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あの日、俺は女戦士を見た。



 仕事から戻ったアスカは、何と俺の為に貴重な給金をはたいて服を買って来てくれた。


 感動で震える俺に奇妙な形の服の着方を教えてくれ、着替えた俺を見てぎこちなく笑うとこが――良い。笑いなれない感じがグッと来るな。


 そんな表情をされると、初めて逢った日を思い起こさせるぜ。輝くような笑みに思わず胸が高鳴った。


 アスカはおよそ女らしくない肉付きに乏しい身体つきをしているが、それは彼女が女戦士だからだ。


 短く切りそろえた少年のような黒髪と、よく日に焼けた浅黒く引き締まった肌はオニキスを思わせる滑らかさ。目は鋭くやや三白眼気味だが、それが全体の雰囲気をより引き締めている。


 まだじっくりと眺めていたかったが、朝の約束通り俺がここにやってきてしまった経緯を語って聞かせなくちゃならんしな。


 俺は残念だったがアスカの観察を切り上げ、今朝と同じように小さな食卓を囲んで、彼女が持ち帰った食事を食べながら話そうということにした。


 俺が話せば話すほどアスカの表情がひきつっていく。


 当然俺の話の内容が信じられないのだろうが、それでもアスカは途中で遮ることもなく俺の話を最後まで聞いてくれた。


「ほ、ほぉぉ……それじゃ何? オッサンは元々こことは全然違う文化圏の世界からある不運な事故で飛ばされてきて――困ってたところを私に助けられたから、その恩返しをしようと跡を付けてきた、と」


 そう言って頬をひきつらせながら、昨夜俺にも分けてくれた、彼女の好物である“缶ビール”なる飲み物を一息にあおった。


 この“缶ビール”を飲んだのは昨夜が初めてだったが、まぁ、こうしてアスカと向かい合って飲むとまた格別な味だ。


 昨夜は昨夜で一人で飲んだものの、喉ごしが良い変わった味の水でしかなかったのに不思議なもんだぜ。


「いや、もう何から突っ込んだら良いか良く分からないから詳しくは聞かないけどさぁ……私がアンタを助けたってのは気のせいだと思うんだけど? 私は記憶力がそう良い方じゃないけど、さすがにここまで目立つ濃い見た目の外人を忘れたりしないって」


 アスカはやや赤くなり始めた目をこちらに向け、カツンと硬質な音を立てて食卓の上に空になった“缶ビール”を置く。


「あぁ、そのことなら心配ねぇぜ。むしろ分からなくって当然だ。何せ俺が初めてアスカに出逢った時とは、全く姿形が変わっちまったからな!」


 ガサガサと音のする中が銀色の袋から薄い芋を揚げた“ポテトチップ”なるものを摘まんで口に放り込む。


 パリパリと軽い食べ心地の塩辛い芋はなかなか癖になる味わいで、これを再現できねぇもんかとブラウニー心が刺激される。


 しばらくアスカは無言のまま“缶ビール”を流し込み続けるので、俺もそれにならって無言のまま“ポテトチップ”を食べ続けた。


「――どこで?」


「ん? 何がだ?」


「いや、話の流れ読めってば。私がアンタを助けたのってどこよ?」


 どうも無言の間、ずっと考え続けていてくれたらしいな。生真面目な性格なとこも、前の世界の糞主人より断然良い。


「あれは確か、街に食べ物を探しにさまよい出た日だったか。ずっと向こうに城があって……そうそう、街娘や非番の兵士が城下町である祭りみたいなのに興じて馬鹿騒ぎしてやがった。俺達ブラウニーは本来人目に付かねぇことが鉄則なんだが、俺は空腹からフラフラ街に出たんだ」


 今となっては忌々しい記憶でしかない世界の出来事とはいえ、俺の気分は今までの浮かれたものから一転、陰鬱なものになった。


「あの日、俺は長年仕えていた屋敷の――代替わりした若い主人の使いをこなしたのに、約束の褒美をもらえなかった。もう何度目だったか分からん。そんなことはもうしょっちゅうだった。俺はとにかく腹が減っててな……迂闊にも妖精狩りの連中が接近してきたことに気付かなかった」


 不意に強い視線を感じて知らず俯いてた顔を上げると、アスカの三白眼気味の目がジッとこっちを見ていた。手にしている“缶ビール”はまだ中身があるみたいだが、チャプチャプと軽く揺するだけで口にしない。


