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第十四話 ~重力石~

「それで話を戻しますがルブラン殿は?」


 マリアとサナを外へ放り出したポトスはヒゴとトメトで話を続けていた。


「オーレンが襲われた夜、あいつは俺を中央へ逃亡させた」

「ルブラン殿がっ……」

「あいつがいなかったら俺はたぶんここにはいない」

「なんと……それで、そのルブラン殿は?」

「やることがあると言って残った。それ以来……あっていない」

「そう……ですか」


 十二年前、オーガの襲撃を受けたオーレン国。その王子である当時六歳のポトスはルブランという人物によって逃がされたらしい。

 しかし、その後ポトスを逃したルブランとは会っていない。ということはつまりそのルブランという人物もまた、オーレン国を襲撃したオーガの犠牲となった、というころだろう。


「あー、そのルブランってのは何もんだ?」


 今分かっているのはポトスが十数年前に滅びたオーレン国の王子ということ。ルブランはそれに関わる人物だということだけ。それらを理解するには少し情報が足りない。


「ポトス様専属の親衛隊隊長ですよ」

「親衛隊長?」

「はい、元は定期的に開かれる闘技大会の賞金目当てに出場した剣士でなのですが、彼女は見事優勝を果たしまして」


 ルブランの詳細をトメトは意気揚々と声調を高く語りだす。

 闘技大会といえば腕に自身のある屈強な戦士達が揃い、手には武器を、心には誇りを掲げその腕を競うもの。更に誇りをかけた戦いは国民の心を震わせ一喜一憂する。その様を国の長たる国王が高所より見下ろすのだ。

 国民の歓声によって揺れて奮える空気の中へ自ら赴き、己の誇り掛けた戦いへルブランという女性は身を投じたらしい。そして屈強な戦士たちを全てなぎ倒し、見事優勝したのだ。


「彼女ってことは女かよっ。しかも闘技大会で優勝ってすげぇな」

「女性といって侮ってはいけませんよ。そもそもルブラン殿はオーレン国の民ではなくふらりとやってきた、その筋では少し名の通った賞金稼ぎだったのです。腕が立ち、聡明、加えて十人が十人振り返る美貌の持ち主でもありました。国民ならず、国王さえ一目惚れし、彼女を王宮に雇い入れ、数カ月後に生まれたポトス様の親衛隊長に任命したのです。ですからポトス様とは生まれた時からずっと一緒で母親代わりと言っても過言では……いえ、本当の母親は彼女だったのかもしれません」

「王様は好色だって言ってたが浮気でもしてたのか?」


 ルブランを招いたのは国王だ。王も男。十人が十人振り返るのなら王もまた例外ではない。

 しかしヒゴの無粋な予想は外れたようだ。


「いえいえ、王はそのようなことをする方では……断じてありません」

「なんだその間は? 案外オメェはそのルブランとか言うやつの子供かもしれないぜ?」

「なわけ無いだろ」

「お、おほん! 一目惚れとは彼女の腕に、ですよ。ヒゴ殿。ただ、血のつながりを除けば彼女はきっと……」


 意気揚々と語っていたトメトがここで初めて言い淀む。見れば伺っているのはポトスの表情。

 何か事情があるのだろうと、ヒゴはすぐに察した。

 知りたかったのはルブランという人物の詳細だけ。別に他人の家庭の事情へ深入りするつもりは毛頭ない。

 余計な詮索をしたかと、頭を掻いてポトスを見ると無表情。いつの間にか目もつむって不機嫌そうに頬杖をついていた。


「そんなことよりも」


 そして真っ先に開いたのは目ではなく口だった。


「あのあとグルムントはオーレン国奪還をノルウェンに依頼したそうだが?」


 トメトの話に言及するではなく、ヒゴにされる詮索を嫌がるでもなく、話を元に戻すらしい。


「は、はい。確かにアイゼンバーグ襲撃事件の知らせを受け、その翌日に一番近いノルウェン国に奪還依頼を出したのですが……生憎ドラゴン討伐で兵力が足りず棄却されました」

