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森人:森海戦争⑤でした!

たくさんのブックマークありがとうございます!


顕現するは『ハイエルフ』ならざるモノ

 side カーティア


 頭上には赤黒く燦々と光り輝く禍々しい太陽が浮かぶ。太陽から漏れ出た魔力の残滓が頬を撫でるだけで、その部分は切り裂かれ、次いで堪え難い痛みを伴って自分の体を蝕む・・・ただの切り裂かれた痛みではない。切り裂かれた部分に塩を刷り込まれたような痛み・・・それが永続的に続き、そこを撫でてみると腐った肉が削げ落ちた。

 あれはただの魔法ではない・・・超高密度に圧縮された人智を超える魔力の塊であり、もはや唯の人や魔族には触れるだけで猛毒となるそれへと変貌してしまっている。


 そんなものが頭上に浮かんでおり、もしこの太陽が何の躊躇いもなく自分達に降り注げば、超高密度の魔力の一部となってしまうだろう。


 だが、その毒の太陽こそが『至る』鍵であるのだとエルフは言い張った。俄かには信じられないその存在が、ある少女の頭上へと移動する。それは自分を『リオエル』と名乗った少女だ。

 一体何が起こるのか・・・は明白であったが、それが突如としてリオエルへと牙を剥いたのだ。突如といっても合図を送ったのはエルフの族長であり、僕の仇敵である。


『ハイエルフ』へと至る鍵が・・・リオエルへと容赦なく降り注いだ。


「え?」


 リオエルは突然の事に成す術もなく、太陽は彼女の眼前にまで迫った。


 そして、誰もが彼女が太陽に飲み込まれるだろう・・・そう思った時、それは突如として横合いから飛び出したのだ。


「リオエルッッッ!!!!!」


 ドンッと何かにぶつかった音が響き、太陽の真下で立ち尽くしていたリオエルと名乗った少女はいなくなっていた。彼女は何かに突き飛ばされたかのように横方向へと大きくよろけた。


 そして太陽が堕ちた。


 太陽が飲み込んだのは・・・間違いなくエルフだ。しかし、本来意図していた人物とは全く違った者を太陽はまるまる飲み込んだのだ。


「なっ、誰だ!!」


 エルフ族長の焦った叫びは太陽に吸い込まれた。太陽は飲み込んだ人物をまるで餌を捕食し、咀嚼するかの様にグニャリグニャリと歪み、その姿は人ならざる形をとった。禍々しい魔力の奔流が太陽の中を荒れ狂い、太陽の外へと放出される魔力の残滓が先ほどよりも多く放出されており、それが大地へと触れるとまるで溶けたマグマのように大地を腐食させ、一瞬にしてその大地を死した土へと本坊させる。

 赤黒く光り輝いてた魔力は紫色の光内部から明滅させ、その内部には人ならざるものの影が蠢いており、それらは悲鳴を上げているようにもがき苦しんでいる。


「パー・・・シラ?パーシラ! パーシラアアアァァァァ!!!!!」


 太陽に飛び込もうとしたリオエルを僕の後ろから飛び出したミリティエが手を引いて止める。それを引き剥がそうと必死に太陽の元へと走るが、ミリティエは決してその手を離そうとはしない。

 しかし、彼女の目に浮かぶ焦燥の色を見れば、彼女が如何に感情を押し殺しているかがわかる・・・彼女も今すぐにでも走り出し、あの太陽へと入ろうとしていたのだ。


 だが、それを阻止しているのは彼女の傍にひらひらと飛んでいる精霊故であろう。大地を思わせる茶色の髪に、森を生い茂る若葉を思わせる新緑のメッシュが走ったその精霊は小さな人の形をとっており太陽をジッと・・・睨みつけているのだ。

 そして、そんな精霊の瞳にはツーッと一筋の涙が伝う。


『酷いよ。精霊達が・・・精霊達の魂が僕に伝えてくる。これはハイエルフなんかを生み出すそれじゃない。これは精霊を冒涜し、全てに仇なす生物全ての敵になる。これに込められてるのは深い湖の底をも凌駕する果てしない闇、エルフが生み出した底知れぬ恨みの塊だ。成る程ね・・・まさか、そうくるとは思っていなかったよ。エルフがまさかここまでするとは僕も思わなかった』

