第六話 ~哀れな子羊と半裸の悪魔~
マリアが着ているのは黒いワンピースのようなものです。
イヨナが叫ぶと二匹の蛇子モグラが何もない空中から姿を現した。まるで手品のような光景。皆一様に目を丸くする。
姿を現した二匹の蛇子モグラは焦げ茶の毛に覆われていて、両手には鋭い爪が。目には何故かサングラスがかかっている。その体は巨大で普通の犬くらいの大きさ程もあった。
「すごいな、どうや――」
「ひいい!」
ったんだとは続かずない。それを遮ったのは依頼主の悲鳴だ。ぐずる赤ん坊のように涙ながらに叫びだす。
先程の二択から意を決して選んだだろうに往生際が悪い。だが静かにしないとギルドへ連行する、とその赤ん坊をポトスが脅してあやすとすぐに静かになった。
「全く……よし、じゃあイヨナ、何か芸でも見せてこの依頼主を安心させてやれ」
「分かりました! ゲノムちゃん、ピューレちゃん!」
蛇子モグラは短い手で敬礼の動作を行う。
「お手っ、お代わり、ごろ寝!」
イヨナの掛け声で二匹の蛇子モグラは順にその動作を行っていく。
イヨナの手に手を重ね、逆の手でもう一度重ねていく。最後のごろ寝で腹を出し、土の上で仰向けになった。
普段土の中にいるモグラが地上で腹を出してごろ寝など聞いたことが無い。余程の信頼をイヨナにおいているのだろう。
イヨナの手馴れた芸当に依頼主も舌を巻いたようだがまだ信用できないのか、すこし唸っている。
「なら、次はこれだ」
見かねたポトスがこれならどうだと、取れた芋を一つ蛇子モグラの目の前に投げ落とした。
「これで食べなければ――」
と言い終わる前に芋は無くなっていて、すぐ傍の蛇子モグラの口がシャリシャリと音を立てて動いている。
「おい! 君がさっき落とした芋がなくなっているぞ!」
「芋なんて最初から無い」
「あっただろうが! これで食べなければとか言っている間に芋がなくなってたじゃないか!」
慌てる依頼主を抑え、再びポトスは芋を取る。
「さっきのは芸をやったご褒美で次が本番だ。イヨナ、今度は食べないように言ってくれ」
「はい!」
イヨナは屈んで、なにやらブツブツとモグラに語りかけている。
「ダメですよ~……を食べたら……だからお願い……ね~」
ポトスが聞き耳を立ててみるとそんな感じでお願いしているようだった。動物の言語で話すのかと思ったらどうやら人が話す言葉で通じるようだ。
「おっけーです」
「よし」
ポトスがもう一度芋を投げ落とすとその芋は消えることは無かった。
「どうだ、主人よ。芋が消えることはないぞ」
「あ、ああ……だが」
無くならない芋を見ても依頼主の疑念は一向に晴れない。理由は好物の芋を前に蛇子モグラの手が今にも芋を掴み取ろうとしてプルプル震えているから。
「だ、大丈夫なのか!? 本当に大丈夫なのか!? ねえ!」
「大丈夫、食べはしないさ」
「ああ! よだれが大量に――」
「くどいぞ主人!」
依頼主とモグラの間にポトスが割り込み疑念の基を遮断する。
「お前はもう選択したはずだ! 後には戻れない! その結果モグラが芋を食おうが食うまいが、な!」
次の瞬間、シャリシャリという音が鳴り響く。しかしそれに負けじとポトス叫ぶような号令でかき消した。
「い、イヨナ! 準備は!?」
「はい!」
「おいまて! 今の音って――」
「モグラを」
「まってくれえええ!」
「放てえええ!」
「ゲノムちゃん! ピューレちゃん! 芋ほり開始!」
ポトスの叫びに応え、イヨナも叫ぶ。イヨナの叫びにモグラが芋ほりを開始し依頼主が泣き叫ぶ。
サイは投げられた。もうモグラの進撃は止まらない。