 “そんなところも誠実で良いな”と感じたりしながら、俺は話を続けた。


「妖精狩りってのは名前の通りの連中で、魔力のある魔導師崩れみたいなのが多いんだ。普通は姿の見えないはずの妖精が見える。それがまた質の悪いことに、俺みたいに主家と縁が薄れかかってる奴を狙って捕まえて、よその屋敷に転売するんだよ。……俺達はもう昔よりだいぶ数が減ったからな」


 古い屋敷にしか住み着けない俺達のような屋敷妖精は徐々に数を減らしていて、いつの間にかかなり希少な品種になっていた。口の端だけで笑って見せると、アスカは何故か手にした“缶ビール”を握り潰そうとしている。


 目がギラギラと獰猛な光り方をしていてちょっと怖ぇな……。


「何より最近では屋敷の住人の世代交代が進んで、昔から居着いていた妖精を大切に扱わなくなっちまってからは、段々と力が衰えて自然消滅しちまう仲間も増えた」


 チラチラと視界の端でアスカの様子を窺いながら話を続ける。何せ中身の入っているそれをペキパキ鳴らしながら凄んでくるから、自分が脅されてるような気分になるな。


「俺は街の人間が馬鹿騒ぎしてる間に路地に入って、開いてる勝手口から少しくらい食べる物をもらおうかと思ってたんだがなぁ……そこを運悪く奴等に捕まった。で、こりゃもう駄目だなって時に――アスカ。お前が飛び込んで来て助けてくれたんだ」


 急に後ろから腕を掴まれたかと思ったときには、もう逃げ出せる期を逸していた。捻り上げられた腕に隷属の腕輪をはめられるところだった俺の目の前に、突然見たこともない装いに身を包んだ華奢な背中が割り込んで――。


「あっという間に三人いた妖精狩りの連中を投げ飛ばした。そしてそのまま俺を抱え上げたかと思ったら、脱兎の如くそこから走り出してあいつらをまいちまったんだが……どうだ、憶えてねぇか?」


 あの時の映像が、今でも脳裏に焼き付いて離れない俺はやや身を乗り出してそう訊ねる。


 小柄な人影が一瞬屈み込んだかと思うと、上背だけでも頭二つ分は大きな男達があっさりと宙を舞った。綺麗な放物線を描いてゴミの山に突っ込んだ妖精狩りの連中の顔は――見ものだったぜ。


 アスカに抱えられて逃げる途中で、何か薄くて弾力のある“膜”みたいな物を突き破ったような感覚を感じた気もするんだが……詳細のほどはよく分からない。


 もしかすると何かしら妖精狩り連中が作った空間の“歪み”か“捻れ”みたいな物だったのかもしれん。


 ただ俺としてはそんなことよりもあの日の恩人を前にして、つい饒舌(じょうぜつ)になってしまう。


 しかしそんな俺の目の前で、ついにアスカの手が中身が残ったままの“缶ビール”を握り潰した……!


 しかし、飛び散る白い泡と黄金の飛沫に目を驚きに見張ったのは何も俺だけではなかった。


「……は? いやいやいや、嘘でしょう!? その嘘は駄目だ、許容出来る範囲を超えすぎてる!!」


 突然血走った目でそう叫んだアスカは、俺の方に身を乗り出すと握り潰した“缶ビール”の残骸を突きつけて、完璧に思い出してくれたと断言できる一言を高らかに宣言した。


「あの日、私が遊園地のアトラクションの影で質の悪そうな連中から助けたのは、金髪の小柄な外国人観光客の美少女で、断じてアンタみたいな筋骨隆々のスキンヘッドなオッサンじゃない! しかもあの子とは遊園地の迷子センターに行く前に別れたんだ、デタラメ言うな!」


 あの時は別れたと言うよりは、まだ妖精狩りの連中が追いかけてきそうな気がしていたからその場しのぎの嘘を吐いて、知らん親子連れにくっついて行っただけだ。


 しかし“ゆうえんち”だとか“アトラクション”が何を指すのかは分からんが、俺はアスカがあの日の出来事を思い出してくれたことが嬉しいあまり食卓を飛び越えて、今となっては俺よりも華奢になったその身体を抱きしめたはずなんだが――。


 何故か次に俺が目覚めたときには外はすでに明るく、アスカの姿は部屋のどこにもなかった。


 代わりと言っちゃ何だが……やけに痛む後頭部と、昨夜のまま放り出されたゴミの山を前にして――。


「こいつはブラウニー魂がたぎるじゃねぇかよ」


 そう一人、手近に転がっているベコベコにへこまされた“缶ビール”の残骸を拾い上げる。


 任せておけアスカ。その信頼に応えて、俺はこの腐海を清め切って仕事で疲れたお前を最高に清潔な部屋と栄養満点の食事で出迎えてやるからな!



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