第十三話 ~ポトスの正体~
ポトスを様付で呼ぶ声の主は一人の老人だった。
ぼさぼさで白髪混じりの頭、やせこけた手足を一心不乱に振り乱して全力で走り寄ってくる。
「ポトス……様?」
観光という名目で逃げ出そうとしたマリアは何事かと足を止める。
マリアは異様な接尾語でポトスを称える老人を一度目に入れると、そのままポトスのほうへ目を移す。ポトスは特に驚いた様子もなく、さも当然だというように立ち尽くしていた。マリアはわけが分からず首をかしげるばかりだ。
やがてその老人はポトスの元へ走り寄ると肩をがしりと掴む。しわしわのまぶたをこれでもかと見開いてポトスの顔をまじまじと見つめている。
「トメトおじさん。来ると思ったよ」
老人によるポトスへの異様な態度でマリアは若干引き気味だ。マリアはヒゴと視線を交わすが当然両者分けわからず。
だがポトスはこうなることを予期していたようでその中でただ一人慌てもせず対応する。
「ほ、本当にポトス様なのですね!?」
「十二年ぶりだな」
目を見開いたまま、すごい剣幕で尋ねるトメトと呼ばれる老人。だがそのポトスの言葉を聴くと驚いたことに顔に刻まれたシワを更にくしゃくしゃに刻んで涙を流したのだった。
「なんとっ……なんと言うめぐり合わせでしょうかっ……こんなにも立派になられてっ……私めにはすぐにあなたがポトス様だとわかりましたぞ!」
見た目の歳の差から見て孫、という言葉が一番しっくりくる。しかしそれにしてはよそよそしいというか仰々しい。身分か何か違うのかはわからない。
分かることはポトスの小さい頃からの知り合いということ。それもポトスの顔を現在と以前を見比べ、分かれば今のトメトのように誇れるくらいに昔から。
「父親似なのかな」
ポトスは少し恥ずかしげに頬を掻く。
「どちらかというとお母様に似ておられます。特に目の辺りが……気品に満ち溢れております」
本気かお世辞か分からないそんな言葉を真に受けたマリアがテクテクとポトスへ歩み寄り、わざわざ目元を覗き込む。そして「気品?」と呟いて眉をしかめ首をかしげて再びテクテクと二人の間から去って距離を取る。
トメトはマリアへ一瞬気を取られたものの再びポトスへ向き直り口を開く。
「それより何よりっ、ポトス様が無事に生きていらしたことが私はっ、私はとてもっ……とても嬉しく思います!」
「あ、ありがとう、おじさん。とりあえずどこか別の場所で……皆が」
周りを見ると先程対応してくれた鉱夫やその周りにいた者達、更にトンカチで心地の良いリズムを刻んでいた職人達も手を止めて注目している。ポトスの手を両手で握りしめ、あまつさえ涙ちょちょぎれる老人を。
「これはこれは、配慮が足りませんでした。どうぞこちらへ」
そういってポトス達が案内されたのは周りの家に比べてかなり大きく、広い家だ。
この村の長の家であり、トメトの家。どうやらトメトはこの村の村長のようだ。
「どうぞそちらへ駆けてください。今何か飲み物を」
広間には木製の大きな机とそれを取り巻くように十数個の椅子が並べられている。村の者達と話し合いの場なのだろう。家の大きさからして大半がこの会議室のような部屋で占められていることが分かる。
「おい」
「なに?」
ポトスはトメトの姿が見えなくなったのを確認すると、村長の家についてきたギルドメンバーの一人、マリアへ声をかける。
「観光に行くんじゃなかったのか」
観光へ行くとうるさかったマリア。そのマリアが村長の手招きにのこのことついてきたのだ。そして現在のうのうとポトスの隣へ座っている。
ヒゴも流れでついてきたようでマリアの隣に座っている。長距離を歩いたので疲れたのだろう、欠伸をして眠そうだ。
「聖人は禁欲を美徳とするの。だから観光は少しの間お預け」
ポトスは様付で呼ばれた直後に説明をしなかった。というよりもマリアに聞かれたが答えてやらなかったのだ。
「今は耐え忍び、謎を解明する事こそ先決だと思うの」
敬虔な聖女を装うマリアの意図は言うまでもなくポトスとトメトの関係性を探ること。観光という欲求を禁じ、より大きな欲求を満たそうというのだ。様付の真相を突き止めるまでは動く気はない様子。