「離してミリエラ!! 私の、私の大切な人なの!! パーシラはパーシラは!!!」

『ミリエラ、決してその娘を離してはいけないよ。そして、君もあれに行くことは絶対に許さない。あれは僕らでさえも知る事ができない・・・僕でさえも及ばないそんな存在だよ』

「ねぇ・・・いったい、あれはなんなの」


 ミリティエはジッと不定形の太陽を睨みつける。唇の端を噛み、赤い鮮血がツゥっと彼女の白い肌を伝う。


 太陽は形を変え、それは最早『太陽』と言えるそれではなくなってしまった。赤黒い不定形のそれは巨大な一つの化け物とかしてしまったのだ。

 しっかりとした体は身体の右半分であり、左半分は赤黒くドロリとした魔力がグニャリグニャリと形を変えて、化け物のそれを形取った。右半分の体は、一瞬自分の視界に写ったあの突き飛ばしたエルフの形に似て入るが、その裸体には濁った沼のような色をした緑の線が時あちこちに走っており、瞳には光が宿っていない。

 手の指も合計して7本あり、口の端からのぞかせる歯はおおよそ人のものではなく、ギザギザとまるで魔物のように尖っている。

 左半身のドロリとした魔力は時折赤、緑、青の魔力を際限なく噴出させており、それらがハッキリと可視化できる程の高濃度の魔力だという事がわかる。


 これが・・・ハイエルフな訳がない。


「ワレが、はイエルふなリ。死セよ、ハーフふえるふふふふ」


 左半身の魔力が口のようなものを作り出し物を言う・・・鉄と鉄をすり合わせような不快な声で、紡がれた言葉は物理的な圧力を持って、その場にいた全員が耳を覆った。


『あれはもうエルフでも精霊でもない。名付けるとすれば「高位偽精霊」とでもいったほうがいいかな。ミリエラ、これは最早僕やミリエラでは救えない・・・滅したほうがいいよ』

「ぜ、絶対にダメ! あの中には多くの精霊さん達や・・・パーシラさんもいるんでしょう!! どうにかして助けなきゃ」

『もう手遅れだ。二本の糸が絡まり合ってるだけならまだ解けるかもしれないけれど、何十本もの糸が複雑に絡まっている状況でそれを解くことなんて不可能だよ。それに、僕がこうして出てきているって事は、そんな悠長に手繰って解いてる手間を彼方は取らせてくれないんだよ』

「・・・でも・・・でも!!」


 ミリティエのそばに佇む精霊は、あの化け物を・・・いや、『高位偽精霊』と名付けたそれを殺すべきだと唱えた。しかし、ミリティエはあれの中に囚われた精霊や『パーシラ』と呼ばれたあのエルフを助け出したいと告げる。


 ミリティエの側に佇む精霊は・・・恐らくはゼルティアよりもより高位の精霊であるのだろう。上位の中でもさらに上位の精霊・・・その姿形は非常に『人』に近しい存在であり、その大きさは精霊の力そのものを示すと言われている。

 エルフである彼女と彼女と契約を交わしたあの精霊でさえ・・・高位偽精霊から救い出すことはできないというのなら、もう救い出すことはできないのだろう。そして、精霊が人前に姿を表す時は感情をおもてに出しているときや『力を容赦なく行使』する時。


 つまり、あの精霊の全力を持ってして相手しないといけない存在が、高位偽精霊なのだ。そんな相手にちまちまと救出を考えている暇はない。

 だが・・・ミリティエは諦めきれないようで、必死に救い出す方法を考えている。


「父さん!! これが、父さんの望んだことなの!! これが私達が望んだハイエルフなの!! こんなの・・・こんなのって!!」


 リオエルから父さんと呼ばれたエルフの族長は『高位偽精霊』をボーッと見つめ、そして・・・口角を上げた。


「・・・・・・あぁ、そうだリオエル。これこそがハイエルフなのだ。お前じゃなくても至れるとは、これほどまでに精霊の力とは偉大・・・ハイエルフは偉大なのだ」


 そう告げる。


「絶対的な力、精霊を束ね、我々には届き得ない絶対の存在。これこそが至高の『ハイエルフ』なのだよ。リオエル・・・」

「ふざけないで!! こんなモノがハイエルフなわけないじゃない!!」

「何を言うんだ・・・これこそが、ハイエルフ。ハーフエルフを滅ぼし、我々エルフの国を築き上げる王となりうる存在だ」


 泣き叫んだリオエルはその言葉に絶句する。異常だ・・・誰がどう見たって目の前に立つそれが『ハイエルフ』だなんて認めるわけもない。しかし、エルフ側からは歓声が上がる高位偽精霊・・・いや、『ハイエルフ』の存在がエルフ側に齎されたと疑わないそんな歓声が戦場へ響き渡る。


