現状:コボルド進軍でした!
申し訳ございません!遅れてしまいました!
理由のほうは活動記録に記載しています・・・。
次話投稿は一週間以内です。
陽の光の恩恵を遮り、薄暗い様相を見せる森の中を進んでいくと、ひっそりと存在する集落が現れる。
この森特有の柔軟性に優れた木の枝と木の葉により組まれた柵が集落を覆っている。
一見すれば脆く、容易く突破できそうであるが、何十もの木の枝によって組まれ厚さを増した柵は、脆そうな見た目とは裏腹に十分な強度を誇っている。
北と南それぞれに二つの門を設置した少し大きめの集落である
門前には二匹のコボルドが常時警戒を行っている。
槍と剣を携えた二匹のコボルドはどちらも族長の親衛隊であり、族長こそ腹を差し出すべきものだと考えている。
彼らの特徴といえば、前族長の考えに賛同できなかった者達、誇りと生き様を重視する者達が殆どであった。
生まれながらにして忠誠を誓った者には、誇りと信念を捧げるように育てて来られた彼らには裏切りなどの行為は考えられないものなのである。
そんな彼らが守る門を潜れば、そこにあるのは暗い雰囲気を漂わせる集落である。
戦士達は親衛隊を除きここにはいない。子供や雌、老齢のコボルド達がこの集落に残っている。
皆、先の戦闘で大切な者を亡くした者達である。
子供の中でもまだ幼いコボルド達は、何かに怯える者、何かを探す者の二つに分かれる。
目に隈を浮かべる戦闘で夫を失った雌コボルドの横で子供がキョロキョロと何かを探している。
お父さんは?その言葉に幾度と流した涙が雌コボルドに再び現れる。
子供コボルドをギュッと抱き締め、もうすぐ帰ってくるからねと何度繰り返したかわからない言葉を子供に言い聞かせる。
戦闘が起こる前の平和で陽の光が降り注ぐ集落だった場所は、今やオーク共の巣である。
自分たちの非力さを恨み、やるせなさに憤りを感じ、悔し涙を流す日々がこの集落を支配している。
しかし、彼等にも希望はある。
オークの拠点に奇襲をかける奪還作戦である。
今この集落にいないコボルド達の帰還を待ち望み、昔の平和を取り戻すことを願っている。
そんな集落の中央に、ひっそりと佇む木で出来た粗末な家の中に、族長と数匹のコボルドが対面している。
数匹のコボルドは族長の親衛隊の中でも上位の者達であり、コボルド達を取り纏める隊長格として行動している。
言い方を変えれば、族長の息のかかった人形でもある。
族長は、他のコボルドと比べてがたいはひょろく、突出して何かに秀でてるわけではない。
前族長であるコボルドは、他の者達と比べても一目瞭然である程に大きかった。戦いになれば無類の強さを誇り、「力こそ正義」とした存在であった。
実は前族長はコボルドではなく「ハイコボルド」で有った事に誰も気づいていない。
現族長である彼は、前族長が伏した時、混乱にあったコボルド族を纏め上げた功績から族長に選出されたのだ。
前族長が「力」であるなら現族長は「知」である。
しかし、それ故に此度のコボルド族は荒れているのである。
知に秀でている彼は、もう一つ他とは違った厄介なものを持っている。
それは「欲」である。なまじ知能が発達しているだけに、自身の欲望を満たすことに至福を得ているのだ。
そんな現族長に降りかかった今回の戦闘は彼の心に憎悪の炎を灯したのである。
今まで上手く行っていた自分の欲望を満たす行為がオークによって妨げられたのだ。
彼は、自身の命を賭して仲間達を助けることに費やしたコボルド族に背を向け、恐れから逃げ去ったのだ。
それが、コボルド族の信頼に亀裂を入れる行為となった。
特異種であるコボルド達の失望を含んだ目が、現族長に向けられた。
それに呼応するかのように、前族長と現族長を比べて、暗い目をする者達まで出始めたのだ。
彼は自分に未だ変わることない忠誠を誓う者達を上位者と位置づけ、親衛隊を作り出し、他の者達をその場凌ぎにゴブリン達との訓練に向かわせたのだ。
あの戦闘後、逃げ切ったコボルドたちの前に、ゴブリンが現れ同盟を組もうと言ったことに、彼は嘲笑した。
