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Wrong Gears  作者: 無駄に哀愁のある背中
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第四章:綻びだした赤の糸

ポーカーフェイスを貫けなくて……はい、無駄に哀愁のある背中です。先日、久しぶりに異性と話す機会がありまして、いろいろと取材してきましたね。でも、私には異性の気持ちはわかりませんね。まあ、この小説もですが、男女関係にはすれ違いが多いってことですね。

     〇

 幸せは長くは続かない。そんな言葉をこの生活が始まったことはちょっぴりも信じていなかった。

 楠雄が形式的に夏休みに入る直前(理系だから基本的には研究室が忙しくて完全な夏休みは少ない)、私はついに一人で買い物に行けるようになったのだ。最初は医者も楠雄もとても褒めてくれたし、嬉しかった。でも、その舞い上がりはあくまでも一時的なものであった。日が経っていくにつれ、楠雄は私に安心したのか、バイトと研究室が多くなった。楠雄と触れ合う時間も少なったし、一緒に夕飯を食べることも少なくなった。もちろん、楠雄が本当は忙しいのは知ってたけど、構ってくれないのはとても寂しかった。それよりも辛かったのは、楠雄が優しくしてくれていたのは、今の私ではなく病気の私だったということに気がついてしまったこと。楠雄と私の仲は変わってないのに楠雄の態度が私への遠慮がなくなった……昔の当たり前に戻ったことは嬉しいのに悲しい。少し病気だったころの自分に戻りたくなった。ある秋の日……それを自覚することになった。いつも通りの朝だった。楠雄が洗面所から出てきて、一緒にご飯を食べている時だった。

「ねぇ、今日は何の日かわかる? 十月七日だよ」

「ん? ああ、ちゃんとわかってるよ! 誕生日おめでとう!」

「ありがと! ねえ、わかってるでしょ?」

「わかってるって、ちゃんとプレゼントは買ってあるよ。今年もどうせアレがいいんでしょ?」

 楠雄はそっと本の名前を書かれた紙を置いた。

「もちろん、流石ね。幼馴染歴が一番長いだけあるね。私の好みばっかだわ」

「今年は奮発して、十五冊。本屋大賞と芥川賞と直木賞作品を中心に集めてみた。かぶってないよね、お嬢様?」

「うん、被ってないけど、お嬢様ってなによ? でもこの本って、賞とってたっけ? えっと、「人生の解の方程式」っていう本」

 楠雄はニンマリと笑いながら言った。

「この本は個人的に読んでいいと思ったから買ったんだ。中身は短編なんだけど、意外と面白くて」

「へぇー、じゃああんまり楽しみにしないね」

「え、酷くない?」

「冗談だって、凹まないでよ」

「凹んでないわ!」

私がからかうと楠雄はまったくと言わんばかりの顔をした。楠雄が構ってくれるのは久しぶりだったから、つい調子に乗ってしまった。

「ねぇ、楠雄?」

「うーん?」

「今日何時に帰ってくるの?」

「……ごめん、教授と飯を食いに行かなくちゃならなくて、遅いんだ」

「……そっか」

「でも、大丈夫! ちゃんとケーキ買って帰るし、プレゼントは家にちゃんと届く! 明日、一緒にどこかに食べに行こうよ! 俺がおごるし」

「別に凹んでないよ! まったく、勝手に判断しないでよ。ちょっとからかっただけだしね。なにを必死になってんの?」

「なんだ、からかっただけかよ。まあでも、明日はどっか行こうぜ!」

「うん、そうね」

 別に楠雄に不満があったわけじゃないけど、少し前の楠雄なら教授とのご飯を無視して帰ってきてくれた。もっと、私だけを見ていて欲しかった……。


     〇

「君が楠雄君っていうのか! 春花の父の加賀見両助です。よろしく」

 案内された席の前にいた初老の男性は手を差し伸べて、握手を求めながら言った。

 教授がどうしてもと言ったからついていったのに、そこにいたのは思わぬ人たちだった。悪く言えば、教授にはめられた。よく言えば、チャンスをもらったのである。


 彼女と出会ったのは四月だった。教授から前々から言われていて、研究室での彼女の世話は俺が任されていた。とてもおしとやかで美人な女の子で、外評判もよく、まさに箱入り娘の令嬢だった。教授も才色兼備清廉潔白文武両道の自慢な姪だと誇らしげに言っていた。もちろん、そこまで外見が優れていると、面倒な野次馬がやってくる。研究室の実質的な手伝いをしている俺としてはわざわざ研究室まで来ては、