「なら中央に出せばよかったのでは?」


 焦るトメトに矢継ぎ早に言葉を紡ぐポトス。先ほどの話でトメトがポトスのかんに障る事柄を口走ってしまったのだろうか。ポトスは少し語気を強め、攻めるようにトメトに追い打ちをかける。

 中央とはポトスがいたノルウェンの東に位置する巨大な国、ランディバルドのこと。その東には和国、南には魔法都市サクラン、その北西にはマリアのいた聖教都市アレナスカがある。


「そ、それは、その……も、もちろん中央にも出しましたっ。しかし、中央はオーレン国王が毛嫌いしていたせいで余り仲がよろしくなく……交渉は難航、人材も傭兵が十人程度……そうこうしている間に我々の資金が底を尽き始めました」


 近隣諸国からの援助を受けることができなかったグルムント。

 元は水が綺麗で加工しやすく、更にノルウェンに近いということでトメトが王から勅命を受けて開拓した村だったのだ。

 グルムントはオーレン国から採掘された鉱石を加工して輸出していた。この村にとって、鉱石の供給源が無くなればどうなるか。火を見るより明らか。

 その後、生命線を立たれたグルムントは貯蔵していた鉱石も底をつき始め、それに従い職人達も村を出て行くのは自然な流れだった。オーレン国奪還以前にこの村の存亡に関わる事態に陥ってしまった、という事だった。

 だがグルムントの村人たちは自力で近場に鉱山を発見し、徐々に復興しつつあるという。ここへ来る途中見た、色とりどりのシャボン玉が職人の数に比例するのだ。そういうことなのだろう


「鉱石の供給源は?」

「この村から北西に一キロほど行ったところでしょうか。オーレン国が採掘している鉱山に隣接しいる山なのですが、水を汚すことなく採掘できる場所をいくつか見つけました。オーレン国程ではないですが村を復興させるには十分な量」

「それで徐々に職人も戻ってきたというわけだな」

「その通りです。更にアイゼンバーグ奪還の依頼も復旧のめどがたってきたのですよ!」


 現在も、ノルウェンはコールドドラゴン討伐に躍起になっている。

 昔は兵力が足りずグルムントの一国の奪還、というような大規模の依頼は受けることができなかった。しかし今はイクスがいる。ポトス達の存在がまさにそれ。コールドドラゴン以外に多くの依頼を受ける余裕もあるのだ。

