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人魔:『ダンジョン』③でした!

沢山のブックマークありがとうございます!!


久々の大ボリュームです。

そして・・・ダンジョン編始動を開始します。


次話投稿は一週間以内です!

 side 女魔族冒険者


 街の北に位置する通用門の前、多くの冒険者と商人達でごった返しており、そこには人間や魔族のウチらからとってみれば巨大な防衛線が築きあげられている。

 積み上げられた土嚢と石垣は、いかにオークやオーガ、トロルであっても突破できないであろう程に強固な守りだ・・・これを崩すのならば上級クラスの魔法を何十発も打ち込まなければならないだろう。


 しかし、これだけ強固な防壁が築き上げられてはいても、ここにいる冒険者達の胸中を占めているのは圧倒的な不安と恐怖だ。

 これから対峙するであろう魔物は如何に鉄壁と言えるであろうこの防壁をもいとも容易く突破してくるであろう存在であるからだ。


 不安に押しつぶされるよりは、何も考えずに作業に没頭する方がマシだと言う連中がこの場に集っているのだ。

 ある者は所定の位置へ魔道具やポーションを運び、ある者は土嚢や石垣を積み上げ強固と言えるそれを更に強化しようとしており、それはさながら己の不安に大きな壁を建てて見えなくしている様にも見える。


「あ・・・あね・・・あねさん!!」

「・・・!? な、なんだい?」

「どうかされたんですかぃ? ボーッとして、ずっと上の空だったんで」


 そんな防衛線が張られた場所の陣頭指揮を任せられているのがウチらAランク冒険者パーティー『煌角の皇』だ。

 そのリーダーのウチが上の空で作業をすっぽかし、惚けていたところを他の冒険者に声をかけられ意識がはっきりとする。


 心配そうに覗き込んでくるのは、ウチらと何度か討伐依頼で共に戦ったBランクの冒険者だった。


 ダメだな・・・陣頭指揮を任されているウチがこんな様子じゃ、他の冒険者たちを余計に不安にさせてしまう・ここは無理をしてでも余裕な態度を見せ続けなければならない・・・のだが、さすがにアンデッド化したダンジョンを相手取るなんて事は考えてもいなかったからか、覚悟は未だにできていない。


 しかし、不安で惚けていたのか・・・と言えば、実はそうではないのだ。


「いや、なんでもないさ。もしも、魔物が襲いかかって来た時の対処を考えていただけさ」

「・・・あまり、無茶しないでください。少しでも俺達に力になれる事があれば言ってくれよ」

「はっ! 誰に言ってんだい。ウチにできないことがあればお前らにもできやしないだろう?」


 そんな冗談にそれもそうだと笑い返すそいつに、ウチらの周りにいた冒険者達がドッと笑い始める。中には無理をして笑っている者もいるが、ずっと暗い表情のまま俯き不安に押し潰されているよりかは幾分かマシだろう。

 そんな一人であるウチもハハハッと笑いながら、ギルドの応接室で告げられた作戦内容をもう一度頭の中で反芻させる。


 ギルドマスターとAランク冒険者パーティー『ユルバーレ』を加えて行われたのは、アンデッド化したダンジョンへの対処法の話し合いだ。


 史実によればアンデッド化したダンジョンは、生命を感じられる場所であればそれを感知してやってくるのだという。しかし、ダンジョンという巨大なそれがアンデッド化するとなれば、膨大なエネルギーが必要である・・・そしてその膨大なエネルギーが安定するまでは、恐らくは襲ってこないそうだ。


 それならば、安定するまでに叩いて仕舞えばいいのではないかとユルバーレが提案していたが、ダンジョンの居場所がわからない現状で動くのは非常にリスクが高い。全てが上手くいけばいいが・・・もしも、捜索中に安定化してしまったら戦力が分散している為に各個撃破されてしまうのがオチだ。たとえ見つけたとしても準備をしている段階で安定化してしまう可能性も充分にあり得る。