 自分達の勝利が確定したというそんな歓声がエルフ達から上がり、エルフ達が一斉にハーフエルフへと襲い掛かる。

 しかし、先ほどの巨大スケルトンソルジャー亜種がやられてから時間が経ったからか、地面からは新たなスケルトンソルジャー亜種が現れ、それらは生まれた直後に自分達が持っていた刀で自らの頭を突き刺して自滅する。そして地面には骨の残骸が残り、空には禍々しい魔力が漂い・・・そしてそれが一箇所に集まりまたあの巨大スケルトンソルジャー亜種が現れた。


 しかも、今回は巨大スケルトンソルジャー亜種が五体も現れたのだ。


 士気を取り戻した・・・いや、何かに取り憑かれた様に戦気に満ちたエルフ達は巨大スケルトンソルジャー亜種へと飛び掛かるが彼我の戦力差はもう明らかだ。

 いくら戦気に満ちようがエルフはあれにはかなわない・・・だが、それを屠らんとする者が僕の目の前に存在するのだ。


 左半身の魔力が巨大な手形を形成すると五体の巨大スケルトンソルジャー亜種とエルフ達が戦闘を繰り広げる戦場へと手を向けた。

 掌の中心には巨大な暗い穴が開いておりそこからは禍々しい魔力と共に、七色の魔力が轟々と吹き荒れていた。その魔力はおおよそ人の出せるものではない・・・七色の魔力からは各属性の力が詰め込まれており、それは精霊によって練り上げられたそれと何ら変わらない。だが、その魔力はそれだけで終わらなかった。


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 奇怪な呻き声の様な声が掌から漏れ出た直後七色の魔力が一瞬にして消失し、直後、更に練り上げられた高密度の魔力があふれ出す。

 それが・・・それが、幾度も繰り返される。僕があの中の一つの魔力を使って魔法を放てば、灰すらも残さない程の暴発を引き起こすだろう。それをまだ幾度となく繰り返している。


 膨大な魔力は周囲の大気を捻じり取る様にして吸収していく。七色の魔力はいつしか己の身体を飲み込むほどに巨大に質量を増してゆき、それぞれの色が混ざり合って暗黒にも近い黒い魔力へと変貌していった。

 それはエルフの間で語り継がれたこの世界を構成したと言われる二柱の精霊の一体・・・伝説の『闇の精霊』が作り出したと言われる何物をも飲み尽くす暗黒の球体のそれだ。


 バチバチと黒い雷を球体に迸らせながら、それは高位偽精霊の手を離れた。黒い球体はゆっくりとした速度で巨大スケルトンソルジャー亜種へと接近する。エルフ達はそれを確認すると一斉に巨大スケルトンソルジャー亜種から距離をとり、精霊魔法を足へと放った。

 足を破壊され身動きできずにいたそれは、接近した黒い球体に成す術もなく飲み込まれた・・・結末は簡単だ。スケルトンソルジャーはその球体に全てを飲み込まれ、5体のスケルトンソルジャーは黒い球体に飲み込まれその姿を消した。


 そして、球体は空中で脈動した直後、地面へと落ちた。


 弾ける。黒い稲妻が地面を這い周り・・・その稲妻はエルフ、ハーフエルフ問わずに無差別に襲い掛かる。防御魔法はもはや意味をなさない、防御魔法ごと稲妻に絡め取られて消失していくのだ。何重にも張り巡らされた防御魔法は全て破壊し尽くされ、最終防衛ラインと設置してあった魔道具による簡易札結界も一瞬にして塵と化した。