イヨナの足元へ潜ったモグラたちは芋の峰を目掛けて一直線に向かっていく。蛇のごとくくねくねとうねりながら。少し湿った、こげ茶色の土を吹上げながら。それに混ざって芋も打ち上げられている。
「おお! はぇえはぇえ! あいつらできるなぁっ」
「更にあの子達は嗅覚も優れているので掘り残しもないかと」
「お、二匹とも折り返してきたようだな」
あっと言う間に見えなくなったモグラ二匹は芋の峰の終わりに突き当たったらしくポトス達の元へ引き返してきた。その速さは人が走るよりも何倍も早く、芋を掘り出していく。
ポトス達が五人掛かりで、午前中一杯を使っても一つの峰も制覇できなかったと言うのに、モグラ達はすでに一峰制覇のようだ。
「全速力で、とお願いしておいたので。これくらいなら一時間も掛からず終わりそうですね」
「おお、ナイスだイヨナ。お前は使える! それと」
ポトスがイヨナに顔を寄せてなにやら耳打ちしている。
「あいつらは食べないよな?」
どうやら依頼主と同じく、ポトスもまたモグラ達が食べてしまわないか心配しているようだ。先程の実験の結果もある。
「あ、はい……でも後で一杯食べさせてあげると約束してしまいましたが」
だがそこはイヨナも上手く交渉したようで後でまとめて食べさせるようだ。
食べながら掘られてはどれくらいの損失額を払えばいいか分からない。その損失額を多く払うのか少なくてすむのか、余計な議論は避けて通れそうだ。
「ちなみに一匹どれくらい食べる?」
「そうですねぇ」
どらくらいの量なのかあらかじめ知っておく必要がある。
そこでイヨナが指差したのはサナが入っているであろう木箱だった。
「一人につきサナさん五人分くらいでしょうか」
一人、とは蛇子モグラのことだろう。そして五人分とはサナが入っている箱の大きさで五箱、というところか。
「そ、そんなにか!?」
「はい。それで我慢してくれるかと」
「それで我慢なのか!?」
「わ、私……おいしくないよ」
ボソボソ喋っていたポトスとイヨナの会話はアサシンであるサナに筒抜けだったらしい。
「やっぱりおいしい……かも」
などと分けの分からない言葉を返してくる。
「しかしサナ五人分食べるのか……体の体積以上のような気がしないでもないが」
「おい、キミ」
「ん?」
声の主は未だに手足を結ばれたままの依頼主だった。呆然とモグラたちの働きを見ている依頼主は落ち着きを取り戻している。さっき必死にわめいていたからか少しお疲れ気味のようだ。
「通報はしない。解いてくれ」
依頼主は懐柔し、芋は掘り上げた。後はそれを拾って籠に入れて集めるだけの簡単な作業だ。
「よっしゃぁ! 任せろ!」
ヒゴは自分よりも大きな籠を背負って峰に沿って駆けずり回った。その速さは蛇子モグラに迫る勢いだ。その勢いを殺さずに拾った芋を籠にひょいひょいと投げ入れていく。
サナもそれに負けじとヒゴの隣の峰を箱をかぶったまま疾走していく。箱に籠を載せ、そこに器用に投げ入れていく。ガコガコガコと音を鳴らしながら。
注意深く観察するとたまに隣を走るヒゴの籠に投げ入れている。後に二人の籠が同時に一杯になる仕掛けはこれだったのかと、ヒゴが気づくのはもう少し後の話。
「二人ともすごく早いですね」
「感心している場合じゃないぞイヨナ。俺達も芋を集めないとな」
「分かりました!」
そういってポトスが取り出したのは腰に備えた剣。それを鞘から引き抜いた。
芋を拾うのになぜ剣をと、さすがにびっくりしたのか、イヨナは小さな悲鳴を上げる。
「まあそうびっくりするな」
「あ、はい。すみません……でも何故剣を?」
剣を取り出して何をする気なのだろうと首を傾げるイヨナの問いにポトスが応える。
「これは風鉄というもので作られてる。気の力を風に変換する際の効率を良くするものだ」