 ならば、準備を万全にし、城という強固な防壁がある此方へと攻めさせたほうが良い。


 そして、その案で纏まったはいいのだけど・・・その後に告げられた全てが正直に言えば信じられないというか、夢だったのではないかと思えてしまう。


 ・・・ユルバーレでの先制攻撃で、ダンジョンについているコアを破壊する。


「できる筈がないじゃないか・・・」


 それに対して了承を促したギルドマスターの正気を疑った。

 確かにユルバーレのメンバーはウチの筋肉バカを一瞬で制圧できる猛者がいるのはわかる。だがしかし、そんなものを比較対象にさえ出来ない程の強敵が対象なのだ。


 魔族や人族のものさしで測られた強さは、ダンジョンと呼ばれる災厄級の魔物を前にすれば意味をなさないのはわかり切っている。

 幾千も超える冒険者達で挑んでも勝てないレベルの魔物に、たった一つのパーティーが出張ってどうこうできるはずがない。


 だが、そんな考えを話そうと口を開きかけたのだが、ウチの横に座っていた彼女から感じた異様な気配に口を噤む事になった。

 ユルバーレのリーダーであり、ウチのバカを止めたこの華奢な少女から感じる気配は、魔族のそれでもなく人のそれでもない。


 長い間冒険者をしてきて、今まで様々な者を見てきた・・・殆どの場合は見ただけでだいたいの強さがわかる。口達者に自分の武勇伝を語ってはいるがそこまで強くない者もいれば、目立った功績はあげてないものの強さだけを取ればギルド有数の力量を持つ者、それらを見抜ける程にはこの目は育っている。

 しかし、あのリーダーだけはどうしてもそこを知ることができなかった。


 強さというものが計り知れない・・・強いのか弱いのかさえ不明瞭であり、その力を測ることができなかった。

 そこで立てたありえない憶測・・・隣に座る少女は、ダンジョンの様に魔族や人間の物差しで測れない化け物なのではないだろうかと。


 あの伝説と言われたギルドマスターが一つのパーティーにそんな重役を背負わせるなんてよっぽどの理由があるからに違いない・・・間違っても見誤る様な事はないだろうし、一見すれば無茶苦茶なそれであるがあのパーティーにはダンジョンを止める手立てがあるのだろう。


 ・・・・・・・・・いや、でも、しかし。


 そんな考えがさっきから脳内を反芻してしまって作業が手につかないのだ。

 もしも失敗してしまったら・・・ウチらが一手に陣頭指揮を引き受けることになるだろう。そうなった場合、ウチがここに残っている冒険者達の命を背負うことになる・・・。


 責任という重い重圧がウチに覆い被さってくる。


「なぁんだ。まだ考えてんのかよ姉御は」

「そうだね。あんたみたいに考えなしになれればいいんだけどね」

「ハハハッ!! ちげぇねぇ」

「メガロは相変わらずばかだね」

「うっさいわ! 腐れ蛇!!」

「もうちょっと考える頭を持て、無能虎」


 馬鹿でかい笑い声をあげながら登場したのはウチのバカ・・・もといメガロだった。側にはマネィも居て、いつも通りメガロに悪態をついて一触即発の空気を醸し出している。

 そして例によってメガロに一発いれてやって場を納めるが・・・なんとも、気の抜ける奴らだ。


 いってぇと頭をさするメガロを余所目に、何の用かとマネィへと視線を向けるが・・・あぁ、なるほど。

 どうやらウチの様子が心配で見に来たようだ・・・表情からそれが伺え知れるし、頭を押さえて下を向くバカがチラチラウチの事を見てくるのでわかる。


「進捗はどうだい?」

「皆不安を押し殺しながら黙々と作業しているからね・・・一応は早いと言っていいよ」


 あえて、それに気付かないフリをして、防衛線の進捗状況を聞く・・・予想通りの答えが返ってきてなんとも言えなくなってしまうが、それに続けてマネィが告げる。


「防衛線については問題ないと思うんだ・・・しかし、士気は最悪と言っていいな。皆死を前にしているように暗い。もしも戦闘になったら、最悪パニックに陥る可能性もある」


 ・・・あぁ、それもわかっている。

 士気はもとより最悪に近かったのだ。ダンジョンの氾濫というだけで、眉を潜めて不安に陥っていたというのに、追い討ちをかける様に急に飛び込んできたダンジョンのアンデッド化の報に一気に士気は地の底にまで落ちた。


