森人:ハイエルフVS高位偽精霊。そして・・・でした!
超究極大ボリューム!1万7000字!!
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(例によってチェックができておりません・・・誤字等ございましたら何卒『誤字報告』をお願い致します)
ハイエルフと高位偽精霊の激突、迎えるは決戦・・・そして、最期の言葉
雲が割れ大地に降り立ったのは女神と見紛うその存在、神聖な力をその身に纏い、薄いベール一枚を隔てた向こう側に真っ白な肌が伺える。薄く開けられた目に、深緑の色に染まった瞳に見据えられた高位偽精霊は気圧され、一歩後ろへと退いた。
膨大な魔力の塊に覆われた高位偽精霊でさえ、彼女には恐怖を感じたのだ。彼女は言うなれば、存在そのものが超高密度に圧縮された人形の魔力そのものであり、魔力が人の形を取り意思を持ったとしか思えない。
「これが、ハイエルフよ」
透き通った声、子供っぽさが抜けた大人の声。確固たる意思と決意が含まれた強い声が大気を駆け抜け響き渡ると、戦場全体を覆っていた煙も、魔力の残滓も全てが彼女にかしづき、ひれ伏すかの様に彼女の周囲にだけ立ち込めることはなく、彼女の瞳が向けられただけで消失してしまった。
彼女は・・・ミリエラは真っ直ぐ奴だけを見つめ、こちらには一切目を向けようとしない。その広大な森を背負える程の広い背中を見せ付ける様に、ミリエラは悠然と最前線に立っているのだ。
ミリエラは歩き始める。それだけで魔力が揺らめき、ミリエラの周りを陽炎が包み込み、大地が彼女の歩みを喜び脈動させる。彼女が踏みしめた大地からは新緑の若葉が芽吹き、ひび割れた大地がまるで腐葉土の様に生気を取り戻していく。
そしてミリエラは歩みを止める。
奴との距離は既に10mを切っている。奴の腕がブルブルと震え、圧倒的な存在を前に畏怖している。
そして、初めて此方を振り返った。白銀の髪が彼女の頬を撫で、光をキラキラと反射しながら、ミリエラは桜色に染まった唇を開いた。
「この後・・・どうすれば良いんだろう・・・」
えぇ・・・そんな・・・大人な口調で言われてもなぁ。
リオエルも俺も、はたまたカーティアさんまでもがずっこけた。
「大見得切って歩いた結果がそれって嘘だろ!!」
「だ、だだだだって、こんな事になるなんて思ってなかったんだもん!!」
『さっきまでの厳かな雰囲気が台無しね』
『え、僕もこれが目的だと思ってたんだけど・・・・・・誓約、早まっちゃったかなぁ』
「だ、だだだだだ大丈夫! これから、これからだから!! ちゃんと策はあります!」
「ふーん、で、ミリエラ、その策ってなんなの?」
ミリエラは自信満々に胸を張って告げる
「ビンタすれば、嫌でも目が覚めるでしょう!!」
全員が頭を抱える。ミリエラと誓約を交わした精霊でさえ、頭を抱えて嘆いている。
あぁ、うん。そうだよな。俺の見た目が変わっても俺自身が変わらない様に、ミリエラも見た目こそ強く気高い女性だけど、中身はどこか子供っぽくてドジっ娘巨乳エルフのまんまなんだよな。
でも、まぁ、あながちビンタも間違ってないか。
「ミリエラ・・・・・・・・・やっちまいな!!」
「うん!!」
ミリエラはガッツポーズを俺に向け、奴へと向き直った。今のミリエラなら・・・間違いなく奴を何とかできる。周囲掌握に映し出されたミリエラのステータスを見ればそれはもう一目瞭然だ。
ミリティエ・ラースィ・パーミラ(ハイエルフ) (LV1)
称号
精霊人:精霊魔法使用時:MGI+2500
森精霊之情愛:ALL+1000
精霊に愛されし者:MGI+2500
精霊と交わせし誓約の絆LV1:MP+???、MGI+2500、other ALL+1000
粘液之臣下?
エルフを統べし精霊之王:HP+5000
誓約精霊
風・土の最上位精霊:エレノアール
契約精霊(仮)
火の精霊
HP:852+7000
MP:5987+???
STR:652+2000
VIT:621+2000
AGL:1355+2000
MGI:1583+9500
LUC:?
