第九章:壊れ痛むカサブタ
「世界の半分をくれたやろう」と言われた勇者の肩には、そのゲーム界での命運がかかっています。こんな風にわかりやすく、命運を握っている場合もあるかもしれませんが、私たちも誰かの命運を握っているのかもしれません。
例えば、自分のアルバイト先のカフェで、いつも決まった日時に来る女の子とその子を見つめる男の子がいたとしましょう。二人の未来は結婚だとしても、そこに接点はない。その接点になるのがアルバイト店員の自分なのかもしれません。この時、自分にはその女の子と男の子の命運を握っていると言えるでしょう。
〇
刑事さんは登校する椋乃に話しかけに行った。本当にこんなことまでしてもらって申し訳なかった。でも、そのように言えば、刑事さんはこれくらいしか出来ないからと言ってくれる。俺は椋乃が家に引き返さないようにすることと、それとなく真相を聞きたいかどうかを聞いてもらうことを刑事さんに頼んだ。俺はその間に洋と椋乃の家に向かった。部屋のチャイムを押すのは手が震えるほど怖かった。ドアが開いた。目の前に古田洋、いやレイプ犯が目の前に現れた。声が出なかった。信じたくてでも信じれなくて幼馴染への思いは言葉に出来なかった。
「久しぶり! 楠雄じゃん」
「あ、う」
話しかけられたが、やっぱり声が出なかった。
「おい、大丈夫か?」
「ご、ごめん。ちょっと、話がしたい。いいか?」
やっと声が出た。でも、襲いかからないように冷静であることでいっぱいいっぱいで変な敬語になってしまった。
「いいけど、椋乃はいないぜ」
「いいんだ。話したいのはお前だから」
「じゃあ、中入ってよ。お茶出すよ」
洋は俺を中に引き入れるとダイニングテーブルにお茶を出して、椅子に座るように言った。部屋の間取りは俺の家にとても似ていて、ダイニングの家具やすこし見える椋乃の部屋の状態も俺の家にいたころとほとんど変わらなかった。まるでトレースしたようだった。なにか気持ち悪かった。そんな中、向かい手に洋が座った。
「で、話って何さ?」
「えっとね、というか今日は学校は?」
「今日から三、四日は学校全体で強制休暇だろ。ゼミも研究室もないし、俺もお前も同じ学校なんだし、わかるだろ?」
「あ、そうだった」
「変わんないな、楠雄は。もっと変われよ。学は病んでたのに成長して、賞を取った。椋乃も変わって、違う大学に進学したし。俺だって高校生の時と比べる活発になったろ」
「そ、そうだな」
目の前のレイプ犯に説教され、頭の中が真っ黒になって飛びかかりそうになった。でも、なんとか抑えていた。すると、ブーブーと携帯が鳴ったメールだった。携帯を開くと時間は刑事さんと別れてから三十分も経っていた。チャイムを押すかどうかでかなり悩んでいたことに気がついた。メールは刑事さんからで、椋乃を駅まで送り椋乃の「絶対に聞きたい」という意思を聞いたということだった。で、刑事さんは椋乃に簡単な芝居でその場を去ったように見せ、今はもうこの部屋の入り口にいるらしい。これで、洋が逃げても大丈夫だ。俺は話を切り出した。
「なあ、洋。一年と十ヶ月前の一月十八日を覚えているか?」
「突然だな……椋乃が事件にあった日か。あの時のことは未だに悔いてるよ。俺が断ってなかったら……」
まるで自分も被害者かのようなことを言い出した。俺は一気に頭に血が上った。
「俺だって、一緒に帰っていたら……じゃない!」
「ど、どうしたんだよ?」
「俺はな、知ったんだよ!」
「なんのことだよ!」
「あの晩のことだよ!」
洋の顔から汗が出始めていることがすぐにわかった。
「あの晩のことってなんだよ? 俺も事件に関与してるとでも言うのか?」
「お前、俺からの電話の後、椋乃が一人で帰ることを知った。そして、その後学と落ち合って、椋乃を強姦したんだろ!」
「は? なに寝ぼけたこと言ってんだよ。そんなことする訳無いだろ! だって、幼馴染なんだぞ! 俺が椋乃と一緒になることを僻んでそんなことを言ってんだろ!」
「証拠があるんだ!」
俺はスマートフォンを出し、等々力からもらったDVDのなかにあった映像を見せた。すると、洋は黙ってしまった。
「なあ、これはお前だよな? でもな、俺は信じらんないよ、お前もさっき言った通り幼馴染にこんなことする訳ない、だよな? 頼むから違うと言ってくれよ!」
洋は俺の方を一度確認すると、お茶を飲み一息つくと話しだした。
「楠雄、お前さ、変わってたな。外見から見てもわからなかったけど、内面が変わってたな。昔は引っ込み思案でこんなはっきりと言ううことなんて、出来なかったろうにな。あの女のおかげかな。まあ、熱くなるなよ」
「誤魔化すなよ! 正直に話してくれ、全部!」
「ははは。楠雄のそんなすがた見れるなんて、俺はラッキーなのかもな。まあ、望むなら全部話してやるよ」
