森人:ミリエラの決意でした!
たくさんのブックマークありがとうございます!
エルフとハーフエルフ・・・そして見せるミリエラの決意。
今週はもう一話投稿致します(3~5日以内には!)。
side ミリエラ
燦々と降り注ぐ太陽の光、澄んだ川を駆け抜ける清涼な風に身を晒し、水辺で小躍りする精霊達のダンスを見ると私もウキウキとした気分になってくる。
小さな小石を拾って川に放ると、小さな水の音と小さく波打つ波紋共に水の底に隠れていた精霊達が顔を見せる。
「おはよう!」
そう声をかけると、一瞬キョトンとした精霊達の顔がパッと花が咲いた様に明るくなる。
エルフ特性の小さなクッキーを川へ投げると、精霊さんはクッキーを手に取り美味しそうに食べ始める。
これが幸せ。
精霊達と一緒に暮らして、ニコニコ笑っていられるのが一番楽しい。また里の皆と精霊達と一緒に大きな湖まで散歩したいなぁ・・・ユガ君の配下さんもいるし、昔みたいに危なくないしね。
・・・と、私は今凄く楽しんでるんだけど隣にいるリオエルちゃんはそうじゃなさそう。
「は、ハーフエルフがいっぱい・・・もし見つかったら、もし気づかれてしまったらどうすればいいの。ここじゃ四方八方ハーフエルフばっかりで逃げ場所がない。いざとなれば街を破壊してでも・・・ぁ痛!」
リオエルちゃんの頭を小突く。目深のローブを限界まで引き伸ばして顔を隠してしまっている。折角の清々しい陽気が目深のローブに隠されてしまい顔が真っ青に見える・・・あ、真っ青なのは仕方ないのかな。
リオエルちゃんは私と同じエルフで、何故だかわからないけどハーフエルフと仲が悪い。物騒なことを言ってしまってリオエルちゃんにはお仕置きしないと。
「もう・・・なんで、そんな物騒なこと言うの?」
「ぎゃ、逆になんでミリエラは平然としていられるの・・・」
目深のローブを取ろうとすると、リオエルちゃんは少し抵抗したけれど観念したのかローブが取り払われる。
長い耳は鳴りを潜め、見た目は完全に人間に近しい・・・幼さが残る顔立ちに、くすんだ金色の髪、色素の薄い肌ではあるけれどそれが合いなってリオエルのちゃんの綺麗な紫の瞳が映える。
ユガ君曰く、エルフは見目が本当に美しいそうで、リオエルちゃんの瞳をアメジストみたいだねって褒めていた・・・もし、今ユガ君がいたなら「あぁ、今日も俺はここで生きてるんだなぁ」って泣いて拝んでいるんだろうなぁ。
フードを取るときょろきょろと辺りを見回し顔を俯かせてしまうけどもう意味はない。周りの人は私達の姿を見て、おぉと感嘆している。私はもう慣れたけれど、リオエルちゃんはなれていないのか多くの視線に晒されて小さな体が更に小さく縮こまってしまった様に感じられる。
王国に行った時に嫌という程衆目に晒されたし・・・魔族の街では嫌と言う程追っかけ回された。
「あ、あの、なんで遠い目をしているの?」
「いろいろあったんだよぉ・・・」
衆目に晒されながら橋の上まで移動して、私は肩に掛けてあった『パルラ』に手をかける。ミリエラから
貸してもらったパルラを手に取ると、リオエルちゃんは本当にやるの?という目を私に向けてくる。
まだもじもじとしているリオエルを余所目に、ミルトからは小さな音が鳴り始める・・・それは小さくてか細い音、けれど一度風が吹けば無限の音色を奏でる楽器となる。
