそれは、一度でもそのリズムを乱されると急に平気でいられなくなるものだ。


 慣れれば思い出せなくなって、思い出せば忘れられなくなるもの。


 ――その名は【孤独】だ。


 あと一週間程で暦の上では秋が来る。


 今の服装では夕方から肌寒く感じる季節になる。


 そうなったらこの卓袱台だってコタツとして使用することになるだろうし、晩酌のお酒も缶ビールから熱燗の季節になるのだってすぐだ。


「あぁ、それとも缶ビールのおかわりか?」


 空になりそうなグラスに視線をやったハゲが私の手をちょっとだけ撫でて解き、気を利かせて新しいビールを取りに行こうと腰を浮かせかけた。


「いや、良いから、ちょっと座れってば。話しておきたいことがある」


 私はその腕をむんずと掴んで再び座るように促す。元の顔立ちのままなら可愛らしかったであろう、小首を傾げるポーズが激しく気持ち悪いが今は気にしない。


「何だ、どうした? 腹が痛くなったんなら、この間買っておいた胃薬でも飲むか?」


「いやいや、アンタの中で私はどんだけ食いしん坊キャラなんだよ」


「じゃあ何だ? 味に飽きたなら何か別に一品作るか?」


「だーかーらー、食いしん坊キャラから離れろってば。大事な話なんだから真面目に聞け」


 ペシッとそのツルツルの額を叩いてようやく浮かせかけていた腰を下ろす。目の前で窮屈そうに背中を丸めて私の顔を覗き込む。彫りの深くて濃いオッサン。


「……次の休みにオマエ用の布団とか、下着とか冬服買いに行くから、な」


 私の言葉に小さく息を飲む音が聞こえる。


「当日の荷物持ち――デカくなった身体を無駄にしないで頑張れよ?」


 直後に抱きついてきたその巨体を、殴るか投げ飛ばすか、迷った挙げ句。


 ビールとカレーが載ったままの卓袱台の存在のせいで、その分厚い背中に手をあてて、上下にさすってやるしかなかった。




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