全くたちの悪い聖女様だ。
「はぁ……なら静かにしていろよ」
マリアに本当に聞かれたくなければポトスなら強制的に追い出すこともできる。しかしそうしないのは聞かれてもそれほど障害はないからに他ならない。聞かれなかったら聞かれなかったで特に自ら口に出す程の事でもない、ということだろう。
「なんか子供扱いしてるようだけど、私これでも十五歳なんだよ?」
「俺十八だからな」
歳で言えばポトスとマリアでは三歳ほど違う。目上の人に対しては敬い、敬語を使う。たちの悪い聖女でも分かるはず。
ポトスの切り返しにマリアは墓穴を掘ったかにみえたがそうでもなかったらしい。
「ヒゴはいくつなの?」
「んぁ? おれぁ二十だ」
質問したヒゴからすぐにポトスへ勝ち誇ったように意地の悪い視線を向けるマリア。その視線から逃げるように顔をそむけるポトス。
ヒゴより年下のポトスのほうが周りから見て偉そうだ。だから自分も子ども扱いされるいわれはない。それがマリアの言い分のようだ。
ポトスは上司だからと、ヒゴも了承しているとはいえ聖女であるマリアにはそんな理屈は通用しない。マリアら聖人達が信じる神の加護は平等にある。だから皆平等に。それが聖人の指針なのだ。ポトスが聖人を嫌う理由の一つでもある。
勝ち誇った表情でニヤついているマリア。しかるべく気をよくしたマリアは地に着かない脚をぶらぶらさせて鼻歌を歌い始めた。
そんなマリアにポトスはなにかないと画策するがいいアイデアも浮かばず唸るだけ。
「へへっ、ポトス、おめぇの負けだ。あきらめろ」
そう言って眠たそうなヒゴは笑って目を瞑る。
「……とにかく、犬みたいにワンワンキャンキャン喚かず静かにしてろよ……」
「わん!」
せめてもの抵抗とポトスが叩いた憎まれ口にマリアは犬の鳴き真似をして叩き返してくる。更に可愛らしく微笑んだ。
マリアの頭上へ拳骨を落とそうと拳を作ったところでタイミングよくトメトが水を持って戻ってきた。
「おやおや、ずいぶんと可愛らしい子犬さんですな」
「うぎゃっ」
マリアの鳴き声は聞かれていた。タイミングよく現れたトメトにマリアは小さな悲鳴を上げる。
ポトスを馬鹿にするために出たその行動が、それまでの流れを知らない他人の目にどう映るのか。それくらいマリアにだって分かる。真っ黒な髪の色とは対照的な白い肌。そのマリアの白かった頬が赤く上気していく。
「だが子犬はところかまわずワンキャン吠えるし駆けまわる。人をなめるわ噛み付くわで、全く……世話が焼ける。首輪とリード、しつけも必要だな」
「首輪!?」
「ポトス様、それは少しマニアック過ぎますなぁ」
そう言ってトメトとポトスは、頬を真っ赤に染めてあたふたするマリアを尻目に笑いあう。
「失礼な……っ」
トメトが皆に茶の入ったコップを差し出し終えるとトメトが表で行っていたやり取りを再開し始める。
「それでポトス様」
マリアはまたしても様をつけるトメトに、驚きと興味の色を混ぜて顔に塗りたくったような表情になり、隣に座るポトスを見上げている。
「あー……様はつけなくていい」
「は? いえ、しかしそういうわけにはっ」
「俺はもう、ただの一般人でしかないんだからな。それに」
隣で見上げるマリアを睨みつけるとマリアははっと気づいて視線をそらしコップに口をつける。
「好気の目で見られるからな」
「そ、そう……ですか、いやしかし……いえ、あれは本当においたわしい事件でしたそれよりも無事ならばすぐに私が駆けつけたものをっ」
「気にしないでくれ」
「そうですか……それでポトス様、その者達は?」
止めろと言われた様付けは止める気はないらしい。昔の癖が抜けないのだろう。白髪の目立つ歳なのだ。すぐに直せと行って無理だろう。
ポトスも正すでも苦笑いするでもなく一言「ギルドメンバーだ」と答える。
「つまりイクス招集の?」
「ああ、俺は第二十四期イクスとしてノルウェン国に滞在している。察しの通り、ここにいる者達はそのギルドメンバーというわけだ」