 殆どの者が絶望視している中、奮起して対策を立てている者はウチらとウチらと交流を持っていた高ランク冒険者パーティーだけであろう。


 今回の一件で冒険者証を返却しこの都から逃げ出した者までいるくらいだ・・・今はダンジョンがどこに潜んでいるかわからいない為に、外に出る事は禁止されているがダンジョンアンデッド化の一報を聞いて我先にと逃げ出した者は数知れない。


「わかっている。だが、陣頭指揮を任せられたんだ・・・やるしかない」


 陣頭指揮を任せられている以上ウチらが前線に立ち後ろの者達を引っ張っていかねばならない。

 パニックに陥ったとしてもそれを収めて、なんとかこの街を守らねばならないのだ・・・今までBランクに収まっていたウチらには正直荷が重い。


 それも無論ウチの不安ではある。


「クハハ! なんだぁ。姉御が負け越しなんてらしくねぇな」

「そりゃそうだ。相手は『魔物』なんてものじゃないからね。化け物相手に正気でいろっていうのがおかしいさ・・・それに大勢の命を背負えるほどウチは強くないんだよ」

「・・・・・・あ、あぁ、そうかい。ま、まぁ、南の奴らよりは上手く纏められるだろうよ!!」


 ハッと気付いた時には弱音が漏れてしまっていた。

 まさかウチから弱音が漏れるとは思っていなかったのかメガロはドギマギしながらウチに告げる。


「・・・はぁ。メガロの言う通りだ。南の方は結構手間取っているのは間違いないね」

「あ、あぁ・・・そんなに手こずっているのかい?」

「多分だけどね・・・ひどければパニックに陥っているのかもしれない」


 弱音を告げたことを有耶無耶にしようとマネィが告げたその言葉に乗る。まさかうちから弱音を漏らしてしまうなんて・・・意識しないようにしていたけど、今回の一件は想像以上に参っているらしい。

 頭を振って不安を払拭すると、南に向かった冒険者達の事を思い出す。


 マネィが告げた南、ウチらとは逆に位置する南の通用門に、ウチらと同じ様に防衛線を張りに行った冒険者たちがいる・・・無論言うまでもないが、ユルバーレだ。

 ウチら『煌角の皇』と同様に陣頭指揮を任せられたもう一つの冒険者パーティー『ユルバーレ』・・・ダンジョンが出現した場合先制攻撃を仕掛ける事になっている者達だ。


 南に向かった冒険者達も例外なく士気は低かった・・・いや、ここよりも低かった。

 それもそうだ。ウチらはこの街に来てから何年もの間冒険者稼業を続けているが、彼らはこの街に来たばかりであり、うちらのように他の冒険者たちと交流をしていない・・・つまりは、信頼関係が築けていないのだ。


 先の一件でウチのバカを止めれるほどの力量があるということは見せつけてはいたが・・・それが霞んで消えるくらいにダンジョンの存在は大きい。

 とてもでないが、士気を維持する事は難しい・・・ウチらはそれを危惧して、ウチらと交友がある高ランク冒険者パーティーを多く送っておいたが、やはりダメだったか。


「冒険者が剣を振り回しているだとか、商人が外と中を異常に行き来しているだとか」

「・・・酷いね。それじゃあ防衛線どころか喧騒にまでなってるってことか」

「かと思えば、此方を奮起させようとしているのか、防衛線が築き終わったとかなんとかデマも流れてる・・・我々も早く向かったほうがいいかもしれないね」


 Aランク冒険者でも、恐怖や不安という感情には取って代われなかったらしい。恐怖や不安が信頼を超えてしまったのだろう・・・情報の錯綜具合から考えて、まず間違いなく暴動にまでなりかけているのではないかと予測する。