「響いて、奏でて、一緒に歌おう。貴方達の歌を、唄を聴かせて」
楽器の調節・・・エルフの歌や曲は周囲の精霊の影響を色濃く受ける。だから、この町の精霊たちの力と楽器を新しく調律させないといけない。里では慣れ親しんだ精霊達がいるからもう調節しなくても大丈夫だけど、ここは初めてだからこの街に住む精霊がどんな曲を、唄を求めているのか知る必要がある。
パルラの弦に淡く小さな光が宿り細かく明滅を繰り返す。青と緑・・・大地の色に染まった光が私を包み込み、パルラの弦に完全に精霊の力が宿る。
そして、唄が・・・精霊が何を望んでいるのかが流れてくる。
でも・・・。
「なんで・・・悲しい歌なんだろう」
遠く遥か 故郷は消えて 今は見えぬ明かりなき道よ
続く道に影は一つ 未だ旅の終わりは見えず 母の涙を背負っては
埋めた匂いを思い出せ 背を向け歩き 耳を塞ぎ 思いで捨てし故郷を思ふ
立ち込める霧 向かう闇に 沈み果てる夕日 涙の道を 今歩まん
共に歩む 夢は潰えた
小さな、それは小さな精霊が私の膝へ乗った。
『ジョウイセイレイサマ、ソレヲノゾンデル』
『ソレガイイ』
『カナシイ』
精霊達がそう告げる。
パルラに伸びた手はピタッと止まり、さっきわざと姿を見せて集まった人達はきょとんとして私を見ている。
悲しい歌・・・精霊が悲しいって思ってるの? 精霊はいつも笑っていなくちゃならない。精霊は楽しく笑って自分の楽しみの為なら何でもしちゃう・・・それが精霊なのに。
「大丈夫・・・私が変えてあげるから」
すぅっと小さく息を吸い込む。
「故郷遠く 悲しみに暮れ 非力な己に愁い泣く 故郷追われし 我らの嘆き 思い描くは異郷の地 されど悪意は牙を剥く 小さき夢は無へ帰らん 諦め投げ捨て 全てを失った」
それは悲痛な歌、誰もが幸せにならない歌。でも、そんな歌で終わらせちゃダメなんだ。
「しかして失う闇の中 光る一つの道標 奇跡 軌跡の光る道 我ら光明見出だして それにすがりて前を向く そこに望みがあると信じ 最果ての向こうへ歩みだす 恐れ 嘆いて されど武器を取り 涙にくれ力尽きようとしても それでも尚歩んでゆく 標はない 明かりもない けれど前を向け そして歩め さすれば光はやって来る 闇あるところに光あり 我らに遂に光は降りた 女神と異形が降りし地に 闇は全て照らされた 蒼き光が大地を照らす 深緑に染まる大地に息吹を掛けて 蒼き水の女神と共に 彼ら我らを救いださん その名は ユガ 救いの英雄ユガ いつか彼が きっと救いに来てくれる」
妖精歌を無視した歌・・・魔力は乗せていても精霊には届かない歌。けれど、その歌を聞いた精霊達は一瞬キョトンとした後に、くすくすと笑い始める。
『ヘンナウター!』
『デモ、スキー!!』
「ふふふ、ありがとう」
橋に集まった観衆の人たちが拍手で迎えてくれる。リオエルはじっと私を見つめて、私の歌を聞いていたようで・・・その瞳は真剣だった。
その小さな手はぎゅっと見るとを握りしめていて、次は一緒に歌ってくれるだろう。
ユガの歌・・・私を救ってくれて、私をずっと楽しくしてくれる魔族の人。はじめは可愛いスライムだったけれど、今は全然普通の人みたいになっちゃった・・・私の手を引いていつもサテラに怒られながら、私に知らないことを教えてくれる。