 防御魔法ではだめだと魔法を放ち相殺しようと試すも全てを飲み尽くす稲妻には逆効果だ・・・それを吸収すると、更に勢いを詰めて襲い掛かるのだ。


 飲み込まれた。戦場を埋め尽くしていたスケルトンソルジャー達は稲妻に焼かれ残骸すらも残さずに灰へと変わり、逃げ遅れたエルフとハーフエルフは雷に触れた直後に身体を黒く変色させ、まるで黒焦げになったかの様に地面に倒れ伏す。


 たったの一撃・・・たったの一撃で戦場は阿鼻叫喚の地獄へとその様相を変えたのだ。

 逃げ遅れたハーフエルフはざっと見た限りでも200はいたはずだ。エルフ達も同様に100程の黒くなった死体が大地へと倒れ伏している。


 だが稲妻の猛進は止まらない・・・それは両者の背後へと迫る。あの稲妻が今逃げている者達を犯せば、ハーフエルフは約1000の死体が築かれ、エルフは500の死体が戦場に転がる事となる。

 だが、それを誰も防ぐ手立てはない。背を見せてむざむざと稲妻に焼かれるしかもうないのだ。


 そして、また稲妻が飲み尽くさんと襲い掛かる直後、それは勢いを止めて何かの壁に阻まれた様にピタリと止まる。後続の稲妻がその壁を食い破らんと喰らい付くがその壁が揺らぐことはなかった。


 見れば戦場の最前線、皆が皆背を見せて逃走しているのに対し、ポツンと唯一人稲妻に面と向かい合う人影が一つあった。

 その人影が翳した掌からは青白い魔力が溢れだし、戦場に広がる稲妻をすべてドーム状の結界の中へと包み込んでしまった。それがどれだけ異常かなんて魔法に精通している者ならすぐにでもわかる・・・魔法を覆って隔離するなんて常識的に考えてできるわけがない。無論できないことはないが非常に効率が悪く、誰もそんなことをしようとは考えない。

 普通に対面を防御するだけなら大丈夫だが、初級の魔法を覆って完全に防ぐのであれば中級の結界魔法を張り巡らせ、中級であれば上級・・・上級であれば最上級レベルの結界魔法で覆わなければ防ぐ事なんてできる筈がない。


 それをやってのける人物がいたらそれは・・・化け物だ。


 そして、あれだけの魔法をたった一人で全て完璧に防いでいる人物が戦場の前線に佇んで居る。荒れ狂う稲妻は尚も壁へとその膨大な魔力を打ち付けているが一切揺らぐ事はなく、稲妻は残った魔力をすべて使いきって消滅した。


「だああああああぁぁあぁぁあああああぁっぁぁあっはあああああぁぁぁ」


 その人物は盛大に息を吐き出すと大地に倒れ伏す。

 結界は消滅し・・・そして、解かれた結界の中に稲妻に飲み込まれていったエルフとハーフエルフがそのまま(・・・・)の状態で倒れ伏していた。


「スキル:影守の遵輪(シャドウ・リグード)、精霊魔法:大蒼殿の棺(アリウムコフィン)・・・やっぱり、単純な攻撃よりも魔力の消費が凄いな。やっぱりディーレの言う通りだなぁ。結界魔法は大雑把にしか展開できなくて、この影の魔法なら細かく設定できるし魔力消費も優しいな。それにしてもまぁ、あの黒い雷、物凄い威力だな。さすがSランク相当の強さだ」


