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夢の在処、双子の絆

作者: 心音

文字数は一万文字程度あります。

ノベルゲームのような感じの内容です。

感想、アドバイス等を頂けたら嬉しいです。

夢の在処、双子の絆



『――進。お母さんね、再婚することが決まったの』


初夏の日差しが眩しい午後――自室で教育心理の勉強をしていた来年大学の受験生の俺に、母さんはかしこまってそう告げた。

俺は驚きのあまりシャーペンを取り落としそうになったが、すんでのところで何とか握り直し、『おめでとう』と、笑った。

前の父親とは、俺が小学三年生の頃に離婚した。それ以来、母さんが女手一つで俺のことをここまで育ててくれた。

毎日夜遅くまで仕事をし、朝は早起きしてお弁当を作ってくれた。どんなに大変で辛い時も、俺のことを第一に考えてくれた。母さんには感謝してもしきれない。

嬉しそうに再婚する男性のことを話す母さんは凄く幸せそうで、俺も自然に笑顔になることができた。

それから一ヶ月も経たないうちに母さんは再婚した。驚きの早さだ。

同時に――俺には双子の妹ができた。


『……(リン)って言います。よろしくお願いします、進さん』


『隣の妹の(アユミ)です! よろしくね、進お兄ちゃん!』


二人の性格は、鏡合わせの容姿とは違って正反対だった。

姉の隣は大人しく控えめな女の子で、歩は隣と違って元気いっぱいの明るい性格をしている。全く逆の性格だが、それがお互いのダメなところを支えあっていて、仲のいい双子だなと認識することができる。

二人共とてもいい子だ。俺には勿体無いと思ってしまう。ずっと一人っ子だった俺には二人の姿が輝いて見えた。

俺はこの二人の立派なお兄ちゃんになることは出来るのだろうか? そもそも仲良くすることが出来るのだろうか?

そんなことを最初は不安に思っていたが、取り越し苦労だった。

話したり、面倒をみたりしているうちに、俺は隣と歩と打ち解けあっていた。母さんも、新しい父さんもすごく喜んでいた。どうやら俺たちがちゃんと仲良くやっていけるのか心配でたまらなかったらしい。

勉強の合間に二人と遊んだりして息抜きするのは楽しかった。たまに幼馴染みの奏向も加わって四人で遊んだりもする。妹たちは奏向ともすぐに打ち解けることができ、夏休みに入ってからは毎日のように遊んでいた。


とても――幸せな時間だった。


これほどまでに幸せな時間は人生で初めてかもしれない。

毎日が幸せだった。

母さんと父さんの仲も良好。隣と歩とはずっと昔から一緒にいたかのように仲良く出来ていたし、奏向とも今まで以上に親しい関係になっていた。

こんな幸せな日々が――いつまでも続くと思っていた。


『今度家族で旅行に行きましょう』




そう――あの日までは。




八月の後半――残暑が厳しい時期。俺たちの家族は日本から出て海外旅行に行き――その帰りに――飛行機事故にあった。

エンジンから火が出て、制御不能になった飛行機が墜落していく。

響き渡る悲鳴、エンジン火災によって熱される機内――完全にパニック状態だった。


『大丈夫。きっと大丈夫』


震える手で母さんは俺のことを抱きしめ、何度も、何度も、大丈夫と言葉を繰り返す。

歩は父さんにしがみついて泣いていた。隣は泣いてこそいなかったが、顔面蒼白で恐怖が滲み出ていた。

ふと――外を見た。

地面がぐんぐん近づいてきていた。そして次の瞬間、凄まじい轟音と共に、俺は意識を失った。


次に目を醒ました時、真っ先に目に映ったのは白い天井だった。

消毒液のような匂いと、ピッ、ピッ、と聞こえる電子音。自分が今病院にいるということ。そして――生きているということを何となく察した。

母さんと父さん、隣と歩はどうなったのだろうか。確かめようにも、身体が思うように動かない。自分の身体を見てみると、全身包帯だらけで、腕からチューブのような長い管が伸びていた。

――ガシャン。と、何かが落ちたような音が唐突に部屋の外から聞こえたのと同時に、慌てたような声が聞こえてきた。やっとの思いで顔を横に向けると、白衣を羽織った医者らしき男の人、看護師のような女の人が数人――驚いた様子で俺のことを見ていた。