位階:S
LV上限:75
スキル:看破精霊、捧げし供物の唄
エクストラスキル:看破魔法、軍隊精霊、翡翠之愛
専有スキル:統合精霊魔法
ユニークスキル:精霊之心、精霊人化
精霊魔法:ALL COMPLETE
・・・ミリエラのステータスはSランクにまで匹敵している。奴のステータスは相変わらず見えないが、ミリエラの姿を一目見た瞬間から、ガクガクと震えて動けなくなっていることを鑑みると、恐らくもう勝てないことを悟ったのだろう。
今のミリエラは俺でさえ太刀打ちできるかどうかもわからない未知の存在だ。
周囲掌握でわかったミリエラのステータスだけでも脅威なのに、未知のエクストラスキル、果てはユニークスキルまでもが発現してしまっている。
「貴方達の悲しみを・・・私みたいなのが全部背負えるとは思えない。けれど、全部背負える様に努力はできる!! 仲間や友達のためなら・・・困っている人の為だったら、私は命だって懸けてみせる!」
大地から小さな光の球体がミリエラを中心として立ち昇る。それは次第に数を増して行き、無数の球体が宙を駆け回りながら草原を埋め尽くしていく。
一つ一つには然程強い力は込められていない、けれどその一つ一つには確かな力があり、草原を埋め尽くす球体全ての力を統合したとあればそれは想像を絶する力になるだろう。
小さな球体には意思がある。ほんの僅かではあるがそれが唯の魔力の塊でないことがわかる・・・全てがミリエラを信頼しているかの様に、『皆』ミリエラを護るかの様に、まるでミリエラが精霊を統べているかの様にそれは映った。
小さな光の球体は、あの黒い魔力に飲み込まれなかったまだ力を確立していない精霊・・・いや、妖精達だ。
『ハイエルフは精霊さえも従える』
違う。唯、全ての精霊に愛されているだけだ。そして同じ様にミリエラも精霊達を愛している・・・ミリエラという一つの命を護る為に全ての精霊が一丸となり、精霊という皆の命を護る為にミリエラが頑張っている。
「ば、バカな・・・あれがハイエルフだというのか? では、あれは何なのだ? いや、そんなわけがないあ奴はハーフエルフ。ハーフエルフの甘言などに騙されるか、騙されるものか!!」
「貴方も・・・失ったのよね。トゥワルドさん」
「ッッッ!?」
「・・・この悲しみの連鎖を、こんな不条理な連鎖を・・・きっと私が断ってみせる」
ミリエラの右手に・・・煌々と光り輝く長い剣が現れる。周囲を飛んでいた精霊達が一つに集まり剣の形を成し、ミリエラがそれに一度キスをすると光の剣は実体を伴ってミリエラの手に現れた。
その剣から立ち昇る精霊力と魔力の入り混じったそれは・・・いうなれば『聖剣』ではなく『精剣』と言った方がいいだろう。途方もない魔力があふれ出しており、その剣がまるでミリエラの手と一体化するかのようにミリエラの魔力と同調していく。
契約なんてものは必要としない。皆に愛されているのなら、契約せずとも助けてって言えば力を貸してくれる。
ミリエラが皆に頼みごとをする様に左手をゆっくりと上げると、そこにはミリエラの左腕を覆い隠すくらいの盾が現れる。剣と同じくして精霊力と魔力が入り混じり、『精盾』が顕現する。
白銀の剣と盾は所々に金の装飾があしらわれており、立ち昇る深緑のオーラがその剣を際立たせる。その剣と盾の存在感は轟々と吹き荒ぶ嵐の様な、赤々と燃え盛り猛り狂う業火の如く、されど大地と調和する水の様な静けさを讃えている。
「あ・・・あ、レがハイえルフ? 嘘・・・ダ嘘だ嘘だ嘘だ!!!! ニセモのだ!! あれわ、ハーふエルふ!! コロセ・・・ころセ・・・殺せ!!!!!」
奴が大地を蹴り駆けだした・・・先程俺と戦闘していた時よりも早く、明らかにステータスが上昇している。さっき取り込んだパーシラさんは完全に奴とは同化しきれておらず奴も不完全だった。しかし、今回奴に取り込まれたリオエルの兄は自らが望んで奴と一体化している・・・つまりは奴と完全に融合しているんだ。
奴の野太い腕がミリエラへと襲い掛かる・・・しかし、それはミリエラに届く前に消失する。ミリエラが前に突き出した盾と腕とが激突した瞬間に、奴の内包する魔力がごっそりと持っていかれた。つまり、奴を形成していた身体・・・腕が盾に取り込まれたかのだ。
目を白黒させる奴はやっと気づいた。
己の内部に存在していたはずの多くの精霊がいなくなっていることに。
すると、ミリエラの背後に控えていた光の球体の中に、大きく色づいて輝く光の球体が出現する。
「ちゃんと返して貰うわ・・・」
奴の一撃を受け止めた盾は真っ白に輝く煌炎を放っており、盾そのものも高密度の魔力によって形成されているが、放たれた煌炎はそれ以上に魔力を多く含んでいる。
そう・・・そしてそれはいつか見たあの炎に似ている。
「ゼル・・・ティア?」
頬を赤く腫らしたカーティア様はジッとミリエラの盾を見つめ、掻き消えてしまいそうな小さな声でそう呟いた・・・盾の上にちょこんと座る精霊の影、赤々とした灼髪を靡かせ、小さな体ながら常軌を逸する魔力を内包する精霊の姿。その精霊は後ろに少し振り向いた・・・少し気の強そうな少女の顔、俺からは少しだけ振り向いた彼女の顔が見えるが、カーティア様の方からは彼女の顔は見えないだろう。
彼女は唇をキュッと引き結び、奴へと向き直った。
『私は彼女とあの男が誓約を結んでいるのかと思ったのだけど・・・やっぱりそうでないのね』
「え、どういう事?」
『彼女にはゼルティアと呼ばれているけど、彼女はそれを受け入れてないのよ』
「でも、おれがディーレってつけた時は誓約が結ばれちゃったけど?」
『まぁ、そうね。無理やりではあったけど嫌じゃなかったわ。あれに関しては私もわからないわ・・・でも間違いなくあの精霊に名前はないわ・・・意地なのでしょうね。もう彼女は彼との契約も切っているわ・・・大好きなのに、振り向いてくれないのは悲しいわよね。ねぇ、ユガ?』
「ふぉめんふぁふぁい」
ミリエラにチュッとされて舞い上がっていた俺の頬をディーレがいつにも増した力で抓る。
ま、まぁそんなことは置いといて、なんでゼルティアが戻ってこれてるんだ? カーティア様の儀式魔法の犠牲になる代わりにカーティア様に力を譲渡したんじゃないの?
『譲渡に失敗して、力・・・つまり存在が霧散したのでしょうね。その時に、あの黒い魔力に他の精霊諸共吸い込まれて、ミリエラに引っ張り出されたんじゃないかしら? そして、一時的にミリエラに力を貸しているのでしょうね』
「うん。つまり今ミリエラは、ディーレ相当の精霊一人と、他多数の妖精~上級精霊を束ねるドジッ娘ハイエルフって事だな」
『ご名答ね』
うわぁ・・・えげつない。下級精霊が一体いるだけでもそこいらの魔法使いじゃ手に負えなくなるくらいに強くなるんだぞ・・・中級の精霊と契約しようものなら宮廷魔術師、上級になれば英雄や宮廷魔術師長にもなれるってサテラから聞いたんだけどさ。
それ全部纏め上げて、剰え最上級精霊でさえ従えちゃってるミリエラはもう手の付けようがないじゃんか。
・・・あ、エクストラスキルの『軍隊精霊』ってもしかしてこれなんじゃ?