 そこには半身が真っ黒に溶けた人物が立っていた。溶けた半身からは凄まじい魔力が放出されており、ずるずると移動しながら、元あった場所へと帰ってゆく。

 溶けた半身がしっかりと人形(ひとがた)を形成すると、気だるそうに立ち上がって此方をジロリと見据えた。


 ゾクッと寒気が全身を襲い、身体が震え始める。


 そこに立っているのは唯の『人』であれどそれは器に過ぎない。瞳の奥から見え隠れする力は荒れ狂っていて、小さな身体の何処にそんな力が隠されているのか検討もつかない。


「父さん・・・これがハイエルフなわけないじゃない。仲間達を殺そうとしたのよ!!」

「あのエルフ達が間抜けであっただけの事、ムカシはこんナ事、ワなかった。府抜けたモのだな」

「違う!! 集落の皆を殺そうとたんだよ。もしあの人が・・・ユガが助けてなかったら、皆死んじゃってたんだよ!」

「仕方のない犠牲だ。現にもしもあれがハーフエルフに届いていたら、我らの勝利は確実だ。ハイエルフは我々エルフを救う神なのだよ」

「ハイエルフが神様・・・なら・・・なら、パーシラを返してよ!!」


 リオエルは手を掲げ、高位偽精霊へと臨戦態勢を取る。


「助け出す方法はきっとある。リオエルちゃん、あれの動きを止めるよ!! パーシラさんを・・・精霊さん達を助け出そう」

『甘いね・・・あのお人好しの魔族の様に甘いよ。でも、そんなとこが大好きだよミリエラ!!』


 ミリエラはリオエルの傍に寄り添いながら精霊と共に魔法を放つ準備に取り掛かる。やはり、僕らハーフエルよりも強いその魔力の波動は、彼女らを中心に魔力の渦を形成し、それをニコニコと見つめる上級精霊が急襲し巨大な魔法陣を形成する。


「メッセよ。滅せよ。めっせよ」


 左半身が赤黒く輝いた直後黒い稲妻が目にもとまらぬ速さで彼女達へと襲い掛かった。恐らくあれに少しでも触れてしまえば一瞬にして灰になる事は間違いない。バチバチと大気を破裂させる音が連鎖し、耳を劈く轟音となって鳴り響く。

 稲妻が大地をのたうち回り、大地に生い茂っていた草を黒焦げたそれへと変えた。


 彼女らはそれに成す術もなく穿たれる・・・しかし、その稲妻は彼女を貫いただけで、大地と同じように灰に変える事はなくただじっと高位偽精霊を見つめる彼女らだけがそこへと残ったのだ。

 何故、いったいどうして貫かれた彼女らが平気でいられるんだ・・・そう頭の中に疑問が過るが、その答えは直ぐに明かされた。


「ハアアアァァァ!!」


 彼女らは高位偽精霊の横合いから突如として空間を突き破る様にして現れたのだ。高位偽精霊の右と左二手に分かれ、彼女らはお互い両手を突きだし精霊魔法の詠唱に入った。


「古の永代より森に住まいし精霊よ、大地に根を張る精霊よ、水にて眠る精霊よ、全てを破壊する火を司る精霊よ、今こそ私に力を与え賜え!!」

「森を統べし命の焔、宿り木の聖名たるその御力、仇なす敵を屠らんとする力を示しなさい!!」


「精霊魔法:三精霊の矍鑠(フェルトワイタンデム)!!!」

「精霊魔法:森煌仇罰(フォルトゥナ)!!!」


 高位偽精霊の両脇から放たれた魔法は周囲の魔力全てを取り込んで放たれた。

 高位偽精霊の前で佇んでいた二人の姿は空中へと消え、そこには魔力の残滓だけが残る・・・あの時地面に渦巻いていた魔力はこの『幻影』を隠す為のトラップだ。彼女ら自身は誰も気づかない内に精霊魔法を用いて空間に溶け込み、高位偽精霊の横合いへと移動していたのだ。


 そして放たれたのは僕の放った魔道具複合型簡易札使用式精霊魔法など意にも介さないとんでもない魔力を内包した魔法だ。

 それでいて一切無駄がない・・・何故だ。彼女らは精霊の持つ力を十二分に引き出している・・・つまりは、精霊と同等に、精霊と肩を並べているのだ。


 例えエルフでもあっても精霊と肩を並べる事は出来ていない。精霊を利用しているつもりで、精霊に利用されているのだ。


 エルフは生来精霊に好かれて僕らよりも十分に力を引き出すことはできる・・・しかし、それでも完全に魔力を引き出すことはできず、幾分かの淀みや無駄な魔力が出てしまう。

 そう・・・絶対にどこかに綻びが出るはずなのだ。しかし、彼女らが行使するその魔法にはそれがない。魔力、魔法の髄に至るまで精霊と力を分かち合っているのだ。


 そこから繰り出される魔法は、まさに壮絶だった。リオエルの掌から放たれた三色の魔力は彼女の周りを飛び回ると、彼女の頬や髪を撫でる・・・擽ったそうに顔を魔力は確かめる様にピタリと静止すると、ゆっくりと空高くへと飛び上がる。