そんな温かい人・・・。
里の精霊達もユガくんにいつも悪戯を仕掛けては笑っている・・・笑いが絶えない里、それを作ってくれたユガくんなら、きっと悲しい思いも消してくれる。
それの・・・それの助けになるのなら、私も頑張ろう。
「歌ってくれるかな?」
「は、はい」
リオエルちゃんもじゃっかん緊張しながらもミルトに魔力を通す・・・辿々しいそれが、また精霊達を笑わせる。お世辞にも上手とは言えない音階が少し外れたリオエルちゃんの奏でる音、緊張しているせいでもいつにもまして素っ頓狂な音がなる。
でも、それでいい。それに私が合わせてあげる。
「なんだ陽気な歌だなぁ」
「最近なんかこうピリピリとしてるから、こんな陽気な歌があってもいいんじゃないかねぇ」
「気が抜けちまうよ・・・あぁ、なんか色々考えていたのがバカバカしくなってきたなぁ」
精霊が笑えば陽気な春が来る・・・つまりは、精霊が無意識の内に発する精霊力は微弱ながら周囲の物や人に影響を齎す。それが大きな感情であればあるほど効果は大きくなっていき、精霊歌を歌っている時なんかは特に精霊の感情が激しくなり変化が顕著に現れる。
精霊が楽しめば花が芽吹き、精霊が悲しめば花は枯れる・・・人を喜ばし楽しませ、人を怒らせ悲しませる。
今はリオエルちゃんの音で精霊達が笑ってるから、周囲の人達が楽しい気持ちなっているんだ。
・・・リオエルちゃんから聞いたエルフの事。
ハーフエルフを憎んで、笑顔の消えた集落・・・私が捕まっているときにもわかった悲しい感情と怒りの感情に満ち溢れた集落。周囲が森で囲まれていて沢山の精霊達がいるというのに、その誰もがエルフたちに積極的に関わろうとしてこない。
精霊が話しかけても、素っ気ない答えしか返ってこなくて、いつもいつもピリピリとした怒りとチクチクとした心の悲しさが伝わってきていたのだそうだ。
そして、そんな悲しさを埋める様にいつも一人で私と再会したあの場所でずっと弾いていた。教えてくれる人もおらず、独学で今まで音を奏でていたそうだ。
あの場所は思い入れがあるそうで、昔は家族でよく行った場所でその時は契約している精霊も今よりもっと明るかったという。
「悲しみなんて背負う必要はないんだよ」
「え・・・」
「みんな笑いながら暮らせばいいんだよ。でも、ユガくんに言ったら笑われちゃったんだけどね。そんな甘い世界があるわけないじゃんってね。けど・・・その後にね『ミリエラが笑っていられる様に此処を良い里にしてみせる』って言ってくれたんだ」
「・・・あの人?の事をそこまで信じているの?」
「うん。あの日からずっと私を笑わせてくれたから・・・泣かされもしたけれど」
王都と魔都の苦い思い出が頭を過るけれど、ユガ君と一緒にいた時間はずっと笑いっぱなしだった。
コクヨウ君とショウゲツ君の喧嘩を止める為に向かったはいいものの自分も参加して結局サテラに怒られていたり、ヨウキちゃんといつもフラフラ何処かに行って大量に食べ物を買ってきてはサテラに怒られていたり、ひっそりと夜中抜け出して酒場に行こうとしたのを私とサテラに・・・あれ? 怒ってばっかなのかな?
