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第一幕『教皇暗殺』

 薄暗い大広間。悪趣味としか形容できない装飾で溢れた部屋に男女が三人。内一人、純白の祭服を身に纏った壮齢の老人が仰向けに倒れていた。その白絹の衣の胸部は真っ赤に染まっている。


「どどどどうするんだよ!!?」


 もう一人の男、いや少年が叫んだ。こちらは老人と違いボロボロのマントを羽織っているが、その下には高級感漂う白を基調とした裾が長く襟の高い外套を纏っている。そしてその手には神々しく煌めく一振りの剣を握っていた。


「これは……そうですね。やっちまった、というやつじゃないでしょうか」


 この重苦しい空間の紅一点。滑らかに光沢のある蒼い髪と同系色の瞳を持つ大変な美少女が、老人の側に跪いている少年を静かに見下ろしていた。 

 こちらもボロボロのマントを羽織っているが、少年と違い人形の様な精緻な造形の顔や絹のように滑らかで白い肌はまず間違いなく美少女だ。短いスカートから覗く太股も、まだ少女らしい無垢なあどけなさを残し、背徳感に苛まれる。そんな少女は華奢な身体に似つかわしくない無骨な長杖を持っていた。


「やばいよやばいよ。魔王倒す前に教皇ぶち殺す勇者とか聞いたことないんだけど……やっぱりこれ死刑?首ちょんぱされちゃうの?」


「……分かりません。ただ一つ言えることは私たちは殺めるべきでない方を葬ってしまったということです」


「いやでもさ!?おかしくね!?教会が魔王城みたいな貫禄漂わせてんだけど、暗黒面だしちゃってんだけど」 

 

 ぐりと周りを見渡しても、上から下まで聖なる教会には全く見えない。


「これは……恐らく幻覚の類かと。教会側は教皇猊下を守る手段を色々と講じていたようなのでこれもその一環なのでしょう」


「じゃあ連絡よこせよっ!?何で人類代表の俺に何の説明も無いわけ!?頼むよ全く!!」


「それはあなたが聖剣引っこ抜いてそのまま浮かれ気分で教会を飛び出したからではないですか?説明以前に『魔王をぶっ殺す――それが俺の役目だ、キリッ』とかカッコつけてましたよね?それで今回の事態ですよ……ホンと勘弁しろよくそ勇者」


「聞こえてんぞくそ魔法使い!!大体幻覚やその他の魔法感知はてめぇの仕事だろうが!どうなってんだよ!!」


「私の索敵スキルは暗黒魔法のみを対象にしています。なので聖霊魔法については探知することは出来ないのです」


「聖霊魔法でこんな禍々しい城を!?なんて事を……これ俺たち悪くなくね。ぶっちゃけこいつらの自業自得じゃね」


「奇遇ですね。私もちょうどそう思っていたところです。大体勇者を最大限に支援するのが教会の役目なのにその責を全うできないのは彼らの怠慢のせいです。此度の一件も本来なら未然に防げた筈です」