「春花ちゃん、今度コンパあるんだけどこない?」

 実験の準備が進まないので春花さんを誘うのはやめて欲しかった。でも、それよりも面倒……いや、嬉しいのは春花さんが俺に好意的であることだった。きっと、教授からいろいろと吹き込まれてはいたんだろうが、それでも異常に好かれてしまっている。こういうことに、はっきり言って疎い俺は昔から美人でモテモテだった椋乃に相談したかったが、椋乃の心の状況がはっきりわからない今はそんな悩みのタネを植え付けるようなことはできなかった。まったく、どうすればいいのかわからないまま春花さんのアプローチが強くなっていく日々、そんな中教授に大事な話があると言われて、食事に誘われた。研究室の未来につながるなんて言われたから、椋乃の誕生日の祝いを次の日に回したというのに……。


 十月七日、教授につれて行かれたのは、高級フレンチのお店、大学帰りのネルシャツにチノパンの格好ではビックリするほど場違いだった。こっちこっちと教授に手招きされた先には個室があり、そこにはいつもよりおめかしをして大人っぽい加賀見春花さんと初老の夫婦がいた。招かれるまま席に着くと、右隣に春花さんが座って、目の前に初老の男性、その男性に向かって右側にはその人の妻らしき女性、向かって左側には加賀見教授が座った。

「君が楠雄君っていうのか! 春花の父の加賀見両助です。よろしく」

 案内された席の前にいた初老の男性は手を差し伸べて、握手を求めながら言った。俺はどうしようもなく、その人の手を取り握手をした。すると、両助さんは手を放して続けていった。

「今日はいつも娘の春花がお世話になってるから。挨拶程度だけどね。まあ、思ったよりいい男じゃないか! 弟の史夫が目をつけるだけあるな」

 その人は教授を見ながら笑いながら言った。どうやら、この男性は春花さんの父親で教授の兄らしい。また、その横にいた初老の女性はやはり、この人の妻で春花さんの母親らしい。なんと言っても、気まずい。というか、さっきから春花さんのお母さんがじっと観察してきて、たまに質問してくるのがキツい。出身地やら出身高校などのプロフィール的なことはまだよかった。問題は将来のことだった。酒に酔いながらだったが、両助さんは言った。

「もしも就職先に困ったら、うちに来なさいな。うちの病院に入れてあげるから。こんなんに春花が興味をもったやつもいないしな。もしもよかったら婿として来てもいいんだからな」

「まったくお父さんったら、気が早いんだから。ごめんなさいね、楠雄さん、主人は少しでもワインが入るとこうなっちゃうの、フフフ」

 俺は流石に「アハハ」と流したが、あながち嘘じゃない気がしていてなんか気まずかった。となりの春花さんも顔を真っ赤にはしていたが、うんうんとうなづいていた。まあ、教授だけは苦い顔をしていたけど。そんなとても気まずい食事会が済み、レストランの外にタクシーを呼び、春花さんの家に帰る加賀見一家と大学方面に戻る教授と俺、とに別れた。別れ際に春花さんが、

「須藤先輩、また明日!」

 と真っ赤な顔で言っていた。いつも気品漂い、気高い春花さんのある意味恥ずかしい姿は俺の心に大事なシーンとして記憶されたのは間違いないだろう。

 タクシーに乗り込み、家に帰る途中までの道、教授とは話がなかなかできなかった。先に口を開いてくれたのは、教授だった。

「今日は済まなかったね」

 いつも愉快な教授ではなく、窓を見てガラス越しに目を合わせるように言った。

「いいえ、別に……でもびっくりはしましたかね……」

「両助の頼みでね。どうしてもってことになってね。まあ、本当は春花ちゃんの要望らしいけど」

「えっ、そうなんですか!?」

「まあ、この話は春花ちゃんには内緒ね」

「は、はい……」

「そういえば、君は両助が言っていることの意味がわかったかい?」

 話を思い出してみると確かに、うちのところに来なさい、ってどういうことだったんだろうかと思った。教授は続けて言った。

「あいつはね、まあ親から相続しただけだけど、徳医会っていう医療系のグループの会長で三つの病院の理事長を勤めていて、それ以外にもデイサービスとか弁当配達とかの事業をやっていてね。親父から譲ってもらったものを全部膨れ上がらせてるんだ。まったくすごいやつだよ。僕にはそっち方面の才能はないからね」

