七 「私を見て」
「隣、いいですか?」
ふわっと広がった白いフレアスカートが、ドラマチックに翻った。引き締まったウエストが、きゅっと細く見えている。ふわりと花弁が広がるようにして、優雅に椅子に座った。微かに漂ってくる香水の甘い香りが、異性に魅力を惹きつけている。
存心館食堂で、青山和彰はドキリとして見惚れている。それは青山のお気に入りの女の子の服装だった。腰でくびれ、膝丈で広がるスカートが可愛かった。
いつものように壁際で、田岡麻梨に監視されながら食事をしていた。麻梨は相変わらず、法学部の男子学生たちと、賑やかにランチを楽しんでいた。
しかし、青山の隣に座った女の子が、麻梨との間に割って入っていたのだった。目を釘付けにする為に、わざわざ青山の好きな装いで登場した。
「こんにちは、アオ」
青山は戸惑った。アオと呼ばれていたのは、中学生の時だったからだ。それもごく親しい友達だけが呼んでくれていた。
「えっと?」
青山は初対面の人の顔を凝視できない。ちらりと盗み見るのが、精一杯であった。
「藤波愛真だよ。アオは、エマって呼んでくれていたよ」
「えっ、中学で一緒だったのかな?」
そう言いながら、青山は麻梨を気にしている。愛真越しに、麻梨の様子を窺った。案の定、睨み付けるようにして形相が変わっていた。
「私を見て。アオは私をちゃんと見てくれていたよ」
「ごめん。覚えていないんだけど」
「キミは青山和彰くん。畷中から南寝屋川高校へ行ったよね。アオのことなら、何でも知ってるよ。試してみる?」
にっこり笑う愛真に、青山は次第に惹きつけられている。青山のお気に入りを攻められ続けているから、男としての砦は一溜まりもなく落ちてしまった。
「さぁ、私を見て。アオは私をちゃんと見なくちゃいけないの」
惹き込まれるように、青山は愛真の瞳を見た。温かく優しい輝きを持つ瞳だ。一瞬のうちに、青山は安らぎを感じてしまった。
「行こう。アオは変わらなくちゃいけないの」
魔法の呪文が、青山に掛けられている。不思議なことに、何がという疑問さえ起こらない。幼馴染のような親しさが、とても心地良かった。
理工学部の校舎が並ぶキャンパスは、奥へと進んで行ったところにある。愛真が青山と並んで歩いていると、校舎の陰で、愛真の予想通り麻梨が現れた。
「お前は何のつもりなの。私の彼氏に手を出して、ただで済むと思っているの」
麻梨がいきなり近付いて来ると、愛真は太腿にチクリと痛みを感じた。麻梨の手にカッターナイフが握られている。
「お前が誰だか、知ってるよ。法学部の藤波愛真だよね。私の男たちが、お前のことを噂していたから、ずっと気に入らなかったんだよ」
チキチキチキと音を立てて、麻梨はカッターナイフの刃を長く出した。
「バイバイ、藤波さん」
愛真の首筋に刃を当てた。醜悪な表情の麻梨へと変貌している。悪魔に取り憑かれたような形相は、もはや人ではなくなっている。右手をさっと引きさえすれば、愛真の首からは鮮血が噴き出るばかりであった。
麻梨は、校舎の壁に愛真を押し付けて、その瞬間が来るのを待った。恐怖と絶望と死に対する悲鳴だ。どんな人間でも、その時は顔を歪ませるものだ。その表情が堪らないほどの快楽だった。
だが、その瞬間が一向にやって来ない。
愛真は、麻梨を睨みつけたまま、泰然としている。恐怖で動けない様子ではない。むしろ落ち着いて麻梨を見据えていた。
「何、お前。悲鳴を上げないの」
そう言って怯んでしまったのは、麻梨のほうだった。カッターナイフを外すと、鼻を鳴らした。
「面白くない奴だ。青山くん、行くよ」
「はい」
忠実な下僕のように、青山は従った。ちらりと振り向くと、愛真が膝を抱えて座り込んでいるのが見えた。平然としているようだったが、やはり怖かったのだなと青山は理解した。