「だよなだよな。でもよ、あいつら頭くそかてぇから納得しないんじゃね」


「確かにそうですね。けれど幸いなことに此処は超極秘施設のようですし、目撃者は教皇のみ。そして猊下は既に息を引き取っている。あとは――」


 魔法使いの言葉に勇者は力強く頷いた。


「――隠蔽だな」


「はい。いつ人がくるか分かりません。そうそうにけりを付けましょう」


「そ、そうだな……背に腹は帰られないし、俺魔王倒さなきゃだし、皆の期待せおっちゃってるし」


「言い訳は良いですから早くやりやがれくそチキンやろう」


「お前キャラが変わってるぞ!!?なぁお前を俺の従者だよね?普通俺を慕うんじゃないの展開的に?」


「あなたにこの身が汚されるくらいなら私は舌を噛み千切った後全身を燃やし尽くして死にます」


 魔法使いはそう言うと、何か穢らわしいものから自身を守るように身体を抱え込んだ。


「そんなに!?え、何俺そんなに嫌われてたの!?あんなにフラグたてたのに!?」


 愕然とした表情で魔法使いを見上げたとき、勇者の鼓膜を聞き捨てならない音が叩いた。


「あぁ……ぐぁ」


 低いうめき声。それは確かに老人の生命の証だ。


「ッ!?お、おい教皇まだ生きてるんじゃないか!?」


「胸を一突きだった筈だったと思いますが……なんてしぶとい」


「冷静だなおい!?ま、まずは何だ!?どうすればいいッ!!」


「そうですね、私は治癒法が使えないので何も出来ませんが…………心臓マッサージでもすればいいんじゃないでしょうか?」


「よし来たッ!!おい、爺さん今助けてやるからな!!」


 まだ生暖かい血液を流す教皇の胸の上に、勇者は交差させた掌を置いた。


「おお勇者らしい」


「てめ、そのふざけた台詞真顔で言うのやめてくんね?マジくびり殺したくなる」


「そんな悠長なこと言ってていいんですか?早く処置を施さないと教皇猊下が崩御されてしまいますよ」


「はっ!?そうだった。爺さんいくぞ!!はい、一!――」


 救命にとって最重要課題は時間との勝負だ。それ故もてる全力を老人の胸部に注ぎ込んだ。

 そして、


「ぐぎぁあああああああああああああ!!!」


 老人の胸部が陥没し、ぬるい血液が勇者に降り注いだ。


「あ、え、何で!?何で!?」


「胸部が完全に潰裂してますね……もっと力加減考えてくださいよ。聖剣から供給される魔力フュシスのお陰であなた身体的能力は常人の比ではないのだから……何のために食事中私があーんをやって上げたと思ってるんですか?」


「あれねー、やばいね。何か恋人みたいで俺マジときめいちゃった」


「きっもっ。うげぇ」


「止めろよッ!!そういうのマジ傷つくんだから!!怒っちゃうよ!?俺ほんのとに怒っちゃうよ」


「ふっ、良いでしょう。勇者風情が図に乗ったこと後悔させて上げましょう――生まれてこなければ良かったと泣いて謝るほどにね」


「怖っわ!!何それ正義の味方の台詞じゃなくね!?てかお前教皇死んだのに随分余裕だなっ」


「何か勘違いしていませんか?元々猊下の御身に刃を突き立てたのも、救急措置と偽ってとどめを差したのも全部あなた何ですよ?」


「はぁ!?いや待てよ待って下さいよ!!お前だって最初の一突きのとき爺さんを魔法で拘束しただろ!!?しかもその前にご丁寧に閃光炸裂彈ぶっ放しやがって。あれなきゃ教皇だって分かったし!!」


「なるほど確かに。ですが何か証拠はあるんですか?」


「マジ最低だなお前!!だがしかし、お前は重大なミスを犯している!!俺は全人類憧れの対象、勇者様なんだぜ?俺が言葉が証拠だ!」


 死体の老人をほっぽったまま自信満々に勇者は宣言する。そんな彼に魔法使いはウジ虫でも見るような視線を向けた。


「ぽっとでのぽっとで勇者が何偉そうに言っているんですか。棚から牡丹餅並な幸運で聖剣に選ばれた農民の六男と、由緒ある名門貴族跡取りである私の発言……どちらが重んじられるんでしょうね?」


「ぐぬぬぬぬぬ!!いや、しかし武力行使で脅せば何とか……」


「予想以上の屑勇者ですね。流石、過去最もモテない勇者の異名は伊達じゃないと言うわけですか」


「おまっ、駄目だろ!?ホントに!!マジで傷ついてるんだかんな!!分かるか俺の苦しみが!!勇者になったら酒池肉林の毎日かと思ったら、女の子が全くよってこねぇ!!しかも初日に財布すられて有り得ないくらいの貧乏旅!!あとに残ったのは少ないツテと口汚い魔法使い!!しかも貧にゅ――ぐぇっ」


 突如として勇者の口に長杖のゴツゴツした先端がぶち込まれる。


「それ以上喋ったらぶち殺すぞ……!!」

 

