第十二話 『見えなかった星』
「メイノハマ。メイノハマ」
俺たちの最寄り駅に到着したことを知らせるアナウンスが聞こえる。それを聞いた俺たちは、ひとまずこれまでの会話を切り上げるとLRTを降りた。
LRTを降りてみると、辺りは夜の闇に包まれている。住宅街であるこの町の夜は静かである。まるで、この町から人間が消えてしまったように。
「おお、もう真っ暗じゃん」
「ほんとだねー」
そう言うと、俺たちは立ち止まって空を見上げた。しかし、見上げた空に浮かぶ光景は一面の漆黒。
「星見えないな」
「うん、見えないねー。でも急にどうしたの?」
ハルナは何故俺がこのようなことを言い出したのか分からないといった表情を浮かべている。
「いや、俺って昔の人の生活とか知るの好きじゃん?それでさ、昔は暗くなると星が見えたなんて話がよく出て来てたからさ。見えるのかなって思って見てみたけど結局見えんっていうね」
「逆に見えちゃったらびっくりだよ!!タイムスリップしたことになっちゃうよ!!」
「そう考えたら見えないほうがいいね。昔にタイムスリップとかマジで勘弁やわー」
俺からすれば、ゼロのいない時代に戻るなんてありえない話だ。しかし、ハルナにとってはそうでもなかったらしい。
「ハルナはお兄ちゃんと一緒ならタイムスリップしてもいいよ!!たとえ石器時代だって付いて行っちゃうんだから!!」
そう言うと、ハルナはその細い腕で握りこぶしをつくる。もちろん、そこには少しの隆起も見られない。その、自分強いです!!とでも言いたげな表情がほほえましい。
「ハルナに石器時代は無理じゃね。俺もARレンズもVRグラスもない時代とか無理ゲーだし。けど、俺もハルナがおってくれるんやったらワンチャン、タイムスリップしてもいいわ」
俺がそう言うと、はっとハルナは大きく目を見開く。何か変なことでも言ったかな。そう思った次の瞬間、ハルナが急に抱き着いて来た。
「へ?」
予想だにしなかったリアクションに、俺は驚きを隠せなかった。驚きのあまり歓喜の感情が湧いてくるのが少し遅れたほどだ。徐々に俺の心臓がドキドキし始めるのを感じる。
しかし、ハルナはその顔を俺の胸にうずめて抱き着いてきているので、その表情は読めない。
「どうしたんだよ?」
ハルナが急にそんな行動に移った理由が分からなかったため、その理由を聞いてみる。
すると、ハルナは俺にうずめていた顔をパッと上げる。その顔に浮かんでいるのは満面の笑みだ。
ま、まぶしい…。
まるで太陽のような光り輝く笑顔に、ついそんなことを思ってしまう。
「えへへへへ、今のはすっごく…。うん、すっごく嬉しかったよお兄ちゃん!!!!」
そう言うとハルナはギュっとその身体を俺に預けてくる。ハルナが近い。俺はついにやけたような笑みを浮かべてしまうが、ハルナがその顔を俺の胸に押し付けているので、その顔が見られることはない。一安心である。
「当たり前じゃん!俺はハルナがいれば後はどうなっても大丈夫だからね」
俺はそう言って、その温もりを少しでも身近に感じようとハルナを抱き返す。
しかし、それだけ聞くと満足したのだろうか。ハルナは少しするとパッと体を放してきた。そして、少しはにかんだような瞳で見つめてくる。
「帰ろっ」
「おう、帰ろう」
先ほどのハルナの眼は何かを期待していたような目のような気がした。でもそれが何の期待なのか、そもそもその認識があっているのかが分からない。
そんな心の中の声はおくびにも出さず、俺たちは家を目指して歩を進める。辺りには、俺たち以外の人影は見えない。
そんな夜の道を俺たちは手をつないで歩く。
俺たちの足音と話し声しか聞こえる音はない。防音設備の整った現代では、夜に音を立てるものはほとんど無いのだ。
「さっきのタイムスリップの話だけどさ、まだタイムマシーンって完成しないのかな?」
「そうだよねー、そうしたらお兄ちゃんと二人だけでどこか遠い時代にいけるのにね。えへへへへ」
「それは最高だな。よし、学校の奴らにも頑張ってもらおうぜ。それじゃなきゃ俺たちの頑張りも報われないってもんよ」
「お兄ちゃんの頑張りって、お兄ちゃんは寝坊と居眠りしかしてないじゃんっ」
ハルナが面白そうに笑う。
「それな。まぁ、そこはしゃーなしだろ」
実は今日の講義は起きていたのだが、言っても信じてもらえないだろうから言わない。
「何がしゃーなしなのかはハルナには分からないけど…。でも、そんなお兄ちゃんがハルナは大好きだよ!!」
「おう、任せとけ」
そんな何の役にも立たないような、たわいもない幸せな会話をしながらも着々と家への距離が縮まっていく。もう少しでいつもの曲道だ。