洋は引きつった顔で笑いながら言った。その顔はまさに犯罪者の顔だった。
「あの晩、お前から電話があった後、すぐに学のバカから電話があったんだ。なんでもあの女のことでお前から電話があったけど断った。でも、気になるからそっちには電話があったかという内容だった。あのバカはいつも困ったことがあると俺に相談してたからな。で、俺は名案を思いついた、復讐をするにはちょうどいいってな。俺は目出し帽を二つやスタンガン、縄やらを持って、バカを事件現場の橋に呼び出した。で、テキトーにあの女がここを通るからそこを襲えって言ったんだ」
「学はそれをやったのか?」
「いいや、拒んだ。バカでもなんでって思うんだな。で、言ってやったんだよ、『楠雄が本気で椋乃と付き合いたいと思ってる。だから、変な奴が襲ってるところを楠雄が助けて、椋乃の楠雄に対する好感度を上げる、その変な奴役を二人にやってほしいってことらしい』って言ってやった。こんな、取ってつけたような下らない作り話だけど、これが椋乃の幸せに繋がるんだ! とか言ったら、流石はバカだよ。信じて目出し帽を被ってやんの。で、二人で襲ったわけそれで、俺がスタンガンで椋乃を気絶させたら、ビックリして腰抜かしてんの。くっそ笑ったわ」
「お前!」
俺は刑事さんから貸してもらったレコーダーを使って録音していたが、それが辛くなってきたのであった。
「まあ、熱くなんなって。これからが面白いんだから。腰抜かして面倒だから、あのバカもスタンガンで気絶させて、二人共川の下に運んでな。まあ、そっからめっちゃくちゃにしてやったよ。無駄に殴ったりな。途中から起きてんのにやるのは楽しかった。縄で動けないのにヤダヤダ言ってな」
聞くに耐えなかった。耳を塞ぎたかった。でも、塞いでもなにも変わらないことがわかっていたし、ここですべてを聞き出す方がのちのためになると思い必死で自分の気持ちを押し殺した。
「まあ、このままだとあのバカは被害者になっちゃうなって思ったから、スタンガンで気絶しているバカの汚い童貞の棒も出してやって、あの女の中に入れてやったよ。入れてちょっとしたら、驚いてたよ。ホント、あの顔はいまでも笑える。心神喪失した女の中に入れている現実に気付いて、変な声をあげるバカ」
洋は以前から知っている顔ではなかった。不敵な笑みを浮かべ続け、自分の事件を武勇伝のように語る。洋も異常になっていたことに気付いた。
「あとはこの動画通りだよ。逃げて帽子脱いで終了みたいな。にしても、このカメラの目線はストーカー? ホントにいたんだな、ストーカー。俺が嫌がらせでストーキングしてた時期もあるから、いないと思ってたわ」
あまりにも笑いながら話すかつての幼馴染に動揺が隠せなくて、震えた声しか出なかった。
「なんで、そんなことを……」
「うーん、あの女は俺のプライドを傷つけたからだよ。俺は昔から勉強ができて、かっこよくて、運動もできて完璧だった。女にもモテいて、告白だってされまくった。でもな、あの女だけは俺を全く見なかった。いつもお前ばっかを見ていた。俺はな、初めてプライドが傷ついた。で、初めての人生の告白をして落とそうとしたのに、落ちない。更には俺が落ちた大学に学部は違うが、受かり進学。許せなかった。でも、今となっては面白いもんだよな。あの女は毎日のように「洋」「洋」言うし、たまにお前の話をすれば悪口。あの事件のおかげで俺は復讐ができたし、更には高校時代と反転して、今はあの女のほうから一方通行。まさに一石二鳥。それにこのままいけば、あの女は医者になる。そしたら、俺は働く必要もなくなるからな」
下らないプライドのために椋乃は犠牲になったのだと思うと俺は涙しか出なかった。声も出せなかったのに涙だけは出てきた。なんて現実は非情なんだ。どうしてこんな辛いんだ? どうして? どうして?
「まあ、こうやって話すと俺はお前に感謝しないとな。お前があの女と帰らなかったから、お前があの女を構ってやらなかったから、お前が二回も見捨てたおかげでこの状況があるんだよ。ありがとな!」
嫌味たらしく言った言葉に反撃するほどのちからもなかった。もしも神というものがいるなら酷すぎる。こんなに迷ってそれでも勇気を出して、ここに来て質問しているのにこんな仕打ちなんて……。
「じゃあ、そろそろ帰れ。これから、俺は用事があるんだよ。バカ女にこのことを言うかどうかはお前が決めろ。てか、こんなこと言ったら今度はもっと傷ついて、復帰は不可能になるかもな」
俺は追い出された。追い出されたところで刑事さんが来てくれた。俺は歩くこともままならないくらいショックだった。刑事さんの肩を借りて涙をボロボロ流しながら歩く俺はすごく醜かっただろう……。
すべての命運を背負わされた楠雄の念とはなんなのでしょうか? 話はもう終盤……答えはどこにあり、どこに未来の片鱗が隠れているのでしょうか……?