 それは螺旋状にグルグルと渦を巻き、大空高くに舞い上がると一つに混ざりあった。


 先程の赤黒い太陽とは真逆の白一色の球体が地面へと引っ張られるようにして急降下する。魔力の波動が衝撃波を形成し、色とりどりの魔力の尾を空中へと残し、さながら花の茎を思わせるそれを形成すると、魔力の衝撃波が徐々に大きく形を変えてゆき、空中に鮮やかな大輪の花を咲かせながら高位偽精霊の頭上へと落下していく。

 それが地面に近づくにつれてビリビリと身体中に凄まじい衝撃が流れる。


 だがそれだけでは終わらない。


 深い森を思わせる深緑の魔力が一人のエルフから立ち昇っているのだ。『エルン』の言葉を・・・紡いだ彼女だ。


 彼女の片手・・・指の先にはちょこんと小さな精霊が座っている。そんな精霊がミリエラと同じくして掌を高位偽精霊へと翳している。

 深緑のそれは彼女の周りを渦巻き始め、小さな竜巻を一迅形成するとその竜巻を中心にして幾つもの光の柱が天高く伸びる。


「ユガ君の真似だけど。私だって、やって見せる!!」


 竜巻は徐々に一つの形へと変化してゆく・・・それは光り輝く黄金の大樹。煌々と輝く木の実を付けたそれは風に吹かれたかのように一瞬揺らめくと大樹から木の実が一つ落ちる。

 木の実はそのまま大地に落ちることなく、空中にフワフワと浮遊しピシリッと真ん中に亀裂が入る。熟れた果実のように黄金の水を迸らせながら、それはゆっくりと姿を現した。


 大樹の精とでも言えばいいのだろうか・・・大きな人型をしたそれはゆっくりと大地に足をつける。


『成功だね。ミリエラ、じゃあ・・・やらせてもらおうか』


 黄金色に輝くその『精霊』は両手を目一杯天高く掲げた。


 瞬間、凄まじい魔力が大樹から降り注ぐ、大樹に実る木の実が一瞬にして腐り落ち、光り輝く木の葉は枯れ葉の如く変色して地に落ちて光の粒子となって大気中に霧散する。

 木の幹はバラバラと剥がれ落ちて行き、木の枝がバキバキと不快な音を立てながら折れる・・・。


 これは一体なんなんだ・・・魔法であって魔法でない、擬似的な空間を作り出しているかの様なその魔法はもはや魔法の域を超えている。


 大樹の力を吸い取ってゆく精霊はどんどんとその大きさを変えて行き、大樹と並び立つほどに巨大なそれへと姿を変える。


『ふーん。ディーレ様の言っていた擬似空間の作成っていうのは、精霊にとってはまさに理想のそれな訳だ。ミリエラをいつもよりも近く感じる。さて・・・其処なハーフエルフ、死にたくなかったら離れていることをお勧めするよ・・・あぁ勘違いしないでね。君の身を案じて言っているわけではないよ。本当なら僕はこの姿で持って君を踏み潰したいところだけど、ほかならぬミリエラがみんなを助けたいって願うから情けをかけているだけだよ。君は僕らの『仲間』を殺したのを・・・その小さな身体で背負っていくといい』


 精霊が僕を見下ろしそう告げる・・・カタカタと震える掌を見つめる。ゼルティアを失った・・・それはわかっている。いや、わかっているつもりでわかっていない。夢現・・・まだこれが夢であれとそう願っているのだ。いつもなら、ずっと下を向いて膝をついている僕の尻を蹴飛ばしに来る筈のゼルティアはもういないのだ・・・。


 いやだ・・・嫌だと心が叫び続けている。

 受け入れるなと・・・僕は殺していないとそう想い続けなければ僕は自分を保てない。目の前で起きている現象をずっと見続けているのも、心が現実に追いついていないからだ。


 それを・・・あの精霊は引き摺り出したのだ。


 精霊はリオエルが放った魔法・・・空に花咲くその魔法を摘む。すると、落下していた魔法はピタリと静止し、精霊の手元へと手繰り寄せられた。


『少し、頭を冷やすといい』


 花弁に小さく口づけすると花弁は精霊の手元で大輪と花咲き引き換えに精霊はその身を小さくしてゆく、すると数え切れない程の巨大な花弁が精霊を中心に現れる。巨大な花弁は精霊の周りをまるで踊っているかのようにくるくると回り始め、それが空いっぱいを覆い尽くすと同時、精霊が小さく腕を振り下ろす。


