王都:跳梁跋扈のスラムでした!
少々過激な描写が多いです・・・。
次話投稿は一週間以内です!
暗がりに爛々と光る眼には生者の面影はない。全てが何かを諦め常識という檻から解き放たれた獣と化している。
闇の底から差し伸べられた手を一度でも握り返せば、もうそこからは脱け出すことは叶わない。
闇に紛れる異様な空気、どこからともなく流れ出る臭気、道を歩けば浴びせられる殺気。
そこで怯えようものなら、研ぎ抜かれた鋭い牙を持って、獣達は喉元に食らい付く。
そして、血の臭いに惹かれたか、また一匹、また一匹と獣達は姿を現す。
血で血を洗うなんて言葉が生易しく聴こえる程に、ここは闇が深い。
ここに住む者は生者ではない、生ける者全てを憎むアンデッドが如き獣達が住まう世界なのだ。
そんな光の当たらない跳梁跋扈の世界の名は「スラム」
王都で知らぬ者はいない、名の知れたスラムである。
誰もが身を護る為に武器を携え、誰もが喉笛を食い千切られぬよう気を張り続けるそんな場所。
犯罪が常に多発し、欲の赴くままに己のエゴが罷り通る。
奪い、殺し、犯し、悦楽の渦へとその身を投じる。
女子供、大人、老人に等しく不条理が降り注ぐ。
女子供、老人は搾取の対象であり、玩具としての人生を歩むか、一度の邂逅で命を失うかの二つに一つだ。
しかし、そんなスラムにも派閥や組織は存在している。
大きな組織から小さな組織、派閥はスラム内のあちこちに蔓延っており、これに属していれば襲われる事は減る。
完全になくなりはしないが、好き好んで組織や派閥に手を出す者なんていない。
スラムに店を出す娼舘や奴隷店では大体が何処かに属している。
だが、考えてもみてほしい。
そういったモノに属していると言う事は、奪う側に回ると言うことなのだ。そして、組織の上の者からは好きに扱われてしまうということでもある。
死ぬよりはマシと、人としての権限や尊厳を奪われるか、何時命を落とすか怯えながら暮らすか・・・ここでは選択を迫られる。
とは言っても、組織に属するのも命懸けである。
組織とは名ばかりに下の者を弄び、搾取をするモノもいる。
良い様に扱われ、最後にはゴミの様に捨てられることになる。
そんなスラムの片隅で、少女は五人の男に捕らえられた。
男達の下卑た笑いが、空中へと消えていく。
瞼は裂けて血が流れだし、水気のない唇に赤色の水が鉄の味と共に水気を齎す。
幼い顔に紫に変色した部分が幾つも出来、目からは光が失われている。
一際鈍い音が周囲に響き、少女の身体は吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。
小さな、ほんとに小さな呻き声が漏れ、少女はまだ生きている事がわかる。
男達は吹き飛ばされた少女の元へと歩み寄り、肌着を破り去る。
痩せ細ったその身体には、凹凸がなく、少女の育った環境が非常に貧しいものだと言う事がわかる。
身体中に生々しい傷跡が残り、おおよそ清潔とは言えない肌の黒さが目立っている。
そんな少女に男達は、情欲の気配を漂わせる。
少女を好み、加虐趣味がある者等、このスラムには腐るほどいる。
男達は少女の裸体を見つめ、己の欲を昂らせる。
一人の男が少女に手を伸ばす。少女は痛みのせいからか、迫る手に反応も出来ず、身体を震わせるだけにとどまる。
少女の身体に男の指が触れるか否かの所で、腕が掴まれる。
少女を毒牙に掛けようとした男は、急な横槍にチッと舌打ちをし、その鋭い眼光を横槍を入れた人物へと注ぐ。
しかし、男は直ぐに手を引いた。
「ヘルターの所に連れていく。異論は許さないぞ」
男の腕を掴んだ男は、身長は二メートルを越える巨漢。鎧などの防具は装備されていないが、腰に下げられたハンドアックスが一際異彩を放っている。
倒れ伏した少女に、ハンドアックスを持った男が近づき、無造作に少女の髪を掴む。
すると、逆の手を自分の懐に入れ、中から一本のスクロールを取り出す。
それを少女の前へと掲げると、少女の小さな呻きと共に下腹部に魔法の印がつけられる。