 そこで必要となってくるのが依頼料だ。

 グルムントは徐々に復興してきているとはいえ、一国を奪還するほどの大規模な依頼を出す資金があるとは思えない。しかし、そのめどがたったとトメトは断言する。


「それはさっき運び入れた爆薬と関係があるということか」

「ご名答です」

「私が座ってたあの爆薬ね」


 その声にポトスが振り向くとサナが入っている箱の上にマリアが腕と足を組んだまま座っていた。マリアはそのまま観光には行かず戻って話を聞きに戻っていたようだ。

 だがポトスは丁寧に鍵まで掛けた。見れば鍵を閉めたはずのドアが半開きになっている。


「鍵はどうした?」

「らく……しょう」


 木箱の隙間からピッキングに使用したであろう細長い工具がチラチラと見せられた。アサシンであるサナにとって小さな村の鍵などおもちゃの鍵と変わらないのだろう。


「ははは、そうですよ。マリア殿が座られていたあの爆薬です。」


 今は落ち着いたのか。先ほどのように声を上げて暴れることはないのでトメトは笑って対応する。


「一ヶ月ほど前になりますか。この村にノッカーをつれた二人組みの旅人が訪れましてね」

「ノッカーだと?」

「ノッカーって?」


 ポトスはそれが何か知っていて、マリアはそれが何か知らないので聞き返す。


「ああ、採掘場にいれば高価な価値を持った鉱石が取れるといわれている演技のいい妖精だ」


 説明するポトスにトメトは黙って頷いた。

 ノッカーとは鉱山や採掘場にごくたまに現れる妖精のこと。どういうわけか珍しい鉱石があると周辺の壁を叩き、周囲の鉱夫に知らせてくれるというありがたい妖精なのだ。


「オーレンの初代王はその妖精のおかげで一国を築いたという伝説があるからな」

「その旅の者達に協力を仰ぎ、鉱山を掘り進めた結果ある鉱石に辿り着いたのです!」

「それは?」

「重力石」

「なっ」


 その時、ポトスが弾けるように椅子から立ち上がった。


「それは本当か!?」

「はい」

「説明を頼む」


 またしてもポトスとトメトの世界。マリアはいつの間にかポトスの隣に座って両肘を付き、厳しい顔つきで説明を求めた。


「めんどくさ……」

「えー! 言ってよギルメンなんだから!」

「要約すると金脈を見つけたようなものだ」

「金? 黄金? ゴールド!?」

「ああ、グラム換算では金より価値がある」

「おお! すごい!」


 現在の相場で金は一グラムあたり約五千ルピン。対して重力石は約五万ルピンだ。

 その単価は金よりも希少で、何よりもその性能に由来する。


「それでどれくらいの規模なんだ?」

「まだ全貌は分からないのですが最低でも一千億以上の大きさはあるかと」

「ん? それ程の規模だと空島になってしまわないか? あ……いや、そうか、だから爆薬……そうか」

「リーダー一人で納得してないでせ・つ・め・い!」


 ポトスの胸ぐらを掴んで揺らし、説明をねだるちびすけ。


「ええい! うるさい! ちびすけめ!」


 ポトスはそのちびすけの首に腕を回して逆に締め返して制止させる。


「しまる! りーだ……王子! 首がしまる! 王子!」

「絶対馬鹿にしてるだろ!」

「ポトス王子」

「お前もかトメト!」

「あ、いえ、私めが説明をと……」


 これはわざとではなく癖なのだろう。マリアにつられトメトも王子と呼んでしまう。

 ポトスに代わり、トメトが代役をかって出るようだ。


「マリア殿、天空都市という伝説を聞いたことはありますかな?」

「あ、あるある! 空に島が浮いていて、人が暮らしてるって」


 元々は地上にあった都市が地下に眠っていた巨大な重力石によって持ち上げられ、空高く浮かび上がったという伝説だ。地割れか地震か、何らかの影響で留金が外れ高度一万メートル以上まで浮上し、今でも空のどこかを漂っているという。

 それをトメトが説明し更に鉱夫からの視点からそれがただの伝説ではないということを言及する。


「むしろ重力石は空中にこそ大量に存在しているのではないかと、我々鉱夫は思っているほど」

「へ、へぇ~。でも一万メートル上空って空気あるの? 息が出来なくて死んじゃうんじゃ?」

「重力石はそれ自体に重力を持っているのです。だからその周りには安定した空気が存在する、という説があります」


 天空都市は巨大な重力石を土台としている。だから空気もあるので当時、地上で暮らしていた人々が今でも暮らしている可能性があるということだ。


「は~、あ、分かった! だからその留め金を外した地震か何かの代わりに爆薬で掘り出すわけね!」


 この説明は元々マリアが尻に敷いていた爆薬の使い道だ。空島の伝説を語るためではない。ぽかんと口を開けて止めとの説明に聞き入っていたマリアははっと気づいたように思い出した。


「さすがマリアだな。理解が遅い」

「ふふん、まあね~……ん?」

「それで留め金となっている石は吸魔石です」

「え? あ、え~と、きゅうませき?」


 ポトスの変な言い回しと知らない単語でマリアの頭がこんがらがってしまったようだ。だからポトスを仰ぎ見て助けを求めるとわかりやすく説明してくれた。


「要素の傾向が少ない魔力はそこら中に漂っているのは知っているだろ? 吸魔石はそれを吸って吐き出す性質を持っている。重力石は魔力を吸ってそれを浮力に変換している。その浮力分の魔力を吸ってくれているのが吸魔石、つまり留め金というわけだ。それを爆破するのが今回運び入れた爆薬。わかったか?」


 空気中や地面、水にさえ魔力が存在している。地面には地の要素、水には水の要素、大気中には空気の要素がある。火や木、光、影、月など多種多様だ。ただそれらは要素の傾向が少ないため周りに与える影響は少ない。吸魔石はその要素の少ない魔力を吸うのだ。