 なぜなら、言うまでもなく剣を振り回しているという事は喧嘩やパニックに陥っているという事であり、商人の行き来は恐らく馬車にはギルドの職員が乗っており事態の収拾に動いていると仮定できる。

 そして防衛線が築き終わった・・・これは完全にデマであろう。事態の収拾に当たったギルド職員が北のウチらまでパニックに陥らせまいと急ごしらえで振り撒いたもので間違いない。ウチでさえ半分終わったところなのに、終わったなんてありえないからだ。


「ウチらが行くしかないね」

「その間陣頭指揮は『宵の鴉・・・ッッッ!?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


「う、うわあああぁぁぁ!!」

「な、なんだなんだ!?」


 急に地面が大きく揺れる・・・立つ事もままならず、その場に尻餅をつく冒険者達の姿が視界に映る。


 そして、土嚢に手をかける事でなんとか立ったままでいられたウチらの視界に次に映り込んだのは・・・信じられない光景であった。


「地面が・・・も、盛り上がって」

「まさか」


 ドオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!


 GOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaa!!!!!!


 地面が膨れ上がった・・・そう表現するしかなかった。

 地が膨れ上がり、卵のようになったそれにひび割れが生じ・・・それが弾け飛んだ。


 ひび割れた大地の隙間からおぞましい魔物の砲声がこだまし、都を取り囲む壁が振動する。


 ぱっくりと割れた大地からそれはゆっくりと出現した・・・。


 巨大・・・小さな町であれば飲み込めてしまうのではないかというくらいに巨大であり、ぽっかりと開けられたままの口は丸く口内には夥しい数の牙が生えている。

 体は岩の様な物が張り付いておりゴツゴツとしていて真っ黒であるが、所によってはその岩が剥がれ落ちておりピンク色をした体表が見て取れる。

 足や手は『付いてはいる』様々な魔物の形状をした手と足は身体中に幾つも無造作に付けられており、歩くため何かを掴む為と、言うよりかは適当にそこにあったから付けたと言わんばかりに体の至る所から手足が生えている。