「これでヘルターに売り付けてやればいい。後は好きにしろ」
「チッ、貧乏くせぇ」
巨漢の男は、少女を仲間に投げ渡し、無言のまま路地を歩く。
悪態をついた男も、それ以上は何も言わず、巨漢の男に付き従う。
痛みが引いたのか少女は、どうにかして抜け出そうと身を捩るが、男がそれを許すはずもなく、首元に手刀を叩き込んで昏倒させる。
男達はスラムの路地を我が物顔で進んでいく。
男達の横を通り過ぎる者達は皆一様に顔を隠し、目を合わせないようにする。
そしてその誰もが、男達の肩口へと視線を巡らせているのだ。
男達の肩口に彫られた紋様。
それはどこかの派閥に属している事を、暗黙の内に周囲の者に告げている。
そしてその紋様は、ここいらの者なら知らぬ者がいない程に知れ渡っていた。
男達は一軒の廃屋へと足を踏み入れる。
見た目は、そこいらの襤褸屋と変わりないモノであったが、軒先に立っている警護が、その廃屋をただの襤褸屋で無いことを物語っている。
男達は廃屋の警護へ一度視線を送り、背後に立っている少女を背負った仲間に視線を送る。
警護の者達は男達を不躾に観察し、肩口へと目をやると、問題はないと判断し、廃屋へ通じる道を開ける。
廃屋へ足を踏み入れた男達の鼻に、饐えた臭いがいっぱいに広がる。
それに巨漢の男を一人除いて、男達は一瞬眉を顰めたが、いつもの事と目を瞑る。
奥へ進むと、幾つもの牢が現れ、その中には虚ろな顔をした少年少女の姿が伺える。
饐えた臭いの正体は、この少年少女から発されるものだった。
清潔とは無縁の場所で暮らしている、この『商品』に男達は目もくれない。
そう。ここは人身売買を生業とする、非合法な娼館であり、奴隷売り場である。
それも、少年や少女などを取り扱った、所為過剰な性癖を持った者達を慰める場所であるのだ。
どんどん奥へ進んでいくと、やがてポツンと一つのカウンターが現れる。
そこに座る男は、チラッと男達へ視線を向けた後、背後で少女を背負った男へ視線を移す。
少女を担いでいた男は少女を床に下ろすと、頬を叩いて少女の意識を戻させる。
少女の意識が戻ったことを確認したカウンターに座っていた男は、机の下の鈴を鳴らす。
すると、カウンターの横に設置された扉の奥から老人が歩みでる。
老人は慣れた手つきで少女の手足に錠を掛けると、自分が出てきた部屋の奥へと連れていく。
少女は抵抗も出来ないまま、老人に部屋の奥へと連れ込まれていった。
少しして、老人だけが扉の奥から姿を現すと、カウンターに立っている男になにやら耳打ちする。
カウンターの男は紙を取り出して、文字を書いていき、最後に数字を書き込んでいった。
その数字を見た男達は、ほぅと息を吐いた。
「金貨三枚・・・初物か」
男達は予想外の高価格に目を見張った。
どうやら、担ぎ込んだ少女は処女であったらしい。
老人は少女の身体を検査し、病気の有無や処女かなどを確認し男に告げたのだ。そこからカウンターの男が適正価格を導き出したのだろう。
暗黙の了解として、男達には一度だけ少女を好きにできる権利がある。
しかし、商品としての価値を著しく下げてしまえば、その後に渡される金銭が減る。酷い時では渡されない場合さえある。
「・・・散らした場合はいくらだ?」
「大銀貨一枚に、銀貨一枚だ」
ここで、男達が少女を好きにしてしまえば商品としての価値が著しく下がる。
それに巨漢の男は今までここに売ってきた少年少女のことを思い返す。
仲間の男達はやり過ぎる。
今まで初めに提示された額で売れたのは男しかいない。売ってきた少女は殆どの場合半額以下の価値しかなくなってしまっていた。
そして、男達は金が欲しいのだ。
スラムの住民であり、組織に加入している彼らでも金はいる。
スラムの住民を襲ったとしても、得られる対価は微々たるもの。そして、襲った者がどこかの派閥に属しているというリスクも伴うとなれば、非常に効率が悪い。
「・・・そのまま売却しよう。他のモノを」
「少しお待ちいただけないかな?」
巨漢の男が、なくなくそのまま売却しようとした時、廃屋の陰から人が現れる。
