◆プロローグ◆
夜中に寝苦しさを感じて起き出した。長年愛用して秒針の吹き飛んだ目覚まし時計を確認すると、まだ起床時間まで九時間も残っている。
普通に考えれば水でも飲んで寝直せば良いようなものだけれど、生憎私にはアルコールの血が流れていた。
寝酒が足りなかったに違いないと結論づけた私は、夏場の寝間着、三枚で税込み千円のショーツにカップ付きキャミソールという、世の中の乙女が激怒しそうな出で立ちで狭苦しい台所へと向かおうと安いパイプベッドを中で伸びをした。
ギシギシ、ミシミシと喧しく軋むベッドは田舎から出てきた時に、取り敢えず当面はこれで――と思っていたものを愛用し続けて早七年目に突入していた。
老後を考えて無駄なお金を使いたくないのは勿論のことだけれど、単純に仕事が忙しくて買いに行く暇がないのだ。
築四十三年の古いアパートの一室。台所なんてごたいそうな代物ではない、むしろ今どきガスコンロではなく電熱線コンロな所がまた度し難い。しかも一口だけ。
そんな装備で何が出来るんだかとは思うものの、かといって自炊をするような性格でもないので精々トーストを炙り焼きするぐらいだ。
床の面積が少ないので家具もあまりない私の城は、七年目にしてまだ越してきたばかりのような状態である。
窓にかけてあるカーテンもケチって遮光性のない物にしたので、表の街灯の明かりで室内はぼんやりと明るい。今夜のように夜中におきてしまった時は、照明要らずで便利ではある。
――が、しかし。
最近そんな我が家で時折妙なことが起こることがある。
例えば、休日に食べようと買いだめしておいたスナック菓子や、朝食用に買っておいた菓子パンなどがなくなっていたり、冷蔵庫の中にあった賞味期限の五日過ぎたもう捨てようと思っていた牛乳がなくなっていたりといったようなことがままある。
まぁ、単に私が寝ぼけて食べたり飲んだりした可能性がかなり高いので、あまり気にすることでもない。
しかし、ふと思い至ってみると今日もそうだ。
私は確かとんでもない職場の、とんでもないスケジュールをこなして、 約三日ぶりにこの部屋に帰ってきた。
明日は半日休みをもぎ取って、翌日からの激務に備えるべく帰宅して早々に会社の制服を脱ぎ捨ててこの姿になり、帰りしなに大量に買い込んだお酒やおつまみをコタツにもなる卓袱台に広げて一人酒盛りをしていたはずなのに――。
一体あの泥酔した状況から、いつの間に私は安いパイプベッドに寝に行ったんだろうか? そもそも風呂に入ってないのに何でベッドに入ったし。
そして、だとしたら建て付けの悪いこの引き戸を開けた向こうには、どんな地獄絵図が待ち受けているのだ……。
深夜の片付けをしなければならないことにゾッとしつつ、だらしのない生活をしている自分の責任だからと腹を括って引き戸を開けた。
夏場だからゴキ○リの一匹や二匹はいるかもしれないが、女は度胸。
引き戸を開けた私は流れるような動作で壁の照明スイッチを押して……そこにいた、ここに絶対いてはいけない生き物を見つけて叫んだ。
――いや、正確には叫ぼうとした。
「~~~~~っっっ!!?」
大きく息を吸い込んだ私が声を上げるよりも早く、そのここにいてはいけない生き物によって口を塞がれた私は、やけに深く響く渋い声で耳許にこう囁かれた。
「あぁ、お嬢……ついに見つかっちまったな」
絶対いてはいけない生き物――それすなわち、変質者と人は言う。
「そんなに熱い視線で見つめられると照れちまう。良い子だから、俺がここを片付けるまで騒がないでくれよ?」
そんじょそこらの変質者とは格の違う変質者に、私は何度も頷く。
水色と白のストライプ・トランクスに真っ白なタンクトップを着た、海外映画の超ド派手なアクション映画、エクス○ンダブ○ズのハゲ、ジェイ○ン・ステ○サムに似た謎のマッチョ・ダンディーは私の答えに満足そうにニヤリと微笑んで――。
何とそのまま市の指定ゴミ袋に、私の酒盛り後のゴミを丁寧に分別してくれ始めたのである。
私は寝ぼけているんだ。きっとこれは疲れからくる夢に違いないと思いつつも……他人様に自分の散らかした部屋の片付けを任せるのが忍びなくて、一緒に片付けことにした。
私が横でゴミを片付け始めたことに何故だか目を丸くした変質者は、目が合うとさっきのニヒルな笑みではなく、どこか照れ臭そうに微笑んだ。
筋肉質な外人のオッサンが微笑むと少年のような可愛らしさが垣間見えるの何でだろう? とかどうでも良いことを考えながら。
築四十三年のアパートの一室で深夜二時。下着姿の良い歳をした男と女が仲良く掃除をする夢を見ました。