 目や鼻は見当たらず、それはさながら『ヒル』の様な姿をした魔物だった。


 これが・・・『ダンジョン』



「う、うわああああああぁぁあわあああああ」

「た、たすけて、たす、たすけ、いひぃやああああぁぁぁ」

「あんなの、あん、あんなのに勝てるわけねぇ!!」

「無理だ無理だ無理だ!!! ニゲロォオ死ぬぞおおオォォォ!!」

「ば、化け物だ・・・あんなのに勝てるわきゃねぇ!!」


 崩壊する・・・指揮なんて取れる間もなく、冒険者によるパニックが発生する。

 今まで黙々と作業をこなしていた冒険者達が一斉に城門へと殺到し、戦線が崩壊する。


「クッ!? お、おめぇら持ち場に戻りやがれ! ここで逃げたって意味がねぇんだ!! 何でこんな・・・クソが!?」

「まずいよメフィ! 一気に戦線が崩壊した・・・お、恐らくだけど魔法だね。奴の最初の咆哮は精神異常系の魔法で皆『恐慌』に陥ってるんだと思うよ!」

「チィッ!? 面倒なことしてくれるじゃないか・・・メガロ、マネィ立て直すよ!!」


 周りを見渡せば抵抗(レジスト)に成功した冒険者達が数十名いる・・・だが大多数は城門へ向かって逃げて行ってしまった。この人数では立ち直す事ももはや困難だ。


 出きることと言えば、魔力の充填が終わっている魔導砲を放つくらいだ。あの化け物に有効とはとても思えないが、何もせずに指をくわえて全滅を待つよりもましだ。


「援軍到着するまで魔導砲を放ち続けるか・・・いや、南では既にパニックが起きている。援軍は望めないね」

「メフィ、城門で魔法使い達が恐慌解除の魔法を使っているよ。少ししたら戻ってくるだろうけど・・・戦えるのはその中でも数十人だろうね」


 数十人・・・パニックによる怪我人と恐怖によって戦意を失った者を含めると、まともに戦えるのはそれくらいの数だろう。

 他は魔導砲による援護と遅れている防衛線の設置くらい・・・まぁ正直ウチらでもあの化け物と正面切って戦うのはごめんだ。


 周囲で化け物の登場で怯んでいる冒険者たちに喝を入れて魔導砲の準備を促す。

 全員それが有効であるかどうかなんて考える余裕なぞなく、急いで魔導砲の発射準備へと入る。



「姉さん! 魔導砲の準備ができたぜ!!」

「数はたった十数機かい・・・まぁ、撃たないよりはマシだろう。狙いな!!」


 設置された魔導砲に冒険者が集い、大地から現れた巨大な化け物へと狙いを定める。

 あんな巨大な化け物でも痛痒を感じるのかはわからないが、少しでもそれがダメージとして化け物に蓄積させることができるのなら・・・。


 魔導砲が発射完了体制に入り、発射口からはそれぞれの属性の光が漏れ出している。


「撃て!!!」


 ウチの掛け声と同時に中に込められた魔力が一気に解き放たれ、化け物に一直線に進んでいった。


 魔導砲から放たれたそれは化け物へと直撃し、凄まじい爆煙をあげて化け物を包み込んだ。魔族や人間で言う所の中級に位置する魔法が数十も放たれたのだ。撃退とはいわぬまでも、確実にダメージを与えているだろう。


「魔の祖たる我らが先代よ・・・我に水の加護を与え給え『ウォタラカノン』!!」

「燃えよ、燃え散れ、燃え晒せ! 業火にて消滅せよ『グランファイヤ』!!」

「切り刻むは見えざる刃、突き立つ死に恐怖せよ『ウィルドアーノス』!!」


 それに加えて魔導砲だけでなく、魔法の援護射撃も入る。化け物に着弾したのかしていないのかはわからないが、凄まじい爆発音が辺りに響き渡り、空気がビリビリと振動している。

 普通の魔物であれば原型を止めていない程にグチャグチャになっているのは間違いないだろうが・・・。


 爆煙が立ち昇り、化け物を未だに包み込んでいる・・・が、突如としてそれは訪れる。


 立ち昇った爆煙の奥から赤々とした光が漏れ出し始め、爆煙が何かの法則性を持った様に規則正しく化け物がいたであろう場所を中心として回り始める。

 爆煙の奥から漏れ出る光が一際大きく、そして輝いた直後・・・爆煙が切り裂かれる様にして晴れ、その光の正体が姿を現した。


 化け物のぽっかりと開けられた口内の凝縮された魔力の塊・・・それが光を出していた元であった。



「伏せ」


 言い切れる事も出来ず、化け物の口内に凝縮された魔力が解き放たれる・・・視界が真っ白に染め上がり、その次にくるのが想像を絶する程に強烈な爆風と浮遊感、全身を支配する激しい痛みに襲われる。

 音は全く聴こえない・・・耳がいかれたのか体がいかれたのか、とりあえず自分が吹き飛ばされてグルグルと回りながらあちこちに身体を打ち付けまくっているということだけがわかる。


 と、ガシッと誰かに受け止められる感触が全身を覆い、次いでキーンという耳鳴りなっていることに気づく。

 意識が遠退き、意識を手放してしまいそうになるのを必死に堪えていると、眼前から誰かがウチに呼びかける声が聞こえてくる。


「あ・・・あね・・・あ・ご・・・姉御・・・メフィ!!!!!」

「う・・・ぁ?」

「メフィ! しっかりしろや」


 その言葉に沈みかけていた意識が一気に覚醒する。ズキズキと痛み痺れている手足をなんとか動かし、ウチの体が五体満足であることを確認する。

 装備していた鎧はひび割れ、所によっては砕けており、砕けた場所からは流れ出たばかりの鮮やかな赤い血が彩っている。


 はぁはぁと荒い息を吐き、状況を整理しようと辺りを見渡せば、石やら土嚢やらがあちこちに散乱しており、見覚えのある冒険者達があちこちで倒れている。


 ウチは地に足が付いておらず、ボロボロになったメガロに抱き抱えられている。


「・・・い、一体どうなったんだい」

「見りゃわかるだろうよ・・・。防衛線は一瞬で崩れたよクソッタレが!!」


 防衛線が崩れた?