男の人が何やら色々な指示を出し、看護師は慌てて行動に移す。俺はそこで妙に眠くなり、瞳を閉じた。


それから数日。

俺は少しだけ身体が動かせるようになっていた。暇さえあればリハビリをして、身体の感覚を少しずつ取り戻していく。

担当の先生に母さん達のことを聞くと、控えめに笑うだけで、明確な返答をしてはくれなかった。

だからだろう。俺は母さん達がもういないということを察していた。悲しいはずなのに涙は出なかった。


月日は流れ、春になる。

リハビリを頑張った甲斐あって、退院出来ることになった。

退院の日、俺を励まし続けてくれた先生たちが見送ってくれた。家までタクシーで行く?と聞かれたが俺はやんわりと断った。久しぶりの外――自分の足で帰りたいと思ったからだ。

家に着き、鍵を取り出してドアノブに突っ込む。きっと家の中はホコリだらけで大変なことになっているであろう。

そんなことを考えながらドアを開けたその瞬間だった。


『おかえりなさい、進お兄ちゃん!』


『進さん、待ってましたよ』


隣と歩がそこに立っていた。

俺は驚きのあまり声が出せなくなり、その場に立ち尽くした。


二人は――生きていたのだ。


その事実がたまらなく嬉しかった。

俺は一人ぼっちでは無かったんだ。


『ただいま――隣、歩』


両手を大きく広げて、俺は二人のことを抱きしめた。


もう二度と――離さないように。


......................................................


「……」


誰かに身体を揺すられている。

眠っていた俺の意識が少しずつ覚醒していく。

目を開くと、右側で結ったサイドテールがゆらゆらと揺れていた。


「――あ、やっと起きた! 隣ー! 進お兄ちゃん起きたよー!!」


ドアに向かって双子の妹のほう――歩が叫ぶと、リビングのほうから「はーい」と、朝ごはんの支度をしているであろう隣の声が聞こえてきた。


「おはよう……歩。そして、おやすみなさい……」


「ちょ!? 起こしている側から寝ないでよお兄ちゃん!!」


「うるせー……日曜日くらいゆっくり寝かせてくれ……」


「ダーメー!! 日曜日だからってだらけていると生活リズム狂っちゃうよ!! それに、折角、隣が朝ごはん作ってくれてるのに無駄になっちゃう!!」


ぽかぽかと俺を殴る歩。

正直、痛くも痒くもない。むしろどこか心地よくて、そのまま眠ってしまいそうだった。


「――ぐー……」


「って、寝たーーー!? 今のは完全に起きてくる流れだったはずだよね!?」


「ぐー……」


「お兄ちゃんのバカぁぁぁぁああああ!!」


「……いつまでコントしてるつもり?」


そんな呆れ声に目を開けると、部屋の前にエプロン姿の隣が想像通り呆れ顔で立っていた。


「朝ごはん出来ましたよ。進さん、歩を虐めていないで早く起きてきてください……」


「悪い悪い。ちょっとからかって遊んでいただけだ。着替えたらすぐに行く」


ベッドから起き上がって俺は寝巻きを脱ぎ捨てると――


「おおおおお兄ちゃん!? なんでいきなり脱ぎ出すの!!」


着替えを始めた俺を見るが早し、歩は顔を真っ赤にしてそっぽ向いた。

歩はかなり恥ずかしがり屋で、顔がすぐに林檎のように真っ赤になってしまう。


「兄妹なんだからそんな恥ずかしがることもないだろ……」


「そ、そうかもしれないけど……! 恥ずかしいものは恥ずかしいの!!」


「なら先に……捲れているスカートを直したらどうだ?」


「へっ?」


言うか言わないかずっと悩んでいたが、俺を起こす際にスカートがどこかに引っかかっていたのだろう。ピンク色で少しフリルの付いた小学生らしい可愛い下着かずっと見え隠れしていた。


