第五話 ~芋ほり時間短縮~
昼休みも終わり、ギルドメンバー達は午後の作業に取り掛かる。またあのけだるい単純作業が始まるのだ。
「さあて、何も生えない不毛の地にするために、不毛な作業でもおっぱじめますかねっと」
「お~……」
「いや……だ」
だるい作業の始まりにはだるそうな声で再開されるもの。だが、そこへ救世主が現れた。
「よし、俺にいい考えがあるぞ」
提案するポトスの表情はニヤついていてその声には若干けだるさがのこっている。
「お、そりゃぁもしかしてさっき言ってた芋ほりがさくっと終わるいい方法ってやつか?」
「そうだ」
終わりの見えない作業に飽き飽きしていたギルメンもヒゴに続いてその言葉に耳を傾ける。しかしその声が若干棒読みなのはイヨナの誤解を解く際、しないといったエロい事をしてマリアに怒られたから。またろくでもないことでも思いついたのか、と怒られることを危惧して。
「女の子の太ももに顔をうずめてよく平気でいられるよね~」
しかるべく、その尾がまだ後を引いていた。その尻尾にはまだマリアが噛み付いていて放れない。
「ありがたい説教のおかげでな。今はそのせいで頭痛がする程だ」
説教という名の強烈な聖女のトゥーキックを皮切りに、残りのギルメンもイヨナに歩み寄り、以前ポトスに止められた、各々言いたかったことをイヨナに告げたのだった。
その甲斐あって視線の誤解はとけた。ポトスの蛮行もイヨナはちょっと恥ずかしかったとだけ言ってすぐに許してくれはした。だがマリアは許さなかった。昼休み時間を一杯に使ってポトスに説教を垂れたのだった。
「それはよかったぁ。私が清く正しく美しい聖女である証拠だよね」
ポトスの皮肉も意に介さず、笑顔で返すマリア言葉。ポトスの眉根と頬をひくつかせたのだが、ここで怒っても仕方がない。奥歯を噛み締めてマリアの憎らしい微笑みから目を逸らす。
「えー、ここにイヨナの個人情報がある」
「え? 私のですか?」
ポトスが視線をイヨナに向けると弾かれるように立ち上がり、ポトスが掲げた、イヨナの個人情報が記載されているという紙に目をやる。
イヨナが書いた履歴書だった。召喚可能な召喚獣の数や種類も記載されている。
「イヨナ、十七歳、召喚士、身長百五十一cm、スリーサイズは上からはちじゅうは――」
ここでマリアの拳がポトスのわき腹に軽くめり込んだ。
「ぐっ……イヨナ……」
「は、はいっ」
「お前の召喚獣の中に蛇子モグラという種類のモグラがいた気がするんだが、ゲホッ」
蛇子モグラとは、通った跡が蛇のようにうねって土が盛り上がることからそう名付けられたらしい。
「い、いますが……」
「ああ、なるほど。そいつに芋を掘らせるんだな?」
芋ほりで一番面倒で労力の掛かる作業はなんと言っても芋を掘り出すことだ。初めは楽しいその作業もずっとやっていれば飽きる。さらに傷をつけると商品にならないので細心の注意が必要だ。
穴掘りが日常のモグラなら芋ほりなんて息を吸うようなものだろう。
「その通り」
「おお! いいねそれ!」
「ははっ、なんだよぉ、そんなのあるならもっと早く言ってくれりゃよかったのによぉ!」
モグラがいれば作業時間を大幅に短縮できる。
この依頼は一週間の作業期間で受けた作業。
モグラが手伝ってくれるならば一週間が三日、頑張れば一日出終わるかもしれない。結果、短時間でその報酬、百万ルピンをゲット出来るのだ。
ちなみにルピンとはウラシア大陸東部で出回っている通貨で、今ここで収穫している芋は市場では一つ五十ルピン程だ。
だがイヨナの反応は渋かった。
「それは……出来ません」
歓喜するメンバーを黙らせた一言を放つイヨナ。
やはり何か理由があるようだ。それができるなら最初からモグラを使役している。
「ど、どうして?」
