第五章:態度と気持のすれ違い
「飲酒運転、ダメ絶対」とか「痴漢、ダメ絶対」とかいうポスターってすごいですよね。その言葉だけで、インパクトがあって人の心に言葉を植え付ける。もちろん、禁止表現だけじゃないですが。こんな風に小説中にも心に残る名言を入れられれば、もっといい小説になるんでしょうけど、私には無理っぽいです。
〇
私は本格的に受験に備えることになった。ぶっちゃけ、一度国立を受かっているわけだし、落ちる気はしなかったが親からの仕送りを使い、予備校に通い始めた。まあ、主に過去問と模試のためだけど。十月の中旬から一月の中旬までの三か月間センターに向けて、超勉強をした。その間、私と楠雄は疎遠になり始めていた。楠雄は大学の研究室が忙しくなり、泊まり込みが増えて、私も自習ができるからという理由で、予備校でギリギリまで勉強することが増えた。そのため、この三ヶ月はほとんど楠雄とは会えない状況だった。そんな中私は学力を取り戻すと共に、楠雄以外とも普通にコミュニケーションを取れるようになった。私は元に戻れたのだ! これまで、楠雄に依存し過ぎてなにもできなかったのかもしれない。そんな楠雄と会えなくなった時に、よく会うようになったのは、洋だった。洋は大学が文系のため、ゼミが忙しいわけではなく、だから一緒にストレス発散をしてくれたり、場合によってはご飯を奢ってくれたり、とてもいい人だった。なぜ私はこんないい人にたかが告白をフッた如きで気まずくしてしまったのだろうか? そんな後悔が私の中にあった。ある一月の塾帰りに洋はわざわざ迎いに来てくれた。
「なあ、椋乃?」
洋は暗い空を見上げながら言った。
「なに? 洋」
「受験して、君が女子医療大学の医学部受かったらさ……」
「受かったら?」
洋は足を止めて立ち止まった。私も洋につられて立ち止まったが、洋が後ろにいたので私は振り返った。
「いや、受からなくても、入試終わったら一緒に遊園地のイルミネーションを見に行かないか?」
彼の言葉にはなんというか、いつもの彼のようななれた誘い方という感じはまったくしなくて、私はそんな彼に誠実さを感じた。私の口からは自然に言葉がでた。
「うん、いいよ」
洋は嬉しそうにはしゃいでいた。私も楽しくなってきていた。早く受験を済まして洋とデートをしたくなった。楠雄のことなんて、頭の片隅にもなくなっていた。
〇
研究室が忙しくなる。夜まで学校にいる。夕飯は研究室のメンバーと食べる。教授と春花さん以外の人は何かを察して俺たちふたりを置いてけぼりにする。必然的に二人で飯を食べる。そんな状況が何回も続いた。椋乃とはほぼ会えなく、椋乃が何をしているかわからないこの三ヶ月は基本的に春花さんといつも一緒にいた。というか、いつも春花さんがついてきていた。そのため、周りからは最早カップルだと思われていた。
年末、やっと研究室は休止になり、帰省することになった。久しぶりに地元に帰るため、これを期にもう一度刑事さんに会うことにした。またいつもの喫茶店での集合だった。
その日はさきに喫茶店にいたのは刑事さんだった。俺は席に着いた。
「おひさしぶりです。大学が忙しくて時間を作れなくて申し訳ありませんでした」
「いや、学生の本分は勉強だからしかたないよ。私のほうもかなり時間掛かっちゃっていたしね。でも、時間があったおかげで全部当たれたわ」
「すいません、通常業務もあるというのに……で、どうでしたか?」
「いえ、この件の調査も通常業務ですよ! シラミ潰しにあったんですが、はっきりいって当たりなし。もう尻尾はないって感じですね……一応、通り魔のほうも調べたんですが……やっぱり容疑者の範囲が広すぎてどうにもこうにも……そっちはどうでしたか?」
刑事さんはため息をついた。
「一応、高校の卒業アルバムと高校の名簿三年分、大学の名簿の一部を持ってきました。一応、彼女にそれとなく告白してきた人を聞いたんですが多すぎて、流石にあの外見だと……」
「そっちも容疑者多すぎって感じね。まあしょうがないわ。とりあえず、高校のアルバム見ながら、今わかっている彼女に告白した男を教えて」
「リスト作ったので上から読みます、で僕はそれに合わせて卒業アルバムの写真を指差すので。じゃあ鈴木直也、佐藤峯徳、阿久川陸……等々力勝。この十三人がとりあえず聞き出した人ですかね」
「うーん、多すぎるね。これで、大学の交友もあれば、後輩や先輩もいるとなると辛いわね。まあ、愚痴を吐いてもしかたないわ。とりあえず、大学の名簿見せてちょうだい」
刑事さんは先程よりもおおきなため息をついた。
「はい。これです」
「これはどの学年のものなの? あなたたちの学年よね?」
「はい、とりあえず、知り合いのいる学部の名簿しか集まらなかったので文学部法学部理工学部医学部って感じですかね」
「なるほどね」
刑事さんはペラペラとめくりって言った。やはり本職は作業が早い。すると、突然あるページでその行動を止めた。