でも、それが今は楽しいと思えるんだからいいや。
「楽しいでしょう?」
「・・・集落にいた時は唯目の前の事に必死だった。けど、今は楽しめている気がする。でも・・・いいのかな。皆を置いて自分だけが」
「それなら、皆つれてくればいいんだよ」
リオエルちゃんが驚いた顔で私を見てくる。そんなのできる筈がないといった表情だけど、けれどほんの一瞬その顔には期待が宿った。
同じエルフなら皆で笑い会えばいい。ハーフだのなんだのは関係なくて、楽しめればそれでいいんだ。
ミルトとパルラで曲を奏でていると、橋を中心にしてちょっとしたお祭りの様になった。精霊がくるくると踊りだし、机が橋の外に多く並べられる。
心を撫でる幻想曲は人々の心を癒し、人々の心に安寧と喜びを齎す。
「今は歌え 我ら祝福の赤子となりて 奏でるは草原を駆け抜ける風 陽の子となりし光の粒子は 我等を纏い 悲しみの呪縛を解き放つ 雨音と雨粒が結い繋ぐ傷の運命 封鎖の縁を断ち切って 今翔びたたん」
「ここに刻むは 光の碑 古に続く命の碑 紡がれ焦がれ 聳え立ち我ら子を見下ろし微笑むその聖名は 愛の精霊アズリール 奏でる歌で感謝を述べよ 彼女に届け 彼に捧げよ この永遠なる唄よ」
リオエルちゃんもだんだん楽しくなってきたのか、ミルトの調和がうまくいっている。少し精霊が物足りなそうだけど、リオエルちゃんが少し音を外すと笑って踊りだしている・・・それに躍起になって必死に奏でようとしてまた音を外すところがリオエルちゃんらしい。
楽しい感情で溢れている。
皆が笑顔でいる。
嫌がるリオエルちゃんを無理やり連れてきてよかった。
こっちに来てからもずっと沈んだ顔をしていたリオエルちゃんを、私が笑顔に戻せたんだ。
『くるよ』
『来るよ』
『精霊様』
精霊達がキャッキャと騒ぎながら、何かを告げる・・・精霊様?
すると露店の机で囲まれていた橋の一角がぱっくりと避けてゆく。そこには武装した数人のハーフエルフと、私達を迎え入れてくれたカラドウスの領主、カーティア様だった。
私たちの唄を聴きに来てくれたのか・・・そう思った矢先に、前へ出てきた人は腰から剣を引く抜いて、リオエルちゃんに突き付けた。
「貴様エルフだな」
「え・・・」
私は驚いてパッと耳を見てみたけど、変身は解けていない。じゃあ、何故ばれたの?
「ゼルティアがエルフが歌ってるって言ったから見に来てみたけど・・・まさかこんな場所に侵入しているなんて思わなかったよ」
「ッ・・・」
リオエルちゃんは腰の短刀に手をかけようとしたけどそれを私は止める。
「リオエルちゃんは私の友達です。何かリオエルちゃんがしたんですか?」
「君は確かカナードの・・・そういえば君には言ってなかったね。私達は」
「エルフと敵対しているのでしょう?」
「・・・まぁ、あの魔族さんのお仲間であるのなら知っててもおかしくはないですか。では、問いましょう」
ピリッとした空気が周囲に漂い、カーティア様からゆらゆらと魔力と精霊力の波動が漂う。
「何故知ってて、それと一緒にいるのでしょうか?」
それは私の身体の奥底から恐怖を呼び起こす。『それ』・・・リオエルちゃんをエルフと知っていて『それ』と表現した直後、精霊達がざわつき恐怖の感情が私にじかに流れ込んでくる。
あの日感じた恐怖よりも大きな・・・ダンジョンを前にしても感じる事のなかった恐怖。そうだ、今はユガ君がいない。だから、恐怖を感じているんだ。
でも、それでも諦めちゃいけない。リオエルちゃんは私のお友達だから。
「それ、ではありません。『リオエル』と名前があります。そして、なぜ一緒にいるのか・・・それは言った筈ですリオエルちゃんは私のお友達です」
そう告げた途端、後ろからもう一人のハーフエルフがカーティア様の前に出て、鞘から剣を引き抜いて私に突き付ける。
鈍色に輝く光・・・サテラ、ソウカイさんやコクヨウ君、ルリちゃんがそれで何度も魔物を切り裂いてくるのを見ている。それが今、私に向けられている。