「あの徳医会の会長さん……だから、あんなことを言っていたんですか……ってちょっと待ってください。その婿に来ないかって……」

 あまりにも急すぎて、もう頭が混乱していた。

「要約すると、『会長やらない?』ってこと」

「マジですか」

 教授は一息ついてから改めるように言った。

「これから言う話は、聞かなかったことにして欲しい。でも、君の将来に関わるかも知れないから言っておくね」

「……は、はい」

「あそこの家族は子宝に恵まれなくて、春花ちゃんしかいなくてな。一人娘だし、大事に大事に育てたんだが、でも同時に会の後継者の話になってな。春花ちゃんは「両助が大事にしているものだから、自分ひとりで受け継ぐ」だなんて言って国大の医学部を受験してコネションを使わず受かってうちの研究室にいるわけだけど、両助は心配で、後継者を見つけてきて、春花ちゃんと結婚させようとしてるんだ。ちなみに春花ちゃんとは二十歳近く離れていて、僕が准教授だった時に教えていた男なんだけどね。君はこのまま行けば国立医学部だし、自分の兄弟、まあ僕からの評価もいいし、会も任せられるってことらしいんだ。まあ、そういうわけで春花ちゃんは好きでもない男と結婚したくないから、ちょっと急いでるんだよ。だから、多めに見てあげてくれ」

 教授は寂しそうにそういった。本当に春花さんを心配してるんだろうなということが伝わって、俺は何も言えなかった。

「僕は……」

「まあ、楠雄君、君自身が決めることだし、今は決めなくてもいい。まだ決まったことでもないしね。お、そろそろ大学の近くだ。また、明日も大学で待ってるよ。じゃあ、おやすみなさい」

「ありがとうございます……おやすみなさい……」

 俺は黙って、大学の前でタクシーからおり、家に向かって歩いた。帰り道にあるケーキ屋により、予約していたケーキをもらった。


     〇

 ピンポーン!

 部屋のチャイムがなった。私は楠雄が帰ってきたのだと、テンションが上がり玄関まで駆けって言った。しかし、小さな小窓から覗くと居たのは配達員だった。私ははしゃいでいたテンションを落とし、一度ダイニングに戻り、判子を持ってきた。

「はーい」

「えっと、金子さんでよろしいでしょうか?」

「あ、はい」

「お届け物です。こちらに印鑑を」

 私は印鑑を押そうとした。すると、その差出人の名前はお母さんやお父さんではなくとても懐かしい名前だった。私は驚きながらも印鑑を押し、配達員にお礼を告げて中に戻った。送られてきた。ダンボールは重くて中身がなんなのかさっぱりわからなかった。とりあえず、ダンボールのガムテープをはがすと一枚の手紙が入った便箋と十冊くらいの本が中に入っていた。


 金子椋乃さんへ

久しぶりだね。最近、学校のサークルで本を読む機会が増えて、君は誕生日のプレゼントにいつも本を要求していたことを思い出した。で、二年ぶりだけど、君に僕のおすすめの本を送ってみた次第です。君の趣味に合うといいけど。あの日以来、僕も君も恥ずかしくてまともに話せてないけど、また四人で、ないしは二人で話せるといいね! じゃあ、誕生日おめでとう!


