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第四話 ~木の下で~

 クシャリクシャリと草を踏み鳴らし、ポトスは一本の木を目指していた。そこは皆がいる昼食の会場から少し離れた場所。

 気候は安定して涼しいとはいえ、昼間の日光を直に浴び続けるには少し辛い暑さだ。そこは木陰となっていて、昼の日差しをやり過ごすには調度良い。

 その木の下にイヨナはいた。先程の毛玉を膝にのせてもふりながら昼食のサンドイッチをかじっている。

 ポトスは忍び足ではなくわざと足音を立てて歩く。口笛を吹きながら、あらぬ方向を向いて。

 それは伊代奈に気づかせるためでイヨナももちろん気づいている。サンドイッチを置いて手は毛玉をモフりながらも横目でポトスの動向を追っている。ポトスがさらに近づくと首を振って視認する。しかし正面から見ることはせず、やはり横目で。

 ポトスは脇目を振りながら一直線にイヨナに向かってきている。猪突猛進に、最短距離を。だが脇目を振っている為、どうすればいいか迷っているようだ。もしも自分に用事がない場合、周りから見て自意識過剰の恥ずかしい勘違いとなる。何か用かと尋ねてもポトスにしらをきられてお終いだ。

 潜在的にそう感じてしまうその心理的な理由からイヨナは立つに立てないでいた。

 もちろんポトスはそれが狙いで行動している。イヨナには大事な用があるのだから。誤解を解くという大きな事柄が。

 気付けばポトスはイヨナの背後。イヨナの死角だ。


「……え、えと」


 ポトスが地面を踏む音がいよなの真後ろへ。軽く地面がへこみイヨナの座高が若干下がる。

 イヨナ思い切っては声をかけてみたがポトスは喋らない。ポトスは足音は更に進みイヨナの背後を通り過ぎようとする。

 首のひねりが限界に達したイヨナは逆に首をひねってポトスを視認しようとする。しかしそこにはもうポトスはいなかった。

 

「え?」

 

 消失マジックを目の当たりにした時のような感覚に陥ったであろうイヨナは一瞬あっけにとられ、首をかしげた。続いて間をおかず、またまた消失マジックのように毛玉の柔らかな感触が膝から消え失せた。

 はっとして焦りがちに膝を見ると毛玉はいない。だが顔を上げると先ほど消失したポトスが例の毛玉を持ち上げ立っていた。


「あ、あのっ」


 毛玉を奪われ、意地悪でもされるとでも思ったのか。抗議するような視線と声調でポトスを睨みつける。

 ポトスが先ほど皆に説明したように今までのイヨナの扱いは良いとはいえないだろう。だから今のように毛玉を取り上げられ、いじめられたこともあるはずだ。傍から見ても、誰がどう見てもポトスがイヨナをいじめているように見える。

 毛玉をわが子のように可愛がっていたイヨナ。だから顔はもう泣きそうで、それでも毛玉を取り戻そうと勇気を出して立ち上がろうとする。だがすでに膝には重石が乗っかっていて立ち上がることは出来なかった。

 それはポトスへの恐怖などという精神的なものではなくポトスそのものだった。正確に言えばポトスの頭。先ほど毛玉が占有していたイヨナの膝にポトスの頭が乗っかっていたのだ。





回想


「あの娘は見た目天然系だ。その天然が本物だと仮定するなら、何をされても怒らない」

「は?」


 ポトスがこの作戦を実行する前、ポトスはそんなことを抜かしていた。


「俺の経験上、程度はあるが皆そうだった。何人かには騙されたがその中でも純粋な天然系は約一割。今までのイヨナの挙動が一割の行動に酷似しているからな」

「天然系?」

「ああ。天然を着飾る養殖の娘は大概自分の挙動が他人の目にどう映るかを理解、把握し行動している。イヨナが養殖物と仮定するなら今のような事態に陥ってないはずだ。受けないなら挙動を変えるはずだ。すみやかに、したたかに」