「口を慎め。魔導国の領主にして王にその態度はなんだ?」
「では、エルフは敵だと言いますが、ここにいるリオエルちゃんは何か敵対することをしたのですか?」
じっと見つめる・・・刃は突きつけられたまま、リオエルちゃんの前に立って周囲を見渡す。
「そうだね。君の言う通りだよ。そこのリオエルさんという人は何もしていないかもしれないね。けどね」
カーティア様が一歩前に進み出る。
「数年前、和平を求めて過去を清算しようと送り出したハーフエルフ達がどうなったのかを・・・君は知っているかい?」
カーティア様の目が、その奥に揺らめく意思の炎が揺らめく。
「全員殺されたんだ。あまりにも帰りが遅い事がわかって、僕を含めた調査隊が向かったんだ。森の中、剣で貫かれた数十人のハーフエルフ、その内の一人が磔にされて『我等が贖罪に足りず、その命枯れ尽くすまで止まらん』と刻まれていたのさ・・・そして今まで魔物にやられていたと思われていたハーフエルフの屍体が山となっていたよ」
カーティア様は血走った目を私へ・・・いえ、私の奥に居るリオエルちゃんに向けて言い放った。
「その中には僕の婚約者もいてね。彼女は優しかった・・・和平を結ぼうと言い出したのも彼女だった。僕はそれに反対だったけれど、彼女が言うのならと了承した。後悔したよ・・・まさか磔にされて、殺されるとは思っていなかったからね。もう僕は止まらないよ・・・僕の優しさは彼女と共に消え去った。後は、君達がいなくなればいいだけなんだよ!」
カーティア様の手から魔力の波動が漏れ出る。練りに練った精霊力、私が全力で防いだとしてもそれをしのぎ切れるかも分からないほどに、怒りに満ち溢れた力が込められた魔法。
肩に現れた精霊も全身全霊で時カーティア様の魔法を調律している。
悲しい目、怒りの目、苦しい目・・・そして周囲のハーフエルフの人達も私達を怨みの篭った瞳で睨みつける。
わからない。私には何一つわからない。
知らない。何一つ知らない。
自分の愛する人が殺されたら・・・それを許せるはずがない。
私の後ろにいるリオエルちゃんは何もしていない・・・けれど、リオエルちゃん達エルフはハーフエルフを殺したんだ。
その怨みを私は分からない・・・今まで悪意の感情を向けられたことのなかった私には分からない。
けど、こんな時、ユガ君なら。
ユガ君なら
変身の魔法を解除する。
短く、小さな耳は長く伸び、大地の色に染まった瞳は深い湖を思わせる青へと変わる。
「・・・私はミリティエ・ラースィ・パーミラ、私もエルフの一員です! 貴方達に何があったのかは知りません。ハーフエルフとエルフにどれだけの溝があるかなんて知りません。カーティア様がどれだけ悲しんで、どれだけこの国の人がエルフを怨んでいるのかは知りません。けど、私の目に映ったのは皆良い人達でした。今日此処に集まってくれた皆も私達の歌で笑ってくれたし喜んでくれた」
キッと目を見開いて、カーティア様を見つめる。
「リオエルちゃんはちゃんとごめんなさいって言えます。ありがとうって言えます。嫌なものは嫌と言えます。リオエルちゃんは争うのが嫌で今までずっと一人でエルフを抑制していたんです。皆が変わりものだって言っても、自分を犠牲にして寂しい思いをしながらエルフの皆を、ハーフエルフを守っていたんです!!」
「エルフが俺たちの何がわかる!! 何も知らないくせに、何もわからないくせに口を出すな!!」
「そうだ! お前達が森にいるから、俺達は・・・」
「エルフなんて居なけりゃ俺達が・・・」
「エルフなんて滅べばいい!!」
「所詮エルフは自分のことしか考えていないんだ!!」
口々にヤジが飛ぶ。悪意が私に向けられる。
ヒュッと小さな音が耳に届くと同時に、私の額に石がぶつかる。ジクジクとした痛みが額を襲い、温かな血液が私の額を伝う。