麻梨には逆らえない。逆らえば、殺されるだけだ。青山は、これで愛真は諦めたと思った。自分に近付いて来て、何をしようとしていたのか分からないが、これで平穏に戻ったと感じた。
青山は、散々麻梨に弄ばれた。購買部から、ペンを万引きして来いとか、通り掛かりの人から金を強請れとか、とにかく無茶苦茶だった。愛真のことに、よほど腹を立てていたのだろう。
夜遅くに学生寮に戻った青山は、愛真とのことを思い返していた。
アオと呼ばれたのは、久しぶりだった。中学生の頃は、毎日が楽しかった。何も不安がなく、幸せが続いていた。それなのに、今は犯罪者になってしまった。それを誰かに知られると、青山は破滅だった。
「アオのことなら、何でも知ってるよ」
突然、愛真の声が聞こえた気がした。何でも知っているって、どういう意味だろうか。犯罪のことを知っているのだろうか。
「アオは変わらなくちゃいけないの」
そんなことは分かっている。だが、将来を失くすと思うと、怖くて何も出来ない。麻梨が証拠写真を持っている。何故そうなったのかは、分からない。考えることを止めてしまってからは、第二の殺人事件の共犯になってしまっていた。
ベッドに潜り込んで、目を閉じていると、闇の奥に温かく優しい輝きが現れた。愛真の瞳だ。
「私を見て。アオは私をちゃんと見なくちゃいけないの」
愛真は救いに来てくれたのだろうか。もし、そうだとしても、もはや遅過ぎる。麻梨が刃物で脅してしまったのだから、その救いの手は絶たれてしまった。
翌朝、以学館食堂で青山は、朝食を摂った。もうすぐ麻梨の登校時刻だ。絶対に迎えに行かなければならない。それが青山の服従の証だった。機械仕掛けのように食べ物を口に運んで、咀嚼するだけで、食事を楽しむことなどあるはずもなかった。
「おはよう、アオ。探したよ。でも、そのシャツのお陰で、すぐにアオが分かったよ」
青山はボーダー柄のシャツを好んで、着ていることが多い。この日は、白地に紺のごくありふれたものを着ていた。それが目印になったというのだろうか。
それよりも、信じられないことがある。何故、愛真が目の前に立っているのだろうか。しかも昨日のことが嘘のように、笑顔で挨拶をしていた。
「どうして?」
「私を見てと言ったでしょう。だから、アオは私だけを見て」
「でも、行かなくちゃ」
「アオは、もう存心館には行ってはいけないよ」
それは麻梨に会いに行くなと言っているのだ。だが、それをすれば、麻梨は証拠写真を公開するかもしれない。青山は犯罪者として、逮捕されてしまう。
「駄目だ、出来ない」
逃れられない呪縛に青山は、頭を抱え俯いてしまう。だが、愛真はその青山の腕にしがみついた。
「アオ。上を向いて、私を見て。私にアオの悩みを、すべてを話して」
愛真の瞳には、溢れるほどの涙が溜まっていた。何故泣いているのだと、青山は疑問に思った。昨日知り合ったというには、あまりにも一方的で強引な出会いではないか。それなのに、愛真は自分の為に泣いてくれている。そう思うと、青山は愛真が愛おしくなってしまった。
「ボクのことなら、何でも知っているって言ったよね」
「うん、そうよ。試してみる?」
青山は胡散臭そうな顔をした。どうせ何処かで見ていたか、誰かに聞いたことでも言うつもりなのだろうと思った。
「じゃあね。トマトが好き。でも、ジュースにした方がもっと好き。お豆腐も大好きで、お醤油なしでも食べられるの。ラーメンには、お父さんの真似をして胡椒をたくさん入れるの。でも外では、マナーとして二振りまでって決めているわ。足の指をぱっと広げる特技を持っているけど、みんなに馬鹿にされるから絶対にしないの。それから、背中に傷が、、、」
青山は、愛真の言葉を遮った。見た目とか性格とか、誰にでも分かるようなことを言ってくるものと思っていた。しかし、愛真が言うことは、詰まらない話だった。絶対に誰にも話したことがないような詰まらない話だった。