「ガアアアァァァァアアアァァ、シね、シネしネシねシネェェェェ!!!」
奴の身体から莫大な魔力が迸り、精霊力と魔力の全てを解き放った力が天空へと注がれた。
俺とディーレが全力を出しても及ばないであろうその魔力が大空へと立ち上り、淀んだ雲を撃ち抜いた。
しかし、晴れ間は覗くことはなく、ミリエラを照らし出していた陽光も厚い雲に遮られ再び戦場は暗い世界に閉ざされた。
そしてそれだけでは終わらない・・・雲を突き破った箇所へとどんどんと雲が吸い込まれて行き、それと同時に真っ黒な雷を放つ黒雲が出現する。天空に浮かんだ雲が取り込まれては黒雲として排出され、膨大な魔力の渦が浮かび上がった。
そして、遂には天空を埋め尽くす雲が全て黒雲へと代わり、膨大な魔力が突き抜けたその場所には闇の穴がぽっかりと大口を開け、雲と同質量の魔力を吐き出していた。
こんな魔力奴が引き出せるとすれば、奴の内に眠る精霊の力全てを使ったに違いない。
・・・すると、雲からは黒い雨粒が漏れだす。
いや・・・おかしい。時分の目に写る『雨粒』は未だ天高く、上空にあるはずなのだ。
しかし、それが視認できてしまう。空を覆い尽くす無数の雨粒、戦場全体に広がる雨粒は段々とその姿を巨大化させ、大気を切り裂きながら自分達へと降り注がんとしている。天空に浮かんだ雨粒の全てが、今やミリエラへと迫り、上空から叩きつけられる様な魔力の重圧と殺気が降雨する。
普通の人間であれば、魔族であれば恐怖のあまりに失神してしまうであろうそれを、ミリエラは毅然と立ったまま空を見上げていた。
「泣いてるんだね・・・痛いんだね・・・辛いんだね・・・苦しいんだね・・・でも大丈夫、私が全部受け止めて上げるから。エレノアール力を貸して!!」
『ミリエラの思うままに』
ミリエラから濃密な魔力と精霊力が溢れだす・・・大気に漂っている精霊達も全てがミリエラに呼応して魔力を放ち始める。
魔力が質量を持ち、ミリエラの近くにいる俺の身体はビリビリと地面に押さえつけられる様な痛みを覚える。魔力は大地に染み渡り、ミリエラという一本の大樹に向かってその栄養を運び込む。ミリエラの白銀の髪が逆立ち、魔力に呼応するようにバチバチと雷を放ち始める。
深緑の瞳からは魔力が溢れ出で、まるで枝が生えるかの様にミリエラの身体からは野太い魔力の糸が紡がれる。
様々な色をした魔力が糸に紡がれてゆき、降り注ぐ雨粒の前へと巨大な魔法陣を描き始める。
紡がれた糸からは止めどなく膨大な魔力が溢れ出ており、その糸は余すことなく緻密な紋様が描かれた魔方陣へと変貌した。
「統合精霊魔法:『霊唱・英霊之讃歌』!!」
精霊達が歌声を上げるとそれに呼応するかの様に魔方陣は輝きを増し、空から降り注ぐ雨粒・・・魔槍と激突した。
空には赤い火花が飛び散り、魔方陣と魔槍の激突音が戦場に響き渡り、空にはまるで花火の様に鮮やかな様々な色の火花が舞い散り空を彩った。
精霊達と共に唄うミリエラの額からは汗が流れ落ち、唄に乗せた魔力を魔法陣へと注ぎ込み続けている。
しかし、予想以上に魔槍の勢いと威力が強い。爆発音と共に魔方陣に激突する槍は止まることを知らず、未だに無数の槍が空に浮かんでいる。
ビシッ
魔方陣の一部に亀裂が入り精霊達も必死に歌を唄って魔力を流し込むが、それでも修復が間に合わない。
魔方陣に入った亀裂はどんどんと大きくなってゆき、魔方陣全体を亀裂が走る。魔力を継ぎ足してそれらを修復しようと試みるが、その矢先に魔槍が激突して亀裂を広げていく。
「捧げし供物の唄!!」
ミリエラを中心に深緑のオーラが周囲一体に広がっていく・・・そのオーラが精霊達に纏わり付くと、精霊達の放つ魔力が格段に上昇する。
ミリエラが紡ぐ唄が精霊達の力となり、精霊達から魔法陣に注がれ魔力を何倍にも膨れ上がらせた。
魔方陣の修復スピードと亀裂が入るスピードが拮抗する。
このままいけば凌ぎきれる・・・空に浮かんだ魔槍の数は順調に減っており、戦場を多い尽くす程あった魔槍の数は今や三分の一にまで減少した。
唯・・・これが『精霊の持っていた』魔力だとしたら、次に来る魔法を間違いなく凌ぐことはできない。『精霊が失った時』の魔力を用いられたなら・・・。
空に浮かぶ雲が脈動する。黒雲に空いた闇の穴から闇の雷を伴いながら、降り注いだ魔槍の何百倍もの巨大な槍が出現する。
精霊が死んだ時に発現する膨大な力・・・時には森一つを生み出してしまい、陸を一つ作ってしまうくらいの力があの魔槍に込められている。魔力は全く込められておらず、すべてが精霊力で形成された、巨大な魔槍が今ミリエラの頭上に現れている。
『あれは・・・僕と今のミリエラじゃ止めるのは難しいよ』
「・・・大丈夫。『精霊人化』を使うから」
『それはリスクが大きすぎると思うよ? 今のミリエラでは、力に耐えきれないと思う』
「でも・・・やらなきゃ。彼を助けないとダメなの」
『リオエルの兄かい? でもね』
「うん・・・それと、もう一人助けなくちゃいけない人があの中にいるの」
『・・・はぁ、どうしても行くんだろう? じゃあ一緒に行こう。最後まで付いていくよ』
ミリエラは右手に持った剣を高々と掲げる。
ミリエラの顔を見るに・・・相当無茶なことをしようとしていることはわかる。それでも、決意を秘めたあの表情を見るに、きっと止めても無駄なんだろう。さすが俺の仲間だ・・・。
それなら・・・
「ミリエラ、此処は俺とディーレが引き受ける!! それと絶対に帰って来いよ・・・帰ってきたらさっきの行動についてちょっと話があるってディーレが言っていたから」
「ユガ君それ聞いちゃったら帰りにくいんだけど・・・」
ミリエラは苦笑を浮かべながら・・・それでも満面の笑みを浮かべて、じっと空を見つめる。
「後は任せたよ。ユガ君・・・行ってきます!!」
ミリエラが一度地面を蹴ると、背中からは四枚の羽が生える。精霊達に生えているのと同じ羽は金色に光輝いてミリエラを大空へと持ち上げた。
『イッテラッシャーイ』
『カエッテクルンダヨォ』
『ハイエルフサーン! マタアソボォ』
『ヤッツケチャエー!!』
『ガンバッテー!!』
多くの精霊達に見送られながら、ミリエラは大空へと翔け昇って行った。俺はミリエラの後を継いで魔法陣へと魔力を送り込む・・・途端に体に凄まじい重圧が圧し掛かる。魔槍が魔法陣に直撃するとそれだけで身体にかかる負担が数倍にまで膨れ上がる。
魔力が根こそぎ奪われる感覚に脱力感が襲い掛かり、フラフラと脚に力が入らなくなる・・・ミリエラはこんなのをずっと支えてきたのか?
