表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天の公僕  作者: denpa21
2/4

愛妃

貴妃の住まう承乾宮はわずか4年前に重修したばかりであり、天子の住まいとして何百年と中華の中心を担ってきたこの紫禁城においてもまだ新しい。

皇子達の勉強会を視察した夜、順治帝福臨はそこの主・董鄂妃を訪れた。

最近では毎日のように通い、その日の出来事などを董鄂妃に語って聞かせる事が日課となっている。

部屋に着くと事前に先触れをしていた為、女官達が総出で出迎えた。

その中には目的の愛妃も皇帝に挨拶をしようと立って待っていた。

それを見た福臨はとたん顔を真っ青にして、傍に侍る女官たちに突然叱責する。

「何故皇貴妃に無茶をさせる!

其方たちは何のために皇貴妃に付けていると思っているのだ!」

その怒声に女官たちは委縮し怯えこんでしまったが、それを見た董鄂妃はすかさず彼女たちの為に弁明した。

「皇上、彼女たちを責めないで下さい。

私が愛する皇上を待ちきれず、お迎えに上がりたいと無理を申したのです。

勝手をして申し訳ございませんでした。」

福臨は渋い顔をした。

愛妃の事を想っての叱責だったが、この様に言われてはばつが悪い。

仕方なく、女官に愛妃を寝台まで連れて行かせた後、女官には罰を与えることなく下がらせる事とした。

だが、心の中では愛妃が寝台より立って出迎えが出来るほどに元気になってきている姿を見て、喜び安心していた。

彼は19人いる妻の中でも董鄂妃を殊のほか愛でていたが、最近では子供を失った悲しみから心の病に臥せってしまいまともに寝台から這出る事も出来なかった彼女が心配だったのだ。


