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第十五話 ~観光~

 ポトスはマリアにせがまれ村を観光していた。

 村をぶちぬくように横断する川の水はとても澄んで輝き、魚の泳いでいる姿も視認できるくらい。ポトス達が通った道とは違い、川の沿線には宿泊施設が軒を連ねる。縁台にすわり、のんびりと釣りを楽しんでいる者もいる。周辺には様々な飲食店や土産屋が群をなし、競うように前に出て自己主張するさまは道を塞ぐバリケードと言っても過言ではない。

 ポトス達はそんなバリケードとその隙間を埋めんばかりの観光客をかき分けながらひと通り見て回る。やがて店も何もない村外れのような場所に突き当たった。


「やっぱり十年以上経てば変わるもんだな」


 ポトスのいた国がオーガに滅ぼされて十年以上。その頃ポトスが訪れたグルムントの景色は今とはだいぶ違うようだ。ポトスは振り返り、先ほど来た道を目に、感慨深くそう呟いた。

 

「で? 何かめぼしいものはあったのか?」


 当初ポトスはヒゴと同じくトメトの家で休憩がてら一眠りするつもりだった。しかしマリアがどうしても付いてきてほしいとせがんだせいで半ば無理矢理に連れて来られたのだ。村は小さいし、余程の方向音痴でも迷うことはない。現在いる場所からもトメトの高い家は確認できるのにだ。

 ポトスも十年でどれくらい様変わりしているか見たかった為、確認ついでにマリアに付いてきてやったのだ。


「ん~」


 店をひと通り見て回ったのはどこに何があるか把握し、一番良いものを選ぶため。

 装飾職人の村というだけあって他の街で見かけるものとは違い、どれもこれも珍しい物が多かった。


「良い物が多すぎて悩む」


 しばし黙考したマリアの口から出てきたのはそんな言葉とため息だった。頬に手を当ててうっとりしながら。


「じゃあ俺はそこら辺の店で休んでるから欲しいものを買ってこい」


 村の変化は確認した。ポトスにはもう用はない。時間がかかりそうなのでマリアには一人で探索してもらうことにしたポトス。

 

「あ、ちょっと待ってリーダー!」

「あ?」

 

 しかしマリアはポトスを呼び止める。


「ちょっとついてきてほしいんだけど」

「どこに?」


 女一人では入りにくいところなのだろうか。しかしそんな所あったかなと、自分の記憶を巡りながらポトスが連れて来られたのは一件の装飾品を取り扱う店。ガラス張りの木棚に様々な装飾品が綺麗に陳列されている。


「これっ、これがいいと思うんだけど」


 マリアがガラスごしに指差すそれは十字架の上に青い盾が覆いかぶさるような構図の紋章。その周りを色とりどりの華が飾り付けている。キラキラと輝く宝石がふんだんに散りばめられたネックレスだ。それは一目見ただけで高値だと分かるほどの代物。ポトスがいた国では五十万ルピンほどするだろうか。

 さすがいいところお嬢様。目の付け所がいい。


「へぇ、かなりこってるなぁ」

「でしょ?」


 しげしげと見つめたあと、ポトスはその下においてある値札に視線を落とす。


「五十万か。やっぱ高いな……ん?」


 目を瞬かせ、もう一度値札を確認してみると五十万ではなく五万ルピンとかかれている。


「ん?」


 この村は職人の村でその装飾を生産している場所。生産費のみの原価価格そのままで売られているようだ。それなら観光客も多額の旅費を払ってもこの辺鄙な村へやってきたいと思うものだが少し安すぎる。ともすればある疑惑が自然と浮上してくる。


「これは紛い物かなにかじゃないのか?」

「紛い物?」

「ああ、よくある話だ。綺麗な宝石だと思えば色を付けただけのガラス細工だったりな」

「失礼だな君は」


 その当然の疑問を即否定するのはこの店の主人だ。ここには他の客もいる。名誉をけがされまいと眉間にシワを寄せてポトスに詰め寄ってきた。


「でもこの出来でこの値段は安すぎるだろ。いくら現地で作られたからと言っても原価を割ってる」

「ここを見て見な」


 店主が指差したのはその棚の上の看板。指輪やネクレスなどのカテゴリー名を表記していると思っていたポトスだが違っていた。


「新人職人作?」

「そうだ」


 店主が言うには新人職人が作った試作品で、捨てるにはもったいない出来、ということでこの値段らしい。


「材料は豊富に採れるからそんなもんだよ」

「へぇ。でも新人が作ったのなら他のにしたほうがいいんじゃないか?」


 新人職人が作ったとなれば構図に歪みがあったり取り付けられた宝石がポロリなんて当たり前。ベテラン職人でさえままあることなのだ。五万ルピンと言えどそんなガラクタになどの価値もない。