精霊達から魔力の供給が来るが、それを受け取ったとしてもしても魔力が減る方が圧倒的に速い。あの魔槍を全て防ぎきれる自信がない・・・まぁそれでもやるしかないんだろうけどね。
ディーレと俺とで全力で魔力を練り込み魔法陣を維持する。
ミリエラがぐんぐんと空へと昇って行くのが魔法陣越しに見える。ミリエラに降り注ぐ魔槍はミリエラが振るった剣に触れると一瞬で灰燼と化して空中へと溶け込んでいく。数百本近くの魔槍の中をミリエラは飛翔してその全てを切り払いながら、空に浮かんだ巨大な魔槍へと近づいていく。
そして・・・巨大な魔槍が落下を始める。穂先には空気と空気が押し潰されてできたのであろう超高温の衝撃波が拡がり魔槍を炎の渦が纏い始める。
ミリエラは魔槍の雨を切り抜ける・・・右手で持った剣を振り乱し、すべて進行方向にあった槍を全て切り裂くと、そこで静止し何かを唱える。
「私は森人、恵みを齎せし精霊を愛する唯の守り人。されど、私は精霊と共に在りて、守り人たる使命を全うし、森人である他の者も救いたい。故に、私に今しばらく精霊たる御身の力を貸し与え賜え」
『木々花咲き乱れし森の長が承認しよう。地に足つけし子等の大地の長が承認しよう』
「私は・・・今ここに『精霊』となり、さりとて人の姿を保てし森人の長となりましょう」
『「至るは森の護り人『精霊人化』!!!」』
ミリエラの背に映えた四枚の羽根が長く伸び、銀色の髪は風に靡き・・・様々な色へと変化する。灼爛の紅へと変化した髪からは空を紅く染め上げる業火をまき散らし、風の色に染まった緑の髪からは天空に浮かんだく黒雲を切り裂程の嵐を巻き起こし、大地の色染まった髪からは岩の礫が周囲に散乱し遥か下の魔槍へと殺到してそれを叩き折る。蒼く染まった髪からは黒雲の隙間から漏れ出た陽光に反射する水が周囲に迸り、ミリエラを護るかの様に周囲を回り続ける。
巨大な魔槍・・・ミリエラの姿は遥か空に小さく映るが、その前方に映る魔槍だけは視界いっぱいに広がっている。
ミリエラはそのまま空を駆けあがり・・・
ドオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォン!!!!!!!
爆発音が周囲に響く。ミリエラの持つ剣と魔槍が激突する・・・空には砕け散った魔槍の破片が空気中に霧散して消えてゆき、ミリエラの周りには高濃度の魔力が吹き荒れている。
それは幻想的な光景を生み出し、空には虹色に光輝くオーロラが広がっており、魔槍と剣との衝撃波が黒雲を全て吹き飛ばし、真っ白な光を大地に降り注ぐ太陽と魔力が生み出すオーロラ、剣を振るったミリエラと巨大な魔槍だけが大空へと残った。
その衝撃波は魔法陣にまで飛び火して、魔槍の全てを打ち砕き魔法陣に圧し掛かる。
いや、ちょっとまって、無理無理無理無理!! 魔槍が当たった時よりも物凄いスピードで魔力が削られていくんですけどぉ!!
ミリエラさぁぁぁん、こんなところでドジッ娘はやめてくれぇぇぇ!!