他部族と組むなど欠片も考えていなかった彼は、ゴブリンを突き放そうとしたが、それを止めたのが刀コボルド達だったのだ。
彼らの言葉には、確かな理由があったしその時心にあった恐怖心に負けて、同盟を許諾した。
しかし、彼は思う。なぜ、自分より下の者が、俺に意見するのだと。
そして、現在信頼のおける部下と共に話し合い・・・もとい族長の持論が展開されているのである。
族長派しかいない話し合いなど、否定の言葉が出るはずもないのだ。
「オーク共に我らの領地を占領されるなど、有り得ないことだ!あのような下等種族にコボルドの名を汚されるなどと決して許してはいけない!!」
「その通りでございます族長」
「あのような雑魚に遅れを取るなど、ましてゴブリンと手を組むなどと特異種ともあろう者が・・・嘆かわしい! 誇りを忘れた者というのは無様なものだ」
「私が前線へと趣いていれば、そのようなことはなかったでしょうな、小太刀の爺様も焼きが回ったものですな。オークなど一笑に付すべき存在だ。我らの誇りと正義を奴らに思い知らしめてやれたものを」
彼らが撤退を余儀なくされた原因は「オークジェネラル」による影響があったからなのだ。それを言伝では聞いてはいたが、実際に見ていないためにその脅威を知ることができていない。故に、そのようなことを口走る。
そして、彼らはオークに敗北したコボルド達に悪態をつき始める。
いくら仲間意識が強い種族といえど、二分しないことはない。
ここにいる親衛隊は、あの戦闘が起こった日に、族長と共にいた者達だった。
その彼らは現族長に認められた者として、自分に絶対の自信を持っている。
それが、彼らの間違いであることに気づかせる者はここにはいないのである。
その後も、族長以下数匹のコボルド達は檄を飛ばし合いながら、オークたちへの憎悪を滾らせていく。
そして、日が沈み出した頃、彼らの心の中に巣食う野生の血が鎌首を擡げ始めたのだ。
彼らの頭の中にはオークに対する憎悪で、正確な判断を下せなくなっていた。
「・・・皆の者よ。我らだけでオークを倒せば、我らの誇りをこの森に轟かせ、覇者となることも可能だとは思わんか?」
「さすがは族長様だ。覇を気取るオーク共を我らコボルドが打倒すれば名実ともにこの森は我らが覇者となりましょう」
「コボルドとしての生き様を忘れた者共は、もはやこの集落に用はない」
己の誇りに酔いしれ、その瞳に闘争本能が生まれる。
オークに虐げられた屈辱を今晴らさんと、身につけた各々の武具に指を這わせる。
「せめてもの情けに、奴らにはオークの眼前にて極小の誇りと共に散って貰おう」
族長を除いたコボルド達は小さく頷く。己の、コボルドとしての誇りと生き様に囚われた彼らには、目の前の敵を見据え、心の中で拳を振り上げる。
彼らは頷き合い、現族長へと視線を飛ばした。
「お主達にはオーク殲滅の機会を与えよう。誇りを失ったとてコボルドの戦士だ、敵陣に穴くらいは開けるだろう。そこから一気になだれ込み殲滅しろ」
族長の言葉に、他のコボルド達は了承の意を族長へと伝える。
カチャリと己の力を誇示するかのようにそれぞれの武具が音を鳴らす。
「明朝、出撃する。各自準備を整えよ」
その言葉を最後に、コボルド達はその場から立ち去る。
自分の部下達と共に戦闘の準備を始めるのだ。
彼らの後ろ姿からはこれから始まるであろう戦闘に、喜々として挑まんばかりの気迫が感じ取れた
「オーク共に我らの力を思い知らせてやるわ」
族長はこれから起きる事態を知る由もなく、今はオークの巣と化した故郷へと槍を突きつけた。
日が落ちた夜の道、闇夜に紛れる魔物達に警戒しながら、アタイ達は進んでいるわ。
今朝ちょっぴり泣いたせいで目元が晴れているけど気にしないわ。どうせアタイになんて、誰も注目しないもの。
でも今日は楽しかった。ゴブリンと友達になれたもの。
最初に会った時は、誰もアタイに気付かなかったわ。いつものことだしそれは気にしてない。
