第三話 ~昼下がりの会議~
太陽が頭上に陣取る昼下がり、依頼主の好意で昼飯がメンバーに振舞われた。
昼飯には卵サラダやジャガイモサラダ、ハムやチーズが挟まれたサンドウィッチだ。更にぶどうジュースのおまけ付き。
「君達は昨日の召集でやってきた新人だろう? どうかね、調子は」
サンドウィッチをほお張るポトスに依頼主が問いかけてきた。ポトスは用意されていたぶどうジュースでサンドウィッチを飲み下し、現状を告げる。
「う~ん、こう広いと一週間では難しいかもしれない」
ポトスは険しい顔で正直に現状を告げた。
朝から約三時間ほど掘り続けただろうか。それでも縦横無尽に伸びる芋の峰半分といったところ。それがまだ見渡す限り、視認できないところにまで伸びている。一週間では到底無理だ。
「ああ、いいよいいよ。人手が足りないんだ文句は言ってられないからね」
依頼主は不満な表情一つ見せず、依頼の進捗も多めに見てくれるようだ。
「お役に立てなくてごめんなさい……」
昼飯まで振舞ってくれた依頼主に申し訳が立たないのだろうか。ポトスと同様に慌ててぶどうジュースでサンドウィッチを飲み下したマリアが深々と頭を下げて謝罪した。
聖女たるゆえんか、現状を知り、役に立てないことが悔しかったのだろうか。それともこの状況を知らず、ポトスの首を絞めてはしゃいでいたことへの後悔の念がそうさせたのかはわからない。だがその大袈裟な行動には依頼主も驚いたようでその謝罪の意を両手で遮った。
「い、いやいや、私は一向に構わないよ。期間は伸びても構わない。報酬も割り引いたりはしないから、まあ頼むよ」
依頼主は日に焼けた肌に冷や汗をたらし、苦笑いしながらポトス達の元を離れていった。
はしゃいでポトスに絡んでいたマリアを見ても嫌な顔せず、更に好条件を提示してくれた依頼主にマリアはほっと一安心だ。
しかしマスターであるポトスはお礼も言わなければ表情も硬い。目を細め、ただ冷たい視線を依頼主の背中へ送っていた。
「がんばろうねリーダー!」
「ん? ああ、そうだな」
このいつ終わるか分からない依頼にマリアは意欲的だ。マリアは拳を握ってこれからの芋ほりに対する意気込みをポトスに伝える。
「報酬って引かれたりするのか?」
依頼主が見えなくなるとヒゴがポトスに問いかけてきた。
「そりゃぁな。依頼の内容に沿うことが出来なければ差し引かれるだろ」
大半の依頼には期間が決められている。それを過ぎたら報酬が減ることもあるしもちろんその内容、成果いかんでも同じこと。最悪の場合は失敗となり報酬はなくなってしまう。更にギルドランクも下げられてしまうこともあるのだ。ポトスが所属するギルドは底辺なのでこれ以上下がることはないだろうが。
「この依頼主は優しいようだし、減額はしないようだが、な」
「うん、いい人だよね」
どこか皮肉っぽく言うポトスに聖女であるマリアは素直にそう答える。
ランクの低い今回のような依頼の場合それはないようだ。しかしこれは依頼主の好意で。依頼内容に遊びが無い依頼はこうはいかないだろう。
「ふんっ、延長することが分かってるような言い方だったなぁ」
「このままじゃ、過労死……する」
ギルドマスターであるポトスもこんな依頼は早く済ませてさっさとランクを上げたいところだろう。
「そ、そうだね……」
その過酷な現状にメンバーから不満が聞こえてくる。聖女であるマリアでさえ溜まらず同意してしまう。だが満場一致というわけではない。その場にはポトスをあわせ四人しかいない。ギルドメンバーは全員で五人。一人足りないのだ。
「ところでイヨナはどこだ?」
昼飯の時間となってから一度もイヨナを見ていない。
きょろきょろと見回してもマリアとヒゴの姿しか見受けられない。ヒゴの隣には木箱が置かれていてその中で何かが動いている。おそらくサナだろう。
「ああ、昼飯持って行っちまったぜ?」