「ヒゴだ。よろしく」
「マリアです。よろしくねっ」
「なるほど、それで依頼を受け、あの火薬を運搬してくださったのですね。しかも依頼請負の代表者ということはギルドの長でいらっしゃるということでよろしいですかな?」
「その認識であってる」
「なんと! 素晴らしいですな! その歳でギルドのマスターとは! その下で働く皆様もさぞや立派な成績を収めた優秀なメンバーなのでしょう!」
底辺の成績を収めたヒゴは気まずさと眠たさで何をいっていいか分からずしどろもどろになるがポトスがそれを代弁した。
「皆イクス試験で優秀な成績を収めた才能ある人材だ。恐らく各個人の順位を足せばイクスの中ではトップのギルドであることは間違いない」
「は、はぁ……成績ではなく順位を足してトップ……ですか?」
印象のいい言葉で飾り付けたポトスの言葉の意味するところはつまり底辺ギルドだということだ。
自虐を交えるポトスの言い回しをやっと理解したらしいトメトは苦虫を噛み締めながら笑うしかない。その苦虫は一回戦敗退という不名誉な戦績を残したヒゴの口の中にも生息していたようで、済まなさそうに笑っている。マリアだけは試験も受けていないので罪悪感も何もないのだろう。我関せずといったようにあっけらかんとしている。
隅でただの木箱になりすましているサナに関しては一言も言葉を発しない。わずかにスースーと寝息のような音が漏れだしているのでうたた寝しているのだろう。サナも先行して歩きっぱなしだ。疲れているのだ。
「あっはっはっは、そうですか……いえ失礼、どのような人材であれ、ギルドのリーダーとなる素質を持っているということでしょう。さすがでございます。やはりその風格は衰えておらず、といったところですな」
「風格なんてない。なんの風格かはおいておいて、な」
非の打ち所しかない事柄を無理やり褒めちぎるトメトはさすがだ。
それも二人の関係を示すものなのだろうが肝心のところをポトスはぼかす。それがいかにじれったいことか、欲と禁欲を併せ持つ、聖女マリアのしかめっ面がそれを明示しているだろう。
と、そう思われたのだがポトスが垣間見たマリアの表情は違っていた。口をぽかんと開けて大きな目を見開いて若干体を震わせている。
そのぽかんと開け放たれた口からは以外にもすぐに言葉が滑り落ちてきた。
それはトメトが発言したある言葉に対して。
「か、火薬ってなに?」
トメトはポトス達が火薬を運搬してきてくれたと言った。ポトス達がノルウェンから運搬・護衛をしていたものは火薬だったようだ。
「火薬っていうのは火を着けたらドカーンと爆発するものだ」
「花火にも使われますな」
「花火か。いいねぇ、風情があって――」
「違う! ドカーンとか風情とかそういう問題じゃないんだよ! あれ火薬だったの!?」
世間話をするように、のんびりと談話し始めるポトス達へ食い気味にマリアが食いついた。
「ただの火薬ではございません。普通の火薬よりもっと強力な火薬でして、大きな岩を破壊する専用の爆薬なのです」
ドカーンと爆発する運搬物を更に凶悪に飾り付けるトメトの言葉にマリアは気がきではない。それもそのはず、運搬していた火薬の上にはマリアの可愛らしいお尻が乗っていたのだから。
「ああ……ああ……」
「どうしたんだマリア。顔色が悪いぞ。ゲロか? 桶か? 桶がほしいのか?」
すっとぼける始めるポトス。歩き疲れたマリアを見かねて上がれと指示した張本人。
「リーダーのあほ! 馬鹿! 私を爆薬の上に座らせるなんてどうかしてるよ!」
「馬鹿とは何だ!」
「まあまあ、ポトスも良かれと思ってやったことだろ? 許してやれよ」
憤るマリアをなだめにかかったヒゴだったがそれが裏目に出た。ポトスへ振りかかる火の粉は拡散する。
「もしかしてヒゴも知ってたの!?」
「あ? え、ええっと……」
きっとポトスから聞かされていたのだろう。ポトスと一度目を合わせたあと、「すまん」と一言。
それを聞いたマリアの表情がみるみるうちに悔しさと怒りで鬼の形相に変わっていく。知ってて止めなかったヒゴも同罪とばかりに睨みつける。