けれど、アタイの姿を見た時は皆、不安そうな目で見てくるし、嫌な目で見てくるゴブリンもいた。
言い遅れたわね。アタイはコボルドよ? いっぱいいるからそれじゃわからないわね。で、みんなアタイが誰かわからないわよね? 無手コボルドよ、覚えているかしら。
アタイがコボルドの集落に生を受けたとき両親からは驚かれたわ。
だって、武器を持っていなかったもの。剣も槍も、特異種かとみんなが騒ぎ始めたそうだわ。
皆が思った通りアタイは特異種だったわ。でも、皆微妙な顔だったみたい。
理由は簡単よ。アタイの武器は非常にわかりづらくて、尚且つ弱そうだもの・・・
「鉄甲」それがアタイの武器。両手両足にそれぞれ二つずつ付いていたわ。同時期に生まれた特異種の子達は「刀」とか「薙刀」だったわ。
それだったら「剣」や「槍」と扱いは似てるから、技術も教えやすいわね。
でも、アタイの武器を用いた戦い方を教えられる人は誰もいなかった。だから、アタイの戦い方は我流だったの。
みんなは型に嵌った動きだけど、アタイのは変則的だって皆言うわ。
でも隙が多くて、普通のコボルドには勝てるけど、爺様や薙刀ちゃん、刀君には勝てなかった。
アタイの持ち味は影の薄さ、相手に姿を気取られず不意打ちすることを得意としているわ。
アタイの一撃は普通の状態でも結構な重さがある。まともにくらえば、一瞬で意識を刈り取ることもできる程にね。
でもアタイには加えてもう一つ奥の手がある。スキル「重拳」を会得している。
拳での攻撃力を一定時間倍加するもので、少しでも掠ろうものなら致命傷は不可避のスキルである。
でも訓練では使わせてもらえなかったわね。危険だから。
このスキルを使って倒せなかった魔物なんていない。今までジャイアントマンティスやマンイーターといった強敵を相手取って負けたことなんてなかった。
でも、負けたわ。御方に全てをぶつけたのに完敗したわ。アタイが培ってきたスキルを踏まえた全てを用いたのに勝てなかったわ。
すっごく悔しかったけど、それも仕方ないわね。だって御方だもの、すっごい強さだったわ。
でも、それだけじゃなかったわ。優しかった。
アタイ達を包み込んでくれる程の優しさがすっごく暖かかった。
だから泣いちゃうのも仕方ないわよね? そうよね?
でも、ちょっと違うのよ。アタイはおかしくなってしまったのよ。
ええ。そうに違いないわ。
ここに来た当初は、早く集落に帰りたかったのに、今はもっと居たいと思ってしまっているもの。死んでいった仲間達に本当に悪いのだけれど、自分でもなんでかわからないのよ。
こう思うようになったきっかけなんて・・・一つあるわね。
二日目の訓練の前に、御方がこちらに来て下さったわ。
その時、アタイはすっごく驚いたもの。
「えっと、無手コボルドさん? 君の戦い方なんだけど、誰かに教わったりしてる?」
アタイに急にそう聞いてきたのよ。
アタイの影の薄さなんてものともしなかったわ
はじめはよくわからなかったわ。なんでそんな事聞くんだろうと思って。
アタイの武器は特殊すぎて、誰にも教えてもらえなかったことを伝えたわ。
「なるほど。 空手とかそんなんじゃないのか?」
からて?そんなの聞いたことがないわ。そうはじめは思ったけど、その時だったのよ。
“称号「武術家」を習得”
え?
流石にこんなことがアタイに起こるなんて思わなかったわ。
アタイに称号が出るなんて有り得ないのだけれど・・・
人間種、上位の魔物には称号が付くというのは聞いた事があるわ。
でも、アタイに称号が付くなんて、御方は一体何をしたの?
・・・あぁそっか。アタイになんてわかるわけないわ。だって御方だもの。
「おぉう、他の奴にも効果あるのか・・・」
御方が何か言っているようだけど、アタイにはよく聞こえなかったわ。たぶん、アタイ程度にはわからないすごいことを考えているに違いないわ。
アタイがジッと見つめていると、御方も見つめ返してくれる(目はないけど感覚でわかるわ)。
その瞬間、アタイの心臓の鼓動が激しくなったのを覚えているわ。なぜかしら?