「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」


鍋でグツグツと煮られたタコのように真っ赤になって歩は卒倒した。


「隣ー。歩がぶっ倒れたー」


「またですか……」


リビングにいる隣に声を掛けると、またまた呆れたような返事が返ってきた。


「着替えたら背負って連れてきてください、進さん」


「任せろ」


手早く着替えを済ませて俺は歩を背中におぶる。歩は驚くほど軽く、ちゃんとご飯を食べているのか心配になってしまうほどだった。

背中に寄り掛かる温もりを感じながら俺はリビングへ入った。


「おはよう、隣」


「おはようござ……います」


途中まで普通に挨拶をしていた隣だったが、俺と歩を見るや、拗ねたように頬を膨らませた。


「歩だけ……ずるいです」


「背負って連れてこいって言ったのは隣だろうが……たく、しょうがないな」


俺は未だに伸びている歩をソファーに寝かせると、後ろ向きで隣の前にしゃがんだ。


「ほら、おいで、隣」


「……」


隣は無言で俺の背中にもたれかかった。

背中合わせに、隣はその場に座り込む。どうやらおんぶして貰う気は初めっから無かったらしい。


「進さんは……優しすぎます」


ポツリと、隣は呟いた。

俺はその言葉を拾って、返す。


「将来の夢は誰にでも優しく、時には厳しい小学校の先生だ」


「きっとなれますよ、進さんなら。私、応援してます」


「ありがとう、隣」


背中合わせだから隣が今どんな表情をしているのか分からない。

けど何となくだが――微笑んでいるような気がした。


「伸びてる歩を起こしてご飯食べよう。折角の朝飯が冷めたら勿体ない」


「そうしましょう」


背中から隣の温もりが消える。

ほんの少し寂しい気分になった。触れ合っていると気分が落ち着く――というのが何となく分かったような気がした。

もちろん、信用している人限定だが。見ず知らずの人がそんなことしてきたら跳ね除ける。


「……ん?」


歩を起こすために立ち上がるの、インターホンがなるのはほぼ同時だった。

テーブルを見ると、湯気の立った四人分の朝ごはんが並べられていた。

ああ、なるほど、そういう事か。


「奏向さんが来たみたいですね」


「迎えに行ってくる」


陽の当たるリビングとは打って変わって、廊下はひんやりとした空気に包まれていた。まだ秋になったばかりだというのにこの涼しさだと、今年の冬は少しばかり厳しそうだ。


「……」


あの飛行機事故からもう一年。

事故で両親を共に無くし、俺と隣、歩の三人で暮らすようになってから、もう一年も経ったのだ。

長いようで、短いような時間だったかもしれない。

両親の残してくれた遺産のおかげで生活自体は平気だったが、決して楽なものではなかった。学校が終わったらバイトでコツコツお金を貯め生活費の足しにしていく。

夜は自分の夢を叶えるために遅い時間まで勉強。大学に行く金は特待生制度という学費が免除される特別推薦枠を狙っている。推薦枠を勝ち取れなかったら大学に行くなんて出来やしないからだ。

そんな楽とは言えない生活を支えてくれているのは隣も歩だけではない。


「おはよう、奏向」


「うん、おはよう、進」


幼なじみの奏向。

彼女もまた、俺の心の支えとなっていた。

辛い時、苦しい時、隣にいてくれたのはいつも彼女だった。どんな時も俺を励まし続けてきてくれた。隣と歩と同じくらい、奏向は大切な存在だ。


「もうご飯はできているの?」


「できてはいるが、きっとまだ食べられない」


「どういうこと?」


「こういうこと」


ソファーで伸びている歩を指さすと、奏向は苦笑いを浮かべた。そして我が家の冷蔵庫に向かってスタスタと歩き、中から緑色のチューブを取り出した。


「待て」


奏向の肩をガシッと掴んだ。


「止めないで進! 私はお腹が空いているのッ!!」


「ええい五月蝿い!! お前この間似たような状況でカラシ使って歩を再起不能にしたじゃねーか!!」


「今回はワサビだから大丈夫だもん!!」


「どういう基準で大丈夫なのか全く分からねーよ!! いいからしまえ!!」


「いーやー!!」


奏向の手からワサビを取り上げるために取っ組み合いになる。こうなると奏向は強情だ。なかなか諦めてくれない。


「寄越せ!!」


「いーやーだー!! あっ……」


ふらりと、奏向の体勢が崩れる。

俺の攻撃を避けるために、変な動きをしていたせいで自分の足が絡まってもつれたのだ。

奏向の身体を支えようとするが手を引っ張るだけじゃ間に合わない。咄嗟の判断で奏向を抱き寄せ、俺が下になるように体勢を変えて床に倒れ込んだ。


「進さん!?」


ガンッ――と、背中に鈍い衝撃が走った。

ジンジンと背中が痛む。でも何故か――顔は柔らかい感触に包まれていた。

何かに押し潰されているようで、真っ暗で何も見えない。手探りで顔を覆っているモノに触れる。


「……!」


「?」


くぐもった奏向の声が聞こえたような気がしたが、気にせず手を動かして何が顔を覆っているのか確かめる。


「ひゃあ……ちょ、進……どこ、触って!」


マシュマロのようにふわふわとした感触。

試しに軽く握ってみると、心地よい柔らかさに驚く。


「はぅ、はぁはぁ……も、もうやめて……進……」


しかし俺は一体何に触れているのだろうか?