 そんな馬鹿な話があるわけがない・・・半分までしか終わっていないとは言え、かなり頑丈に作られていたはずである。たとえ大型の魔物であっても、たったの一撃で全ての防衛線を突破するなんて、そんな非常識なことがあり得るはずがない。


 ・・・そう思って辺りを見渡してみれば、築き上げた石垣や土嚢は跡形もなく吹き飛ばされており、最終防衛ラインである城門近くまでの全てが破壊されている。

 幸い、まだ立ち上がれる冒険者たちもいたようだが・・・もう、勝敗は決している。こちらの戦意は完全に喪失した。


 一撃で防衛ラインを破壊し、ウチらを戦闘不能にさせる圧倒的な力はもうどう足掻いても勝てる気はしない。


「・・・ハ、八方塞がりだね。もう・・・魔力も底を・・・尽きたよ」


 メガロの隣に立っていたマネィがフラリと揺れたと同時に、地面に倒れ込んでしまう。


「マネィ!!」

「唯の魔力切れだ・・・大丈夫だ。こいつはあの化け物が放ったあれを、全力でシールドを張って軽減させたんだ・・・」


 メガロが眉間にシワを寄せる・・・それもそうだ。

 この街でマネィの付与魔法の扱いは他者を寄せ付けずトップクラスである。そんなマネィが全力で挑み、意識を手放すまでに練った魔法であっても、防衛線は崩れ多数の冒険者が戦闘不能なんて事態に陥っているのだ。

 もしも、マネィが防御魔法を張っていなければ・・・これ以上の惨事になっていたことは間違いない。最悪、街の中にまで被害が及んでいただろう。


 AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!


 化け物が咆哮を上げゆっくりと移動を開始する。

 さっきのがもう一発来るのよりはマシだろう・・・それよりかは猶予があるだろうからな。


「ここまでだね・・・」

「ハッ! 冗談じゃねぇぞ!! 俺にゃまだやらにゃいけねぇことだってあるんだからよぉ」


 メガロが無造作にウチを地面に放り出し、なにするんだいと告げようとしたが・・・メガロがウチの前に立ち、爪を剥き出しにして化け物と相対する。


「何・・・やってんだい? 馬鹿なことは」

「あんたのパーティーに入る時に言ったろうが・・・」


 メガロの足は軽く小刻みに震えている・・・しかし、横たわったまま上を向いてみれば、そんな恐怖に支配されているとは思えないいつものメガロがいる。

 そして、その背中は・・・いつもより広く、格好良く見えていた。


「お前に惚れた・・・あんたを守ってやるってな」


 いつもはバカだバカだと思っていた弟分が・・・その瞬間だけは、一人の男に思えてしまった。

 ボッと顔が赤くなるような錯覚に襲われ、胸が早鐘を撞くかの様に高鳴る。


「な、何言ってんだい!?!?」

「好きな女も護れねぇで何が男だ!!」

「足が震えているバカが言うセリフじゃないよ!!」

「あぁうるせぇうるせぇ!! 気付かないでいるのが美徳だろうがよ姉御!!」


 はぁぁぁとため息をつき、落ち着きを取り戻すとゆっくりとメガロの隣に立つ。


「男の隣を歩けない女になるのは願い下げだよ」

「さすがは姉御だ。んじゃあの化け物はよろしく頼むぞ」

「ばーか、あんたと一緒に倒すんだよ」


 ゆっくりと近づいてくる化け物を前に、ウチとメガロが立ちはだかる。

 交戦すれば間違いなく死ぬであろうその化け物に武器を構える・・・死ぬのなら一矢報いてから死んでやる。


 後ろを振り返れば、意識を取り戻した冒険者達が化け物に恐れて動けずにいる。なら、まずはウチらが恐怖に打ち勝ち、その行き様を見せる必要がある。


 華々しく・・・惚れた男と散ってみせよう。


「行くz」




 ヒヒイイイイィィィィィィィィィィィン!!!