それに続く様にして様々なものが私に向かって投げられる。
当然だ。本当に何も知らないんだから。
でも、それでも、言わなきゃならない。
「私は自分の目で見たものしか信用しない。私は集落のエルフを見てきたけど、皆そんなことをする様なエルフに見えなかった。確かにハーフエルフを怨んでいるエルフは多かった・・・けれど、その誰もが怒り由来の奥底に悲しいって思いを感じた。私は精霊の気持ちを敏感に察知できる、だからわかる。集落にいた精霊達も、ここにいる多くの精霊達もみんな大きな悲しみを背負ってる。これ以上・・・私はこれ以上みんなに悲しみを背負って欲しくない」
「綺麗事を!!!」
「えぇ、綺麗事です。でも、目の前で困っている人がいるのなら全力で助けるんです!! 道理とか常識とかはとりあえず置いておいて、自分が信じたのならその道を突き進むんです!! 例え自分がどれだけ傷ついても、たとえ自分がどれだけ疲れて苦しくても、仲間や友達のためなら、私は命だって懸けてみせる!!」
「言わせておけば、この!!!」
剣が振りかざされる。
鈍色の光が太陽の光を反射して私の目を眩ませる。
間違っていない・・・それを断言できる自信はない。
けれど、これだけは言える・・・どっちも同じなんだよ。私が感じたのはそれ、精霊から伝わってくる感情はどっちも悲しいって感情だった。
それ小さく、ほんの小さく・・・怒りや恨みの中に隠している小さな感情、けれどそれが一番光り輝いている。どの感情よりも一番光り輝いて主張している。
きっと、きっと・・・『どちらも悪くない』そう私は確信した。
だからこそ、此処で妖精歌を歌ったんだ。
剣が私に迫る。
鈍色の光が私の首を・・・いえ、私の首の皮一枚を斬った所で止まった。
「もういい」
「か、カーティア様!? そ、そんなどうして」
カーティア様が暗く沈んだ顔で私の瞳をじっと覗き込む。
「あはは・・・君のその顔はそっくりなんだよ。まさか、『大切な仲間や友人の為なら、私は命だって掛けられる』・・・その言葉を君から聴けるなんて思ってもいなかったよ」
カーティア様は苦笑する。
「『みんなが幸せになれるのなら、私は命だって掛けられるよ』・・・って、『エルン』も言ってたんだよ」
カーティア様は手に血を滲ませながら私の首筋に突きつけられた剣の刃を掴み、それをゆっくりと下ろしていく。
そして、一度空見上げたあと、また私の目を覗き込む・・・そこにあったのはさっきの様な暗く沈んだ悲しみの顔ではなく、確固たる意志を滲ませ顔だった。
「けど、僕はもう止まらないよ。さっきも言ったけれど優しさは彼女と共に死んだからね。僕は君達を許せないし許さない・・・でも、今回だけは見逃してあげる。ここから出て行ってくれ。そう遠くない内に僕らとエルフは戦争になる。予定外のことは起きたけれど、もう準備も整っているんだ」
沈黙が場を支配する。
美形のハーフエルフに美人のエルフが互いにじっと瞳を覗き込んでいる様は、まるで一つの絵画の様でありその瞳からは二人の強い思いと想いのぶつかり合いが見て取れる。
首と額から鮮やかな赤い鮮血が化粧のように真っ白な肌を染めているエルフ、手を真っ赤に染めて己の決意をその手に秘めたハーフエルフ。
その二人の迫力に、周囲にいた観衆、そしてカーティアの取り巻き達までもが静止する。
「か、カーティア様、それは」
「失礼するわ」
澄んだ女の声が観衆から響く。
カラン、コロンと奇怪な音を立てながらそれは着実に此方へと歩み寄ってくる。
音が響いてくる方向の観衆が二つに裂けると、そこからは二人のエルフに負けず劣らずの美人な女が姿を現した。背は小さいが、その佇まいや堂々とした歩き方、毅然とした態度全て調和が取れており、その動きや仕草は洗礼されていた。
この国では見かけない妙な衣服に身を包み、石畳を叩く靴?の音がカランコロンと奇怪な音を立てているのだ。
