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第十七話 ~二つの影~


「いてて……実際、俺は寝てるところをルブランに起こされて手で目隠しされながら馬車まで運ばれて、そのまま中央の孤児院まで直行だ。そこで正体を隠して暮らせって厳命されて。だから、まああれだ。何も見てない」

「もうっ、バカリーダーっ」

「だから気にするなって言っただろ?」


 言ってポトスは笑うがそんなこと、今ゴミ箱の中にある小説の存在を知らなければ分かるはずがない。

 ポトスもそれは分かっていた。だから小説と分かっている分、マリアを泣かせてしまった罪悪感は少なくていい。

 マリアも目尻をこすって涙を全て拭きとった。そしていつもの調子へ戻っていく。


「それよりリーダーを助けたそのルブランって人に正体明かすなって言われてたんでしょ? ばらしちゃっても良かったの?」

「いい」


 一国の王子が逃亡していることがばれれば大騒ぎになることは間違いない。


「昔はアイゼンバーグを襲ったやつらの意図が分からないし、俺はまだ子供だったからな」


 しかし今ばらしたとしてもオーレン国が滅んだのは十数年前。かなりの年月が経過している。ゴードンが上位者発表の際、ポトスは名乗った。しかしゴードンは目の前にいる人物が王子だとは知る由もないだろう。

 十数年前に滅んだ国の王子の名前などもう、誰も覚えていないのだ。


「でも今は違う。オーガ襲撃の意図が何なのか、分からず終いはごめんだ。必ず暴きだす」


 ポトスの目的はオーレン復興だけではなかった。

 生存者や先ほど現れたオーガによってそれは人工的に作られたものだということは周知の事実だ。つまりオーレン滅亡の裏でオーガを操っていた人物がいるはずなのだ。ポトスの両親やルブラン、王宮に住む大勢のものを殺した人物が。


「そのためにココに来たんだからな」


 ポトスの熱い視線はマリアの瞳を射抜く。変態行為をされてきたマリアはただ目を瞬かせるばかり。変態王子の異名を持つポトスの表情は今は真剣だ。


「それにチラチラと怪しい影も見えてきたしな」

「影?」

「ああ。マリア、お前のところにもイクスのスカウトが着ただろ?」


 イクスになるにはノルウェン国から息のかかった、各国に散らばるスカウト達のメガネに適う必要がある。そのメガネに適った人材へ声をかけ招集するのだ。


「うん。どうか我々を助けるためにきてくれないかって。聖職者は必要だって」

「俺のところにも結構来てた」


 声をずっとかけられてきたと言うことはポトスの実力は相当のものなのか、とマリアは考えたが今現在自分のギルドマスターとなっているのだからそんなものか、と頷いた。


「でも全部断ってた。コールドドラゴンなんて得体のしれない生物のために命は掛けられんからな。アイゼンバーグ復興のために」

「うん」

「だが、ある時、変な言い回しでスカウトに来た奴がいた」

「変な言い回し?」

「もうすぐオーレン国奪還の依頼が出るからイクスに参加してみないか、と」

「え? それって」


 マリアも気づいたようだ。隠していると言われていたポトスの正体がバレている。

 オーレン国奪還の依頼、更にポトスをご指名。偶然にしては出来すぎている。つまりそれはポトスを王子だと知っている者達がいるということだ。


「すぐ跡を追ってみたが見失った。ただ者じゃない。まあだからこそ隠れていても意味ないし、むしろ向こうから誘ってきてるんだから乗らない手はないと踏んでここにいるんだがな」


 ポトスをスカウトした人物の意図は全く分からないが十数年前のオーレン国滅亡に少なからず関わっているということは言うまでもない。

 実際オーレン国奪還の兆しは見えている。吸魔石を爆破し、重力石をうまく抽出できれば資金は生まれ、すぐにでもトメトからオーレン国奪還の依頼がノルウェンに提出されることになるだろう。