 手紙にはそう綴られていた。便箋の裏には「古田洋より」と書かれていた。洋は私や楠雄の昔からの友人で、あと新島学の四人で仲良し四人組だった。私は同性で仲のいい人がいなかったから、大体はこの四人で高校まで遊んでいた。私はそんな思い出をすこし思い出しながら、ダンボールから本を一冊ずつ取り出した。とてもびっくりした。全てが私が気になっていた本だったからだ。どの本も魅力的で本屋で我慢して買わんかった本がほとんどだった。全部で十冊、とても読むのが楽しみになった。私は喜びのあまり、懐かしく洋の電話をかけることにした。

 トゥルルル。トゥルルル。ガチャ。洋が電話に出たようだ。

「もしもし」

 洋の声が聞こえた。しかし、声が出なかった。長いこと、楠雄以外の男の人と話していなかったから、慌てていて出なかった。

「えっと、椋乃?」

「ああ」

 私は「うん」と言ったつもりだったが、声が思うように出ない。

「椋乃か! 久しぶり、楠雄の両親から話は聞いてる。もしも辛かったら無理に返事はしなくていいからね」

 洋の声は懐かしく、思え始めた。それに洋のその言葉に安心を覚えて、口の動きが柔らかくなってきた。

「あ、あ、りが、とう」

 洋は少し笑いながら、言った。

「ははは。どういたしまして、またいつでも電話してよ。話相手くらいにはなるからさ。それに今日は椋乃の声を少し聞けて良かった。ひとまず、誕生日おめでとう!」

「う、うん」

「じゃあ、おやすみ。楠雄によろしく言っておいて。じゃ!」

 電話は切れた。顔が熱かった。きっと久しぶりのなれない会話で緊張したのであろう。ふと、我に帰るとケーキの箱をもった楠雄が隣にいた。楠雄は箱をテーブルの上に置くと私に質問した。

「誰と電話してたの?」

 いつなきシリアスだった。私もシリアスになり答えた。

「洋」

「洋!? 洋って古田洋? えっと、それは電話が向こうから掛かってきたの?」

「えっと、誕生日のプレゼントを贈ってくれて、お礼にでん……」

 楠雄は私に抱きついた。そして、目に涙を浮かべなから言った。

「よかった。本当によかった。君がそこまで回復してくれていて、俺は本当に本当に嬉しいよ。だって、これまでの君じゃ、こんなのありえなかった」

 楠雄は私のために泣いてくれた。私もそんなことを言われたこともあり、もらい泣きしてしまった。

「ばっかね。そんなに泣いちゃって、男らしくないんだから。まったくもう」

 その夜は楠雄とケーキを食べて、過ごした。最高の時間だった。でも、これが私のピークだったのかもしれない。


     〇

「ただいま」

 そう言って、玄関から入ると、椋乃は携帯電話を片手に棒立ちしていた。俺は驚きのあまり息を潜め、観察してしまった。何を話しているわけではないが、椋乃はひねり出すようしして言った。

「あ、あ、りが、とう」

 俺は本当に嬉しくて嬉しくてたまらなくなってしまった。あんまりにもテンションが崩壊してしまったので、変にシリアスになって椋乃に質問してしまった。

「誰と電話してたの?」

 椋乃も俺に引っ張られたのかシリアスになり答えた。

「洋」

「洋!? 洋って古田洋? えっと、それは電話が向こうから掛かってきたの?」

「えっと、誕生日のプレゼントを贈ってくれて、お礼にでん……」

 俺は思わず椋乃に抱きついた。そして、目に涙が出てきた。

「よかった。本当によかった。君がそこまで回復してくれていて、俺は本当に本当に嬉しいよ。だって、これまでの君じゃ、こんなのありえなかった」

 椋乃ももらい泣きしたのか、泣き出していつもらしく答えた。

「ばっかね。そんなに泣いちゃって、男らしくないんだから。まったくもう」

 その夜は俺が買ってきたケーキを食べた。椋乃は満足そうにたくさん酒を飲み、寝落ちしてしまった。椋乃を彼女の部屋のベッドに運び、布団をかけてやると酔っ払いながら

「ありがとう」

 と椋乃は言った。そのまま寝てしまった。俺もテーブルの上の缶をしまい、ケーキのお皿をシンクで洗いながら、今日の夕飯のことを思い出した。俺が徳医会の会長か……すごく夢みたいな話だった。それにどう考えてもそんなことはありえない。でも、ありえたら……椋乃への思いと自分の願望をかけた俺の中の天秤が揺らぎだしたのはこの時だったのかもしれない。

書類のごたごたが終わってきたので、推敲活動だけでなく、創作活動も再会します。どこまで、金曜日7時投稿(7時はあまり貫くつもりはないです)を続けられるか。

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