魔方陣が衝撃波に押されてビシビシとヒビが入る。これ程の衝撃波は正直予想外だ・・・その爆心地にいるであろうミリエラがあの衝撃に耐えてるのが信じられない。
魔槍がバキバキと砕ける音が響き渡り、一見すれば魔槍がミリエラに押し負けているように見える・・・しかし、その魔槍は着実に地面に迫っていて、ミリエラはそれをなんとか押し戻そうと必死に力を込めてはいるものの、魔槍にヒビが入るだけで押し負けている。
遥か上空で戦うミリエラを見えるように、目になけなしの魔力を込める。
すると、ミリエラの身体は血にまみれており・・・身体中至る所が裂けていた。何があったのかと目を凝らすと、ミリエラがかち合わせた剣と魔槍の境目から、魔槍の一部が砕け、霧散する直後の魔力の残滓がミリエラの肌をなぞる・・・それだけで皮膚は裂け、ミリエラの肌を真っ赤に染め上げていた。
遥か上空からパタパタとミリエラの血液が降り注ぎ・・・その度にミリエラの顔が苦痛に歪む。
どうにかして助けたい・・・ミリエラの傷ついている姿なんて見たくない。
『ユガ』
「・・・」
『貴方が今抱いている気持ちを、皆貴方に対しても抱いているのよ。自分の為に傷だらけになって欲しくない。だから、貴方の配下もミリエラもサテラも、里の皆も貴方だけに無理はさせないって頑張っているのよ』
「そ・・・っか」
『見ててあげなさい。あの娘は誰よりも争いが嫌で、誰も傷つけたくないなんて甘えたことをいう娘だけれど・・・あの娘が抱いた決意だけは、誰にも負けはしないわよ』
ミリエラの瞳に炎が灯る。自分の身体が傷つくことなどお構いなしに、全力で剣を振りかぶる手に力を込める。
すると、剣から溢れ出る魔力と精霊力が魔槍へと侵食し始め、魔槍が砕け空中に霧散する精霊力をその剣へと吸収し始める。精霊力を吸い込んでいくと、ミリエラの周囲には先程と同じ様に発光した球体が現れ、それらがミリエラへと力を注ぎ始める。
まさか・・・
『成る程ね。精霊が死ぬ間際に放出した精霊力によって創られた魔槍・・・それを分解して自分の体を経由させて、精霊力に流れる情報を読み取って元の精霊に戻しているのね。限りなく精霊に近しい彼女にしか出来ない芸当ね』
「・・・ミリエラは大丈夫なんだよな?」
『あなたも大概過保護ね。大丈夫よ・・・彼女の中にいるエレノアールが何とかするでしょう。あの子も私にしょっちゅう力の使い方を聞きに来ると思っていたら、まさかこんなことになるなんて思ってもいなかったわ』
ミリエラの背後に精霊の数が増える度にミリエラの剣がどんどんと魔槍に食い込んでいく。バキバキと金属が割れ砕け、金属と金属とがこすれ合う不快な音を響かせながら、魔槍にとうとう巨大なヒビが一本刻まれる。
ヒビは剣が少し進むごとに枝分かれしてゆき、そのヒビから多量の精霊力が漏れ出で剣へと吸収される。その度に剣が押し込まれてヒビが増える。
そして、とうとうその時は訪れた。
『「いっっっっっけえええええぇぇぇぇぇ!!!!!」』
剣が魔槍を切り裂いてゆく。日々の中を走り抜けるようにミリエラの体が魔槍の中心をどんどん駆け上がっていく。
切り裂かれた魔槍の破片が空中に霧散し、精霊力が剣へと注がれる度に剣が魔槍を切り裂いていくスピードが格段に増してゆく。
魔槍は成す術もなくミリエラの剣に切り裂かれてゆき、全ての精霊力をミリエラに飲み尽くされ、元の精霊へと戻された。
キィィィィィィン・・・・・・
魔槍は両断された。
人の何百倍もあろうかという空に浮かんだ巨大な魔槍が少女の手に持たれた一本の剣によって切り裂かれた。
槍はとてつもない量の精霊力を大空へと放出しながら大気中に消え、散っていった精霊力をミリエラは全て剣に集約させる。
側から見れば、彼女は手に持った剣でやすやすとま槍を切り裂いたようにしか見えないだろう。しかし、俺の周囲掌握にはしっかりと映っていた。
HP:213/7852
MP:23/???
ミリエラはギリギリだった。上限が俺でさえ計り知れないMPがほぼ底を尽き掛けていて、飛び散った魔槍の破片で体力も・・・後一撃でも何かを食らえば死んでしまうくらいに低い。真珠のように白い肌だったミリエラの身体には流れた血の痕跡がくっきりと残っている。
フッ・・・とミリエラの羽が消失し、そのまま四肢を投げ出したまま大空を落下する。全てを使い尽くしたミリエラは羽を維持することもできなくなって重力に引かれるままに落下を始めた。
・・・まぁ、無論落下予想地点には既に俺がいるわけだけどね。
ものすごい勢いで落ちてくるミリエラに、風魔法をかけてゆっくりと受け止めた。
「おかえり、ミリエラ」
「うん。ただいま、ユガ君」
急激なMPとHPの消費にミリエラは息を荒げている・・・けれど、そこにはいつものミリエラの笑顔があった。
「ユガ君・・・まだやらなきゃいけないことがあって、その・・・本当はヤなんだけど、ちょっとだけ力を貸してもらっていいかな? 自分だけでやりたかったんだけど、ちょっと無理しちゃったから」
「・・・・・・・・・幾らでも貸してあげる。それが終わったら、傷の手当てして暖かいベッドで眠るんだぞ?」
「あはは・・・お父さんみたいだね。うんわかった」
ミリエラに俺の魔力を分ける・・・さっき魔法陣に使おうとした魔力は精霊達のおかげで温存できたし、まだ精霊と繋がっているからなのか魔力が湧き上がってくるので十分にミリエラに分け与えることができる。
「じゃあ、けじめをつけてきます!」
「おう」
念のためにミリエラに何重にも防御魔法をかけて送り出す。MPは分け与えられても、HPだけは分け与えれない・・・回復魔法を行使すればいいのだろうけど、今はなんとなくミリエラがそうはしたがらない様な気がした。