 いざ、メガロと突撃しようとした瞬間だった。どこからともなく甲高い馬の鳴き声が聞こえた。


 どこからしたのかと一瞬疑問に思い考えれば、どうやらウチらの背後で鳴いたようだ。

 だがおかしい・・・馬は勿論用意されていたがそれは城門の中であり、先ほどの恐慌のおかげで、門から馬が出れるほどのスペースはなかったはずだ。


 背後から蹄鉄の音が響き、確実に何かが・・・だれかが背後から迫ってきているのはわかる。


 そして、振り返ろうとした直後、ウチらの頭上を白い馬が飛び越えていった。


 それには目深のフードを被った小柄な者が乗っており・・・どこかで見たことがあった。


「ゆ、ユルバーレ!?」


 フードを被った少女はそのまま振り返ることもなく、ゆっくりと街に接近する化け物へと直進する。


 ・・・少女は化け物の目と鼻の先まで馬で駆け、そこで静止し、後ろに振り向かずに告げた。


「怖がらないで。大丈夫、私がいるから」


 距離は離れているはずであったが、それはここにいる者全ての耳にしっかりと届いた。

 澄み渡るような綺麗な声、どこか儚げの様子な少女の声・・・それが私達の耳に、妙に心地よく届いたのだ。


 そして、彼女は・・・彼女と『何か』が告げる。


「水よ 水よ 尊き水よ」


『今も尚 不変を保つ 大いなる偉大な水よ』


「生命の全ての母よ 悲しみに満ちた水底から」


『全てを満たせし 泡となりて』


「帰れ」


『帰せ』


『「我ら末の赤児となりて 水を奉らん」』


『所詮燃えれば塵となり、やがて燃え尽き火は尽きる。せめて、その時その刹那、優雅な華を咲かせよう』


『踊り踊り狂い踊り死ぬ。自由な風は束縛を嫌う。自由が故に牙を剥き、自由が故の残酷となる』


『割れ砕け、全ての礎、母なる恵、失いし時に母の涙を思い出せ』




『『『『「蒼魂と終末の聖櫃(アエル・アークエンド)」』』』』




 赤・緑・茶色のオーラの様なものが少女を中心に高速に回転を始める。

 赤色の光は少女の周りを無造作に飛び交っており、膨大な魔力の波動を辺りに降り撒き散らしている。緑色の光は常に一定の場所を飛んではいるが、その速度は魔力の濃度が高くなれば高くなるほど早くなっていっている。茶色の光は地面低くを縫うように飛んでいて・・・どこか地面が湿り気を帯びたり、その下には草木が芽吹き始めている。


 そしてその少女が立っている中心から、それらの光を圧倒するかのように巨大な水色の光が立ち昇る。水色の光は遥か上空にまで昇り詰め、一際大きな光の輝きと共に・・・それは空から現れた。


 光に包まれた人の姿をした何かが少女の頬を指でなぞり、クスリと微笑むそれは・・・恐らく、人や魔族なんてものとは比べ物にならない高次元の存在。

『精霊』・・・いや、もはやそれは『天使』と崇められてもおかしくない存在が下界に舞い降りたのだ。


 そして、閃光の中ゆっくりと上げられた指先が、化け物を捉えると同時に、今まで少女の周りを飛び交っていた三色の光がぴたりと静止し、その指を中心して三角形に広がる。

 すると光の尾は消え失せ・・・代わりに、光源が一気に膨れ上がり、三つの魔力の奔流が一点に凝縮し始める。


 そして・・・それは突如として決壊する。


 ドオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォン!!!!!!