「ふ~ん。なんか女の子を研究している感じがいやらしい……それじゃあリーダーは何をするつもりなの? はっ! もしかしてエロい事するつもりじゃ!?」


 聖女の身分でありながら妙に俗物で生臭い発言をするマリア。そんな聖女の皮を被った歳相応の少女マリアへポトスはなにか言いたげだが冷たい視線だけを向けて目をそむけた。

 だがマリアの言う通り、ポトスの発言からするとそういう風に捉えてしまう。男が女にする行為。何をしてもということはマリアの思考でなくともとそうなるだろう。


「まあ見てろ。距離を近づけるにはまず体からだ」


 更にふざけたことを抜かしきるポトスにさすがのヒゴも眉根をしかめ、気付けば持ってきていた自前の武器を手に取っていた。


「おめぇ、本気か?」


 布に包まれたそれは、ヒゴの背丈ほどもある長い棒か槍のように見える。それを地面について通せんぼするようにポトスの前に立ちはだかった。


「ふんっ、物騒な奴だな。お前はもう少し温厚な奴だと思ってたよ」


 ポトスは不適な笑みを浮かべてヒゴを見据えるがヒゴの心境は穏やかではないようだ。


「何をしたいかは大体理解できるがそれはもうちっと仲良くなってからしな」


 ヒゴがポトスを睨みつける。語気も強められた。手には武器が握られて。

 これらの成分が整えられた状況から、この後何が起ころうとしているのかは明々白々だ。


「わ、私だってこんなの行かせられないからね!」


 半ば仲間割れのようになってしまったためか、ヒゴとポトスの間にマリアが割り込んで震え声で抗議する。

 マリアからは死角になって見えないが、ヒゴはよくこの状況で間に立てたなと目を丸くしている。

 だがただ単に世間知らずのお嬢様の行動だったのだろう。足はぶるぶると震え、へっぴり腰。喧嘩の場に居合わせたことがないのか、震える体に鞭打ったその表情は今にも泣き出しそうだった。


「ははっ、そうか。ならこうしよう」


 ポトスは腰に備えられた剣に手をかけた。

 そのポトスの行動にヒゴは身構える。へっぴり腰で震えていたマリアはたまらず後方へ尻餅をついてヒゴの背後へと転がり込んだ。

 腰から下げても膝につかないくらいの短めの剣。何かの金具を外す音が響いたかと思うとそれを鞘ごと抜いて持ち出した。

 更にゆっくりとヒゴとマリアに近づいてくる。しかし剣は抜かれることはなかった。


「り、リーダー!?」


 そしてヒゴの足にしがみ付いているマリアに剣を差し出した。


「持ってろ」

「え?」


 マリアは差し出された剣をしばし見つめ、ポトスの表情を交互に見た後、おずおずと両手を出して受け取った。


「お、重い……」

「怖がるといけない。お前に預けとく」


 それは毛玉かイヨナか、どちらにせよ相手を傷つけるための道具はないほうがよりよい。

 戦意のないポトスを見て、ヒゴはため息をつき戦闘態勢を解く。


「安心しろ。何しても、とは言ったがお前が思わず武器を出してしまうような下劣な事じゃない」

「わぁったよ」

「あとマリア」

「え? 何?」

「俺が万が一エロい事をしたらぶっ飛ばしていい」

「わ、分かった」


 マリアは剣を胸に抱いたままそう頷いた。


「ったく、言い方がまぎらわしいんだよなぁ」

「ふふん、仲間想いのいいやつだったぞ」

「けっ」


 まだこのギルメンと知り合って初日。ポトスはギルメンの全容を知る為にわざと引っかかる表現を使ったのかもしれない。非日常にこそ人の本性が現れる。今回は大したことないがポトスのヒゴに対する評価はそうなのだろう。

 ポトスはヒゴ達の横をすり抜けてイヨナの所へと向かった。


「リーダー」

「何だサナお前も何か――」

「イヨナ……そっちじゃない」

「む……どっちだ」

「回れ右……だよ」

「……お、おう」


 ポトスは回れ右して引き返す。回れ右なので当然そこには偉そうな言葉を吐きかけた二人が。


「しまらねぇ奴だな」


 ヒゴの冷たい言葉と視線を避けるように顔を背けながらすぐ横を通り過ぎる。

 その間抜けなポトスに、先ほどまで腰を抜かしていたマリアまでが反旗を翻した。


「も、元はといえばリーダーが無理やり視線を逸らしたことが原因なんだからちゃんとしてよね!」


 そう、その通り。全くその通りだった。原因は全てポトスなのだ。不運にかち合った視線を条件反射で外してしまったことが元凶なのだ。散々偉そうなことを言っておきながら実のところそれが全てだった。