それは先ほどポトスがイヨナとの視線を無理やりはがしてしまった為だろう。悪い噂をされたと勘違いしたとイヨナが感じたのなら普通は一緒に食事はとりたくはないと考えるはずで実際今そうなっている。
「きっとリーダーの視線で汚されたって怒ってるんだと思うっ」
「怒ってないと思うっ」
見上げて軽蔑の視線を送ってくるマリア。まだミミズの件を根に持っているらしい。そしてポトスもに大人気なく言い返して睨み返す。
「サナ、お前はわかるだろ? 今イヨナがどんな気持ちなのか」
「怒ってるよねっ」
サナは木箱の中。その木箱にマリアがにじり寄り、問い詰めている。その光景は傍から見て少し面白い。ヒゴはサンドウィッチを食べながらニヤついている。
「イヨナは……悲しい」
「え?」
だが先ほど皮肉られたサナの観察眼は今回まともに機能しているようだ。返答がまともなだけにマリアは虚を突かれ、目をしばたかせる。ヒゴもサンドウィッチをかじる寸前で固まってしまった。
サナは茶目っ気がある。それが目的でそんな言葉をひねり出したのなら大物だがおそらく今回は違うだろう。
「たいした観察眼だ」
「え、ええ?」
そのやり取りにマリア分けが分からずポトスと木箱を交互に見比べている。ヒゴは分からないというように眉をしかめ、腕を組んで仁王立ちだ。
「え、どうゆうこと? 怒ってるんじゃないの?」
「ポトス、お前何か分かったのか?」
「大体想像はつくだろ」
想像はつくとは一体どういうことだろうか。マリアとヒゴには分からず顔を見合わせるだけだ。
「昼前のイヨナの表情をお前たちも見ただろ?」
「あ、ああ」
ポトスの意識が落とされる間際、目に映ったイヨナの寂しげな表情。
さすがイヨナの予備動作に気付き、いち早く視線を外したヒゴも最後の表情もしっかりと確認していたようだ。
「え? 私見てないよ?」
「お前は俺の首を絞めていたから気付かなかったんだろ」
「な、なんのことかな~……」
「あれはお前の視線で汚されたと思ったからじゃねぇのか?」
「マリアに毒されるな。冷静になれ」
冷静な突込みを入れるヒゴ。おそらく本気で言っているのだろう。
「全く……忘れたのか? イヨナは召喚士だ」
そんなことは知っていると、マリアもヒゴも頷くだけ。更に召喚士だからどうしたと視線を向けてくる。
だが次に続くポトスの言葉に頷くことは出来なかった。
「そしてどうやら動物の言葉が分かるらしい」
昨日、ギルド専用の宿舎で軽い自己紹介が行われた。そこでイヨナは動物達と会話することができる、と宣言したのだ。その反応に皆一様に困っていたことは言うまでもない。
「知ってる……けど……さぁ」
マリアが気まずそうにヒゴに助けを求める。見上げるマリアの視線を受けるとヒゴは視線を外へ逸らした。
「あ、ああ……すげぇよなぁ」
「だ、だねっ」
そう言ってマリアとヒゴはポトスから視線を外す。
二人とも信じたいのは山々なのだろうが許容範囲というものがある。
イヨナの自己紹介で分かったことだがふわふわしていてどこか抜けたところがある印象だったのだ。天然といえば天然だがキャラ作りをしているといえばその表現がすっぽり当てはまる。天然にしろ作りにしろその言葉に信憑性は生まれてこない。
第一印象がそれなので自己紹介の時、余計に鵜呑みにできず適当に流していただけだった。
「それが試験では評価されなかったんだろう。評価されていればこんなところにいやしないからな」
「う、うん」
「ああ」
あまつさえ底辺の成績を収めた人材なのだ。イヨナの能力を信じる者は審査員にもギルドにも存在しなかった。
「なら外の世界はどうか。それが受け入れられ重宝されただろうか」
動物と会話できると妄言を吐き捨てる少女が世間の目からどう映るのか。うまくそれを証明できればいいがそれはこの底辺ギルドに居る時点でお察しだ。 そう聞かれ、二人は横目で互いを見て諦めるように首を振った。
「だろ? おそらくはおかしな奴だと後ろ指を指され、気味悪がられ、あらぬ噂をされ、肩身の狭い思いをしていたに違いない」