「おいおい、その新人はかなり腕がいい。一昨日出来たばかりの代物でね。この出来でこの値段っ。今だけだよ?」


 都合のいい口上を並び立てて購買意欲を促進するのは常套手段。

 この口上が本当なのかわからないし、真実を知っているのはこの店主だけ。ポトスは店主の目を睨むように見定めるが場馴れしているのか、当の本人はすまし顔だ。


「だそうだ。マリア、新人が作ったものなんかやめておけ」


 新人ということからか、紛い物だからか、一昨日から売れてないという事実だけで疑わしい。それ以上前から売られている可能性もある。だからやめておけとポトスは提言する。


「これがいい」


 だがポトスの進言を聞かずにマリアはその装飾の前から張り付いて動かない。


「……いいのか?」

「うん! これミィコが持ってたのに似てるから」

「ミィコ?」

「友達」


 やめろと言っても自分の物欲を押し通す聖女。物欲の強い聖女とはこれいかに。同職が見たら呆れてしまうだろう光景だ。

 そうポトスは思ったが友達が持っている物と同じものが欲しいだけのようだ。一緒のものが欲しいとはかなり仲がいいのだろう。

 そこで二人の会話を耳に挟んだ店主が口を挟んでくる。


「そのなりからしてあなたは聖女様とお見受けしますが、友達と言うのはもしかして聖教都お抱えの青天騎士団所属ですか?」

「そうそう、それそれ!」


 青天騎士団とは争いに不向きである、マリアのような聖人を守るための団体だ。

 いくら聖人が争いを好まないとはいえ相手が全て聖人に対して温和な行動を取るとは限らない。話を聞かず矛先を向けてくることもある。聖人の理想論には限界があるのだ。だからそんな聖人を守るため結成されたのが青天騎士団というらしい。名前の由来はどこにいても平等に青い空はある、ということだ。


「やはりそうですか。この型は近々青天騎士団のエンブレムとして一新する予定で生産されているものなのです。聖女様も心の拠り所として一つ持っていてはいかがですか? 普通なら市場に出回ることは殆どありませんしね。これは運命と言っても過言ではありません」


 ネックレスの説明をし始めたかと思いきやまたもや販売促進の口上に移り変わる。呆れ顔で見ていたポトスとは対極にマリアは目を輝かせている。


「これがいいなぁ~」


 そしてマリアは何故かポトスの表情を伺っている。

 反対している人物がいると買いづらいのか。上目遣いで同意を求めてくる。


「……別に俺が買うんじゃないし。いいなら買えばいいじゃないか」


 値段以下の粗悪品を出せば逆に店の沽券に関わる。ポトスが考えるほど、粗悪なものではない可能性も十分あるにはある。

 更にポトスが言うように自分が買うのではないのだ。だから欲しければ勝手に買えばいいだけの話。買うのはマリアなのだから。


「それがね……そのぉ、ちょっと言い辛いことなんだけど、と言うか申し訳ないんだけど」

「ん? なんだ、言ってみろ」

「本当に申し訳ないんだけど」


 マリアは上目遣いから更に小首を傾げて可愛らしさに磨きをかける。サラサラの長い黒髪が小首をかしげたことでしなりを作り、長いまつげを下まつげにかぶせて隠して一言。


「買ってほしいなぁって、えっへへ」


 マリアはすまなさそうに笑う。それはとても可愛らしい笑顔だった。

 気でも狂ったか。と、ポトスは思った。続いて素直な感想が苦笑いで表情に現れる。

 正義感に溢れる敬虔なる聖女であるマリアがこのような厚かましい願い出を申しこんでくるなど何か理由があるのか。いや、申し訳ないと言葉にしている時点で厚かましい、という自覚はあるのだろうが如何せん、ポトスはその意図が分からない。

 買う金がないということもないはずだ。昨日の芋掘りで金はあるのだ。見ればカード専用の水晶らしきものがある。この店もカードは利用可能のようだ。

 なのに何故。


「自分で買わない理由を言ってみろ」


 少し変わったところはあるがマリア程の聖人の教えに忠実な聖女がこれほどの暴挙に出るその理由が知りたかった。

 その問いにマリアは言い辛そうな表情で答えてくれた。


「え~とね……聖人は規則で装飾品は買っちゃいけない事になってて」


 聖人には多くの禁制事項が存在する。今マリアが言った事は聖人の教えの一つだ。

 装飾品で飾り付けるのではなく、日々の精進によって心を磨き、内なる輝きを持って闇を照らせ、と。


「だから聖教都市の長女として破るわけには行かないでしょ?」


 しかし例外はある。

 他人からの感謝の意を拒絶するということは自己の振る舞いを無意識のうちに低格化する行為となる。つまり神の行為を貶める所業とされているのだ。そのため寄付やお返しの品は拒否してはならない。これも聖人の教えである。