「そ、それは……」
言いよどむイヨナの代わりにポトスが口をだす。
「穀物やミミズが蛇子モグラの好物だからだ」
「好物?」
「農業を営むにあたって一番大事なものは土だ。ミミズは土を肥やしてくれる大事な存在でもある。そのミミズを食べられればどうなるかわかるだろ? 更に穀物も好物となれば農夫にとって天敵だ。そうだなイヨナ」
ポトスがマリアの上に乗せたり、ヒゴの口に投げ込もうとしていた太いミミズはこの土地が肥沃であることの証だ。そのミミズはこの土地には無くてはならない生物であり、土地そのものといっていいほどの価値がある。
「はい……それに加えてこの蛇子モグラという種類は大食いなので、そのぉ……ずいぶん前に害獣に指定されてしまったのです。畑にいなくても殺して死体を持っていけば賞金が出るとかで……今では幻となってますね」
「ああ、それなんか聞いたことあるぜ。小遣い稼ぎに昔はよく狩ってたらしいが」
「そうです。そして今でも害獣に指定されているので蛇子モグラを保護する人も罰則をもらうことがあります」
「それで、何故イヨナが蛇子モグラを持っているかということだがな」
ポトスは手元の資料を目で追い、イヨナの説明を続ける。
ポトスが言うにはイヨナはイライザファームという場所から来たという。そこは珍獣や幻獣などを保護する場所で、絶滅危惧種である蛇子モグラも保護の対象となった。そこでイヨナは仲良くなり、召喚の契約を結んだのだった。
「試験は大丈夫だったの?」
「はい、特に何も」
害獣指定されている蛇子モグラは当然試験官に報告しているはずだ。何らかの注意、もしくは警告が出ているに違いない。
「幻ってくらいだからな。ずいぶん昔のことだ。知らない者もいるだろ。農家間では今でも悪魔のように忌み嫌われていると聞くが」
「その通りです。だから彼らを呼ぶと依頼主の方に通報されて、私達にも何らかの処分が下るかと……」
「なるほどな、だから出せずにいたのか」
「はい……申し訳ないです」
別に攻めるつもりではなかったヒゴは頭をぽりぽり掻いて一言イヨナに謝っていた。逆に迷惑がかかると思って黙っていたのだからイヨナが謝る必要などない。
「おい、ポトスよぉ。ずいぶんお粗末な作戦を――」
破綻した作戦を企てたポトスに非難がましい目を向けるがそれはすぐに変化する。
ポトスの表情に焦りはない。それどころか焦りとは真逆の不敵な笑みを浮かべている。先の展開に不安はないということだろうか。
その様子にヒゴは途中で言葉を止めた。
「ふふん、どうしたヒゴ。俺の顔にないかついてるか?」
「いや、おめぇその事を知って口ぶりだったな」
つまりこのことを計算に入れた作戦がポトスにはある。まだ破綻しているわけではないのだ。
「いいところに気がついたな。イヨナ」
「は、はい!」
「お前はその蛇子モグラと話せるんだろ? ならミミズも芋も食べないように命令して、芋ほりだけをするようにも出来るはずだ」
「ですが、農夫の方が……」
イヨナの能力は信憑性が薄い。例え召喚獣と話せたとしても依頼主に見つかり次第駆除されてしまうだろう。
害獣指定は根本的な解決策が見つかったとしても、害獣の駆除へ異を唱える者や保護しようとする者が現れない限りは解除されることはない。例えそれが絶滅危惧種であろうと同じこと。百害あって一利なしだ。蛇子モグラもその内の一つと考えられている。
「秘密裏にやれば問題ないだろ?」
「リーダー本気?」
「俺は本気だ」
「で、でもばれたらあの子達が……リーダーさん達も処罰されるかも知れないんですよ?」
ここの農場はかなり広い。だから近くに家はなく、人もいない。しかし一番近くには依頼主がいる。その依頼主にバレでもしたら最後、罰せられ一つの目標であるギルドのランクは下がってしまう。底辺なので下がりようもないが評判も下がるので依頼も受けにくくなる。