「ああ、なるほど。リーダーさんは術士なのですね」
「そうだ」
ポトスはイクス募集要項にあった術士だ。体内を流れる気をさまざまな要素に変え、色々な現象を起こす。その要素は一人につき必ず一つの要素を生まれながらにしてもっていると言われている。ポトスの場合、その要素は風のようだ。
「見てろ」
ポトスは剣を両手で持ち、気を集中させる。するとポトスの着ている服や髪がふわふわと揺れ始めた。
「風が」
イヨナは短髪で、その名の通りどこ吹く風だがポトスは前髪が目にかかって若干邪魔そうに片目を瞑る。
やがてその風は上昇気流となってポトスの周りを回って取り付き、加えて徐々に強くなっていく。
それは土煙を上げて回転し、小さな竜巻を生み出した。
「リーダーさーん! これって!?」
叫ばないと届かない程に風は強くなっている。
「これで芋を集める! ありったけの籠をもってこい!」
「はい!」
この上昇気流の吸引力を利用して周囲の芋を一箇所に集めるつもりらしい。
見ればそのポトスを中心とする竜巻に向かって、這い出た芋がコロコロところがって集まってくる。しかし芋を舞い上げるほどの風力はなく砂埃だけが舞っている。
イヨナが籠を取りに行っている間にもすでに竜巻の中央には芋達がひしめき合っている。この吸引力とモグラ達がいれば広大な芋畑もすぐにさら地となり、次の優良な物件が立ち並ぶことだろう。
更に報酬も高額。ポトスたちも依頼主も言うことなしだ。
軽い労働で高収入。ギルメンの表情にも笑みがこぼれている。
一人を除いて。
先程ポトスを悪魔だ嫌いだと宣言してひっぱたき、一人でも芋を掘ると息巻いていたマリアだった。少し離れた場所で一人寂しく打ち上げられた芋を拾っていた。
その表情に笑みは無く、眉根を下げてしょんぼりしている。
それもそのはずで、悪魔と宣言したポトスが全てを上手く丸め込み、意気揚々と芋を拾っているのだ。この状況は悪へ誘う悪魔の所業のように出来過ぎている。しかし相対する聖人が悪魔を咎める為の悪行が見当たらない。
マリアの聖女たる行動はポトスの悪魔たる行動に全ての点で完封されているだ。
悪行を働かない悪魔に聖人は必要ない。マリアには立つ瀬が無いのだ。
マリアは一人でも芋を掘るなどと、出来るはずのない啖呵をきった。一人でも、と宣言してしまった事が更に悪かった。それはマリアがギルメンを一人も信用していない事と等しいからだ。
あの場では仕方なかった。罪人である依頼主があまりにも可哀想だったから。だからマリアは助けようとした。それが聖人の正しい行いだからと信じて。
だが現在、その罪人に逃げ道を作っただけでなく活路へ変えたのは紛れもなく悪魔であるポトスなのだ。それは誰も罰を受けることの無い、本来ならば聖女であるマリアが導かなければならない道。
その無力感と理想という虚言への自己嫌悪。そしてなによりも耐え難い悪魔への敗北感にマリアはただ、ただ一人で芋を掘るしか出来なかったのだ。
「……ア!」
不意に風の音に混じってそんな声がマリアの耳に届いた。
その声の主を探すとそこにはポトスが剣を握り竜巻を起こしたまま首だけをマリアへ向けていた。
聞き間違いかと、マリアはまた作業に戻ろうとするがまた声が聞こえる。
「マリア!」
今度ははっきりと聞こえた。ポトスがマリアを呼んでいる。
だがマリアは悪魔と呼んでしまったポトスに合わせる顔などない。顔をぷいっと逸らすとまた声が。
「おい! こら! 無視するんじゃない!」
ポトスは怒りを兼ねた声でマリアの顔を強引に自分のほうへ向けさせる。
「……な、何?」
だがそれはポトスの方は見れず俯いたまま。
「お前が芋を掘ると約束したんだろ!? ちんたらやってないでこっちを手伝え!」