彼女が心を病むにはいくつもの理由があった。

昨年順治15年に彼女は福臨の第四皇子を産むこととなった。

しかし、生まれるものの、わずか三ヶ月で夭折してしまったのだ。

福臨は彼女との間に生まれたこの皇子を可愛がり、いずれ皇太子にしようとさえ考えていた。

それを証明する様に彼には何人もの皇子がおり、夭折もしているが死後栄親王の追号されたのはこの皇子だけだった。

「子供はまた作ろう。」

福臨は悲しみに暮れる彼女を慰め、一層の愛で以て寄り添った。


しかしである。

あまりにも寵愛が偏っていたため、他の妃たちからすれば面白くない。

それに加えて、彼女が皇貴妃になるまでの過程が悪かった。

そもそも董鄂妃は、福臨の愛妃になる前は彼の異母弟である襄親王・ボムボゴール(博穆博果爾)の妻という経歴がある。

だが、弟が連れる董鄂妃のあまりの美しさに見惚れた福臨は弟から強引に奪い取ってしまい、兄に妻を取られた悲しみからボムボゴールは自殺をしたのだ。

しかし、福臨は気にせず順治14年には18歳の董鄂妃を後宮に侍女として入内させた。

それからは人目も気にせず一心に愛情を注ぎ、同年8月に賢妃、12月には皇貴妃というように異例の速さで位階を上げさせたのだ。

そして、本当ならばこのまま皇后にしてしまいたかったが、既に孝恵章皇后が皇后位にいる事を理由に実母である孝荘皇太后が反対したのだった。


女は男に愛される事と子を産む事で出世をする事が出来る。

当然のごとく周りからの嫉妬を買い、今董鄂妃は宮中で一人孤立をしていた。

そのような状況で悪い噂も故意にもたらされる。

「第四皇子の死因は毒殺なのではないか」

その噂の内容はこうだ。

『実は孝恵章皇后以前にも皇后がいた。

福臨は奢侈を理由に皇后位から廃し、今は静妃という妃位に降格されている。

皇后位といえども絶対的な地位ではない。

そして、かねてより福臨は董鄂妃を皇后位に就けたく、彼女自身も望んでいる。

だからこそ、寵愛の薄い孝恵章皇后はいつか自分も排斥されてしまうのではないかと恐れ、侍医に命じて毒殺させたのではないか。』

噂を耳にした董鄂妃は息子の死に加えて、この狭い宮中には既に自分の居場所は無いことを知り、絶望に暮れた。


そのような事情も知っている福臨はどうしたら彼女の悲しみを和らげられるのか悩みながら、寝台に座る彼女に寄り添いそっと髪を撫でる。


「皇貴妃よ、今日は皇子達の成長ぶりを見てきた。」

皇子という言葉に反応して愛妃は少し身をすくめたが、それも一瞬の事で夫の目を見つめなおして静かに聴いていた。

「5歳になったばかりだが、第3皇子に玄燁という者がいる。

朕は今までこの皇子の事を顧みていなかったが中々の大器だ。

あれの母は皇太后のお気に入りというだけあって良い家庭教師が付いているようだ。

朕が皇族とは何かと問えば、直ぐ様に故事より引用して覇者の正道を以て答える。

それでいて、既に天然痘に感染しており将来を脅かされる心配がない。

見目こそ良いわけではないが、発言と行動から覇気を感じる。

あれが成長したら朕は皇位を譲っても良いかもしれん。」

普段あまり見せない福臨の興奮ぶりに少し驚きながらも、愛妃は微笑みながら頷く。

「それは良うございました。

玄燁様はまだお若い。

これから更なるご成長がご期待できる事でしょう。

これで大清国の皇統も安泰、おめでとうございます。」

生きていれば後継争いでの相手となっていたかもしれないが、今は玄燁に息子の成長するはずだった姿を重ねて失った子供の事を想う。

そのような辛さを愛妃から感じたのか福臨は言葉を続けた。

「皇貴妃、ずいぶんと先になるかもしれないが、朕は皇位を譲った後に隠居をし、其方と後宮を離れ穏やかな日々を送りたいと考えている。

子供の事は残念だったが、朕が其方を守り支える故、心休めて早く元気になってほしいものだ。」

愛妃は頬を朱に染めながら微笑む。

しかし、その表情も一瞬の事で、何故か直ぐに少し困ったような表情となった。

「皇上…。

私の為にそこまでおっしゃっていただき嬉しく存じます。

されど…。」

「いかがした?」

「皇上のお優しさを私一人が独占するわけにはいきません。

私は体も弱り、命もそんなに長くないでしょう。

それよりも皇上は天下を治めておいでです。

幾人もいる妃の内の一人の為にお心を砕かれるよりも、そのお優しさは中華の万民に等しくお与えになられた方が良いかと存じます。

私はそのように申して頂けた、そのお心だけで十分にございます。」

あまり時間がない。

董鄂妃がかかえる心の病は身体でさえ蝕み続け、いまや胃や腎臓といった臓器もズタズタになっていた。

最近では体を起こして部屋から出る事も滅多にできない。

その事実に気付いているはずなのだが、福臨は目を背け続けている。

だが、福臨も引けない。

自分の想いが真実からこそ、悲しみにくれる愛妃の気持ちを少しでも和らげたくて尚も言葉を続けるのだった。

「申すな、朕は心から其方を愛しておるのだ。

朕が数いる妃の中で最も其方に魅かれているは其方にその謙虚さがあるからだ。

朕は皇位に就いてから今まで与えられるだけの存在だった。

他の妃達にしても朕の意思など関係ない。

全ては政治的な思惑の中で宛がわれてきたに過ぎない。

だが其方は違う、朕が自らの心で以て其方を選んだのだ。

其方も存じているだろうが、宮中は魑魅魍魎が跋扈する地獄のようなものだ。

富、地位、女。

皆が皆、欲にまみれ、猜疑心にまみれ、人を貶める事しか考えていない。

そのような中で信じられる人間はただ一人、其方だけなのだ。

だから、其方は朕の為にも元気になってもっと支えよ。

これは勅命だ。」

福臨の冗談めかした物言いに董鄂妃は笑顔を浮かべて頷くのだった。

きっと自分が死んでもこの方は悲しんでくれるだろうと、自分を愛してくれる若き皇帝との時間を愛おしく思いながら。


順治帝のラブロマンスは次でおしまいです。

ラブロマンスを書くって難しいですね。

自分の恋愛経験の低さや恋愛に対する関心の低さが如実に文章に出てきます。


さて、この愛妃をわざわざ登場させているのには理由があります。

一般的な歴史認識では順治帝が天然痘に侵され24歳で亡くなるというのが通説ですが、この愛妃があまりにも愛おしいので出家して弔ったという説もあります。

元々、仏教に対して好意的な人物であったことと、康熙帝が即位後もしばしば祖廟ではなく寺院を訪れていたという史実から、実は寺院にてしばらくは生きていたのではないかと考えられているようです。

私個人はどちらでもよいのですが、もし本当ならば日本の法皇のようにはなれないものなんでしょうか?

確かに中国では新しい国家への禅譲や辞めさせるために毒殺っというのは聞きますが、退位って聞いたことがない気がします。

実は政治的に何か内部クーデターでもあったのか?

この場合は実の息子なので禅譲でもないですし、わざわざ歴史から隠す意味を見いだせず悶々としてしまいます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