メリットとデメリットの比率が悪すぎるのだ。
「芋に被害はでないんだ。注意くらいで済むだろう」
「……」
「お、おいおいまてよポトス。それは本当にイヨナの、その……」
強行しようとするポトスを止めたのはヒゴだった。その視線の先にはイヨナが。
以前ポトスが言ったようにイヨナはその能力のことで世間の厳しい批判を受けてきたのだろう。
イヨナはすぐにヒゴの言いたいことが分かった。全てを言わず、途中で止め手くれたことへの申し訳なさからか、イヨナは照れるように笑いながら済まなさそうに眉を潜めてしまった。
「ちょ、ちょっとヒゴ! イヨナはちゃんと話せるよ! ね?」
「……」
すぐに助け舟を出す聖女マリア。だが信じる信じないで言えば後者だろう。
疑いではなく半信半疑でもなく、全く信用していないだろう二人。信用したいのは山々なのだろうがやはり動物と話すことができるだなんてそう簡単に信じられるものではないのだ。
身近な動物で犬がいるが会話だなんて夢のまた夢だ。餌を前に待てと連呼しながらプルプルと震える体をとどまらせるくらいがせいぜいだろう。
その身近な動物が身にしみている為、信じることができないでいたのだ。ましてや目の前に吊るされた好物を食べず、ただ芋を掘るだなんてと。
その二人のやり場のない視線はポトスへと向けられる。だがポトスは依然、不敵な笑みを浮かべたまま。
弊害は二つ。害獣指定による処罰とイヨナへの信頼だ。
一見手詰まりのこの状況。そこへ地面を削るような音。ガコガコガコと、木箱が近寄ってきた。
「ん? あ、いないと思えば」
「どこいってたの?」
サナだった。
「人攫い」
「……」
現場の雰囲気は最悪で、お茶目なジョークに誰も笑わない。
だがサナはそんなことはお構いなしでポトスに近づいていく。
「リーダー、お届け物。代引きで」
「いくらだ」
「十万ルピンで」
「ぼったくりだな」
そのやり取りの後、箱から出てきたのはサナではなく依頼主だった。
驚くことに手足を縛られ、猿轡までかまされている。
人攫いは本当だった。そのブラックジョークに周りは笑えず凍りつく。
「ご覧のとおりだイヨナ。これで芋が掘れるな」
「え?」
「お前は会話できるんだろ? だからちょっとの間依頼主には黙ってもらうことにした」
これで一つの障害は解決した。が、状況は悪化した。
依頼主の安否は法によって守られている。依頼主に暴行を加えれば即豚箱行き。逃げれば指名手配犯となる。蛇子モグラを使役するしないにかかわらず豚箱行きが確定した。
「ちょっと! 何してるの!?」
聖女であるマリアにはこの暴挙は見過ごせるわけがない。
マリアが依頼主の猿轡を外してやると案の定、今まで溜まった憤怒が盛大に吐き出された。
「貴様らぁ! こんなことをしてただで済むと思ってるのか!? 即刻ギルド本部に突き出してやるからな!」
先ほどの穏やかな物言いから一変、感情をそのままストレートに出したような発言にマリアも思わずびくついてしまう。更にギルド本部に突き出すと犯罪者のレッテルを貼る言葉に動けなくなる。
だがポトスはどこ吹く風で、冷ややかな視線を依頼主に向けている。
「そうか、なら行こう。連れて行ってくれ。これと一緒に」
「何!?」
言ってポトスが放り投げたのは追加でサナから渡された一冊の本だった。放り投げただけで地面がめり込んでいやしないかと思われるほどの重量がある。
それはこの国のギルドのあり方や規則についても何千ページにもわたって記載されているギルドのマニュアルだった。だれがこれほどの量を読むのだろうか。呼んだとして何日かかるかわからない。
まず誰も読まないだろう。
「これを読むのは骨だった」