「くそっ、ばれたか……」

「ああ、そういやそうだったなぁ」

「失敗したら許さないからね!」

「黒幕は……リーダーだった」

「うるっさい奴らだ」

「あー! あんなこと言ってるよ!」

「いいからさっさと行ってこいよ」

「ゴーゴー……」


 ポトスは手荒い餞別と共に、逃げるようにしてイヨナの元へと向かったのだった。







 イヨナの柔らかな膝の上にポトスの頭が鎮座する。

 残った三人はもちろんポトスの動向を見張っていた。


「よっし、ちょっとリーダーの頭を蹴り飛ばしてくるね!」


 意気揚々と言い放つマリア。

 ポトスが少しでもエロい事をすればマリアがぶっとばしにくる。そうするようにとポトスもマリアに指示をだしていたのだ。行くなら今。それがマリアの言い分らしい。


「まあまあ、もう少し見ていようぜ」


 今にも飛び込んでいきそうなマリアの体と口をヒゴが押さえつける。今はまだ早すぎる。お嬢様にはエロい事に見えたのだろうがヒゴにはまだ許容範囲のようだ。更にサナがマリアに猿轡をかまして縛り上げ、宙刷りにした事で許容できないのはマリアのみということが判明した。マリアは逆さ吊りにで見学することとなった。


「あの……えっと……」


 しばらくの間、自分の膝で眠るポトスの行動に意味が分からず面食らっていたイヨナ。周りの毛玉達も驚き、二人から距離を取る。ポトスの真意を確かめようとイヨナは顔を覗き込んだ。しかし瞼は閉じられ、あまつさえ小さな寝息が聞こえてくる。

 突然歩み寄ってきて膝にあった毛玉を奪い取ったかと思えば、空いた場所を枕代わりに睡眠をとる。胸には抱き枕代わりの奪い取られた毛玉が挟まって。

 その傍若無人なポトスの行動にイヨナはわけがわからなく、目をしばたかせるばかりだ。


「あのぉ……」


 ひとしきり目をしばたかせたイヨナはポトスに呼びかけるが返事はなく、依然眠ったまま。

 昼下がりの木陰に静寂が訪れた。微かに聞こえるのは風の音と、風が揺らす木の葉のすれる音だけ。

 その風は毛玉を揺らし、眠っているポトスの前髪を戯れて乱す。


「おいで」


 警戒して離れていた毛玉が飛ばされそうになったので呼び寄せる。それは眠っているポトスに考慮したからか、小さく柔らかな声で。

 残り二匹きの毛玉はイヨナの両頬に落ち着いた。軽く頬ずりを交わした後、イヨナは再び視線を落としポトスの表情をうかがった。

「リーダーさん……寝ちゃったんですか?」


 毛玉を呼んだ声音と同様、小さく柔らかな声でポトスに囁きかけるがやはり応答はない。

 この事態をイヨナはどう捉えているのだろうか。

 ポトスの見解が正しければイヨナはポトスのことを良くは思っていないはずだ。視線を無理やりといった感じに外され、いつものように仲間はずれにされ、後ろ指を指されてこそこそ噂されている。そう信じ込んでいるはずだ。

 だがポトスは傍若無人にイヨナの膝を毛玉から奪い去った。更に今現在進行形で膝の上で眠っている。イヨナにポトスの真意は分からないだろう。

 しかしこんなわけのわからない状況も、時が経てば視界は広がり、こんがらがった思考回路も次第にほぐれてくるもの。

 その答えが出てくるまで、そう時間は掛からなかった。

 不意にイヨナの柔らかそうな手がゆっくりと伸ばされる。ゆっくりと伸ばされた手は風で乱されたポトスの前髪を優しく整えた。そのまま眠っているポトスの頭を大切そうに撫でてきた。毛玉にそうするように微笑みながら。