「そ、そんなことって……本当にある……の?」
育ちのいいお嬢様のマリアには想像できないのだろう。困惑の表情と、何か恐ろしいものでも見たかのような恐怖の表情が入り混じっている。
「あるところにはあるだろ。そしてそれがあると仮定した上で、離れた場所で談笑し、俺がイヨナと合った視線を無理やり引き剥がしたという事実をイヨナはどう捉えるだろう」
「……」
「おそらくイヨナはこう思っている。ここでもまた後ろ指をさされる、肩身の狭い生活を強いられるのか、と」
「それがあの表情だったってわけか」
「推測だがな」
ポトスの理論でいけばイヨナが一人姿を消したこの現状にも納得がいく。
「そうだろ? サナ」
「そうだったんだ……気付かなかった」
確信を得る為にサナに同意を求めるとそんな手痛い言葉が返ってくる。
「サナ……お前さぁ――」
「ちょっと私いってくる!」
聖女であるマリア。自分の知らない人間の負の部分を垣間見て、しかもそれが自分たちの行動のせいで苦しんでいる。聖女としてはとても心苦しい状況だっただろう。マリアはいてもたってもいられなかったようだ。
マリアはたまらず駆け出した。イヨナとの誤解を解く為に。
「またんかい!」
ポトスはマリアの首に腕を絡めて拘束した。
「うげっふ」
「お前が行くと余計こじれるからやめろっ」
何かを喉に詰まらせたような声を漏らして拘束され、マリアは宙に浮いた。
ポトスがマリアを止めた理由は単純だ。聖女であるマリアは純粋すぎる。剥き出しの純粋な心は鬱屈した人間にとって少々眩しすぎるのだ。下手をすれば完全に心を閉ざされてしまうこともある。
ただ単にポトスの視線は誤解だと弁明することは簡単だ。しかし肝心の、イヨナの言葉を信用できないではだめなのだ。上っ面だけの歩み寄りなどその場しのぎの社交辞令のようなものなのだから。
マリアを止めたのもつかの間、今度はヒゴが走り出す。
「よし、じゃあ俺がガツンと一発、元気付けてやるぜ!」
「まて! マリアの言葉を真に受けたお前に何ができる!」
「む?」
ヒゴとは体格差がありすぎる。だから知能の差で止めようと試みる。
「そしてガツンという表現をこの状況で使用するお前に行かせることはできん」
「お、おう……なんかすまねぇ」
更に追い討ちを食らわせてヒゴを何とか食い止めた直後だった。ガコガコガコッと何かが地を這う音がする。それはサナの入った木箱が地面をする音だった。イヨナを探して元気付けようとでもいうのだろう。だがその木箱の進行をポトスが上に腰を下ろしたことで阻止された。
「う!? うごかない……私のエデンが一瞬にして豚箱に……ここから出してくれたら金一封をやろう」
「まあまあ、少し落ち着けって」
三人とも一刻も早くイヨナに誤解を解いてやりたい状況なのだろう。待ったをかけるポトスにやや不満顔だ。しかしその待ったが実に的を射ているため、三人は抵抗することが出来ないでいた。そのジレンマが三人を焦らせ、不安をつのらせる。
「気持ちは分かる。だからここは俺に任せろ」
底辺ではあるがこのギルドのマスターはポトスだ。ギルメンの一人や二人の悩みを解決できずに何がマスターであろうか。と、サナの箱にどかりと座ったポトス。
「この手の解決方法は心得ている」
欠陥がある解決方法を出すに出せず、不満を愚痴る三人にとってそれはいわば一つの光明だ。したくても出来ないことを目の前の男は出来ると断言している。ならその男に任せよう、と皆黙ってポトスの言葉に耳を傾ける。
ポトスの目にも迷いがない。自信に満ちた目だ。そしてその目はサナ以上の観察眼を持っているだろう事が少し前の会話で分かっている。
「どうするきなのよ」
腕に絡めたマリアがそのままの体勢で顔を傾けて尋ねて来る。だが自分で実行できない歯がゆさからか、それが唇にでて尖っている。それをポトスは少し笑った後、マリアを解放してやった。
「いいだろう、教えてやる。心して聞くように」