痩せ型で目にクマを作った、不気味な男が現れる。
その男は男達を見あげ、薄気味の悪い笑みを浮かべて、ジッと男達の瞳を覗き込む。
痩せ型の男が口を開き、対面する男達に告げた。
「お前達の組織には贔屓にしてもらっているからね。特別に金貨三枚で、後は・・・良識の範囲内であるなら好きにしていいさ」
「・・・何が目的だ?」
「ヒヒ、話が早くて助かるよ」
ヘルターと呼ばれた男は不気味に笑い、口角をニィと上げる。
男達は、そろそろ我慢の限界を迎えているのか、先程から少量の殺気を放っている。
しかし、目の前に立つヘルターに効果はないとわかるや、直ぐに殺気を沈める。
「・・・言ってみろ」
「最近ここいらを荒らしている連中がいてね・・・そっちの組織に働きかけて欲しいんだよ」
「・・・お前の子飼いでは手が余るってのか?」
「ちょっとねぇ」
ヘルターは横にいる男に視線を送る。
男は廃屋の奥へと走っていった。
すると少し経ち、奥に走っていった男が一人の亜人の女を連れて出てくる。
男達は目を見張り、ヘルターの不安を理解する。
王国では亜人の奴隷は普通である。正規の奴隷市場には人の割合と同じ位には数が多い。
しかし、亜人と一括りに言ってしまえど、種類は多岐に渡る。
珍しい種類になれば、大金貨一枚は下らない。
目を凝らして見てみれば、少し薄汚れてはいるが顔立ちは非常に整っており、そこいらの奴隷やスラムの子供ではない事がわかった。
まず間違いなく裏のルートから仕入れたのであろう。
正規のルートで手に入れることが出来ない亜人がそこにいた。
その亜人は額に赤黒い一本の角が生え、紫色の髪に、浅黒い肌、紫の瞳と、他の亜人と違って一際異彩を放つ特徴を持っている。
轡を噛ませられ、金具でがっちりと拘束され、身体の自由を完全に奪われている。
その亜人は、まず市場に出ることはなく、値も天井知らずで上ることは間違いない。
「ある貴族に売る予定でね。白金貨四枚と大金貨六枚だよ。あぁ、勿論拘束具は別途払いだよ」
「ッッッ!?」
男達は愕然する。
あまりの額の大きさに、度肝を抜かされたのだ。一生遊んでも使い切れるかどうか分からない額なのだ。
貴族でさえ簡単には手が出ない品が、そこにはあるのだ。
巨漢の男は少年とも少女とも取れる亜人をしげしげと見つめ、恐らくは男であると考える。
顔立ちをみやれば、少年か少女どちらかはわかりづらいが、纏う雰囲気や佇まいが男のそれである。
しかし・・・これにとってはあまり意味のないことかもしれない。
「な、なぁこいつぁ亜人なのか?獣人でもねぇし・・・魔族、それとも竜人か?」
男達の中からそんな声が漏れる。
亜人とは、「魔族」「人族」「獣人」「竜人」を除いた、人形をした理性を持つモノの事である。
一般的には『半』とついていたり、知恵を身に付けた魔物、例として「半魚人」等があげられる。
しかし、男達の目の前で拘束されている「亜人」を、男達は見た事がなかった。
見た目からして獣人はあり得ない。獣人の特徴は耳や尻尾、角であるのだが、この『亜人』の特徴はどの獣人のタイプにも当て嵌まらない。
一番近いのは魔族であるのだが、魔族は「魔物」の形から派生した者が殆どであり、この『亜人』の様な魔物は見たことがない。
最後に竜人であるのだが、あり得ないと言っていいだろう。竜人の特徴である、肌が黒いと言う部分はあっているが、角の形状が全く違う。何より、竜人は仲間意識が強く、仲間が拐われたとあれば、命を懸けて守り抜くだろう。一介のスラムの住人が竜人を手にするには余りある。
となれば『亜人』となる訳だが・・・亜人と言うジャンルでみても、男達は見当がつかなかったのだ。
しかし、巨漢の男だけは違った。
「・・・半悪魔か?」
「ヒヒッ本当にさすがだねぇ。『暴殺』の二つ名は伊達じゃないようだね?ご明察さ。半悪魔だよ」
巨漢の男以外は、その種族を聞いたことがないらしく、眉根を寄せた。