 華奢で可愛い魔法使いの殺意に漲った瞳に勇者は震えが止まらない。


「ふぅひまへんでへた(すいませんでした)!!?」


 この世の屑を見たような目つきで勇者を見た後、魔法使いはゆっくりと長杖を離した。


「全く……私を侮辱した件は後でしっかりと贖ってもらうとして、今はその肉塊をさっさと片づけて下さい」


「今更だけどお前酷いよね。この俺でさえ良心の呵責があんのにお前は全然堪えてないな」


 長杖の逆襲から解放され恨まし気に見上げる勇者に魔法使いは呆れた様に返した。


「よぼよぼの老害が一人消えたからって何を慌ててるんですか? 町娘を拐かして無理やり手籠めにしたとか教会のシスターたちを自分専用の娼婦にしたとか黒い噂塗れの汚物ですよ、それ。悪を罰するという面で言えば私たちのやった行為は称賛されるべきでしょう」


「お、おお!!いいな、何かそれっぽい!!!そうだよこんなとこにいんのだって疚しさの証明みたいなもの何だし正義の使者としては悪は滅ぼさなきゃだし強いていうなら勇者は魔王を倒さないまま捕まるのはまずいって言うかまだ童貞捨ててないっていうか女の子とキャッキャウフフしなきゃだめだろみたいな」


 言い訳がましく自己暗示する勇者を見て、魔法使いはぺっと唾を吐いた。


「ささっとやれよこのチキンタコが。それでもナニついてんのか」


「えぇええええ!?女の子がそんな言葉遣いすんなよ!!お前顔はいいから余計シュールだよ!」


「お褒めの言葉、誠にありがとう御座います。ささ、そのままの勢いで手早く終わらせて下さい」


 慇懃に魔法使いは頭を下げる。


「いきなり丁寧になったな…………ああ!もう!!!やればいいんだろ畜生!!」


「最初からそうして下さい。此処までの下りに一体どれほど時間をかけてるんですか全く」


 勇者は老人を一瞥した後、白銀の剣で骨ばかりの痩躯を切り刻んでいく。刃が皮膚を切り裂く度に血の花が咲いた。


「うぇええ。気持ち悪いよぉベトベトするし生暖かいし超グロテスクだよぉ。俺勇者なのに、人類を超越した存在のはずなのに。ぐすっ、何で今死体解体してるんだろ」


「ほら泣かないで勇者様。これが終わったら膝枕しながら耳掃除をやって上げますから。さあ、後は四肢を細切れにすればお終いです。最後の一踏ん張りですよ」


「俺なんかお前に言いように扱われてるな。まあ、いいけど……膝枕っ、膝枕っ膝枕からのパンチらっ!?」


「本当に清々しいほどの下衆野郎ですね。脳味噌の中には性欲しか詰まって射ないんですか?」


「何とでも言えばいいさっ!!俺は必ずお前が羞恥で頬を染める様を拝んでやる!!――はい、最後。首ちょーんぱっ!!」


 老人の頭を切り飛ばし身体から完全に離す。何の達成感も無かったが、取りあえず獲物を狩った時のように生首を掲げていると大広間の扉が音を立てて開いた。慌てて入ってきたのは勇者が教会に居たとき、ほんのちょっとだけ話をしたことがあるケルト神父だった。


「教皇猊下、ご無事ですか!?結界が破られたとの知らせを受け急いで参りまし……た…………何で此処に勇者様が? それに何故血だらけ……その手に持っているものは……」


「あぁあああ!!こここれね!?かか、格好いいっしょ!?今巷でナウでヤングな奴らに大人気の血みどろファションなんだよね!マジで超クールだと思わない!?」


「はぁ、俗世ではそのような珍妙なものがはやっているのですか……して、その手に持たれているのは?」


「こここ、これね!?えーと、えーと、そう新手の蹴球!!ヤバクね?人の頭そっくりに見えちゃわない?」


「いやどう見ても人頭にしか――」


「うおぉおおい!!なに言ってんだよッ!!薄暗い教会の中で羊皮紙とにらめっこのし過ぎで目が腐ったんじゃね!?ほら、よく見とけよ!!これはこう使うんだッ!!」


 手に掴んでいた生暖かい生首を空中に軽く放り、足下にきたところで勇者は勢いよく蹴り飛ばした。血をまき散らせながら吹っ飛んでいく生首が向かう先は平然と事態を傍観していた魔法使い。潔癖症の彼女なら、変態教皇もとい穢らわしい汚物が飛んできたのなら容赦なく消滅させるだろう。