 逆に要素の多い魔力は吸わずに弾くので魔法耐性のある盾のコーティングなどに使用されることもある。


「お、おう。説明ありがとう、王子」


 馬鹿丁寧に教えてやったポトスへマリアは感謝の意を示す。が王子と呼んでいる時点でポトスのチョップは止まらなかった。


「ですからあの規模の重力石が地上に留まっていられるのも、吸魔石のおかげなのです」

「でも爆破して大丈夫なのか? その瞬間に浮かび上がったりしないか?」

「抜かりなく、専用の職人も呼んでおります。魔力を吸引しないようにコーティングして運び出します。見えている表面には既に反魔包装を施してあります」

「そうか、ん?」


 その時一つの足音にポトスが気づく。足早に近づいてきたそれは家の前で止まり半開きになったドアを乱暴に開いた。そうやって入ってきたのは一人の男。何やら慌てた様子だ。


「村長!」

「ん? どうした?」

「それが……いつも使っている爆薬とは少し違うため爆薬調合が分からないとのことです」

「なにぃっ!?」


 吸魔石はポトスがオーガにしたように風の要素で切ろうとして切れる代物ではない。普通の爆薬でも破壊することは難しい。だから威力の高い爆薬を使おうとしたのだろうがそれはまだ原料だったようで、その調合方法がわからないという間の抜けた落ちだった。


「困りました。誰か専門家を呼んでこなければ」


 専門家を呼んだほうが早いのは早いとはいえ鉱山の村であるグルムントにさえいないのだ。すぐに見つかる保証はない。中央から人を呼ぶにも距離がかなりある。見つけてここまで連れてくるには早くても五日はかかるだろう。

 この悲報はポトスの表情を険しくさせる。ヒゴに余裕を持てと忠告されるほど急いているポトスにとって期間の延長は面白くないことこの上ないのだろう。

 だがそこへ救世主が現れた。


「私……出来る」

「き、木箱がしゃべったああああ!?」


 村人のすぐ横、なんでもない木箱が急に喋りだしたのだ。驚くのも無理は無い。


「ああ、うちのギルド員のサナだ。アサシンギルドに所属しているらしい」


 アサシンと聞いて村人は騒がしい驚きから静かな恐怖へ遷移する。村人はゴクリと生唾を飲んでその木箱から後ずさった。

 世間一般で言われるアサシンの評判はあまり良くないようだ。

 そして恐怖する村人の挙動を見逃すサナではなかった。いつものお茶目なサナの悪ふざけが始まる。

 ガタリ、と音がしたのはやはりサナの入っている箱が浮き上がって落ちた音。


「ひっ!?」


 とはサナが姿を消して村人の後ろに回り込み、寄り添った為に出た恐怖に対して。胸を押し当て、抱きつくように後ろから左手を伸ばす。村人の胸に回し、右手には先ほどの工具を持って横っ腹に突いて立てている。傍から見るとなんだかいかがわしい事をしているようにも見える。


「爆薬の扱いはひと通り習った……できるよ?」

「お、お願いします……殺さないで」


 村人は怯えて両手を上げている。そして命乞いまでする始末。少し可愛そうだ。

 しかしポトスの耳にはサナの声しか聞こえていないようだ。ポトスの危惧していたことがこれで解決するのだから。


「アサシンはそんなことも学ぶのか?」

「うん……クラッカーから爆竹、打ち上げ花火までなんでもござれ」

「なんだか遊びが多いな」

「遊びで……学んだ」


 義務で習う事柄と興味を持って学ぶ事柄では頭に入る量も質も全く違うという。その点に関してはサナの教育者が優れているのだろう。

 その後、付け足したように村人を怖がらせるなとポトスが一言言うとサナは素直に自分の居場所へ戻っていった。


「おお、それは心強い。では早速」


 サナは箱ごと担がれて入ってきた村人に連れて行かれた。

 その後、ヒゴは寝ると言ってトメトの家で休憩。ポトスはマリアにせがまれて村の中を観光することになったのだった。

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