御方を見ていると、顔が熱くなってきたわ。御方のスキルかなにかかしら? よくわからないわ。
薙刀ちゃんが、恨めしそうにこちらを見てくるのだけれど、それもなぜかしら?
「ま、まぁ頑張ってくれよ」
そう言い残して、御方は去っていったわ。
去り際の背中(背中かどうかわからないけど以下略)が妙にかっこよく見えたのはなぜかしら?
そうして、訓練に出かけたのだけれど・・・アタイの力は以前とは比べ物にならなかったわ。
ジャイアントマンティスに忍び寄って、拳打を叩き込んだのだけれど、今までとは違い、拳が風を切る音が鳴り、格段に力が上がっていることがわかった。
重拳と併用すれば、一撃でジャイアントマンティスを沈めることができたわ。
我流によってついた癖なんかも綺麗に無くなっていたのには自分でも驚いた。
力がついたのはすごく嬉しかったわ。
オークに襲われたとき、自分の無力を痛感したわ・・・。仲間の命によって生きながらえることがやっとだったのだから。
今のアタイであるなら、もう大丈夫だと胸を張れる自信がある。
でも・・・
訓練の途中に何度も陽の傾きが気になってくる。
今日が終わって、集落の奪還が終わってしまえば、アタイ達は御方に会えなくなってしまうわ。
今の族長が死んでしまえば、会える・・・でも会えないようなそんな気がしてしまうのよ。
今の族長は嫌い。どうしても好きになれないわ。
御方が族長になったなら、アタイは喜んでこの腹を差し出すわ。そんなことはかなわないでしょうけど・・・。
仲間達が戦う戦場に、一度も振り向かず逃げていった族長・・・アイツが大嫌いだ。
そんなことを考えていると訓練が終わってしまった。
これで、前と元通りになるんだ。ちょっぴり戦闘するだけで、前とは変わらない生活になっちゃうんだ。
前で喋っている御方に視線が行く。
外見は赤いタダのスライムなのに、なぜアタイはこうも惹かれるのかな?
寂しいな・・・御方ともっと一緒に居たいって思ってしまう。
御方を思うと胸のあたりが熱くなる。
やっぱり、少しアタイはおかしくなってしまったのよ。
でも、アタイだけじゃないようね。
周りにいる爺様や薙刀ちゃん、刀君、他のコボルドの皆も浮かない表情をしてるもの。
訓練で一緒になった雌ホブゴブリンとゴブリン達とは、最初は気まずかったけど、今では友達になれたもの。族長の言う生き様なんて知らないわ。
皆も同じなんだろうな。
「お前達、あすは大規模な戦闘になるぞ!御方に癒してもらったとは言え、しっかりと体を休めておけよ!!」
刀君がそう皆に告げると、幾分か気分が晴れたような顔になる。
さすが、刀君だわ。カリスマが他とは違うものね。
でも、暗い気分が晴れて良かったわ。
皆の顔に浮かぶのはいつかまた会えるって思ってる顔だわ。
そうこうしていると、薄暗い森の中にひっそりと存在する現在のアタイ達の集落が見えてきたわ。
相変わらず、暗い雰囲気を纏っているようである。
もうすぐそれも終わる。明日の夜にはアタイ達コボルドとゴブリン、そして御方とウルフさん達が取り返すものね。
アタイを含めた、特異のコボルド4匹で門を一緒に潜る。
するとそこには族長と数匹のコボルドがいた。
アタイ達は族長の眼前にて跪いた。でも・・・跪く前にアタイ達は見てしまっていた。
後ろにある信じられない光景を。
広場に武装準備を開始している族長親衛隊のコボルド達がいたのだ。
族長の脇に立っていたコボルドが一歩前に進み出る。
アタイの頭の中をこれから告げられる最悪の言葉が過る。
そんなわけない、それは間違いだ。と現実を逃避する言葉が頭の中を埋め尽くす。
「族長・・・明日の夜に出立にしては、準備がちと早すぎやしませんかな?」
全員が固まり、言葉を失くした中で爺様の発した言葉が暗い森の中を颯爽と抜けていく。
「今回のオーク討伐へは我らコボルドだけで行く。準備をしろ」
族長の右前へ出たコボルドの言葉で、再びアタイ達の頭の中が白く染まる。