「どうして?」
「アオが畷中で教えてくれたんだよ」
青山には、誰かに教えたという記憶がなかった。当然である。愛真は前の世界でのことを言っているからである。畷中で愛真を救ってくれたときの会話だった。しかし、愛真にとっては、それは真実のことだった。
「キミのことは信じるよ。でも、誰にも言えないことってあるよ」
「そうだよね。アオが話したくなってからでいいよ」
「うん。その代わり、今朝は存心館に行かない」
一度だけなら、麻梨は許してくれると思った。手酷い仕返しをされるだろうが、愛真の優しさに、今は浸っていたいと感じた。
理工学部の一号館が、青山の向かう校舎だ。一講目の開始直前まで交わした愛真との他愛無い会話が、青山に大いなる安らぎを与えた。麻梨に縛り付けられ、緊張し切った心が落ち着いていく。このまま麻梨から解き放たれるなら、どんなことでもしたいと微かに思い始めていた。
愛真が急いで、一講目の教室に辿り着いた時には、すでに授業は始まっていた。経営学は、大教室での講義だ。加代子と喜美代が指定席で、珍しく遅刻して来る愛真に手を振って迎えていた。
その後方には、麻梨が男たちに囲まれて座っている。いつも騒いでいるくせに、この日は不機嫌な表情をしていた。青山が来なかったからだと、愛真には分かっている。朝のお迎えをすっぽかされたのだ。
いつもと変わらない愛真の様子は、麻梨を苛立たせている。遅刻などしたことも無い筈なのに、今日に限って何故かと気になった。青山に会っていたとしか思えないのだ。
二講目は、ドイツ語の授業だ。第二外国語は必須科目なので、法学部の一回生は全員が、小クラスに分かれての授業となっている。
愛真と麻梨は、クラスが違っていた。愛真は別行動になるこの時間が、無性に不安になった。経営学の授業中、ずっと麻梨は睨み続けていたのだ。何かをするなら、この時間しかない。昼休みまで大人しく授業に専念するようには、とても思えなかった。
愛真は、こっそりと尾行することにした。
麻梨は屋外に出ると、図書館に向かって歩き始めた。やはり語学の授業を受けるつもりはないようだ。受けるのなら、外に出る必要はないからだ。
購買部に買い物に行くのかとも思えたが、そうではない。隣の志学館に入って行った。志学館は、一階に保健センターがある教室棟である。
階段を昇って行く麻梨の後を、気付かれないようにして、愛真は追い掛けて行った。
「藤波さん」
名前を呼ばれて、愛真はギクッとした。慌てて階段の途中で身を低くして、壁に張り付いた。
「隠れても駄目よ。出て来なさい」
すぐ上の踊り場に、麻梨は立ちはだかっていた。愛真の尾行に気付いたからだ。否、麻梨はそれほど甘い女ではない。わざと愛真が追い掛けるように、頃合いを計ってゆっくりと教室を出たのだ。そして、尾行しやすいように人通りが少なくなるのを待って、真っ直ぐに志学館へ行った。
「出て来ないなら、別にいいわよ。青山くんが、どうなってもいいのならね」
観念するしかない。悔しいが、罠に掛かってしまったのだ。迂闊な行動をしたことに後悔した。愛真は、ゆっくりと立ち上がると、階段の上の麻梨を睨んだ。
「いい表情ね。昨日、そういう顔をして欲しかったんだけどね」
勝ち誇ったように麻梨は笑っている。醜悪に顔が歪み始めた。恐ろしい企みが、この先に仕掛けられているからだ。
「いらっしゃい。もっといい顔にしてあげるから」
チキチキチキチキ
麻梨はカッターナイフをちらつかせて、愛真を先に立たせて階段をまた昇り始めた。
屋上に出ると、ボーダー柄のシャツを着た男が倒れていた。
「アオ!」
愛真が駆け寄ると、青山は顔中が傷だらけになっていた。口の中が切れているのか、血が出ていた。恐らく体も怪我をしているに違いない。シャツが汚れて、靴跡も付いていた。
「アオ、大丈夫なの」