ミリエラはゆっくりと奴に歩みを進める・・・もはや、奴には精霊の力が残されていない。あるのはエルフ数十人分の力だけ・・・無論それだけでも十分に脅威ではあるが、今のミリエラにとってそれは障害にはなり得ない。
「く・・・ルナ・・・クルな・・・くるナくるな来るなあああぁあぁああっぁあl!!!」
悠然と歩くミリエラに奴は無理やり魔力を引き出してミリエラへと放った・・・それをミリエラは、じっと見据えてその身体で受け止め様と両手を開いた。
槍は運良くミリエラを逸れ、ミリエラの頬を掠めるだけに終わる・・・ミリエラの頬に小さな切り傷が生まれ、それが頬を流れ落ちる。
数発ミリエラの周囲を魔法が通り過ぎ・・・ようやく奴の魔力が底を尽きた。
「・・・ナゼだ。はーフエルふに、ナぜ、オマエわカたいれスル?」
「皆、一緒だからだよ」
「ッッッ!! エルふこソが、しジョウのソンザイ、ヤハリキサまはにせモノだ!!!」
「皆一緒なんだよ・・・護りたいモノがあって、それを守る為に必死に足掻いただけなんだよ。腕を伸ばして永遠と続く悲しみの世界の中で、たった一つの藁を掴み取った・・・それが貴方達なんだよ」
「黙れ!!! だまれダマれダマレ!!! ニセモのノきさマに、何がワカる!!」
奴は走り出す・・・自分よりも小さくてか弱いミリエラに、その野太い腕を振り上げ・・・そして勢いをつけて振り下ろした。
「その藁こそが間違えだったんだよ。エリュード」
ピタッと腕が止まる。
巨大な腕はミリエラの頭上・・・頭一つ上で完全にぴたりと静止している。
「な、ナに!?」
奴・・・リオエルの兄は必死に体を動かそうともがくがまるで、別の意思が働いたかの様にその体はピクリとも動こうとはしない。
「何も・・・誰も悪くない。皆生きるのに必死で、目の前にいた人達を守ることで手一杯だったんだよ。ハーフエルフを・・・貴方は憎んでいないでしょう? 同族を貴方は恨んでいないのでしょう?」
「お・・・マエ、なに・・・を・・・」
リオエルの兄の気配がやつの中へを押し込まれていく・・・そして、『奴』が表層に現れた。その表情は信じられないものを見る目つき・・・完全に人の感情を有するそれになっていた。
「恨み・・・そんなモノを貴方は持っていない筈よ。持っていたのは果てのない悲しみ、そこから貴方が導き出したものは・・・恨みなんかじゃない。悲しみを次代の子らに伝えたくないっていう思いの筈よね? でも、そんな矢先に貴方は悲しみという大きな荷物のせいで、よく見えない藁を掴もうとした。それが、あの行動なのよね」
「オれワ・・・おれわ・・・俺は・・・護りたかった」
「えぇ知ってるわ」
「沢山・・・失った」
「えぇ知ってる」
「もう失いたくない」
「うん」
「悲しいのはもう嫌だ」
「・・・うん」
「だから、強くあれとした」
「・・・」
「あの子を強くして・・・俺が守れなかったものを守れるようにしようとした」
「・・・・・・・・・うん」
「・・・それが、ダメだった」
「そうね」
「不幸しか、生み出さなかった。トゥワルドは・・・悲しみを背負った」
「・・・そうだね」
「俺は・・・間違っていた?」
「間違ってはいないよ。けれど、方法が違ったんだよ」
「方・・・法?」
「ずっと寄り添ってあげればよかったの。精霊達と一緒に、歌って笑って、時には泣いて怒って、そんな事を子供達に教えてあげればよかったんだよ。そうすれば子供っていうのは自然と強くなっていくものなのよ」
「そう・・・だったのか」
「えぇ・・・だから、あとは一緒に見守りましょう? 一番近くて、一番遠い場所から子供達を見てあげましょう?」
「・・・許され・・・るのか?」
「・・・・・・・・・許されないかもしれないし、許されるかもしれないわね。あとはこの娘の気持ち次第。それと・・・そこにいる貴方も許してくれるかしら?」
長い長い会話・・・ミリエラの表情がころころと変わり、それはまるで自分と誰かが混ざった様な、そんな違和感がある。
奴はその声を聞くたびに、どんどん、どんどんと気配が薄らいでいく。天に召され成仏していくかの様に・・・実際は魔力が尽きたことによって、霧散するだけなんだろう。けれど、何が起こした奇跡なのか、奴は気配は薄れていくものの此処に止まっている。
そして・・・ミリエラがやつの瞳の奥にいるだれかに問う?
すると、小さく、本当に小さな赤い光が一瞬小さく燃えあがり、空へと消えていった。
「ほら、この子は許してくれたわね。あとは『この娘』次第ね。それじゃあ、後は私が送り出してあげます」
フッとミリエラが戻る。
ミリエラの意識や感情が確かにここにある。
「・・・もう、いい?」
「・・・あぁ」
「最後にちゃんと言いなさい!」
「・・・ごめん・・・なさい」
「・・・はい。じゃあ、逝ってらっしゃい・・・もう、戻って来ちゃダメだよ? それと、ちゃんとお別れはしなきゃダメだよ・・・」
ミリエラがそっと奴の体に手を差し入れる・・・と、奴の体は空気中に霧散し、黒い魔力の塊とリオエルの兄を構成していた身体は全て空気中に溶けて消失した。
「トゥワルド・・・すまなかった。お前を、愛している・・・」
やつの魔力の残滓は最後にそう言い残して大気中に霧散する。
一体誰なんだ・・・そう思う暇もなく、ドサッという音が耳に届く。
「父・・・上・・・」
エルフの族長が・・・大粒の涙を流しながら、嗚咽を漏らしていた。
そこで・・・全てを理解した。
『そういうことなのね』
「誰も・・・間違ってないってことか」
ミリエラは消え去った魔力の残滓を見つめ・・・そして、そこに立ち尽くしたままワナワナと震えるリオエルの兄を見つめる。
「き・・・さま、きさま、キサマキサマ貴様ァァァァァァァァァァ!!!!!」