更にその火の粉は箱を被っていても寝ていてもお構いなしだ。
「くぅう……サナ!」
ガタリ、とはサナの入った箱が弾けたように飛び上がった音。薄暗い箱の中、夢見心地のサナをマリアの怒鳴り声が叩き起こしたのだ。
「サナも知ってたの!?」
「なんの……こと? 火薬のことなら……知らない。依頼書に書いてあったけど……知らない」
「がー!」
「うるさい!」
マリア以外皆知っていたようだ。マリアは自分が聖女であることを忘却の彼方へ放り投げ、行儀悪く椅子の上に登って立ち上がって怒りを示す。
「キャンキャン喚くなと言っただろ! 静かに――」
「バカリーダー! もしも暴発してたらどうするのよ!」
当然の反応だ。歩き疲れ、ポトスの指示で上から見張れと言い渡された聖女のマリア。一歩間違えればその小さな体は木っ端微塵だったのだ。いくらポトスの優しさとは言えそのリスクには到底吊り合わない。マリアだって火薬だと知っていれば上には登らなかったはずだ。
「上に座ってたら? 尻が……割れるんじゃないか? なあ」
「ぷぷっ、あ、ああ。割れるな」
「まっぷ……たつ」
「もう割れてるよ! 割れるどころか吹っ飛ぶよ! 私のプリチーなお尻が吹っ飛ぶよ!」
「何!? お前の尻はプリチーなのか!? 本当に割れているのか!? 嘘じゃないだろうな!? 見せてみろや!」
「馬鹿じゃないの!? どこ見てるのよ! ちょっと! やめてよ! 触らないでよ!」
マリアが来ている黒いワンピース。そのワンピース腰でも分かる小さなお尻。その輪郭で割れているかどうかを首を振って見ようとするポトス。一方マリアは必死にお尻を両手で抑えて必死に隠す。
「あの、失礼ですがマリア殿はポトス様と恋仲で?」
「違うよ!」
「ただのパンツ見た仲だ」
ポトスのありあない物言いにマリアは目を見開いて絶句だ。
対照的にトメトは目を輝かせて微笑んだ。更にとても嬉しそうな声調で言葉を紡ぐ。
「ほっほう、いやぁ、先代様も好色でしたが、ちゃんと受け継がれていらっしゃるということですね。何よりですな」
「だ、だから違うって言ってるでしょ!」
「ちなみに桃色だ」
「ギャー!」
「そういえば、桃色で思い出したのですが」
「思い出さないで!」
ひと通りマリアをからかい終えたところでトメトが急に神妙な面持ちでポトスに尋ねてきた。
「あ、いえ、すみません。その……ルブラン殿のことなのですが、彼女はお元気なのでしょうか?」
「あいつのことか」
トメトの表情が伝染したのか、そのルブランという女性の名前を聞いた途端にポトスの表情からも笑顔が消える。
そして自分のパンツが話題の中心となり、白い頬を真っ赤に染めて抗議していたマリアは不満そうに顔を俯かせ、行き先のない怒りをその薄い胸に仕舞いこむ。
マリアは自分が聖女で、どのような行動をするべきか見誤っているが場の空気は察することができるようだ。
仕方がないのでコップに口をつけ水をすする。
しかしこれはマリアにとってチャンスだ。マリアは何のためにここに来たのか。今はいている自分のパンツの色でいじられるために来たのではない。
その無益ないじりがやっと終わった。マリアにとってこれほど喜ばしいことはない。だからおとなしく、コップに継がれた水を口に含み、この状況を見守ることに決めたのだった。
「マリアのパンツ色の髪をしたルブランのことだな」
「ブッー!」
そこへポトスがまたパンツの話題をむしかえしたのでマリアは思わず口に含んだ水を吹き出した。ヒゴへ向かって。
「……なんでいつも俺に害を吹き出すんだよ……おめぇは」
直撃だった。水難だった。
「ゲホォッゲホッ……」
トメトがヒゴへタオルを持って来て渡し、マリアはポトスに介抱される羽目になったのだった。
少し落ち着いたところでマリアがずっと前から抱えていた疑問をたまらず打ち明けた。
「もう! さっきからリーダーはなんで様付で呼ばれてるの!? それに先代ってなんなのよ!? 早く言ってよ」
禁欲も何もない欲望丸出しの質問だ。