抱き起こすと、青山は自分で手を突いて座った。何とか動くことは出来るようだった。
「ほら、藤波さん。他人の心配をしていないで、自分の心配をしなさいね」
麻梨が甲高く笑っている。醜悪な表情は、悪魔のものに変わっていた。
愛真は、男たちにいつの間にか囲まれていることに気付いた。六人いる。もう一人、階段で見張りをしているから、全部で七人だ。
「青山くんは、お仕置きだけだったけど、藤波さんは、こいつらにどうされるのかしらね。楽しみだわ」
麻梨が男たちの欲情を刺戟している。どいつもこいつも、飢え切った野獣の顔をしていた。
「へぇ、用意がいいじゃないの」
愛真は、トートバッグから小振りの木刀を取り出した。素振り練習用の木刀である。昨日の教訓が、愛真に護身具を持たせていたのだ。だが、相手の人数が多過ぎる。二人までなら倒す自信はあったが、それ以上は無理である。
実は、麻梨は愛真の剣術を知っている。剣道をしていることが分かっているから、この人数を集めたのだった。
二人の男が、同時に飛び掛かった。単独では仕掛けないように、打ち合わせをしているからだ。愛真の左右から、抱き付くように両手を広げて襲って来た。取り押さえてしまえば、剣術など関係ない。力尽くの戦法を使ってきたのだった。
愛真は落ち着いている。瞬時に右に回り込み、右側の男の喉に突きを打った。打突されて仰け反る男の脇を、身を低くしてすり抜け、もう一人の男の鳩尾を突いた。
しかし、愛真の体勢が不十分だった。打突が弱い。男が愛真の腰に腕を回してきた。
「はっ」
愛真は気合いを放った。抱き付かれながら飛び上がると、右手を大きく振りかぶり、男のこめかみを打ち抜いた。
「強い」
男たちは驚愕した。修羅となった愛真は、強過ぎる。もっと人数を集めるべきだったかと、麻梨は後悔した。
「何をしているの。四人同時に行きなさい」
麻梨が命令するが、男たちは怯んでいる。元々暴力を好む輩ではなかったからだ。麻梨にうまく言い包められて、参加していたに過ぎない。それでも、ここで止めるわけにはいかなかった。このことを愛真に口止めさせるには、麻梨が言った通りに実行するしかなかったのだ。すなわち、暴行わいせつを行う。
愛真と四人の男たちが対峙する。攻め掛かる機を掴めないで、男たちは焦っていた。ぴくりとも動かずに失神している仲間の姿を見ると、恐怖して動けないのだ。
その時、勇ましい表情をして構えていた愛真が急変した。左手を胸に当てて、片膝をついたのだ。表情も苦しげに変わっている。発作が襲ったのだ。
だが、男たちは、そんなことを知る筈がない。フェイクを警戒していた。
「早く捕まえなさい。何をしているの」
麻梨の言葉に、男たちはお互いの顔を見合わせて、一斉に飛び掛かっていた。
馬乗りになられた愛真は、もはや絶望的だった。木刀も奪われて、屋上の隅に投げ捨てられていた。発作もまだ続いている。
アオ、今のうちに逃げて。苦痛に耐える愛真の声にならない叫び声だった。
今なら青山は、確実に逃げることができた。麻梨も男たちも全員が、愛真を蹂躙することだけに集中していたのだ。
「アオ、早く逃げて」
必死に愛真は叫んだ。声を上げれば、胸の痛みが針を刺すように襲ってきた。
「止めろォ。エマちゃんを放せ」
青山が男に殴り掛かった。血だらけの顔が怒りの形相に変わっていた。我が身を忘れて、愛真を助けたい一心で突撃していた。絶対に勝てる筈がないのに、そんなことも構わずに、青山は向かって行ったのだった。
アオ、アオ、アオ、アオ、、、、
愛真は自分の為に、捨て身で飛び込んで来てくれる青山の姿を見た。嬉しくて涙が溢れた。やはりこのアオは、愛真が信じていたアオその人だったのだ。愛真を好きだと言ってくれたアオなのだ。
神さま。どうか、アオを助けてください。
愛真は初めて神に祈った。卑弥呼と悪魔に翻弄された人生で、神の存在さえ否定していたのだ。それなのに、この場で救いを請うのは神しかいないではないか。