「おお、何かいい感じだな」

「イヨナは天然娘決定」

「フガフガッ!」


 ポトスが言っていた、本物ならばするだろう行動をイヨナはやった。

 ポトスの作戦は果たして上手くいったようだ。

 警戒している人物の懐へ、防御の暇を与えず潜り込む。最大の警戒心がそこで垣間見たものは一番無防備となる強襲者の寝顔。そんな人物が後ろ指を指して意地の悪い噂をするはずがない。

 ポトスは上手くイヨナの誤解を解いたようだ。


「不思議な娘だな」


 急に目を開いてそんなことを言うポトス。イヨナの大きな胸により、見上げるポトスからは大きな山からイヨナが覗きこんでいる形となっていることだろう。

 

「……よく、言われちゃいますね」


 照れるように笑いながら、しかし少し寂しそうにイヨナは微笑んだ。


「でも私には」


 大きな山から更に顔を出し、ニコリと笑いながらポトスに一言。


「リーダーさんの方が不思議な人に見えちゃいまね」


 今までのポトスの行動を見てそれが理解不能なのだろう。理解できないものは全て不思議という言葉で片付けられるのだ。


「そうか、なら俺たちは不思議仲間だな」


 笑って仲間意識を持ち出すポトスにイヨナは一瞬迷った。それは自分と同じような想いをして欲しくない、という想いからだろう。しかしイヨナは考えおした。あの傍若無人な行動をするポトスにはその悩みを気にするとは思えない。むしろ笑い飛ばしてしまいそうなくらいだ。

 だからイヨナは、ニコリと笑って肯定しておいたのだった。

 

「ふふっ、そうですね」


 それからイヨナは色々なことを楽しそうにポトスに話したのだった。この三匹の毛玉にはポム、ボム、シュワという名前があるらしい。そしてその生き物の実態はスリープゴートというヤギの仲間らしい。毛がふかふかしていて羊のようだがヤギらしい。


「毛の中に小さな本体があるんです。毛が分厚いので普段自分では掻くことができなくて。だからこうやって」


 イヨナが毛玉の中におもむろに手を突っ込んで、少し乱暴に揉んでやるとメェ~と気持ちよさそうな声が聞こえてくる。


「へぇ」


 試しにポトスも胸に抱いていた毛玉に手を突っ込んでみる。


「ここかっ、ここがええのんかっ」


 ポトスも少々乱暴に揉み解してやると先ほどの気持ちよさそうな鳴き声が聞こえてきた。


「お」

「気持ちいいって言ってますよ」


 それで調子に乗ったポトスがもっと揉んでやろうと腕に力をこめる。


「あ、でも強すぎる衝撃を与えると睡眠促進物質を分泌して――」

「ぐぅ」

「……眠らせてしまうので睡眠障害治療につかわれたりしたり……」


 ポトスは再びイヨナの膝枕の上で眠ってしまった。注意が遅れたイヨナはたまらず苦笑いだ。だがその苦笑いの表情が恥ずかしさのあまり、赤面してしまうのはその直後のこと。


「り、リーダさんっ?」


 睡眠促進物質で眠ってしまったポトスが寝ぼけて寝返りを打ったのだ。仰向けからうつぶせに。更に顔面をイヨナの膝にうずめたまま膝を掴んで頬ずりをし始めた。ポトスの寝相なのだろうか。さすがの天然娘イヨナも顔が真っ赤だ。


「あ、あのっ」


 きょろきょろと辺りを見渡して救助を求めるが誰もいない。膝を掴まれている為逃げ出すこともできない。その間もポトスは枕を徐々に上っていく。


「やっ……リーダーさん!」

「リーダー!」


 どこからかそんな叫び声が発せられ、徐々にイヨナに近づいてくる。


「ま、マリアさん!? た、たすけ――」

「おっきろぉおおお!」


 呪縛から解き放たれたマリアのつま先が、見事ポトスのこめかみをぶち抜いた。小さな悲鳴と共にイヨナを悪の魔の手から救い出したのだった。


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