「悪魔のなり損ないではあるが、魔法を扱わせれば、上位魔族でさえ手こずるモノでございます。まぁ、商品としての極めつけは、性別を持たない所です。性別を自在に変えることができ、好き者の人間であるならば、喉から手が出るほど欲しいでしょうね」
ヘルターから告げられたその言葉に、男達は半悪魔に視線が釘付けとなる。
しかし、そこには情欲の欠片も浮かばない。スラムに来る前に、冒険者であった彼らは魔族の恐ろしさを知っている。 その、魔族・・・それも上位魔族でさえが手こずるとなれば、自ずと半悪魔がとんでもない存在なのが理解できてしまう。そんな化け物に情欲が浮かぶ程、まだ男達は壊れてはいない。
この半悪魔を所望したのは、とある貴族の長男であるらしい。
圧倒的な力を持つ者を己の力で捩じ伏せ、有らん限りの凌辱をその身に刻み付けたいそうだ。
貴族ともなれば日頃上との掛け合いに鬱憤が溜まるのだろう。
「・・・いいだろう。だが、組織を動かすとなれば俺の言葉じゃ足らんぞ」
「そこらへんは大丈夫ですよ。既に手は打ってありますから」
ヘルターは既に巨漢の男の組織に根回しを行っていた。
後は動く動機が一つあれば、組織が動くと予想していたのだろう。それが『暴殺』の二つ名を冠する巨漢の男の一言だったのだ。
「では約束の金貨3枚です。後はいつもの部屋をお使いください」
ヘルターは一見すると何もない壁へ歩み寄る。
左手を壁につき、グッと押し込むと一部分が凹む。
すると、何もなかったはずの壁が下へ降りていき、奥へと通じる道が開かれる。
中からは生暖かい空気と共に、嗅ぎ慣れた匂い・・・事を犯している最中に嗅ぐ臭いがより濃密になって漂ってくる。
担ぎ込んだ少女は、いつもの事で既に部屋に送られている。
「まずは俺からだ。お前達はその後を使え」
「へいへい。いつも通りだな」
通路を進むと、幾つもの扉が設置されている。今は利用している者が少ないのか、あまり嬌声や喜悦の声は聴こえてこない。それでも、何人かは使用しているようで、時折どこからか叫び声が聴こえてくる。
男達はある一室へと足を踏み入れる。
いつも男達が使っている、所為特等部屋の様なものだ。
そこにいるであろう。
今朝方捕らえた少女の姿を想像する。
喜悦に飲まれる自分達の姿、絶望と痛みから絶叫を上げる少女の嬌声、一日中続くそのループに身を投じるのだ。
男達は扉を乱暴に蹴り開き、いきり立ったソレを開放しようと手を掛ける。
しかし、男達は訝しげな顔をする。
手足を縛られ、男達に殴られて青痣を作り、絶望の表情を浮かべる少女の姿・・・それを想像していた男達は呆気に取られる。
そこには誰もいなかったのだ。
そう。何もなかった。
呆気に取られていた男達は一体どう言うことだと頭を悩ませる。
そして、それは現れた。
「天知る、地知る、我知る、人知る!!」
「この世に悪は栄えない!!」
「え、えっと、正義に身を焼く、我らが焔・・・」
「正義の業火に焼かれて消えろ!!」
「悪の焔よここで消えん!!」
「さ、三人揃って・・・」
「「「スラムンジャー!!(・・・)」」」
今しがた自分達が入ってきた入り口から、訳の分からない事を叫ぶ三人が現れる。
真ん中に立つローブ姿の何者かは、両腕を広げて片足を上げた妙なポーズをとっている。
右に立つローブ姿の何者かは両腕を右にグイッと伸ばし、身体も右に傾いている。
明らかに二人とは背格好の違う、左に立つローブ姿の巨漢は両腕を左に伸ばし、身体も左に傾けているが、どこか前者の二人よりもぎこちない。
「これ結構楽しいかも」
「次は真ん中を頂きます」
「帰りたい・・・」
呆然とする男達を他所に、三人は意味の分からない事を話し合っている。
ハッと我を取り戻した巨漢の男は、腰に下げたハンドアックスを抜き、三人を油断無く観察する。
それに続いて、他の男達も腰に下げた己の武器を抜き放つ。
「あのぉ、あっちは殺る気満々なんですけど・・・」
「あ、じゃあお決まりの台詞を・・・ウォッホン」
ローブ姿の三人の内真ん中に立つ・・・声からして男が前に歩みでる。
廃屋の腐った床は、いつもなら不安にさせる軋みを上げるはずだが、一切物音はたたず、足音さえ完全に消失している。