 ともすればポトスだけ中央に閉じこもっているわけにはいかない。それがポトスがイクスに参加した理由のようだ。

 そこでマリアが何かを思いついたらしい、嬉しそうにあっと声を上げて立ち上がる。


「もしかしてオーガが出た理由ってリーダーがここに来たからじゃ!?」


 オーレン国滅亡後、パタリとその存在を聞かなくなったオーガがグルムントへの道中で強襲してきた事実。加えてポトスを妙な言い回しでのスカウト。明らかに何らかの異変が起こっていることは確かだ。マリアの言う通り、ポトスがグルムントへ来たことに何か関係がありそうだ。

 だがそんなマリアの予想は色々な過程をすっ飛ばした結論だ。それにはポトスも苦笑いだ。

 ポトスが来たからオーガが来るだなんて必要条件も十分条件も満たしていない。その理由が分からないのだ。

 しかしそんなマリアは難しい問題に一人だけ正解した学生のように目をランランと輝かせている。


「俺もその線で色々考えてたんだが、ちょっと無理があるんだよなぁ」

「え~……どうして? 理由を述べよっ」


 マリアは誰の真似かは分からないが妙なイントネーションでポトスへ不服を申し立てる。


「そもそも俺をスカウトしてきた奴の狙いは俺をイクスに参加させ、グルムントへ爆薬を運ばせて、資金を作り、オーレン奪還に参加させるためだろ?」


 オーレン国奪還を匂わせるスカウトの意図。

 ポトスはオーレン国の王子だ。本当であれ嘘であれこの誘いは何らかの意図があるはずなのだ。乗らないわけがない。そしてこの依頼も調べ、見つけ次第、自ら受けることは察しがつく。つまりここまではスカウトの狙い通りといえるのだ。

 そのポトスの言葉にマリアも疑うことなく頷いた。


「それで?」

「そこでオーガの強襲だ」

「うん?」

「おかしいと思わないか? 自分で誘いこんでおきながらオーガを使って妨害してくるなんて非合理的だ」

「あ~……」


 ここまで誘い込んでポトスを亡き者にしようというのならオーガ一匹では明らかに戦力不足だろう。せいぜいがその姿を見て逃げ出すくらいだ。だからポトスは自分の行いとオーガの出現の関係性がないと判断したのだ。


「この依頼は少し前から出ていたから他のイクスが受けた可能性もある。その妨害にオーガを差し向けていただけかもしれないがな」

 まだ残っているということは依頼が受けられていないか、もしくはポトスより前に爆薬運搬を行っていたイクス達がいたが妨害され失敗したかのかもしれない。これはギルド本部の受付嬢に聞けば分かることだ。


「なるほど……つまり~どういうこと?」

「つまりだ。影は二つある」


 意図が食い違う二つの事柄。ポトスはそれを単純に二つの影と分類したようだ。


「一つはオーレン奪還を目論む者、二つはオーレンを滅ぼしたオーガを率いる者だ」


 オーガを差し向けたものの狙いはポトスではないとしたら爆薬の運搬妨害しかない。それにオーガを差し向けたものは十数年前にオーレンを滅ぼしたのだからオーレン国奪還につながる爆薬運搬妨害も筋が通る。


「しかも二つの相対する影はイクスに出される依頼内容を把握していることからイクス内に紛れ込んでいる可能性が高い」


 スカウトもそのスカウトが促した依頼を妨害しようとした影もその内容を把握せずには起こせない行動だ。イクス内に限らずノルウェン国内部にもその影に内通している者もいるかもしれない。

 そのポトスの推理にマリアはとても関心した様子で目を丸くした。


「おお! リーダーすごい」

「うむ。俺を褒め称えるならまず服を脱ぐがいい」

「それでエロ王子は奪還を目論む人達と一緒にオーレンを奪還する予定なの?」

「あ、ああ。そうしたいところは山々だが、あれ以来コンタクトがない」


 協力するなら何らかの接触があっても良さそうなものだ。しかし奪還側の人物とポトスはまだ会っていないらしい。奪還側の意図はまだよくわからないのだ。


「だから大勢のイクスの門前で名前名乗ったんだが接触はない。代わりにオーガが出た。全く、藪蛇だな。あれは失敗だった」


 イクス招集初日の事を言っているのだろう。あの時のポトスの行動は単に故郷へ強制送還される事を防ぐためだけではなかったらしい。

 しかしあの行動でイクスやノルウェンにポトスの名が知れ渡ったはずだ。奪還側は沈黙を保ち、オーガ側はなにか対策をたてようとするに違いない。そのことを知らなかったとは言えポトスに言う通りそれは失敗だったようだ。