 あとは細切れにしてただの肉片と化した教皇の死体を適当に処分すればいい。 

 その後、『俺たちも教皇が心配で来たんですよぉ~でも姿かたちもなくない?みたいな!?これまじやばくないっすか!?』などと言えば万事解決。勇者としての尊厳は保たれるだけではなく、魔王討伐の旅を投げ打っても教皇の身を案じ馳せ参じた心優しき人間として世に広まるだろう。


 そうなれば、あの上から目線な剣聖共やバカにしきった態度をとる姫巫女たちを見返すことが出来るかもしれない。 

 大凡、正義の味方には相応しくない卑劣な思考を可も不可もない頭の中で巡らせていると、遂に教皇(生首)は魔法使いの眼前に迫り――


「はい、パース」


 長杖で軽く弾き宙に浮かせたところで魔法使いはフルスイング。顔面がぐちゃぐちゃになった教皇は真っ直ぐケルン神父に飛んでいく。


「なんでだぁぁああああああああああ!?」


「いや何を驚いているのですか?死者を丁重に扱うのは当然のことですよ」 


「あれが丁重なの!?てか何パスしてんの!?ねぇ有り得なくない?この状況でそう言うことしちゃう普通!?」


「大丈夫ですよ。確かに生首であると言うことは露呈してしまうでしょう。しかしあそこまで顔面が崩壊しているのであれば誰かなど判別出来ません。生首の件は適当に言いくるめればいいのです」


「そ、そうだな!納得は出来ないけどあんなにぐちゃぐちゃにしたんだ、きっとばれな――」


 ナイスキャッチで生首(教皇)を受けっ取ったケルト神父の方へ期待混じりで勇者が振り向くと、


「この魔力の波長……間違いない、教皇猊下の……ッ!!」


「魔法使いィィイイイイイイイ!!即効バレてんぞ!?マジどうすんだよッ!!」


「く……ッ!!私としたことがしくじりました。まさか、魔力波形のことを失念するとは……ッ!!」


「頼むよォォオオオオ!!え、何これマジアウトじゃん!?死ぬの?俺殺されちゃうの!?」


「人類最強が何バカなこと言ってるんですか。その気になれば一人で世界を滅ぼせるでしょうに」


「それ魔王!!そうだよ此処は平和的かつ穏便な手段で解決だ!!大丈夫!!話せばきっと分かって――」


 勇者は信じていた。教会が、それも知己であるケルン神父なら話を聞いてくれると。

 自分はこれまで教会の為に死に物狂いで戦ってきたんだから、教皇の一人や二人消しちゃっても大丈夫なんじゃね、と。そしてその期待は――


「貴様ら魔王の配下のものかっ!!我らをたばかりおったな!!」

 

 一瞬でミキサーにかけられた。


「はい、勘違い一つはいりましたー。対話による解決はむりぽよみたいだよぉ?」


「いきなり投げ遣りにならないで下さい。全くなんの為に私が居ると思うんですか?出来損ないの勇者を尻拭いをするのが私の役目です」


「――ッ!?さ、流石魔法使いだ!?最後に頼れるのはお前だけだよ!!で、どうしちゃう!?」


 やれやれ首を振り魔法使いはぐっとサムズアップして、


「――殺しましょう」


 胸をはり堂々と宣言した。


「貴様らっ!?教皇猊下だけでなく私までも……!!本気で教会に弓引く積もりか!?」


「こじれたぁあああああ!!やっぱだった!!!予想してたけどマジ的中!!死んだよ、これ絶対死んだよな!?勇者なのに教会敵に回しちゃったよ!!」


「暫く黙ってろくそかす。本気でその舌引っこ抜くぞ」


「ここで恐喝!?冗談でしょ!?こいつ自分の失敗を棚に上げて八つ当たりしてきたよ!!とんでもねぇな!!!」


「五月蝿いですよ勇者様。本当に黙っていて下さい――私がこいつを殺すまで」


「くッ!!私はこんな所で死ねないのだ!!何としても猊下の死を伝えねば……ッ!!」


 勇者たちに背を向けるとケルン神父は脱兎の如き勢いで走り出した。だが、神父を見る魔法使いの視線は酷く冷たい。


「遅いですよ。教会の駄犬なら犬らしくもっと速く走って下さいませんか?」

 