今の状況を振り返ってみることにする。

奏向からワサビを取ろうとする、奏向が倒れる、俺が庇って下になる←今ここ。


もしかして……俺が今触れているのって、奏向の――


気づいた瞬間俺は奏向の下から抜け出していた。

慌てて奏向のほうを見ると、顔を真っ赤にし、胸を腕で隠すようにして俯いていた。


「……進の、バカ。恋人でもない幼なじみの胸触るなんて……」


「わ、悪い奏向」


「いいよ……事故だったんだし。それに、進が庇ってくれたおかげで怪我しなくてすんだから……。その――ありがとう」


いたたまれない気持ちになったが、これ以上この話を引きずるのも酷だと思い、俺は立ち上がって奏向に手を差し出す。


「ほ、ほら、立てよ」


「う、うん」


奏向は俺の手を取る。

柔らかく、すべすべとした綺麗な手だった。


「――あの、いつまでそうしてるつもりですか……? 進さん、それに奏向さん」


低く、冷たい声に振り返ると、そこには般若が仁王立ちしていた。


「いやぁ、今日の朝ごはんは和食か。お、このアジの開きいい焼き加減だな。めっちゃ美味そうだ」


「このお味噌汁も美味しそう! これは――赤味噌を使っているんだね。いいチョイスだと思うよ!!」


隣と目を一切合わせずに朝食をベタ褒めして誤魔化そうとする。


「……はぁ、まぁいいです。歩は起きそうにないので先に朝ごはんを食べちゃいましょう」


「「ほっ……」」


俺と奏向は胸をなでおろした。

隣がキレると後が怖いというのを奏向もしっかりと分かっているようだった。

ちなみに、歩が目を覚ましたのは俺たちが朝食を食べ終えた少し後だった。

昼間になると、俺と奏向は夕飯の買出しに、隣と歩は家の掃除や洗濯などをし、余った時間でゲームなどをして遊んだ。

夜は妹二人が夕飯を作っている間に俺は受験勉強。奏向はソファーに座って女性向けの雑誌をパラパラと捲っていた。


これが俺たちの日常。

何ものにも変えられない大切な時間だ。

秋が深くなると、俺は受験勉強の時間を増やしていた。もちろん隣や歩と遊んだりする時間は減ってしまったが、二人はそんなこと気にもしない様子で俺のことを応援してくれた。それがたまらなく嬉しかった。

奏向も自分の勉強があるのにも関わらず、俺のことを支えてくれていた。そしてそれが俺の励みになっている。

三人には感謝してもしきれない。

この三人がそばにいてくれているからこそ、俺はここまで頑張ってこれたんだと思う。


「大丈夫ですよ、進さん。神様は頑張る人の味方です。進さんは毎日こんなに頑張っているんだから、神様だってその努力を認めてくれていますよ」


そう言って隣は毎日温かいコーヒーを淹れてくれる。


「ふれーふれー! お兄ちゃんっ! 私は勉強分からないから応援しかできないけど、気持ちだけは誰にも負けないよっ!」


頭に『必勝』と書かれたハチマキを巻いて、歩は応援してくれた。


「自分を信じて、進。きっと努力は報われるよ。私は進の努力を全部知ってる。だから、大丈夫」


奏向の笑顔にはいつも助けられる。辛い時、めげそうになった時、奏向の笑顔を見れば吹っ切れた。


そして時間は流れ――受験当日。

長いようで短い時間だった。

毎日勉強だけをしていたような気がする。でもそれは、俺に大きな自信を与えてくれた。今ならどんな難問で解くことができるんじゃないかと思ってしまう。


「――いってらっしゃい、進さん」


「頑張って! 進お兄ちゃん! 私たちがついているよ!」


隣と歩みにエールを貰い、家から出る。

玄関先には――奏向の姿があった。


「頑張れ、進」


そう言って奏向は俺のことを抱きしめた。

奏向の思いがけない行動に驚いたが、すごく気持ちが落ち着いた。


「ありがとう、奏向。それじゃあ――行ってくる」


前をまっすぐ見て受験会場へと向かう。

緊張、不安――様々な感情が弾丸のように襲ってきたが、俺の心は軽いものだった。

これも三人のおかげだ。最後まで俺を支えてくれたことを心から感謝している。


「――頑張らないとな」


俺は力強い一歩を踏み出した。


......................................................