 すると、空を覆い尽くす花弁は落下を始め、淀んだ空と大気を切り裂きながら高位偽精霊へと殺到する。


 淀んだ空を切りはらった空からは暖かな陽射しが降り注ぎ、暗く淀んだ戦場を照らし出した。


『上級精霊顕現複合魔法:生命の献花(エターナル・ライル)


 高位偽精霊は花弁に包まれ、花弁の旋風に飲み込まれてその身を切り刻まれていく。花弁一つ一つが魔法剣を超える切れ味の刃・・・美しく綺麗なその身目とは裏腹に躊躇なく敵を切り刻み己が糧としようと襲い掛かる。

 まるで祝福と見紛うその神々しき魔法の中心には微動だにせず、立ち尽くす高位偽精霊の姿がうかがえる・・・その身は切り刻まれているというのに、悲鳴一つあげずにその半身を黒く蠢かしているだけに止まる。


 そして理解する・・・効いていないのだ。あの魔法の中にあって切り刻まれた皮膚や黒き魔力は瞬時に回復しては元の形状へと戻る、そして切り刻まれ、また戻る。

 それを何度も繰り返すだけで、効いている様子が一つもない。


『我ワれわレ我わ、はいエるフ。この力精霊にオトルこと能わず』


 黒い魔力の塊から声が響く。


『オモい知レ、ちカラちからの差ヲ』


 辛うじて人の形を保った半身が歪な手を上空に掲げる・・・すると、黒い槍が一本頭上へと飛び出し、花弁を突き破り消滅する。

 それが何本も手から排出されて行き、花弁に激突しては突き破り一枚一枚、花弁を光の粒子へと変えて消滅させてゆく・・・上級精霊が練った魔法をこうも簡単に消滅させるなど有り得ない。しかもこの魔法は上級魔法のそれに匹敵している。それを消滅させているという事は、高位偽精霊は上級の魔法を上回った力を有しているということだ。


 花弁は着実に数を減らしてゆく・・・そして、とうとう黒い槍が一本上空へと放たれたのだ。その先にいたのは・・・。


『ッッッ!?』


 精霊の頬を掠めたその槍は空へ突き刺さると、一瞬にして夜のごとく天空を闇一色へと変えた。


「精霊さん!!」

『ッ大丈夫だよ、ミリエラ。でも、躊躇している暇はないね・・・あぁ、前言撤回、ちょっとやばいかもね』


 精霊の額から汗の様なそれが伝う。

 当然だ・・・残っていたはずの花弁は全てが散っており、巨大な赤黒く染まった槍が精霊へと突き進んでいるのだから。


 精霊はそれを避けようと・・・したが、何かに気づいた様に、前方に巨大な魔力のシールドを何重にも張り巡らせて槍の襲来に備えた。

 だが、無情にもそのシールドはまるで意味をなしていないかの様に槍によって突き破られてゆく・・・幾重にも張り巡らされ、その数はざっと数十枚の超えるシールドがまるで紙きれだ。


 槍と精霊の距離はぐんぐんと狭まり、槍はまさに精霊の目と鼻の先までに迫った。


「私の魔力を全部あげるから、早く守って!!」

『・・・ごめんよ、ミリエラ。君に無理をさせたくなかったけど、君の想いに応えるよ』


 槍が精霊を貫く直前、強固なシールドが張り巡らされ精霊を貫くすんでの所で阻まれる・・・だが、それを突き破らんと槍をシールドへと圧を掛ける。あれほどのシールドを突き破ったというのに、未だ残る魔力は精霊の張ったシールドを若干上回っている。

 空高くに滞留する魔力の残滓はハーフエルフ数千人分にも及ぶ量であり、未だにその量が増えつつあるということは槍と精霊の張ったシールドの鬩ぎ合いがどれほど凄まじい物かを物語っている。