リオエルの兄は血走った目をミリエラに向ける。リオエルの兄から迸る殺気がミリエラに向けられ、掴みかかろうとする・・・が、もうそこに『ミリエラ』はいなかった。
ミリエラ(仮)はリオエルの兄の勢いをそのまま利用して一度喉に剣打を突き込み意識を飛ばし、胸倉を掴んでズルズルと引きずっていく。
・・・すると、地面に膝をついたままのカーティア様の元へと歩き、胸倉を掴んでいたリオエルの兄を放り投げて小さな水球を作り出して気を失ったリオエルの兄へとぶっかける。
途端に意識を取り戻したリオエルの兄は何かを叫ぼうとするが・・・さっき喉に一撃をもらったせいかうまく声が出せないでいた。
「さて・・・ミリエラちゃんと、あの人の奥さんは優しいけれど、私はそうはいかないよ?」
「み、ミリエラさん? 何を」
「正座なさい?」
「ヒッッッッッッッッッ!!!!!!!」
カーティア様はまるで条件反射の様に・・・まるで体に染み付いたかのような流麗な動きで、正座まで一寸の狂いもなく無駄もない動きで移行した。
「あなたもよ? お兄さん?」
「お・・・なにさま・・・」
「やめるんだ・・・君、彼女を怒らせてはいけない。君はエルフで僕はハーフエルフ・・・正直君を見捨ててこのまま死んでくれればなんて一瞬思ったけど、彼女はシャレにならない早くいうことを聞くんだ!!!!!」
カーティア様はミリエラの言いつけに背こうとするエルフを必死に宥める・・・その形相は本当に必死で、本気で何かに怯えているような表情だった。けど・・・どこか嬉しそうな、涙を堪えているようなそんな表情だ。
一方であの兄はといえば急なハーフエルフの説得と目の前でニコニコと不敵に微笑むミリエラとに押されて、知らず識らずの内に正座してしまっていた。
「え・・・っとね。さっきの人みたいにうまく制御できないから、あとはこの人に任せるから、頑張ってね二人とも」
「な、なんだと言うんだ、この俺が!!」
「黙ったほうがいいよ」
「「ヒッッッ!!!」」
兄に告げたその一言でカーティア様も震え上がる・・・そこには天使のような微笑みで薄眼を開け、鬼の様な殺気を携えたミリエラが佇んでいた。
俺の後ろで戦場に逃げ遅れたものがいないか確認していたシロタエ達配下も・・・その殺気に敏感に反応して震え上がっていた。
「あのトゥワルド・・・って人は仕方ないと思うの。どちらかといえば親御さんが悪いんだもんね? でもね、君たちはどうなのかな? んー? リオエルちゃんのお兄さんは・・・私怨でリオエルちゃんを逆恨みした挙句、こんなことをしでかすし、カーティアの方はもう言わなくてもわかるバカだし・・・ねぇぇぇ?」
「お、おれはわるk」
バチィィィィィィィィィィィィィン
「「「ヒィィィッッッ」」」
一瞬、兄の顔の形がくの字に曲がったように見えた。それほどに凄まじい掌の一番力の集中する真芯で、兄の頬へと強烈で猛烈で激烈なビンタを繰り出した。
ミリエラがカーティアに繰り出したときとは比べ物にならない程の威力・・・戦車の砲弾のような威力で振り抜かれたビンタによって一撃で兄は大地に沈んだ。
横に座っていたカーティア、近くで見ていたリオエル、そして俺は同時に小さな悲鳴を上げてしまった。
「寝てる暇はないよぉ?」
小さな水の球体を出して兄に再びぶっかけて強制的に意識を戻させる。
・・・これって、拷問じゃないよね?
「はぁい。おはようございます。で・・・二人とも何か申し開きはある?」
「う・・・ぁ・・・ない! 何もない!!」
「貴方様にそのようなこと、あろうわけがございまs」
バチィィィィィィィィィィィィィン
「「「ヒィィィ」」」
今度は、俺とリオエル、兄の三人で小さな悲鳴を上げてしまう。
ちゃんと同意したのに、思いっきりビンタされた。
そして兄と同じ手順で起こされる。
「横の人もビンタしちゃったから、カーティアにもしちゃったわ。許してくれるよね?」
「と、当然です」
慣れている!! なぜだか完全に慣れている!!
意識を取り戻した瞬間に、綺麗な正座の姿勢になりカーティアはピンッと背筋を伸ばし、ハキハキと答える。
きょ、恐怖政治とはこうやって確立していくんだろうな。
「で、申し開きはあるかしら?」
「「ないです」」
兄とカーティア様は心を失った人形の様に答える。さっきのあの強烈なビンタは一度食らってしまえばその恐怖は二度と離れることはないだろう。
「・・・貴方達も皆の為にやろうとしたっていうことはわかるの。でもね、『私』やあのエルフの人みたいなそんな信念がどこにもない。唯自分の私欲だけを満たそうと、皆の思いを利用しているようにしか見えない」
何かを言いたげに二人は口を開きかけるが、またスッと開かれた薄目に二人は閉口した。
「リオエルちゃんがどれだけ悲しんだと思っているの? 皆が自分を見てくれなくなって、小さな女の子が服も着飾れないで家族にも愛されないでずっと一人で訓練なんていう下らないものに身を捧げたのがどれだけ凄い事なのかわかっているの? ずっと好きだった・・・ずっと自分に笑顔を投げ掛けてくれた集落の皆が、ずっとそばにいた父親が離れ、剰え兄に恨まれるなんて滅茶苦茶じゃない!! リオエルちゃんがあそこまで頑張ったのも、きっと自分が頑張れば、皆振り向いてくれるからと思っていたんだよ!!」
リオエルの兄は口を開こうとしたが・・・続く言葉が出てこない。今のミリエラは殺気も何も放っておらず、強制的に黙らされているのではない。
ミリエラも兄の言葉を聞こうとしている・・・しかし、兄からはいっこうに言葉が紡がれず、閉口してしまう。
「貴方もよカーティア。わたs・・・婚約者が死んで悲しいのは十分わかるの。でも、そこで貴方が立ち止まってどうするの!! 恨みに身を任せて、唯一貴方に長所として残った頭で何か考えようとしなかったの!! 怒って悲しんで恨んで、何でその先を考えようとしなかったの、婚約者の意思を継ごうとしなかったの!!」