月日は流れ――結果発表の日がやってきた。

俺は既に会場で結果が発表されるのを待っていた。

周りの人たちは皆、緊張と不安が混じったような複雑な表情をしている。

俺も手に握りしめている受験票が手汗のせいでぐちゃぐちゃになっていた。受験番号がギリギリ見えるのが唯一の救いだろう。

そしてついにその時がやってきた。

合格者の番号が書かれた紙が張り出される。

辺りの声という音は一切消えていた。全員が張り出される紙に釘付けになっていた。

俺は自分の番号を探す。


「…………あった」


喜ぶのも忘れて、俺はスマホから家に電話をかけていた。いち早く、この事を三人に伝えたかった。

電話はワンコールもしないうちに繋がり、


『進さんですか!? 結果はどうでしたか!?』


隣の切羽詰った声が耳を貫いた。

後ろの方からは歩の『どうなのどうなの!』という声が聞こえいて、俺は思わず笑ってしまう。


「受かったぞ」


簡潔に伝える。

刹那の静寂。次の瞬間には二人の歓声が響いた。


「おめでとうございます!!進さん!!」


「お兄ちゃんおめでとう!! やった!! やったー!!」


受かった当の本人より、外野の方が喜んでいるというこの状況。それほど俺の合格が嬉しかったのだろう。


『隣ちゃん、電話変わって』


『あ、はい、どうぞです』


オープンで興奮している二人と違って、奏向は必死に冷静を装っていた。


「受かったぞ、奏向」


『知ってる。おめでとう、進。信じていたよ』


「ああ。ありがとう」


これ以上言葉はいらなかった。

どこか通じ合っている俺たちは、電話越しにしばらく無言の時間を過ごす。


『隣ちゃんがね、パーティーをするって言ってるよ』


「そりゃ楽しみだ。じゃあそろそろ帰ることにする」


『うん、また後でね』


電話を切ってスマホをポケットにねじ込む。

合格者だけが貰える学校の案内資料と書類を受け取って俺は足早に家に向かう。

玄関の鍵を開けて、ドアを開いた瞬間、歩が俺を吹っ飛ばす勢いで飛びついてきた。


「進お兄ちゃんおかえりっ!! そしておめでとう!!」


小さな歩の身体をしっかりと受け止める。


「ただいま、歩」


一足先に俺のところへやってきた歩に続いて、隣、奏向の順番で姿を見せる。二人とも満面の笑みを浮かべていた。

歩を一旦離し、カバンの中から合格証を取り出して三人の前で広げる。

おおー。と小さな歓声が上がった。


「靴脱いで早くリビング来てください。進さんの為に色々作っておきましたよ」


「私も手伝ったんだよ! 早く早く!」


「お、おい引っ張るなって!」


歩に手を引っ張られてコケそうになりながらも何とか靴を脱いで家に上がる。

リビングに行くとテーブルには俺が好きな料理がたくさん並べられていた。あらかじめ受かっている事を予想していないとここまで用意するのは不可能だろう。


「私は信じていたからね」


俺の心を見透かしたように奏向は笑う。

言い出しっぺは奏向で間違いないようだ。


「座ってください、進さん」


「おう、ありがとう」


俺が椅子に座ると、三人もそれぞれ自分の椅子に腰を下ろす。

手元にはジュースの注がれたコップがあり、三人はそれを手に取り俺を見た。

俺がコップを持つと、隣はコホンと咳払いをする。


「――では、簡潔に乾杯の音頭をとらせていただきます。進さんの受験合格を祝って……乾杯っ!」


「「「乾杯っ」」」


料理に舌鼓を打ち、会話をして笑いあって、パーティーを楽しむ。凄く幸せな時間だ。

ご飯を食べ終えると、お菓子を食べながらゲームをして遊ぶ。いつもやってるゲームが今日はとても楽しく感じた。

楽しい時間というのはあっという間で、気づけば太陽はもう水平線の彼方へと沈んでしまっていた。


「もうこんな時間か。早いな」


ゲームのコントローラーを置き、猫背になって縮んでいた背筋を伸ばす。


「今日はとても――楽しかったですね」


「うんうん。ほんと楽しかったよ」


「……?」


元気な奏向とは正反対に、隣の表情に少し影が落ちているような気がした。

歩もさっきから口数が減っていた。最初は疲れてしまったのかと思っていたのだが――どうも違うような気がしてならない。


「隣、歩。どうか……したのか?」


俺の言葉で初めて、奏向は二人の様子がおかしいことに気づいたようだった。


「……」


「……」


隣も、歩も――何も答えない。