「こ、これはっ」
これを見た瞬間、怒って赤く上気した依頼主の顔がさっと青ざめた。先ほどの憤怒の形相はどこへやら。すっかり意気消沈した依頼主は黙ってしまう。
更にそのマニュアルを指差してポトスが悪魔のように笑う。
「それに書いてあったんだがな、作業内容と報酬が見合わない依頼を出した場合、依頼主は受注側に追加料金。意図的に、またはどが過ぎる場合は慰謝料を払わなければならないらしいぞ? 更にそれは報酬とは別、と記載されているが――」
「ああ……」
脱力し、うなだれる依頼主。ポトスの言葉と依頼主の反応でギルメンにも今の状況が分かったようだ。
この依頼内容はポトスの言う通り、作業内容と報酬が見合わないものだったのだ。それはギルメンからも不満があった通り、一週間という短い期間で見渡す限り広大なこの畑の芋を全て掘り出すこと。先程、聖女であるマリアの謝罪の言葉に苦笑いでその場を去ったのも後ろめたさが合ったからだろう。
「この広さを一週間でやれだなんていくらなんでもどが過ぎていると思うがな。一週間で百万は魅力だが、まあそれを餌に新人である俺達をおびき寄せたんだろ? 一週間十人で百万となれば日給約一万五千ルピン程度。それなりにいい条件だが一ヶ月掛かるとすれば話は別だ。約五分の一の日給約三千ルピンになる。割りに合わない。更に一割取られて九十万ルピンを分けるとなればどうなるか」
ポトスがしゃがみこんで悪魔の笑いを持って依頼主の肩に手を置いた。悪魔に見初められた依頼主は覚悟を決めるしかない。
「な、なぜ……それを分かっていながらこの依頼をうけた」
「もちろん、一日で、楽して百万ルピン以上を稼ぐ方法を見つけたからだ」
ポトスはランクを一刻も早くランクを上げたい。だから依頼主の不正につけ込んで慰謝料を巻き上げようという悪魔の所業にうって出たのだ。
そんな悪魔の所業に心優しいヒゴも顔をしかめたが悪魔の不正にに悪魔がつけ込んだだけ。依頼主を助けようとはしなかった。
「そんな……それだけは勘弁を……悪気はなかったんだ」
「悪気はないだと? 俺達をただ同然で働かせようと企んでいた奴が何をいう。いや、奴らか? 他の農作物収穫依頼も同じような額だったしな。ひょっとして農家同士で結託してギルド審査官の目を潜り抜けていたんじゃないだろうな? こんな低ランクの依頼にいちいち審査官を差し向けるほど人手があまっているわけでもないだろうし」
この国は世界有数の農産地だった。だから農業の依頼は少なくない。
それに対しドラゴン討伐で人手不足の今、依頼の査定を行うギルド審査官は少ない。更に他の農家と結託し同じような報酬金額と期間を設定しておけばそんなものかと、審査官の目をすり抜けることはできるだろう。
「し、仕方ないだろ! こうでもしないと誰も手伝ってくれないんだ! イクスなんて名ばかりで、直接交渉しても芋ほりする為にきたんじゃない、と断られてしまうし……でもこの作業は必要な作業だ。この国を支えているものは農業なんだからな! 農業が滞れば国が死ぬ! それぐらい分かるだろ!」
依頼主の主張はあながち間違いでもない。農作物が全てダメになってしまえばこの国は資金源が尽き、コールドドラゴンを仕留める前に潰れてしまうだろう。
「それはそちらの都合。俺はただ金が稼げればいい」
そう、ポトスにとってはそんな事知ったことではないのだ。金を稼ぎ、ギルドランクを上げ、底辺ギルドから脱却できれば良いのだ。
「そ、そんなぁ……」
「そういうわけだ、俺達は何もせず金を貰ってさようならをさせてもらっ――」
ポトスが依頼主へ最後通告し終わる間際、乾いた音が芋畑に響く。更に黒いシルクのような髪がふんわりと舞い、栗毛色のポトスの髪が弾かれるように跳ねた。
マリアだ。