「で、でも」
「うるさい! 一国の王が皆を危険に晒してどうするの! 皆を傷つけてどうするの!! 貴方の為なら・・・いいえ、ハーフエルフの為なら彼らはなんだってするわ。ハーフエルフの意思、引いてはハーフエルフの総意である貴方の命に従って命でさえも投げ出すでしょうね!! それを貴方が率先してどうするの!! それと・・・それよりも私が許せないのは、貴方の一番近くで、貴方の事をずっとずっと支え続けてきたゼルティアちゃんを見なかったことよ!! 亡くなった亡霊ばかりを追いかけて、いつも自分を支えてくれたゼルティアちゃんを蔑ろにするばかりか、自分の命も捧げたゼルティアちゃんに・・・貴方は、貴方は私を殺したエルフよりも酷いことをしたのよ!!」
カーティア様は何も言い返すことができず、黙って俯くことしかできなかった。
「・・・・・・・・・でも、一番許せないのは、そうしてしまった私自身なのよ。ごめんね、ティウル」
カーティア様は俯いていた顔をはっとあげる。
「君は・・・悪くない。僕のせいだ、僕が・・・もっと強ければ、君を失わずに済んだんだ。僕が浮かれていなければ、君は死ぬことなんてなかったんだ。僕の意思が強ければ皆を傷つけることも、ゼルティアも失わずに済んだんだ。君は悪くなんてない、全部僕のせいだ。だから・・・ごめんなさい・・・ごめんよ、『エルン』」
ミリエラは・・・ミリエラの中に入っているであろう女性は、一筋の涙を流し、泣きじゃくるティウルの頭をそっと抱き抱える。
「うん。よく頑張ったね」
・・・長い間カーティアを抱き締めていた手をそっと離す。
その顔に現れたさっきの悲しそうな顔はもうない。そこには微笑みと、ほんの僅かの・・・・・・・・・殺気が漏れだしていた。
それを敏感に察知した二人は瞬時に姿勢を正し、泣きじゃくっていたカーティア様は恐怖の顔を浮かべ、何かをずっと考えていた兄もビクビクと体を震わせた。
「さて、じゃあ、最後なんだけどね。ミリエラが・・・というよりは、そこの魔族君がね、いい言葉を教えてくれたの」
ミリエラ(仮)はにっこりと微笑みながら、次に天を仰ぎ見ていたエルフ族の族長に声をかける・・・いや、脅迫した。
「正座していただけますか」
「・・・あぁ」
うっわぁ・・・親子&因縁のハーフエルフが3人揃って正座させられる。
「いい言葉だったのよ。『喧嘩両成敗』っていうそうよ。喧嘩をしたものは何方が『良い』もなく、喧嘩をした者同士何方も『悪い』っていう考えで、どちらも裁かれるべきっていう事らしいわ」
あ・・・ミリエラ(仮)の右手に魔力が集約していく。
「これはみんなの総意なんだよ。ミリエラは最後まで渋っていたんだけどね、あのエルフの人は笑いながら許してくれたし、結局最後はミリエラも了承してくれたわ・・・それじゃあ、覚悟しなさい?」
「異論はない。首を刎ねられたとしても一向に構わん」
「な、なんだ、俺はごめんだぞ、もうあれは嫌だ!!」
「あぁ、エルン・・・久々のあれなんだね。覚悟はできているよ、思う存分やってくれ」
大気が震え大地が脈動し、ミリエラの周りに集っていた精霊達が一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ始める・・・あ。ちょっと、それに紛れてハンゾーも逃げ出してる。蜘蛛の子だからか?
シロタエ達も何故だか必死に動き回り防御魔法の準備を始め、キクは何故だか興味深そうにじーっとミリエラ(仮)を観察している。
草原に芽吹いた草木は元気を無くしたかの様にしな垂れ・・・僅かに地表に出ていた虫達もなりを潜める。
大気が熱を帯び始め、雲一つなかったはずの空に暗雲が立ち込める。
風に乗って流れていた森の匂いが急に反転して森へと戻っていき、大地に等しく循環する魔力が強制的に引っ張り上げられる様にミリエラ(仮)の足元付近までせり上がって来る。
あれ、おかしい。
さっきまで俺はミリエラを女神か何かだと思っていたのに、そこには『魔王』の如き気配を漂わせた存在が佇んでいる。
カーティアとリオエルの兄はお互いの立場も尊厳も忘れて二人で抱き合っている。族長はというと覚悟を決めたとでもいう様に正座をしたまま微動だに・・・あ、手がプルプルしてる。
ミリエラ(仮)がゆっくりと手を上げる。魔力が纏われキラキラと光り輝くそれは、実体化し巨大な手を形成した。
物理的な圧力を持った凶器と見紛う魔力によって形成された巨大な手・・・漂う殺気と膨大な魔力はさっき俺が渡した魔力の大半を注ぎ込んでいるのがわかった。
それどころか・・・精霊とコネクトして魔力まで練り込んでいる始末。
「覚悟はいいかしら」
最終通告がなされた。
「「「・・・はい」」」
「アイシテイタワ。ティウル」
「あはは、僕もだよ。エルン。で、ものは相談なんだけどね、一生の頼み事があって、その・・・手加減してくr」
カーティア様が言い終わる前に、満面の笑みと共にその手が振り下ろされたのだった。
ドッッッッッッッッッッゴォォォォォォォォォォンーーーーーーー・・・・・・・・・・。
次話、終章?
(幕間を挟むかもしれません!)
ハーピーの観察日記
休載。
宜しければ、本文下にある評価の方是非ともお願い致します!
遠慮なくこの物語を評価して下さい!!
何か変なところ、見にくい、誤字だ!などがあればどしどし教えて頂けると嬉しいです。
(言い換えでこういうのがありますよなどが合ったら教えてください。例:取得→習得、思いやる→慮る、聞こえる→耳に届くなど)
感想や活動報告の方にコメント頂けると私の気力になりますので気軽にどうぞ!