得体の知れない不安が俺を襲ってくる。

そんな中、歩がゆっくりと口を開く。


「……進お兄ちゃん、それと奏向お姉ちゃんも。二人に、話さなきゃいけないことがあるんだ」


その声はあまりにも弱々しく、普段の歩からは想像出来ないものだった。


「話さなきゃ……いけないこと?」


「……」


コクリと、歩は頷く。

隣は歩の手を握っていた。小さなその手は微かに震えていて、何かを恐れているようだった。


「……歩ちゃん?」


奏向も訳が分からないのだろう。

助けを求めるように俺を見る。


「……どういうことなんだ、歩」


「――進お兄ちゃん、奏向お姉ちゃん。落ち着いて聞いてほしいんだ。あのね――」


歩の瞳が俺を捉えた。

その瞳には――涙が浮かんでいた。






「――私と隣は、去年の飛行機事故で……死んでいるんだ」






時間が止まったような気がした。

歩の言っている事が理解できない。


「……何を、言っているんだ?」


それしか言葉が出てこない。

それは奏向も同じようで、唖然としていた。


「私たちは……もう、この世の存在ではないんです」


隣はそう言って儚げに笑った。


「世間一般では――幽霊って呼ばれる存在。まぁ私達はちょっと特殊ですけどね。こうして――人に触れることができます」


歩から離れて俺に触れる。

でも何故か――いつも感じる温もりが無い。


「ごめんなさい、お二方。今まで黙っていて」


スッと手を離す。

触れられていた筈なのに――何も感じなかった。


「そして――さよならです」


「……え?」


隣の瞳から――涙が零れた。


「私たちは、進さんが独り立ち出来るまで、支え続ける為の存在。あの事故で家族全員を失ったら、進さんはきっと壊れてしまう。奏向さんだけでは、ダメだったんです。だから――私達も幽霊として残ることにした。けど、それも今日でおしまいです」


「お、おい……隣」


「――進お兄ちゃん」


歩とは思えない静かな声だった。


「私ね、進お兄ちゃんと奏向お姉ちゃんのこと――大好きだよ」


「……ッ」


奏向が口元を隠してその場に崩れ落ちる。

現実に耐えられなかったのだろう。


「隣……歩……!!」


俺は二人のことを強く抱きしめた。

今までの思いを、気持ちを、全部込めて抱きしめる。


「今までありがとう。二人のおかげで俺はここまでやってこれた。だから、本当に――ありがとう……!!」


「頑張って……お兄ちゃん。お姉ちゃんのことも、よろしくね……!」


「さよならです、進さん。いなくなっても、ちゃんと――見てますからね」


二人の感触が――消えていく。


「――進さん」

「――進お兄ちゃん」


二人が俺の名を呼ぶ。






「「――今まで、ありがとうっ」」






そして――二人の姿は光となって、消えた。


......................................................


――数年後。

俺は夢を叶えて小学校の教師になった。

今日は入学式。二年生の担任を受け持った俺は生徒名簿を片手に自分のクラスの前に立っていた。


「……ふぅ」


深呼吸を一つ。俺はクラスのドアを開けた。

集まる視線。俺はそれをすべて受け止めて教卓の前に立った。


「おはようございます。皆さん初めまして。俺がこのクラスの担任の――」


そこで俺の言葉は止まった。

クラスが少しざわつく。


「……隣、歩」


教室の後ろの方。並んだ席――そこに座る双子の姉妹。

隣と歩の面影と重なった。


「……ははっ」


生徒たちの前だと言う事を忘れて、思わず笑ってしまう。


「いやぁ、悪い。昨日見たテレビ番組思い出して笑ってしまった」


ドッとクラスが笑いに包まれる。

双子の二人も、楽しそうに笑っていた。


「――隣、歩。俺……頑張るからな」


俺は生きる――。

今日これからを、この笑顔溢れる教室で。



End

如何でしたか?


もしかしたら最初っから妹二人が死んでいるということを察することが出来た方もいたかもしれません。

幽霊設定は少し無理がありましたが、1番いいやり方だと思ってこうしました。

もうちょっと感動的に書けたらなと、心の底から思っています。


最後に、ここまで読んでくれた皆様、本当にありがとうございます。

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