ヒゴには出来なかった事。悪魔と悪魔の闘いに手を出す理由が無いからだ。
だが依頼主は今、ただ狩られるだけの子羊となった。間に立ちはだかり、目の前の悪魔を駆逐し、子羊を守ることこそ聖女であるマリアの役目だった。
「リーダーがそんな冷徹な人間だとは思わなかった!」
マリアの目には少し涙が浮かんでいた。
先ほどのイヨナのことでだろうか。ものの見事にイヨナとのわだかまりを解決したポトスに良い人間像を自分の中で確立していたに違いない。
だがそれは虚像で中には悪魔が嘲笑っていたのだ。
悪魔に欺かれ、よほど悔しかったに違いない。
「それは……見る目がなかったな」
ポトスは揺れた視線をマリアへ向けて一言言い返す。
しばし互いに睨みあっていたがマリアが先に視線を逸らし、依頼主を束縛している紐を解きだした。
「もう大丈夫だからね」
「あ、ああ」
仲間割れに近いその光景に依頼主ですらあっけに取られている。
「私が一人でもお芋を掘ってあげるから」
悪魔のような行いをした主を許し、更に助けてくれるというマリアは依頼主にとってこれ以上ないくらいに聖女だった。
「おお、聖女様……その、何と言ったらいいか……」
後ろめたさもあってか、依頼主はマリアとマリアをじっと見つめているポトスとを恐る恐ると言った具合に交互に見上げている。
紐を解こうとするが固く結ばれているのか、マリアの力ではなかなか解くことが出来ない。その間に、背後からポトスの言葉がマリアの心をついてくる。
「聖女様はそんな罪人を許すのか?」
マリアとは呼ばず聖女様呼ぶあたり、この状況にポトスも内心イラついているようだ。
ポトスが今実行しようとしていることは人として最低で聖女としては見過ごせるものではないだろう。だからポトスの頬をぶった。なら依頼主の行った所業はどうなのか。これもポトスがやった行為と同等の許されざる所業だ。
「国の為にやったことなんだから仕方ないでしょ」
「罪は罪だ。罪は平等に裁かれる。これが聖人の教えだったきがするが?」
ポトスの言い分は最もだった。平等を歌う聖女が片方の悪魔だけを裁き、片方の悪魔を助けている。
それに反論してやると、マリアはポトスに向き直り静かに睨む。
「人は誰でも罪を犯すの。ただ罰を与えるのではなく、反省を促し、悔い改め、改心させることが一番重要な事なの」
それがマリアの言い分だった。依頼主に説教でもして改心させるつもりなのだろう。
「この人は怯えてる。自分の過ちを後悔してる。だから私はこの人を助けるの」
ポトスはそれに何も反論しなかった。何故かは分からない。ただマリアの目をじっと見つめているだけだ。
何か返ってくると思っていたマリアさえも拍子抜けしたように肩をすくめ、目線を逸らす。そしてまた紐を解く作業に戻る。
紐はまだ解かれない。とても固く結ばれているようだ。しかし誰も手伝おうとはしない。それは潔癖すぎる聖女の論に誰もついていけないからにほかならない。
そこで諦めた、というわけではないだろうが紐から手を放しすっくと立ち上がった。その視線の先にはポトス。
「あ、それと」
「なんだ」
マリアは真っ直ぐポトスを見据えてこう言った。
「私はあなたが嫌いです」
と、ポトスの呼称をリーダーからあなたへ置き換えたマリア。表情は笑うでもなく怒るでもなく、無表情で。
聖女は万物に平等で好きだの嫌いだのはせいぜいが日々の食事位のもの。
その聖女に似つかわしくない「嫌い」という言葉。だがそれが許される唯一の存在が今はある。目の前に。それはポトスという悪だ。
マリアのその言葉は悪への宣戦布告だったのだ。
「奇遇だなぁ。俺もお前が嫌いだった。俺は最初っからだがな」
ポトスは悪役然と片唇を釣り上げて悪魔の笑みを浮かべる。ポトスも引きはしない。その反応に、マリアも無表情から怒りの表情へ移り変わっていく。