「いやぁ、人を焦らすというのはなかなかどうして、楽しいもんだな」
「おめぇは気持ちいいくらいに性格わりぃな」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「昔と何も変わっていませんな」
そう言って笑い合うポトス達。またはぐらかされ焦らされるマリアの手は固く握られている。また昼間のようにヒゴがお焦げにされるかもしれない。だからポトスはトメトに説明するよう伝えた。
「マリア殿。ポトス様はオーレン国の王子だったのですよ」
衝撃的な一言だった。衝撃的すぎたのか、大仰に驚くでもなく、マリアは表情はそのままに首だけをカクンと傾けただけ。
「王子? リーダーが? あのオーレン国の?」
「ふふん、マリア。今までの度重なる非礼、詫びただけで許されると思うなよ? まずは服を脱げ」
マリアはそれらの言葉を一切を無視し、ポトスの顔をまじまじと見つめ「王子」という言葉を何度も何度も繰り返していた。
謎は溶けた、その喜びではしゃぎだすかと思われたマリアだったが、逆に顔から表情がきえ失せた。続いて無表情のマリアの頬や目元がピクピクと痙攣するように動き出す。
「お……うじ……」
「ん? ああ。そうだが? なんだその顔は」
ポトスにも不可解なマリアの表情。
マリアは口をへの字に結び目には涙が浮かんでいる。わけの分からないマリアの表情に今度はポトスが首を傾けざるを得ない。
そのマリアの後ろへ忍び寄る影。サナだった。
「リーダーは……王子」
「うっ」
観察眼に定評があるサナは何かに気づいたようだ。先ほどの明らかになった事実を言い聞かせるようにマリアの耳元で囁いた。
その直後だった。への字に結んだマリアの口が開く。そして今までどこに溜め込んでいたのか、大量の吐息が一気に吐出される。
マリアの王子像にポトスはあまりにもかけ離れた存在らしい。普段人の服を剥いだりパンツを覗いたり、膝枕を強要したりと下賎な行動を繰り返すポトス。それが一国の王子だという事実がおかしくてたまらなかったようだ。
しかし、マリアが吹き出すとほぼ同時、ポトスのチョップがマリアの脳天を直撃した。
「ぶはっ」
そのせいでマリアの笑いは涙と痛みが伴った不思議な表情で床に転げ落ちたのだった。
「いたい! 何するのよ王子!」
そう吠えるマリアはポトスの方は見ない。というよりも直視できないでいる。恐らくポトスの顔を見たら吹き出した吐息で転げまわってしまうからだろう。
「こ、この馬鹿王子っ……王子てっ……ふぅっ、リーダーが王子て、ふぷっ」
「あぁ!?」
「……パンツ見たり、人の服を剥ぎ取ったりしてるのにっ……王子てっ……似合わなっ」
「こっち見て喋らんかい!」
マリアは痛みで頭を抑えながら床にの転び、ただ笑っている。起き上がりもせず、ただ笑い、涙を流しながら。誰がどう見ても神聖なる聖女の姿ではない。
「このアホ聖女がっ……ん?」
そのマリアにサナが入っている箱が近づいて何やら囁いている。
ポトスも近づいて耳を済まして聞いてみる。
「リーダーは王子リーダーは王子リーダーは王子リーダーは王子リーダーは王子リーダーは王子」
普段の言葉遣いからは想像できないくらいに早口で言葉をつなげて繰り返し囁いている。
「ぷはぁっ、は……はぁはぁ……やめて! やめてよぉ! お腹が! お腹がよじれちゃうからぁ!」
マリアは息遣い荒く、サナの囁きを手で阻むが当然音はそれをすり抜けてマリアに届けられていく。
「こんなっ、こんな人が王子だなんて! 王子だなんてぇ! 私はぁ! 私は認めないからぁ! はぁっ、はっはふぅっ」
眉根にシワを寄せて必死に笑いをこらえ、必死に閉めた瞼の隙間からは涙が溢れ、長いまつげを涙でにじませている。
そしてマリアがそれに腹をよじらせていること。そのマリアに囁いて遊んでいる時点でサナもポトスが王子であることをどう思っているか。ポトスにとってこれほど面白くないことはない。
そのはしゃぐ二人をポトスは両手に抱えて家の外へつまみ出したのだった。
マリアはその後もしばらくの間、家の外で笑い転げていたらしい。