ローブから見える口元が不気味につり上がり、暗がりに光る瞳が男達を射ぬく。
この状況の最中、そんな落ち着いた行動を取り、剰え殺気を剥き出しにした男達を前にして怯えない姿に、巨漢の男は目の前にいるローブ姿の男は強者のそれだと認識する。
「無駄な抵抗はやめておとなしく投降しなさい!!お母さんが泣いて・・・あれ?これ違うか?」
「台本いる?」
「あぁ、もう!!」
今尚、訳の分からないやり取りを繰り広げている輩に、とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、一人の男が一歩前に踏み出る。
ボアの皮で造られた軽装ながらも、ナイフ等の刃ではびくともしない防具を身に纏い、腰には平凡なナイフを幾本も下げ、なかには装飾が施された高価なナイフも目に入る。
腕には幾重もの傷跡がついており、ハンドアックスの男よりは小さいといえ、充分大柄な男が殺気を放ちながら、三人へと迫る。
「てめぇら、一体なんのつも」
男は部屋中に反響し耳が張り裂けるかと思わせる程の大声を張り上げたが、その声は最後まで紡がれる事は無かった。
虚しく宙に消え行き、誰もが呆然と男の状況を見守っていた・・・いや、三人を除いて、である。
最後まで紡がれなかったその言葉は、『ゴポッ』というやけに耳に残る奇妙な水音をたてた後、形容し難い音を立てて、「声」でなく「音」を紡いだ。
陽の光を拒んだ薄暗い部屋と、饐えた芳香を随時部屋に招き入れる廃屋、先程までうんざりする程に聴いてきた嬌声も、今となっては不気味なまでに静まり返っている。
そして、陽に当たらぬ陰達の奏者が、何かが滴り落ちる音色をこれまた不気味なまでに響かせている。
赤いっぱいに塗り広げられ、薄暗いせいからか、どす黒いコントラストとなって顕になった床一面の水。
そんな現状が、男達を一瞬現実から遠ざける。
あまりにも現実からかけ離れた光景は、人の認識の外へと一度放り出され、理解できるように再構築して、脳内へと帰ってくる。
それの所要時間が男達には訪れていた。
そして、陰と男達を隔てた真ん中には、赤い水をビュービューと吹き出す噴水の様な・・・男だった物の姿がそこにはあった。
「・・・っ!?」
やはり最初に意識を取り戻したのは巨漢の男だった。
直ぐ様、ハンドアックスを握る手に力を戻す。
木の持ち手が軋む音を意にも返さず、巨漢の男はそれ以上に力を込めて振りかぶる。
巨漢の男は裂帛の気合を入れ、腕に全力で力を注ぎ込む。
瞬間、巨漢の男が腕を降り下ろすと同時に、大気が唸りを上げ、まるで空間と床が真っ二つに割れてしまった様な錯覚に陥る。
そして・・・ローブ姿の男の身体もまた真っ二つに引き裂かれる錯覚に・・・いや、現実としてローブ姿の男は無惨にも真っ二つに引き裂かれた。
剰りにも呆気なさ過ぎる最期に、しかしローブ姿の女?達はそんな仲間の姿に目もくれず、巨漢の男の脇をすり抜け奥へと走る。
巨漢の男は油断無く、女達へと注意を割いていたが、背後に控える男達は一連の行動から隙を曝け出してしまっている。
「な、な!?」
「うわ!?」
二人の男は剣を振り翳し、迫り来る女達へと振り下ろす。
しかし、隙だらけのまま振るわれる剣にキレがあるはずもなく、女達にその刃が突き立つことはなかった。
女達は事も無げに剣を避けると、通り過ぎる瞬間に己の獲物を男達の喉元へと突き立てる。
何かの冗談かの様に男の首が空中へと舞う。
二人の男は驚愕の表情を浮かべ、何度か瞬きをした後、瞳孔が開き息絶える。二人は死んだことに気づけなかっただろう。
もう一人の男は、その間に体制を立て直してはいたが、駆ける陰は二つ、それも自分よりも格段に上の存在であるのだ。
あいてが一人であるのなら、巨漢の男が来るまでの時間稼ぎくらいなら出来たであろう。
「くそがあああぁぁぁぁ!!!」
男は油断無く剣を構え、狂い走る女達へとその鋒を向ける。
普段の男であるならば、冷静な判断を下せたであろう。ここは迎え撃つのではなくどちらか一方へ避け、一度だけでもあいての攻撃を受け流せればまだ勝機はあっただろう。