「私はあなたに合う前から嫌いだった!」
「ああ、俺はお前が生まれた時からずっとだ」
「ガキかよお前ら……」
「大きな子供が……二人」
何やら不毛な作業から不毛な喧嘩に移り変わったようだ。
二人共睨み合いを続けポトスが不敵な笑みを漏らすとマリアも負けじと不敵な笑みを浮かべようとする。しかしマリアの方は慣れていないのか、頬が引きつってピクピクと痙攣し、それを見たヒゴが吹き出しそうになっている。
「あ、あの、待ってくださいっ、私がモグラを呼べばいいんですよねっ?」
その惨状を前に我慢できなくなったのか、たまらずイヨナが口を開く。ここまできたら、ただ傍観しているわけにはいかなくなったのだろう。
全くその通りでこの状況を唯一打開できるキーマンはイヨナだけなのだ。
「ああ、そうだ。それで俺達もそいつも豚箱に入ることなく、全て丸く収まる」
イヨナへの反応はするがポトスはまだマリアと睨みあったまま、視線を外さない。
「なっ、やめろ! そんなことをすればどうなるかっ」
今は固く縛られてはいるが、いつマリアに解かれて通報されるとも限らない。それ程依頼主にとって蛇子モグラの存在は脅威的なのだ。
だがイヨナがせっかくやるという意志を示してくれたのだ。この絶好の機会を逃す手はない。
あともう一押し。それは依頼主の了承だ。
ポトスは目の前のマリアの横をすまし顔で歩いてすり抜け、依頼主の前へ座り込んだ。
マリアは動かない。いや、動けないでいた。先程、一人でも芋を掘るとは強がりはしたがその結果はこの広大な芋畑を前にすでに見えている。
それにポトスの言う通り、全てが平等に、丸く収まるのだとしたら。それは聖女であるマリアが思うところでもあるのだ。
「お前に二つの選択肢をやろう」
「なにを……」
目の前で手を組んで仁王立ちするポトスに依頼主は恐怖の面持ちで対応する。
「イヨナの好意をこのまま黙って見過ごすか、ギルドに連れて行かれて罰金を払い、尚且つ見た目もおいしくない依頼を受けてくれる新たなイクスを探すか」
「くっ……」
二者択一だが前者を選択した場合、蛇子モグラに作物を食い荒らされ大きな損失となるリスクがある。
だがそれはポトスも分かっている。だから保険として一つ提案する。
「なあ、主よ、俺も鬼じゃない。もしモグラが芋を食ってしまった場合、その被害額を全て負担してやろう」
「え?」
「だが、もし一週間以内に収穫し終わったなら、報酬は二倍だ」
「二倍っ……」
「そう、罰金と報酬を合わせた金額と同じだ。依頼の証書に追加金額を記載すればいいだけだ」
その依頼の働きに依頼主の好意で追加報酬が出ることもある。それは依頼証書に依頼主の筆跡で記載すればいい。
「二百……か」
「だがまぁ、俺達もあんたを縛ってしまった罪もあるしな、百五十ルピンでどうだ」
二百ルピンで唸る依頼主にポトスは譲歩し百五十ルピンで、と提案すると依頼主は奥歯を噛み締めたあとあえなく頷いた。
取引において初めに高い金額を設定するのは基本だ。依頼主もそれが分かって譲歩するのを待っていたのだろう。しかしポトスは一気に五十万ルピンも値下げした。それに飛びつくのは自然なことだった。
だがそれは値下げ分は縛った罪分を引いてくれただけ。モグラの被害額も払うといっているのだからそれ以上譲歩はない。それも察してのことだろう。逆にそれ以上の交渉は立場を悪くするだけだ。
「じゃあ呼んでくれ」
「わかりましたっ」
そしてすぐに蛇子モグラを召喚する義にとりかかる。
最初は嫌がっていたイヨナも決心したようで、普段のぼけっとした表情を引き締め、召喚獣の名前を呼んだ。
「ゲムちゃん! ピューレちゃん! 出てきて!」
なんとも変わったネーミングセンスである。