ドォーンッ
突如、屋上の扉が跳ね飛ばされるように開いた。そこから見張り役の男が一人、転がり出てきた。
「エマーーー」
夜月だ。夜月が現れたのだ。手には竹刀を持って、転がっている男の側頭部を打突していた。
「エマ、助けに来たよ」
愛真に跨る男を見た瞬間、夜月は怒り狂った。咆哮をあげて、男たちに急襲するのだった。
決着は、いとも簡単に着いた。突然の夜月の乱入に戸惑う暇もなく、男たちは夜月によって失神させられていた。そして、首謀者の麻梨の姿が消えてしまっていた。夜月の強さを知っていたから、さっさと逃げてしまっていたのである。
愛真が胸を押さえたまま、話も出来ない状態にある。夜月はそれを知ると、愛真にトートバッグの薬を差し出した。
「青山くん。一体何があったの?」
夜月が薬の服用を手伝いながら訊いた。青山は今朝からのことを淡々と説明した。愛真から麻梨には会うなと言われて、迎えに行かなかったこと。一講目の授業中、麻梨に呼び出されて、志学館屋上へ来て暴行されたこと。そこへ麻梨が愛真を連れて現れ、襲われているところに夜月が来てくれたこと。青山は感情を失くしたように話したのだった。
「エマちゃんは、病気なのか?」
青山が心配している。
「こんなエマに、アンタは無理をさせたんだ。何かあったら、どうする気なの」
「知らなかったんだよ。それにボクは助けてくれなんて、頼んでいない」
夜月に責められて、青山は咄嗟に心にもないことを言ってしまった。
「随分悲しいことを言うのね。今日だけじゃないのよ。アンタは、昨日もエマに助けられていながら、よくそんなことが言えるのね」
「やめて、ミツキ。昨日のことを話したら、今度は私が、アオの自由を奪ってしまうわ」
「ダメだ。こんなヤツには、はっきり言ってやらないと分からないんだよ。言わせてくれ」
「何のことを言っている。昨日、ボクは助けられてなんかいない」
「だからアンタはダメなんだ。昨日、もしエマが殺されていたら、田岡は誰を犯人にしていたと思うんだ。あの時、田岡とエマの他には、アンタしかいなかったんだろう」
青山は、背筋が震えた。まさかそれはないだろうと思った。
「アンタ、分かってるの。アンタはエマの殺人犯にされるところだったのよ。アンタに罪を着せる気でいたから、平気でエマを殺そうとしたのよ。分かってるの?」
「そんなことって」
「あり得ないって言えるの? 田岡は、他人に罪を着せて、何人の人を殺しているのよ」
青山は驚愕した。絶対に隠さねばならないことを、何故この二人は知っているのだ。共犯であることも知られているのだろうか。青山は目の前が真っ暗になっていった。
「知っているのか」
「正門の事故を、エマが目撃してしまったから」
愕然として、逃げ場を失った。もう人生は終わったと、青山は諦めた。
「エマ、動けるかい。ここを出よう。アイツらが目を覚ましそうだ」
胸の痛みが続いている。自力で動くのは難しそうだった。青山に背負われて、以学館横から大学を出ると、救急車を呼んだ。
青山はずっと考え続けていた。人として、何をしなければいけないかだ。愛真は病気の体を顧みず、命懸けで助けてくれた。それなのに、青山は自分のことしか考えられなかった。保身のために、友人の尾関に無実の罪を着せてしまった。そして、関谷の殺人にも協力してしまったのだ。麻梨に脅され、言われるままに従った自分の愚かさを、ここで断ち切るにはどうするべきか。
愛真は薄れいく意識の中で、青山を見た。覚悟を決めた精悍な顔立ちに変貌していた。過去と決別するという強い意志が現れていた。
「大丈夫だよ、アオ。アオなら、ちゃんと出来るから。待ってるよ。待ってるからね」
差し出した愛真の手は温かかった。優しく握り返す青山の手は、しっかりと愛真の気持ちを受け取って、逞しさに満ちていた。