「楠雄君、ビンゴかもしれない……これを見て」
「これは……「等々力勝」……まさか」
「どういう人物か知らんないからこっちで調べるわ。あなたはもうちょっと高校時代の方を洗ってちょうだい。私は帰って確認するわ」
刑事さんは資料を急いで、バックにしまうと警察署に戻って行った。俺はやっと糸口を掴んだ気がして嬉しく思ったそれと同時に、椋乃に伝えようか悩んだ。とりあえず、帰省から帰ってからでいいか……。
〇
私と洋は初デートをしていた。そう思うのは私の独りよがりかも知れないけど。二月末になり、私は大学に無事合格。まあ、大学が近いのに家にずっと帰ってこない楠雄に報告しても「流石!」とメールで返ってきただけで、特に私に関心はないようだったけど、洋は違って私とイルミネーションをみる約束をすぐにしてきて、今は二人でその遊園地をまわっている。外は冷たいがとても澄んだ空気の中でイルミネーションの七色に光る電飾は美しく、冬の終わりを感じながらも洋との間のなんともいえない緊張がとても初々しく心地よかった。
「ねえ、めっちゃイルミネーション綺麗じゃない?」
「そうね、来てよかった」
「椋乃にそう言ってもらえるととても嬉しいわ」
こんなふうに洋はとても陽気で私をいつも励ましてくれる。洋は恋愛ごとに軽かったが、私には特別にしてくれた。
「また、そんなこと言ってさ。ねえ、今度はジェットコースター乗ろ! あんな高さからイルミネーション見れたら最高じゃない?」
「うん、行こう行こう!」
私にとっては人生初のデートだった。洋がそんな相手になるなんて思わなかったし、でも私は洋が初デート相手になってくれたことが嬉しくてたまらなかった。こんな時間が続けばいいのにと思う。そんな中、デートの最高の山場が来た!
「なあ、椋乃。一通り、アトラクション乗ったし、あれ乗らね?」
洋は恥ずかしそうに観覧車を指で指した。私はいつか言ってくれるかな? 私からいうのかな? とずっとドキドキしていた。私はそんなドキドキがバレないように言った。
「うん!」
若干、声が裏返った気がしたが、洋は喜びの笑みを浮かべているのがあきらかだった。二人で観覧車の列にならんだ。その日はもう時間が遅く、すでに並んでいる客は全てがカップルだった。でも、まわりは私たちほどの初々しさはなく慣れた様子で、待ち時間を潰していた。私たちはお互いの小恥ずかしさからほとんど話すことができなくて、待っていた。すると、列の一部にスペースが空いていた。なんだろうと思い、その場所まで待つと、イルミネーションと観覧車をバックに写真を従業員の方が撮ってくれる場所だった。すると、係の従業員は言う。
「どうぞ、ぜひ写真を撮ってください! 観覧車を降りた頃には現像できてますので。また、買わなくてもいいので一枚だけもお気軽にどうぞ! デートの記念になりますよ、カップル様!」
流石に「カップル」という言葉に驚き、洋の方向をみると洋もこっちに顔を向けていた。目が合って、思わず視線を避けてしまったがとりあえず写真を撮ることにした。写真の係の従業員のあのウザいドヤ顔がもう観覧車に乗る直前なのに記憶に残っている。
「えっと、お二人様ですね。じゃあ、黄色い観覧車にどーぞ」
観覧車の係に案内され、黄色い観覧車に二人で乗った。やはり、ふたりの間には会話はなく沈黙のままであり、気まずくもなんか楽しい空間が広がっていた。頂点についた頃だろうか、洋がふいに口を開いた。
「上から見るイルミネーションってすごく綺麗だね」
「うん」
また沈黙があった。すると、洋は改まって口を開いた。
「いつまで、楠雄と暮らしているつもりなの?」
「……え?」
「今度、俺は引っ越すんだ。椋乃も親の出張で楠雄の家に引っ越してたんだろ? 俺もおんなじ理由」
「そっか、洋のお父さんたちも遠くに行っちゃうのか?」
「うん、それで椋乃はどうするのかなって思ってさ。別になんでもないんだけどさ」
「うーん、私もどうしよかなって感じ。まあ、そのなんというか、病気はもう治ってきたし……彼にずっとお世話になってるのもあれだし」
「そうだよね」
洋は余韻を残すようにいうと、とても難しい顔で悩み始めた。そして、決断したように言葉を切り出した。
「あのさ! ……椋乃、俺と付き合わない? それで、一緒に暮らそうよ! 君を後悔なんてさせないから!」
それは洋からの告白だった。
この話のデート先、遊園地のイルミネーションですね。この話は私が行った、よみうりランドのイルミネーションをイメージしています。前に書いていた小説の中に江ノ島デートがあります(詳しくは他の投稿作から、another one step of courage を読んでもらえれば)。その江ノ島にはひとりで行きましたが、よみうりらんどは……というか、も一人で行きました。取材だってことにしてます。