 宙に長杖を掲げると魔法使いは短く詠唱する。


「《凍てつく氷杭》(デヴァ・ルード)」


 掲げられた杖の先に大きな氷の杭が出現する。それは人一人殺すには余りにも鋭く巨大で、禍々しいものだった。


「――死ね」


 魔法使いは何の感傷もなく杖を振り下ろす。途端、氷の凶器は回転しながらその巨体から想像も出来ない速度で神父に迫撃する。


 後ろを振り向いたケルン神父の表情が絶望に染まった。

 

 空気を切り裂き氷塊の鋭く尖った先が神父を捉え――


「――いやいや駄目だろ」

 

 全身を神々しい光で包まれた勇者が、目をつむりたくなるほど輝く白金の剣で氷塊を粉々に切り刻んだ。

 

 人間の限界を軽々と超える膂力。常人では到達し得ない絶技。聖剣アルヴァードから供給される力は駄目童貞を人類最強の英雄に押し上げる。


 勇者は時に世界に仇なす軍勢に一人で立ち向かい、無傷で帰還する。その姿は強烈な畏怖の象徴であり、鮮烈な憧憬の的でもあった。


 血でまみれた白い衣は新品同然に綺麗になり、黄金の光を絶え間なく放ち続ける姿は神の僕、民の味方、正義の使者の姿に相違ない。


 だが当代の勇者の中身は圧倒的な下衆精神の塊だ。 神の采配は間違っているとしか言えない――


「――とまで言われたあなたが何やってるんですか?」 


 怖気が背筋に走るほど冷酷な視線を向けられ、それでも勇者は口端を釣り上げて笑う。


「俺は勇者だぞ?罪もない人間が殺されそうになってるのに黙ってられるか」

 

 勿論大嘘である。真顔で嘘八百なことをペラペラ吐き出す辺り、勇者の品格が如何様なものなのかわかるだろう。


 絶対絶命からの奇跡的な救出劇。しかもそれを助長させる勇者補正とも言うべき聖霊光。このタイミングで現れたのなら、勇者への疑念は消え失せ変わりに生まれるのは溢れんばかりの感謝の念だ。自分を助け出してくれた命の恩人であるならば、いくら早計なケルン神父と言えど勇者の言葉に耳を貸してくれるはず――そして全責任を教皇になすりつける。

 

 死んだ人間をどん底まで突き落とす恥ずべき行為。だが勇者に躊躇はなかった。先程魔法使いが語った変態教皇の実態もそれを後押ししている。


 変態爺に食い物にされた少女たちの為勇者は立ち上がったのだ――それが勇者の書いた頭の悪いシナリオだった。


「お前の気持ちは痛いほど分かるッ!!だが俺たちは何も悪いことはやってないッ!!正義の使者として成すべきことを成したまでだ!!無辜の民の安寧を取り戻すため俺らは戦ったんだろ!?」 

 

 感情を全面的に押し出す勇者は聖剣を冷めた目をした魔法使いに向ける。


「俺たちは正義の代弁者ッ!!故に正義を全うし、決して悪に染まることはない!!そしてそのことはここにおられるケルン神父が一番知――てっどこ行っちゃうのッ!?」

 