「エリーザの新作の衣装・・・ハンゾーからそろそろ主人様が帰ってくると聞いたから、いつでもこれを見せられるようにして準備して、本当は主人様に一番に見せたかったのだけれど、まぁしょうがないですね」
女が石畳を軽くけると同時に、まるで重力が反転したのかと思わせるかの如くフワリと宙を舞い、エルフとハーフエルフの元へと降り立った。
「お初にお目にかかります。カーティア様、私はユガ様の配下にして『ユルバーレ』の一部管理を任されていますシロタエと申します。以後お見知り置きを」
「うぇ、あ、あぁ」
急に現れた奇妙な女にカーティア様はあっけにとられる、けれど次いでニコリと笑いかけられ頬を一瞬赤く染めた。
「此方のミリエラ様と・・・そこなエルフはユガ様のご友人と所有物なのです。おやおや、主人様のご友人であるミリエラ様に傷がついているようなのですが、貴方?」
ゴウッと魔力ともさっきとも違う圧力が周囲全体に広がる。大勢の者は一瞬にして意識を失い、観衆のハーフエルフたちは一人残らず失神して、取り巻きたちも一部が失神、一部はあまりの恐怖に腰を抜かしてしまった。
唯一カーティア様だけが、その場で立っていられた。
「し、シロタエちゃん、大丈夫だから、ちょっと・・・えぇっと、こ、転んだだけだから・・・」
うん。無理がある。
「そうですか。ではいつものミリエラ様のドジというわけですね」
これは失礼をと、恭しく頭を下げて、私の手を持つ。
「所用ができましたので、そろそろお暇させていただこうと思うのですが、何かまだ用はございますでしょうか? ないようですね。それでは」
返答する隙さえ与えず、シロタエちゃんは私とリオエルちゃんの手を引いて・・・あの、リオエルちゃんに首輪をつけているのはなんで?
でも、リオエルちゃんは呆気にとられていて、一体自分が何をされているのかを理解できていない。
私たちは失神している観衆達を踏まない様に、ポカーンと呆気に取られているカーティア様達を後にしてその場を立ち去った。
そして騒ぎの場所から遠く離れたところで、漸く私も自分の意識を取り戻した。
「あ、えっとね、あの、どうして?」
意識は取り戻したけれどまだ動揺を隠せない私はシロタエちゃんにそう聞いた。
すると、シロタエちゃんは振り返らずにそのまま告げた。
「どうしてと申されると返答に困るのですが、簡単に説明するならば我等の主人様が現状を放置するとは考えにくいです。まず間違いなくこの件に介入なさいます。それに対して私達も何か対策を練らなければなりませんので、取り敢えずこの国にはいられないようなので一旦外に出て主人様の帰りを待とうと思います。その後、主人様から指示を仰いで、この状況を打破する算段を立てようと思います。その為にはミリエラ様とそこの所有物には精一杯役立ってもらわなければならないと考えましたので、こうしてお迎えに上がった次第です」
シロタエちゃんの手をぎゅっと握ると、シロタエちゃん振り返って私の方を向く。
「私なんでもするよ。きっと皆を助けてみせる」
そう告げると、シロタエちゃんは驚いた表情をした後に、クスリと妖艶に微笑んだ。
「主人様も、きっとそう仰られるはずです」
そうして私達は国を出た。
因みにリオエルちゃんが首輪に気づいたのはそれから数分後の事だった。
ハーピーの観察日記
1:ユガ大森林へ商人ギルドより交易の持ち掛け。
2:貴重な森の資源、エルフの魔法技術、魔物の素材等の取引。
3:商人ギルドへソウカイ様・ユリィタ様出立。
宜しければ、本文下にある評価の方是非ともお願い致します!
遠慮なくこの物語を評価して下さい!!
何か変なところ、見にくい、誤字だ!などがあればどしどし教えて頂けると嬉しいです。
(言い換えでこういうのがありますよなどが合ったら教えてください。例:取得→習得、思いやる→慮る、聞こえる→耳に届くなど)
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