「え?」
この男は一体何を言っているんだと、マリアはポトスを見るとポトスはすでに竜巻に顔を向き直っていた。
「俺は別にあのまま慰謝料で上手い汁を吸うだけでよかったんだ! なのにお前のせいで最後まで芋掘りする羽目になったんだからな!」
言葉は怒っているが声は怒っていない。ポトスの横顔にくっついている唇は笑っている。
マリアは気付いた。ポトスはマリアがこの芋掘りにギルメンと一緒に依頼を遂行する舞台を作ってくれているのだと。
悪魔であるポトスに聖女であるマリアが意見したからこそ依頼主に何の損害もなく今の状況があるのだという形式用意して。
「でも……私」
聖女としてのプライドか、悪魔呼ばわりしたと言う後ろめたさか、それが災いしまだ一歩を踏み出せない。
今となってはポトスは救世主。その救世主を悪魔呼ばわりした者は例に漏れることなく悪になるのだから。
正義と悪は簡単に入れ替わる。それが聖女だろうと神だろうと。
その気持ちに反して足が一歩前にでた。それは自らの意志ではなく、いつの間にか後ろにいたイヨナの手によって。
「マリアさん。行きましょう!」
「イヨナ……」
召喚獣との会話を信じてやれなかったイヨナが両肩を抱いて寄せてくる。
「まあ、あの時は仕方なかった。俺もあいつはやりすぎだと思ったが手が出せなかったからな。その点、おめぇはすごいと思うぜ?」
「人攫いして……ごめんなさい……全部リーダーのせいだから」
サナの地獄耳でだろう、そのやり取りを聞きつけていつの間にかヒゴとサナまでやってきていた。
「私も……勇気が出なかったですから」
続けてイヨナが照れくさそうに笑う。
「みんなぁ……」
気がつけばマリアの目には涙が溜まっていた。
「でも私、皆のこと信じてなかったっ……私……聖女なのにっ……」
「マリアっ」
ここで周りが急に静かになった。
マリアが顔をあげると直ぐ目の前にポトスが立っていた。身長差からポトスがマリアを見下ろす形になっている。
「俺は神だのそれを信じる聖人だの、善人気取って何もしない人間が大嫌いだ」
「うぅ……」
啖呵をきった手前マリアはそれを言われるととても辛い。今の現状がまさにそれだからだ。
「お前は俺をひっぱたいて嫌いだと罵って一人でも芋を掘ると豪語した」
「……う、うん」
「ここで放り出したら俺はお前を軽蔑する」
その言葉にマリアの鏡のように輝く大きな目が更に大きく見開かれる。そしてその鏡にはポトスの手が映しだされている。
「そんなこと、絶対にしないから!」
先程目に貯めていた涙はどこへやら。
泣き顔より笑顔、笑顔より怒った顔。今のこの聖女にはこれがよく似合う。
マリアはポトスの手を小さな手でがっしりと掴んだ。
「よし! ならやることは簡単だ! 籠をありったけ持ってこの芋を命尽き果てるまで拾うがいい!」
ポトスがそう叫ぶとまた先程の風がポトス達の周りを取り囲んでいく。
「はい、籠一杯もってきちゃいましたから」
「うん!」
イヨナは両手に持った籠をマリアに分けてやる。
「俺らも行くか!」
「……行っちゃう」
ヒゴとサナも作業に戻り、イヨナとマリアも竜巻の中心で芋を拾い上げる。
「いよっし! 最大出力だ! スカートがめくれるからってサボるんじゃないぞ!」
「ふふっ、リーダーさんはエッチですね」
「しないよ! そんな事!」
マリアが怒って両腕を上げた瞬間、ポトスが竜巻を最大出力にした。マリアの目の前が一瞬真っ暗になった。が、すぐに視界は開けた。
上を仰ぎ見れば白い毛玉三匹が浮遊している。それと、聖女の普段着であろう黒いワンピースが一着浮遊していた。
地上に残ったのは少しエッチで哀れな子羊と、聖女の皮を剥がれた半裸の悪魔だった。