 大仰な仕草で振り向いた勇者が見たのは魔法陣の中に飛び込み、光の粒子となっていくケルン神父の姿だった。


「えぇええええ!此処で逃げちゃうの!?嘘でしょ!?え、マジで俺の感動的なストーリーは!?」


「前から思っていましたが勇者様って本当に馬鹿ですよね。あの状況でケルン神父があなたの話を聞く訳ないじゃないですか」


「いやでも俺勇者じゃん!!ちょっとぐらい話聞いてもよくない!?」


「知ってますか? 教会内で極秘で実施された人気投票で勇者様には一票しか入ってなかったんですよ。つまり勇者に誰も期待していません」


「ガチのやつじゃん!?何やってんのお前ら!?え、でも一票入ってるんだ……ちょっと嬉しい」


「あ、それ私です」


「お前かァァアアアアアアア!!どうせ同情票なんだろ!?それか俺をからかっただけか!?畜生俺の純情変えせよ貧にゅ――ドゥハッ!?」


 再び前歯が砕けんばかりに長杖をぶち込まれた勇者が見たのは、圧倒的な殺意を醸し出す魔法使いの姿だった。


「――二度目はねぇぞ」


「ごふぇんまさい(ごめんなさい)!!」


「ったく。どうやら勇者様には再教育の必要性があるようですね。ここを脱出した後、その件についてはじっくり話し合いましょう」


「是非その時は膝枕でお願いしますッ!!」


 杖から解放された勇者は恥も外聞もなく魔法使いの足下に跪いた。


「本当にゴミ野郎ですね……まぁ、良いですよ。取りあえず脱出出来ればの話ですが」


 魔法使いの言葉に違和感を感じ、目を閉じた勇者は直後に驚嘆したように見開いた。


「うっそん……この感じ囲まれちゃってね?有り得なくない?どんだけ早く殺りたいのあいつら!?」


「この魔力波形の質からいって教会本部に居るアルテミス教導騎士団を全て連れてきたようですね。しかも三剣聖の内二人も居るみたいです。どうやら教会は本気で勇者と筆頭魔法使いを消す気なのでしょう」


「弁解なしで!?すげぇよ驚きだよ!!てか剣聖あいつらいんのかよ!?どんだけ俺のこと殺りたいわけ!?」


「勇者様のことをあの方たちは大変恨んでらっしゃいましたからね。それもこれも勇者様が聖剣アルヴァートを彼らから簒奪したからですよ」


「仕方なくね?ほら俺村でやれば出来る子って呼ばれてたし超オーラでまくりだったし。ぶっちゃけ聖剣が俺を選んだのも仕方ないってゆうかぁ」


「そう言う態度が問題なんです。更に言えば、事あるごとに剣聖たちに自身の手柄をひけらかしていることも恨みを買う理由でしょう」


「だって悔しいじゃん!!勇者は俺なのに何であいつらの方がモテてるわけ!?」


「それはもう顔の差違としか。私なら反吐が出ますが、あの耽美な顔で甘い言葉を耳元で囁かれれば女性なら誰しもいちころですよ」


「なぁ、お前暗に俺が不細工っていってるよね?気持ち悪いって言ってるよね?」


「そんなまさか。勇者様の従僕である私が主を貶すことなどあり得ません」


「真顔で嘘言うのやめて貰えません!? ……何か疲れたもうやだお家帰りたい。早く転移しようぜ」


「それがどうやら数百人規模の妨害系術式が展開されているらしく、魔法による脱出は不可能です」


「アウトじゃん!!え、何完全に詰んでね!?此処で俺の伝説終わっちゃうわけ!?」


「そんなものは最初から始まっていません。あとそんなに慌てなくても大丈夫です――脱出方法はありますので」


「ッ!?さ、流石は魔法使いだ!!やっぱりホントの最後に頼れるのはお前だけだよ!!で、どうしちゃうわけ!?」


 一筋の希望を見つけ出したと言わんばかりに目をきらきらさせる勇者を、魔法使いは鼻で笑ったあと両手を伸ばした。


「……何だその手は」


「抱っこして下さい。それで敵陣を駆け抜けて下さい」


「結局他人任せ!?やっぱ予想的中マジ的中!!!ほんのちょっと期待してた過去の俺を殴り殺したい!!」


「耳障りです喚かないで下さい。で、どうするですか?やるんですか、やらないですか」


「何で上から!?お前立場考えろよ!!俺は勇者でお前の主様だぞ!!」


「良いですか勇者様。道は自分自身の力で切り開かねばならないのですよ」


「お前が言うなァアアアアアアアア!?ざっけんなよそれは俺の台詞だ!!可笑しくね?お前俺の支援役だよね?何か俺を助けてくれたことあった?」

 

「勇者様の欠陥脳では記憶出来ないほど沢山ありますよ……で、結局勇者様は私を抱きたくないんですか?」


「――んなわけないだろ」 


 透かさず魔法使いに寄ると、華奢な太股と背中に手を回し抱え込んだ。仄かに甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 そこには躊躇が無かった。只己の肉欲に忠実な男――それが勇者だ。死が迫っていようと欲望に素直なのは変わらない。ある意味、聖剣はそうであるが為に彼らを勇者に選んだのかもしれない。


