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供述

 目の前で刑事が怒鳴っているのを、ただぼんやりと見つめていた。

 刑事は口角に泡を飛ばす勢いで、大声で何か訳の分からない言葉を吐き散らし、

その節に合わせて、ダン、ダン、と机を拳で叩きつけた。

 これで脅しているのだろうか・・・と、ふと思う。

 ただ高圧的に威嚇をし、それで自供をさせるのであれば警察機構も実はたいしたことないな、などとつまらないことを考え、可笑しくなった。

「何笑ってんだ! お前がやったんだろ!」

 ダンッ!

 机の上に乗る電気スタンドが動く勢いで、刑事は机を叩く。

 お前がやったもなにも・・・。

 私は現行犯で逮捕されているのだから、そんなわかりきった、あたりまえのことを何故、改めて確認する必要があるのか・・・。

 やはり警察は、思ったより無能だ。

「何とか言ったらどうなんだ、あぁ?」

 まるで陳腐な刑事ドラマのワン・シーンのようだ。

 ドラマも案外、作り事ではなく事実に似通って作られている物なのかもしれない。

「いつまでも黙秘が通用すると思うなよ」

 刑事は、本当にテレビドラマの役者のセリフのようなことばかりを言う。もしかしたら次は「実家のご両親に申し訳が立たないと思わないのか」とでも言うのかもしれない。

 思っていたより、つまらない。

 こんなことなら現行犯で捕まるべきではなかったのかもしれない。

 と、そんなことまで考えた。

「女だからって甘えたことを考えてられるのも今のうちだけだぞ」

 少しだけ声色を変えて、刑事は言う。もう殆どヤクザと変わりがない。

 陳腐な言葉の繰り返しで・・・どちらもガラが悪く、高圧的な態度でいれば相手は萎縮して何でも言うことを聞くだろうと勘違いしている、虚勢を張った小心者の、そして組織でないと行動が出来ない生き物。