 妙な言い回しで自らの行いを正当化しているが要約するともらえるものはもらえ、ということだ。聖人のそのずる賢さがポトスが聖人を嫌う理由の一つかもしれない。

 兎にも角にもポトスに買わせるという行為を自分への感謝の意、という形式的な正当性をもってマリアは装飾品を手に入れようというのだ。


「なるほど。理由は分かった。だが肝心の部分が欠けている」

「何か欠けてる?」


 分からないといった顔でマリアはそう抜かす。


「お前は感謝されるようなことを何もしていないということだ」


 まっとうなポトスの意見にマリアはぐうの音も出ない。しかしなにか理由を探そうと必死に考えている様子だったがポトスがその暇を与えない。


「じゃあ俺はトメトと待ち合わせしている店にいるから諦めがついたら来い」


 店の場所はひと通り店を見て回った時に教えている。ポトスは知っているだろと一言言って店をでた。ポトスはそこで何かに腕を掴まれた。


「リーダー待って!」

「放せちびすけ!」


 振り解こうとするポトスだがかなり力を入れて服を掴んでいるのか、なかなか放さない。


「リーダー! 本当に申し訳ないと思ってるんだけど! ほんっとうに申し訳ないと思ってるんだけど!! 私これがいいの! これが欲しいの!」

「ほんっとうに申し訳ないやつだなお前は! 誰が買うか! アホなのか? お前はアホなのか!? その長いまつげを全部むしりとってやろうか!?」

「なにそれ怖い! あっ待って! 待ってったら! 聖教都市の娘として私が破るわけには行かないでしょ!?」

「自分の不運を他人に押し付けるな! 聖人として生まれてきた自分の哀れな運命を呪うがいい!」

「だからリーダーが買ってくれたら全部丸く収まるじゃない!」

「寄付はねだって買ってもらうものじゃない。そんなことも教わらなかったのか?」


 ポトスの言うとおりで非の打ち所がない。寄付を拒否してはいけないが強要するのももちろんダメだ。マリアのようにねだるなどもってのほか。それを聖人の長の娘がやっているのだからお笑いだ。


「りぃいいだっぁあ! 待ってったら!」


 浅ましくも腕を放さないマリア。それごと引っ張って店から離れようとするポトス。力で言えば断然ポトスが上なのだ。マリアは徐々に外へと引きづられていく。


「いいじゃないか買ってやりなよ彼氏さん」


 そこへ第二の勢力がポトスを呼び止める。客を逃さないため、店主がマリアの味方をするのは当然だ。

 そしてマリアとポトスは男と女。男女二人連れとなればカップルと勘違いされても仕方がない。

 トメトもそうだった。マリアがポトスに対し、かなり馴れ馴れしく接してくるためカップルだと間違えられる。

 だからポトスはマリアの襟首を掴んで引き上げた。見た目も身長も低く、しかも痩せていているマリアは軽く持ち上げられ首皮を摘まれて宙吊り状態の猫のようだ。


「見ろ! 胸も色気もないただの子供だ! それが色目を使い、男を騙し、貢がせようとする愚行、更には聖人の理さえ犯すこの聖女を、どう見れば彼女に見える!?」


 いい加減、うんざりだ。そう言わんばかりにぐいっと腕を伸ばしてマリアを店主に見せつける。ポトスの言ったことに概ね理解を示してくれた用で「確かに」と頷いていた。


「むぅ……じゃあどうすれば買ってくれるのよ! 何をすれば買ってくれるの!?」


 ついに逆ギレし始めたマリア。ポトスに持ち上げられながら暴れだした。


「何をってお前、そりゃあ……あれだろ、値段相応の働きか何かをすればいいんじゃないか?」


 ネックレスは五万ルピン。それを買うにはそれ相応の価値に見合う働きをしなければならない。

 マリアは聖女だ。それを踏まえてポトスはマリアにできることを考える。しかし影のないところに光は存在しない。今聖女であるマリアにできることはない。

 ポトスはなにかないかとマリアを降ろしなにかないかと視線で舐め回すがその体には胸も希望もなかった。


「ちょっ」


 いやらしい視線を感じたマリアは体を腕で覆う。


「いくら私が可愛いからって、か、体を売るだなんて最低の行為は絶対にしないんだから!」


 成熟した女性が言うのならポトスは素直に謝るところなのだが、未成熟の少女がそんなことを言えばませたことを言う面白い少女として周囲からは認知される。

 だからポトスは吹き出し、更に店主でさえも笑い出した。


「ぷふっ、聞いたか店主よ。こんな冗談を言える聖女なんてそうはいない」

「はっはっは! 全くだ! 今まで生きてきてこれ程愉快な聖女様は見たことがない! ありがたや、ありがたやぁ」


 ポトスと店主は楽しそうに笑い合っている。しかしそれが成り立つのはその面白い言動をとっている聖女が冗談で言っている場合だけ。

 その聖女は冗談で言っているのではなく、笑われるのもまた冗談ではないのだ。

 

「じょ、冗談じゃないよ! 見てみてよ! 胸だって少しくらいあるんだから」


 マリアは体を反らし胸を全面に押し出した。胸あるアピールをしているのだろうが胸なしアピールとなってしまっている。

 仕方がないのでポトスはその全面に押し出された胸にポンっと手を当てた。


「む、なにか柔らかいものが」

「いやあああああああ!」


 マリアの拳がポトスの顎を跳ね上げた。

 見せただけで誰もさわれとは言っていない。当然の処遇だ。

 その後、寄付ではなく、精神的苦痛による慰謝料として右頬一発と例の装飾品の代金をポトスは払わされたのだった。




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