「最初からそうすればいいんです――あと何か変なことしたら容赦なく塵芥にするのでお気をつけて」


「そんな余裕ねぇよ!?ねぇホントに分かってる!?俺たち今から腐れ騎士たちの中に飛び込んじゃうんだよ!?何でそんな余裕なんだよ!?」


「愚問ですね。そんなの分かりきった事でしょう――勇者様あなたと魔法使い(私)に出来ないことはありません」

 

 いつもの鉄仮面にうっすらと微笑を浮かべる魔法使い。その姿は無垢な少女のそれだ。 

 対する勇者も一瞬呆気に取られるが、同じ様に苦笑をもらし華奢な体を抱く両腕に力を込めた。



「……ああ、そうだな。いつもみたいにさっさと終わらして飯でも食いに行こう」


「貧乏の癖に何言ってんですか……まあ、野営で作る勇者様の料理で良いですよ」


「了解、今日はお前の好きな物だらけにしますよ――ッ!!」


 足を撓めると一気に伸ばし地面を蹴りつけ急加速する。勇者の体からは既に聖霊光が迸っている。 

 光と見間違えるほどの速度で床上を疾走し、瞬く間に壁まで迫る。あわやこのみ激突かというところで、勇者の腕の中でくつろぐ魔法使いが口ずさんだ。


「《崩壊の序曲》(コラプス・レクイエム)」


 途端に、おどろおどろしい装飾品で満ちていた壁が振動し次の瞬間にはボロボロと崩れた。

 

「――いくぞ」


 勇者は崩壊部から力の限り跳躍する。直後、内臓に浮遊感が襲い、暗澹と広がる曇天と眼下の平原にひしめく白い甲冑を身に纏った騎士たちが視界を埋める。

 その中に二人、黄金色の髪を棚引かせ一際目立つ黄金の鎧を纏う男がいた。

 天才、イケメン、秀才、勇者だわ、勇者にしか見えない、寧ろ勇者でしょ、と看過できない賛美を一身に受ける《剣聖》と呼ばれる三人の内の二人だ。


 今はその端麗な顔を憎悪に歪め、まるで親の仇にあったかのようにこちらを凝視している。


「うわっ、あいつらクソ睨んでるんですけど殺気溢れちゃってるんですけど……あ、今なら俺の方が格好いいかも」


「勘違いですよ。どうやら勇者様に虚仮にされて相当たまっていたみたいですね。今日という今日は本気で殺しに来るかと」


「ヤバいじゃん!?何でそんな平然なわけ!?」


「当たり前じゃないですか。敵が誰であろうとこっちには人類最強が居るんですよ? それとも私の主様はこの程度で負けるような方なのですか? 」


 どこまでも深く蒼い瞳に真っ直ぐ見つめられる。信頼を宿す瞳に、勇者は不敵に笑いかけた。


「――んなわけあるか。お前の主様は世界で一番格好良くて、正真正銘人類最強だ」


 キラッと、口端を釣り上げ無理矢理気障に笑う勇者に、魔法使いは静かに嘆息した。


「残念、始めの部分が要らなかったかな。次頑張って下さい」


「お前何様!?今のでいい雰囲気完全瓦解なんですけど!?え、こんな感じで戦闘突入!?」


 数十秒に渡る拘束落下で騎士たちが群がる大地まで残り僅かになっていた。


「あぁああ!!もう!!いくぞ魔法使い!!」

 

 華奢な身体を片手に抱え直し、勇者は聖剣を引き抜いた。同時に勇者を纏う聖霊光もその輝きを増す。


「はい、勇者様――どこまでもお供します」


 細い腕を勇者の首に回し身体を密着すると、魔法使いは長杖を掲げる。


 途端、騎士団が群がる一歩手前に大量の砂塵を巻き上げながら二人は着地した。


「さぁ!!かかってこいやァアアアアアアアア!!」


 勇者は雄叫びを上げながら敵となった騎士団に突っ込んでいった。


 こうして教皇殺し、稀代の下衆野郎、お婆ちゃんの味方、世界を救った英雄と呼ばれる勇者と魔法使いの伝説は幕を上げた。

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