 むしろ、正義大義名分に振りかざしている分、警察の方がタチが悪い。


 そろそろ飽きてきた。

 とはいえ、時間だけはたっぷりとある。

 言うことなんて、何もない。

 弁解も、釈明も・・・必要がない。する必要を感じない。

 なのに彼等は、ただ馬鹿の一つ覚えのように同じことを繰り返す。

 多分、時間いっぱい同じことを繰り返し、そして帰って行くのだろう。




 −−あの時。


 手にしていたナイフで、目の前を歩いていたサラリーマンの背中を刺したとき。

 騒乱の状態を思い出してみた。

 倒れたサラリーマンを介抱しようと屈んだ男性の、真丸に見開かれた目。

 視界の隅で金切り声を上げた女性。

 闇雲に振り回したナイフを避けようと、必死に逃げ惑う人たち。

 ざざっ、という音が聞こえそうなくらい、一気に周りに空間ができ。

 しばらくして、パトカーと救急車のサイレンが段々近くになってきた。

 バタバタと、ヘルメット姿の救急隊員が倒れた男性を担架に乗せて物凄い勢いで救急車は遠くなっていく。

 制服姿の警官が3人、様子を窺うように私を見て、周りからの無言の圧力で私に声を掛けてきた。

 問いかけに、こくりと頷くと、黒い、セラミック素材の手錠が掛けられ、パトカーに押し込まれた。

 そして、今に至る。


 取調室に連れて行かれて延々と同じことを繰り返し質問されている。

 なぜやったんだ。

 どうしてこんなことをしたんだ。

 相手は知っている人物なのか。

 何を考えてこんなことをしたんだ。


 煩い。

 何を考えていたかなんて、覚えていない。

 いや、覚えている。

 明確な殺意。

 ただしそれは、特定の個人に向けられたものではなく。

 「殺したい」という願望だけ。

 誰を、とか、何で、とかいうものは一切なく。

 ただ「人を殺したい」という願望−−殺意−−だけで無関係の人間を刺した。

 それ以外の理由はない。なのに理解されない。

 そして堂堂巡り。


 もう、飽きた。

 でも、言っても理解されないから、仕方ないから同じことを繰り返す。

 あとは沈黙。それしか、することがない。



 何処か遠くで、チャイム音がした。時間になったのだろう。

 深い溜息をついて、刑事は私を一睨みすると、顎をしゃくって何かを指示した。

 両サイドにスーツ姿の刑事が立ち、脇を抱えるようにして椅子から立たされ・・・そして拘置所へ連れて行かれる。


 そういえば・・・カツ丼だけは出なかった。それだけが刑事ドラマと違うところだ。



          *     *     *



 取調べは、ただ時間の無駄なのに、何日もかかった。

 どうやら、精神鑑定にも掛けられることになるようだ。

 多分、この調子だと部屋は家宅捜査されていて、当然両親や親戚、友人知人、会社にまで私の人となりを聞き込み調査をしている頃だろう。


 親兄弟、親戚はともかく・・・友人知人、会社関係の人間が私のことをどう思っているか、少しだけ気になった。

 友人は多いほうではないが、学生時代からの長い付き合いで性格はお互い熟知している筈だから、きっと倫子は驚いて「そんなことをするような子ではない」というかもしれない。

 もうひとりの友人である多加子は「私にはわからない」と言うに決まっている。干渉し合わない仲だったから、そうクールに言う可能性が高い。

 社会人になってからの趣味の習い事で仲良くなった千恵美さんは、私が人を刺したことより、自分のところに警察がきたことのほうにびっくりするかも知れない。

 会社での評判は・・・どうだろう。

 仕事は真面目にやってきたつもりだけれど。それなりに評価もしてもらっていたと思う。ミスもいっぱいやったけれど。

 同僚や上司との人間関係は悪くなかった。後輩には少し手を焼かされているけれど。

 一体、みんなはどこに関心を寄せ、どう思い、なんと答えるか・・・そちらの方が興味深かった。


 家宅捜査のことも考えてみる。

 日記はつけていないから、パソコンのメールやブログ、ネットの検索や閲覧履歴などはあたりまえのように調べられるだろう。

 ネットの閲覧はともかく、幾ら私が容疑者という身分になったとはいえ、メールのやり取りまで全部閲覧するとなると、相手のプライバシーや個人情報はあってないようなものだ、ということに思い当たる。

 明らかに越権行為であるような気がするけれど、きっと「捜査のため」という大義名分を振りかざすのだろう。

 部屋の中も色々と調べられる。何か「異常」だと思われる物は持っていないか、など。

 なにを持って「異常」とみなされるかわからないが、きっと躍起になって探すだろう。

 本棚に並ぶ本の中身、内容も確認するはずだ。


 だけれど、本当に残念なことに家宅捜索をしたとしても、警察が考える「異常」だと思われる物など、どんなことをしたって見つかることはない。

 メールの送受信歴は殆どが友人と会う約束の確認か、会社でも仕事のやり取りの物ばかりだし、ネットの閲覧も、ショッピングサイトとオークション以外はない。

 そのショッピングでの購入履歴も靴や服、バッグとお取り寄せのスイーツか音楽CD、DVD、オークションでは殆どが洋服の出品と、アーティストのコンサートチケットくらいでしか使っていない。

 SNSもよく利用するけれど、登録しているコミュティーはファッションのことかグルメのことばかりで、ブログもだいたいがただその日の思いつきで書いた、内容など殆どないものばかり。

 本も最近ベストセラーになった作家の本か、昔から好きだった作家のシリーズしか揃えていない。

 もし、ここに図書館での貸出履歴を入れたとしても、それはあまり変化がないはずだ。


 多分、警察は相当ムキになるだろう。

 どこからも(警察が考える)「異常」が発見されない。

 突発的な犯行だと、判断するしかなくなる。

 マスコミはまた、流行語のように「心の闇」という言葉を楽しんで使うだろう。



 あまりにも簡単すぎて、だからこそ気づかない答え。

 どこまで遠回りすれば、到達できるのだろう?



 −−数日後。

 意気消沈した面持ちで、居丈高に怒鳴り散らしていた刑事は

「精神鑑定にかけることになった」

 と呟いた。

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