しかし、男の陥る状況が、冷静な判断を奪い去った。
意味も分からないまま、仲間が一瞬の内に三人も無惨な姿に変わり果て、「死」が迫り来る感覚に囚われていたのだ。
男の懐にはポーションが一本ある。
仲間達に隠して、スラムの者から奪い盗ったものである。
それが、一太刀くらいならばという油断を生んだ。
幾らポーションであろうとも、失った命までは取り戻せないのだ。
男は一人の女の剣を弾き、返す刃でもう一人の女へと斬り掛かろうとする。
しかし、既にもう一人の女は男の横を通り過ぎており、男の剣の届く範囲にいない。
男はポーションを煽り、巨漢の男の元へと走ろうとするが、途端に視界が一気に下へと下がる。
何事かと目を見張り、近くなった地面へとその濁った目を向ける。
そこには泣き別れとなった己の下半身が存在した。
安物のポーションでは軽い傷は治せても、そういった大ケガを治療することはできない。
その男もまた、地に伏す事となった。
巨漢の男は真っ二つとなったローブ姿の男からハンドアックスを引き抜き、多勢に無勢だと判断したのか、速やかに逃走を図ろうとしたが・・・足が動かなかった。
「スプラッタは苦手なんだけど、仕事だから逃がせないんだよなぁ」
巨漢の男は驚愕する。
地面から紡がれた男の声は、今しがた自分が真っ二つにした男の声だったのだ。
バッと地面へと視線を注ぐと、真っ二つにした男からは血の一滴も流れておらず、青くドロッとした液状の物へと変わり、巨漢の男の足首をその中に取り込んでいた。
「しまっ!?」
「・・・」
巨漢の男があり得ない状況に一瞬の隙を見せた瞬間、男の花弁が宙を舞った。
身に纏っていた皮の鎧など無かったかの様に鮮やかな断面を見せて、己の四肢が斬り離されていた。
達磨と化した男は、胸に激しい衝撃を受ける。
何が起きたのかわからず、薄れ行く意識の中自分の腹部へと目を向ける。
そして地面から胸へと伸びる土の槍に追撃を受けたのだと判断する。
巨漢の男はこれが本当に現実なのかと、悪い夢ではないのかという考えが脳内を反芻する。しかし、今更やって来た四肢を失った痛みと、腹部を貫く土槍の痛みとが痛みとが、これが現実であると如実に語っている。
男はローブ姿の女達と、不可解な存在へと目を向ける。
しかし、そこにいたのはローブを取り去った女と、金色の魔族の姿があった。
「断・・・罪、血土、・・・てめぇえらが、なぜ・・・」
「潔く死になさい」
「『暴殺』の排除を確認。後に、情報のあった者の保護を遂行します」
「・・・ちょいと過激すぎじゃないかなぁ」
眩む巨漢の男の視界に、二人の姿が鮮明に焼き付く。
『西のスラム』に存在する最強の名を冠する二人が、目の前に現れたのだ。
二人の女はもはや興味を失ったのか、男に目もくれること無く二人で話し合っている。
巨漢の男は最期に金色に輝く魔族へと目を向ける。
金色の魔族はじっとこちらを見据えていたが、やがて視線をはずす。
暴殺とまで呼ばれた、自分の最期に巨漢の男は苦笑を漏らす。
スラムという闇に潜む者であれば、闇に誘われ殺されることも日常なのだ。
そして最後の時を迎える瞬間、巨漢の男には金色の魔族の背後に、こちらを睨む青い女神の姿が見えていた。
他の作家さんに影響されて、描写の方ちょっと変えてみたのですがどうでしょうか・・・?
何か変なところ、見にくい、誤字だ!などがあればどしどし教えて頂けると嬉しいです。
(言い換えでこういうのがありますよなどが合ったら教えてください。例:取得→習得、思いやる→慮る、聞こえる→耳に届くなど)
感想や活動報告の方にコメント頂けると私の気力になりますので気軽にどうぞ!!
※活動報告がどうやったら見れるのかわからなかったと読者様から聞き及びました。
方法は一番上にある?「作者:砂漠谷」の名前を押していただくと、私は左上に出てきました。
わからないことがございましたら、どんな些細なことでも構いませんので質問送ってください!!