 三つの光は街へと猛進する化け物めがけて一瞬にして放たれた・・・放たれた直後に魔導砲を放ったときなんかとは比べ物にならないほどの爆煙が上がり、大地が抉られ捲れ上がった。

 魔力の尾をたなびかせながら、化け物に向かって放たれたそれは爆発というには足りない程に巨大な爆煙を上げて大爆発を引き起こす。


 爆風が街の周囲取り巻く城塞を殴りつける様に荒れ狂い、外に合った巨大な意思が爆風によって吹き飛ばされ城塞に傷をつけるにまで至っている・・・しかし、ウチらが倒れている場所には一向に飛んでくることはなく、少女のそばでそれらは全て止まっている。


 それもそうだろう・・・少女が繰り出す攻撃はまだ終わってなどいないのだから。


 先程の三つを合わせたとしても、足りないくらいの膨大な魔力・・・魔力が可視化されるほどに濃密になった『蒼い』魔力が光り輝く精霊の指先から漏れ出ている。


 爆煙が晴れると・・・そこには化け物が時を奪われたかのように静止し、じっと目の前で起こることを待っているような異様な光景であった。


 そして、蒼い光は先ほどと同じように、一直線に打ち出された・・・ただ先ほどと違うのは一切の遠慮がないということだ。

 光線の周りの大地は弾け飛び、爆風は私たちを容赦なく殴りつけてくる。蒼い閃光が目を焼いてしまうんじゃないかと思うくらいの光量に世界が包まれているのだ。


 ただ見えるのは光り輝く天使の指先から放たれる槍の様な光線ただ一つ・・・そして、それになすすべもなく貫かれるがままの『ダンジョン』であった。




 そして、爆風が幾分か止む・・・やっと顔の前にクロスさせていた手をどけると、そこには目深のフードを被った少女が片手を上げている姿だった。


 ウチに続く様にして顔を上げていく冒険者達・・・そして。


「ッッッ!?!?」


 その少女の手に持たれている金色に輝くオーブに目が止まる。

 間違いない・・・間違うはずもない。あれは・・・ダンジョンコアだ。


「恐れることはありません。わたしぃゅは・・・コホン・・・私は金色。勇気と希望を剣とする戦士。平和を脅かさんとする化け物に私は絶対屈しない」


 目深のフードを外し、ローブを脱ぎ去った少女に・・・誰もが目を奪われる。


「皆、立つのです。眼前に立つ脅威から目を背ける事は仕方のないこと・・・でも背けた先が地面であってはなりません。目を背けるべき場所は・・・守るべき民と家族が住まう街なのです。命を惜しむことや恐怖することは当然の事です。でも、守るべきものから逃げる事だけは絶対にしてはいけません。目を背け、自分達の帰りを待つ、家族と故郷を全力で守りなさい」


 そして少女は片手にクッと力を入れ・・・パキィンと音が立つと同時にダンジョンコアが砕け散った。


「そして、私は・・・金色は、貴方達の命を守ってみせますから。少しだけ、一緒に戦ってもらえませんか?」


 ニコッと微笑んだ彼女の姿、耳は長く金色の髪に緑色の瞳・・・白を基調とした金色の鎧をその身に纏った『エルフ』の少女が戦場の真ん中に姿を現した。




 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド



 ウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥオオオオオオオォォォォ!!!!!!!




 そう、背後から数え切れない程の馬蹄と叫び声と共に・・・ウチらが来ないとたかをくくっていた総勢数百の援軍が、大声と共に姿を現した。

ハーピーの観察日記

1:先日の魔力共鳴により森の魔物に狂暴化の兆候・・・対処グループを設立。

2:対処グループに、ヴァン・アドルフ・エリーザを含めています。

3:次、観察日記休載予定。



宜しければ、本文下にある評価の方是非ともお願い致します!

遠慮なくこの物語を評価して下さい!!


何か変なところ、見にくい、誤字だ!などがあればどしどし教えて頂けると嬉しいです。

(言い換えでこういうのがありますよなどが合ったら教えてください。例:取得→習得、思いやる→慮る、聞こえる→耳に届くなど)


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