それだけは聞きたくなかった。アタイ達だけであれをどうにかできるはずがないんだから。
それも。先の戦いで数を減らし、数の差も圧倒的となっている今、勝てる道理などほぼないのに・・・。
「族長それは早計か」
「既に決定事項だ。お前達は最前線に向かう手筈となっている」
後ろに控えるコボルド達の顔が青褪めていく。
ここにいる大半はオーク共の脅威を、身を持って体験したコボルドだもの。
「ご、ゴブリン達と協力する手筈となっていたはず。何故それを反故しなさるのか」
意を決したように刀君が身を震わせながらも前に立つコボルドに向かって問うたわ。
でも、前に立っているコボルドは、明らかにアタイ達に侮蔑の視線を向ける。
周りのコボルドたちも嘲笑しながらこちらを見据えている。
「お前達はそれでも誇り高きコボルドなのか!! 他者に屈し、己の無力を露呈し協力を仰ごうなどと嘆かわしい・・・」
「それは! 現状先の戦闘で数も減った状況で、我々が勝つ見込みがないからと」
「黙れ! そんなもの言い訳にしか過ぎぬ。数など我々の力でどうとでもすればよいのだ! そのための訓練でもあったのだろう!!」
「で、ですが!!」
目を見開き大声で怒鳴りつける中年の族長親衛隊の一匹がアタイ達に怒気をぶちまけているわ。
・・・数でダメなら力で押せ? そんなことできるわけないじゃない。ただでさえ種族差があるというのに、このコボルドは何を言っているの?
それもそうね。こいつらはあの時前線に出ていなかったもの。あれらの脅威を知らないんだわ。
食い下がろうとする刀君だったが、さらなる言葉がアタイ達に突きつけられる。
「元はといえば貴様らがあの下等種族に敗北したのが原因であろうが!! 我々親衛隊ならば誰も被害を出さず勝てたものを・・・。散っていった者達もどうせ、貴様らの様な誇りのない奴らだったのであろう」
うん。こいつ殺したいわ・・・。アタイ達の悪口なら許すこともできる。
だけど・・・だけど、散っていった仲間達の生き様を誇りの無いものだって?
最後の一言にその場にいたほぼ全員から殺気が溢れ始める。
薙刀ちゃんは拳を必死に握り締め怒りを抑えている。その手からは赤い涙が流れているわ。
私は前へ出ようとした。
「その言葉、取り消せ下郎」
「いくらなんでも今の言葉は許せないですよ」
爺様と刀君の圧倒的な気迫が体から迸ったわ。
その場にいる全てを威圧するその気迫に押され、前にいるコボルドおろかすべてのコボルド達が動きを止めた。
普段激情に駆られることのない爺様が、激しく怒気を振りまいているその姿に誰もが気圧され、刀君の刀から響いた鍔鳴りが辺りに静寂を齎した。
「クッ!?」
族長親衛隊の誰もが冷や汗を流し、二匹のコボルドを前に後ずさったわ。
「す、凄んでももう遅いわ!! 族長の意思は既に決まっている。戦闘の準備を始めろ!!」
そう言うや否や、族長を含めたコボルド達はそそくさとその場を立ち去った。
「あの程度の威圧で逃げるとは・・・この戦、既に決しとるわ。我らコボルドもゴブリンもここまでなのかもしれんな」
あいつらが去った後、爺様が悲壮な顔を浮かべ、ポツリと呟いた。
どれだけアタイ達が頑張っても、敵の数やステータスの差、種族差を見やれば負け戦は当然。それに、後ろに控えるコボルドがあれでは、アタイ達亡き後は大した戦果も上げれぬまま全滅する。
アタイ達の命を懸けてオーク共の数を減らしても、アタイ達よりも種族差が開くゴブリンは当然として、喩え御方であっても勝つことは不可能だわ。
アタイ達がオーク共を抑えている間に、親衛隊の連中が後ろに回り込み襲撃すれば最悪の事態を回避できる可能性もあるかもしれない。だけど、誇りや生き様を重視する親衛隊は、それを卑怯として許しはしない。
・・・違うわね。誇りを忘れたアタイ達を親衛隊の奴らは邪魔に思っているはずだわ。なら、どれだけ有効な作戦を立てたとしても無駄。だって親衛隊はアタイ達に死んでほしいんだものね。
