第十三話 『拍動』
いつもの曲がり角に差し迫った辺りで、そこへ行くまでは俺たち以外の音は一切聞こえなかったのに、突然何かを引きずるような音が聞こえてきた。
「ちょっと待って、何か聞こえないか?」
不安に思った俺は、ハルナに尋ねる。
「え、何の音だろう…」
そう言っている間にもその音は絶えず聞こえてくる。それどころか、その音は徐々に近づいてきているようだ。それも、曲がり角の方から。
「え、ちょっと怖くない?」
嫌な予感に肝が冷える思いがする。しかし、ハルナはいたって落ち着いている。
「何かを引きずっているような音だね…」
その様子が逆に俺を不安に駆り立てた。
「ちょっと隠れるぞ!!」
俺は、ハルナをつないだ手で引っ張ると、ハルナを押し込むようにして物陰に隠れた。
恐怖から心臓がバクバク言っているのを感じる。
自然と呼吸が荒くなる。そんな俺を見つめるハルナの瞳は心配げなものだ。
情けない姿だと思うが、しょうがない。なにかを引きずって歩いている人なんて見たことがないのだから。
それこそ、誰かを誘拐する誘拐犯くらいしか…。
俺は確信にも似た感情を感じる。それと同時に嫌な汗が全身から流れ出す。
やばい。やばい。やばい。
悪い予感を前にした緊張感から体がガッチガチに固まってしまう。これではいざという時に逃げ出せない。体がまるで自分の物じゃなくなってしまったようだ。しかし、いくら頭の中では分かっていても、感じる恐怖まで隠すことはできない。
確かに、俺たち全人類はゼロの管理下において犯罪は常に監視されているが、それは犯罪が起こらないということとは同じではない。起きるときには起きるのだ。それに、起きたと判断した後ドローンが現場に到着するまでに時間がかかる。
もし、ここで目の前から歩いてくる者が誘拐犯であった場合とてもまずいことになる。
犯罪者というのは全てを覚悟して犯罪を起こすので、理性のたがが外れている場合が多いのだ。見つかってしまったからと、ついでに殺してしまったりする者も珍しくないほど。
俺に出来る事と言えば、ドローンが早く来ることを祈ることと、謎の物音の正体が俺たちに気づかないように隠れることだけだ。
自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。こんなに大きな音を立てていたのでは、この音で見つかってしまうのではないかと思ってしうほど。
ハルナの手を握っている左手は、もう手汗でびしょびしょだ。
そうして、物陰に隠れて前方をうかがっているとこちらの方向に歩いてくる男が見えた。
その身体は長身にして屈強。盛り上がったその筋肉は、日ごろからその身体を鍛えている証だろう。その髪は一本も残さず刈りあげられていて、只者ではないことを如実に示している。身にまとっているのは、漆黒の生地に蒼白のラインが電子回路のように刻まれているサーコート。
そして、何よりも目立つのはその頬に刻まれた、ギラギラした輝きを放つ一つの入れ墨だ。そこに刻まれていた文字こそ、彼らの象徴とも言える文字。その文字は世界中の人々から尊敬と畏怖を感じさせる。その文字とは即ち――――
―――ZERO。
その顔に刻まれた特殊な技術によって輝きを放つゼロの入れ墨。間違いない。その場に現れたのは、世界中から羨望の視線を一手に引き受ける人類最高の組織ゼロフォース、その一員だった。