 そして・・・軍配が上がったのは精霊だ。シールドから槍がどんどんと放されて行き、槍の勢いがどんどんと削がれていく。


『もうちょっと・・・ミリエラ!!』


 ドサッと音が聞こえ、そちらに目を向けると俯せに倒れ、鼻から血を流したミリエラの姿があった。


 精霊の注意が槍から離れた・・・直後、槍が勢いを増し精霊の張ったシールドを完全に突き破った。


『ぁグッ!!!』


 精霊の体を突き破らんとした槍は、最後の力を振り絞った精霊によって軌道を逸らされ・・・掌を貫通されるだけにとどまった。

 だが・・・それだけでは悲劇は止まらなかった。


 何故、精霊が避けなかったのか・・・その理由が明らかとなったのだ。


 空を覆い尽くした闇に槍が突き刺さると・・・それがキーとなったのか空を覆っていた闇が数百本の槍と化し、それはさながら先程の花弁と同じ様に空中へと滞空したのだ。


 掌を貫かれた精霊は存在を維持できなくなったのか空へと消え、光の残滓となってミリエラの中へと戻って行った。


 無数の黒槍・・・。


『高イせいレい魔法:壊酷ノ淵槍』


 こんなの・・・誰が止められるというんだ?

 あの精霊でさえ、止められなかった魔法だ・・・それが無数に空を埋め尽くしているのだ。


『はーフエルふよ、死シししシね』


 終わりだ。

 槍が空を埋め尽くし、青空を切り裂く様に・・・空を消滅させるが如く黒の旋律が空から降り注ぐ。


 ハーフエルフ?

 そんなわけない・・・この槍は戦場全体を覆い尽くしている。ハーフエルフなんてもんじゃない・・・、エルフもハーフエルフも全員が死ぬ。


「終わりだ・・・」


 あぁ、でも良かったのかもしれない。

 これでエルンの元へ・・・ゼルティアの元へと向かえるのだから。


「漸く・・・逝ける」

「へ、何処へ?」

『あの世・・・とでも言いたいんでしょうね。この愚か者は』


 声がした。

 目の前には、小柄な男・・・膝をついている自分が少し見上げるだけで目があう存在がいた。其の肩にはちょこんと座る精霊の姿があった。

 男は幼くはないがどこかあどけなさが残る顔立ちで、良くも悪くもない平々凡々な一般人にしか見えない。

 しかし、肩に乗る精霊は非常に見目麗しく小さな姿なれど、しなやかな肢体、流水を思わせる艶やかな髪、長く伸びたまつ毛から覗くサファイアの様に輝く瞳・・・そんな精霊が侮蔑にも似た目で僕を睨んでいた。


『あの子にも言われたでしょう。早く戻ってきなさい・・・私達の仲間を殺した罪、貴方には償わせなければならないのよ。ミリエラが許そうが、ユガが許そうが、私達が許す事はしないわ』


 下を向く・・・必死にゼルティアの事を考えないようにする。たとえ考えたとしても、それは自分が死ねばいいという負の感情となって僕自身を支配する。


 あの槍に貫かれれば死ねる・・・死ねるのだ。死ねる・・・死ぬ?

『死』を目前にして、身勝手な僕の体は恐怖に打ち震える・・・、この後に及んでいきたいとは思えない筈だ。だというのに、この身は生き永らえようと必死になる。


『・・・そういうことね』


 美しい精霊は僕を睨みつけることを止め、呆れ果てたのか黒い槍が降り注ぐ空を見上げる。


『あれ、止めるのよね?』

「それしかないな。影魔法でいけるかな?」

『冗談言わないで。あの子でも防げなかったのよ・・・ちょっと本気で対処しないと難しいわ』

「じゃあ、俺も頑張るよ」

『えぇ、お願い』


 まるで死の恐怖が空から降り注いでいると思えない気楽な会話を二人は交わす。

 この状況下・・・二人は恐怖を感じていないのだ。


 そして、男は一歩前へ踏み出し、空を見上げて手を掲げた。


「んじゃ、大森林の長『ユガ』、押して通る!!」


ハーピーの観察日記

商人ギルドとの対立の為に休載・・・里、収入資源3分の1に減少。


宜しければ、本文下にある評価の方是非ともお願い致します!

遠慮なくこの物語を評価して下さい!!


何か変なところ、見にくい、誤字だ!などがあればどしどし教えて頂けると嬉しいです。

(言い換えでこういうのがありますよなどが合ったら教えてください。例:取得→習得、思いやる→慮る、聞こえる→耳に届くなど)


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