「つまりリーダーはマヌケな行動をとったんだね」


 ぷぷぷ、と笑いながらマリアはその失敗をマヌケと変換しポトスに投げつけた。


「黙れまな板娘めっ」


 すぐさま単なる罵りで返すポトスだが、それは余裕がない証拠だ。そんなポトスににマリアは徐々に得意顔になっていく。


「ふふ~ん、マヌケなリーダーはもうひとつ重大なミスを犯しています」

「ん? 何だそれは」


 そのマリアの言葉の意図が分からずポトスはすぐさま聞き返してしまう。


「だって、私がそのオーガ側の人間ってこともありえるんだよね? それなのにそんなにペラペラと喋っちゃっても良かったのかな?」

「お前は遅刻したせいでイクスの前で俺がどんな事をしていたか知らないだろ」

「む、確かに」

「それにあれだ。お前はその」

「その?」


 急に言いよどんだポトス。そのポトスの異変にマリアがポトスの顔を覗きこんだ。


「何が、とははっきり言えないが……お前なら信用できる、そう思った」

「え? お、お……ぅ……な、なんか照れるね」


 根拠もなく信用できるとはその人物がよほど純粋で潔白な人格でないとなかなか出てくる言葉ではない。それを普段嫌いだのまな板だのと罵ってくる相手に言われたのだからマリアは妙に照れてしまった。顔を赤らめ、それをポトスに見られないよう、回れ右をしてその照れを隠す。

 その純粋無垢な可愛らしい仕草にポトスは苦笑いで頬を掻く。


(まさか馬鹿っぽいから、なんて言えないしな)


 と、面倒事を回避したことにホッとして。

 そしてマリアも顔を赤くして頬を掻く。


(さてはリーダー、私に気があるなぁ? また後でなにかねだってみよっと)


 と聖女であるにもかかわらず、悪女顔負けの思考回路に電流を流して。

 すれ違う二人の思いをよそに向き直ったマリアとポトスは互いに微笑みあったのだった。


「まあ兎にも角にも名乗ってしまったことはもう仕方がない。奪還側は沈黙、オーガ側は妨害」


 ポトスは背もたれに背を預けてそう言葉を吐いた。


「うん、そだね。今後に警戒しておかないと」

「その通りだ。オーガ側の妨害があれだけで済むわけがないしな」


 オーレン国奪還の前準備。爆薬の運搬は突破されてしまったのだ。本気で妨害しようとしているのならこのまま黙っているわけがない。

 流石のマリアも表情が強張ってしまう。奪還側はまだしも、オーガ側は計画を進める自分たちを直接襲ってくる可能性だってある。お嬢様育ちのマリアにとって直接向けられた矛先は相当恐ろしい物に違いない。


「恐らく、また何らかの形で仕掛けてくるに違いない」

「な、何らかの形って――」


 その時だった。けたたましい鐘の音が村中に鳴り響いた。

 この村では朝昼晩に数度、村の中心に備え付けられた鐘がなる。昼の鐘はもう随分前に鳴っていて今鳴るのはおかしい。それに一定の間隔を開けて鳴らされる昼の鐘に対し、今鳴っている音はとても短くて不規則、更に荒々しく乱暴だ。これはつまり緊急で何かが起こったことへの警告音だ。


「え!? 何々!?」


 マリアが立ち上がって周りを見ると見知った人物がこちらに走って来るのが見えた。


「あっ、トメトさん!」

「ん? やっと来たか」

「ポトス様! マリア殿!」

「この鐘はなんだ?」


 息を切らし二人の前で息を整えたトメトはこう答えた。


「黒騎士が現れました!」







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