だけど、死ぬのはアタイ達だけじゃない。アタイ達とゴブリンの戦闘員は全員死に(御方はいずれ我らより優秀な仲間をお連れになるでしょう)、待っているのは非戦闘員である仲間達への虐殺と凌辱の嵐だわ。
逃げたとしても、帰る場所を失い環境の変化に耐えられず死ぬ。それか、人間族に討伐されるのが落ちね。
アタイは初めて味わう死の恐怖に身を震わせた。
こんなところで死ぬのはヤダなぁ・・・。
目の前が滲んで何も見えない。頬を暖かい水が伝っている様な気がするけれどきっと気のせいよね。
「行くぞ・・・」
立ち尽くしたままのアタイ達に刀君がそう告げた。
それに非難の目を向けたコボルドもいたがその視線はすぐに弱々しいものへと変わる。
刀君の顔は悔しさに歪み、唇を噛み切り血を流している。
誰もいない方向に顔を向け、決して自分の涙を見せまいとしている。
爺様がそっと頭に手を乗せ、優しく撫でる。
刀君は少しの間その場に立ち爺様の手に身を任せている。
やがて頭に乗っていた爺様の手を除けてこちらに振り返った。
刀君は泣いていた事を微塵も感じさせないような鋭い視線を投げ掛け告げた。
「族長の命令は絶対である・・・故に我々コボルドは前線へと向かう。みな察しているとは思うが今回の戦闘は必死である。生き残ることは・・・あるまい」
刀君が不安を隠せないコボルド達を見渡しそう告げる。
その言葉に周囲のコボルド達は恐怖に顔を歪め、尻尾を地に垂れ下げている。
「だがしかし、希望はある。御方が俺達の戦闘に気付き、ゴブリン達を連れて来て下されば勝機はある。それまで我々でオーク共の攻撃を食い止めるぞ!!」
コボルド達はその希望に顔を綻ばせていたが、皆内心では気付いていると思う。
ゴブリン達が私達の戦闘に気付くのは早くても交戦を開始してから2時間後、いきなりの交戦に準備もしていないに違いないわ。ゴブリンの集団を纏め上げ、行軍を開始する時には交戦開始から5時間後。そしてアタイ達の交戦地に到達するのに8時間後・・・絶望的だわ。
でも、ほんの少しの希望でも今のアタイ達には救いになる。
もし御方がいなかったらアタイ達は戦う前から折れていたでしょうね。
御方・・・もう会うことはないかもしれませんが、次に会う時は貴方様に忠誠を誓えるといいかもしれないわ。
もう一度、頬に暖かい水が流れ、上を向いてそれを拭う。
次に下を向いた時、アタイは戦いに生きるコボルドとしてそこに立つわ。
数秒・・・空を仰ぎ見て下へ視線を戻す。
アタイは粗末な藁の家の中へと入り、木箱の中に入った鈍色に光る鉄甲を取り出す。
数多の視線を潜り抜けた相棒を手に嵌め、一度拳を振るう。
ゴウッという風切り音が鳴った事を確認し、刀君の下へと向かう。
既に何人かは準備が完了したようで、目を瞑り大地に黙祷を捧げている。
死を覚悟したコボルドの誓いがそこで交わされる。
死して尚子孫達の繁栄を齎す土となる決死の誓い。
アタイもそれを行い、既に終わらせてある。
爺様、刀君、薙刀ちゃんは笑いながら何かを話し合っている。
・・・最後となるかもしれない戦闘に未練の無いように、今を楽しんでいるんだと思うわ。
じっと見ていると刀君がこちらに気付いたようで、アタイを呼んだ。
アタイに気付くとはさすが刀君。
てててと小走りに近づき、昔話に混じる。楽しい話や面白い話、武勇伝や恥ずかしい話と色々なことを話し込んだ。
楽しい時間は早く過ぎるもの。
話し始めて1時間後、族長の号令と共にアタイ達は戦場へと駆り出された。
そして今目の前に、今はオークの集落と化したアタイ達の故郷が現れた。
初めての投稿遅れです。
本当に申し訳ございません・・・。
次話は小太刀コボルド目線から始まります。
何か変なところ、見にくい、誤字だ!などがあればどしどし教えて頂けると嬉しいです。
(言い換えでこういうのがありますよなどが合ったら教えてください。例:取得→習得、思いやる→慮る、聞こえる→耳に届くなど)
感想なども気軽にどしどし送ってくださいね!
活動報告(私の雑談場)の方にもコメントどうぞ!