第十話 ~オーガ~
ほんの少しグロが含まれます。
ポトスはサナにスカートで隠され警戒されたので視線を逸らす。顔を上げ、状態を起こしたが丈の短いスカートのせいで色白の太ももはあらわになっている。
とても細いが筋張ってはいない。だからと言って余分なものが付いていると言うわけでもない。しなやかに鍛えられた脚だ。その脚にはいくつかの小型ナイフがくくりつけられている。
「リーダー……」
不意に地面に突っ伏していたサナがすっくと立ち上がる。
「あ、いや、いい脚だと思って」
マリアの様にポトスの破廉恥な行為に対して叱責が飛ぶかと思われたがそうではないらしい。サナの口から出た言葉は短く一言。
「来る」
森を目で示したまま言うサナを見てポトスも立ちあがる。
「一匹はゴブリン、もう一匹は……分からないけど二足歩行のかなりの重量を持った巨体。真っ直ぐこっちに向かってる……」
「ほぉ」
ポトスでは振動すら聞き分けられなかった相手の気配。サナはそれを重い音と軽い音を聞き分けていた。来る方向、二足歩行、重量級と言う情報までも手にして。
流石アサシンだ、とポトスは感心しサナに短く礼を言うと剣を抜いた。戦闘の準備だ。
芋畑で竜巻を起こしたように、気を剣に溜めていく。続いてその要素を風に換えると剣が風を纏った。刀身が風に揺らされ振動し、音を奏でる。
その音階は段々高くなる。それは鼓膜にくるような有害な音ではなく、どこか落ち着ける心地よい音。それがある高さに達すると音階はキープされ、安定した心地よい風音が辺りに響く。
「あ? あいつら結局やるのかよ!」
遠くで馬を急かすヒゴがポトス達の様子を伺っている。集団から距離を取るのではなかったのかと。口惜しそうなのはきっと先程のゴブリン達では不完全燃焼だからだろう。
「よし、飛び出てきたところを叩くぞ」
そんなヒゴ達を尻目にポトスは先程と同じ作戦をサナに告げる。待ち構え、飛び掛かって来た所を迎撃するのだ。
しかしサナの返答が無い。振り向くとすでにサナの姿は無かった。光学迷彩によりサナの姿が音もなくポトスの前から消えたのだった。
「せめて何か言ってから消えてくれ……恥ずかしいだろ……」
「私も……恥ずかしかった。パンツ……見られたし」
サナの声がすぐ傍で聞こえた。すぐ近くにいたようだ。だったら返事位しろと言いたいがサナの言葉から察するにささやかな仕返しなのだろう。
「あれは見せパンだろ? あんな短いスカートはいておいて、見てくれと言ってるようなもんだぞ?」
「バレた……か、でも見てくれ……は違うと思う」
そんな会話していると森の茂みから葉のかすれる音がする。更にわずかだが振動が地面を通して伝わってくる。それはポトスでも感じれるほどに。
「来たか」
振動から地面に耳を当てなくても分かるほどにその距離は近くなっていることが分かる。そしてその振動の主は間違いなくポトス達のほうへ音は向かってきている。
襲撃された場所へ、サナが巨体と宣言する仲間と共に帰ってきたのだろうか。それにしては早すぎる。ポトスの予想では近くに仲間はいなかったはずだ。
サナが言うには集団ではない。ならばそのゴブリンと正体不明の敵を場で倒し、集団への連絡を絶つ事が今後の依頼を円滑に進める最良の方法だ。
更に地面の振動が大きくなる。振動が二匹の生き物だと言うことがポトスにも分かる。だが残念なことに迫りくる二匹の生物の姿が見えない。
その原因は二つ。一つは生い茂る深い草むらによって見通しが利かないこと。もう一つは森と海道の高低差があることだ。ただでさえ視界の利かない木々と深い草むらが壁のように二匹の姿を隠している。
だがその壁となっている草むらが大きく揺れた。
ポトスは剣先をその壁となっている草むらへ向ける。その数瞬後だった。赤く、黒い生物が飛び出してきた。小さな体躯に小さな角が二本。ゴブリンだ。
ポトスは迎撃体制だ。ポトスが剣を降ると纏わり付いた風が唸りを上げる。
「え?」
だがポトスの体は何かに引っ張られたのか、傾いて振りかぶった剣はゴブリンにかすることもなく空を切る。
ポトスの体制が崩れる。しかしそれでも視線は宙を泳ぐゴブリンからは放れる事はなく捉えたまま放さない。その次の瞬間だった。ゴブリンが飛び出してきた草の壁全てを薙ぎ倒し、巨大な黒い物体が飛び出してきた。
「な!?」
「リーダー! 避けて!」
二匹目の巨体は意外にもゴブリンのすぐ後ろを密着するように追行していた。更に信じられないことに二匹目の黒い巨体は草の壁をぶち破るや否や空中でゴブリンの脚を鷲掴みにした。それは仲間と呼ぶにはあまりにもお粗末な掴み方。捕らわれたゴブリンの表情は恐怖で染まっている。
仲間ではない。
更にこのままではポトスも危ない。ゴブリンもろとも黒い巨体に押しつぶされてしまう。
ポトスの体制を崩すほどに引っ張っていたのはサナだった。二匹目の巨体の位置を察知し、ポトスを助けに来たのだ。
ゴブリンだけに気を取られていたポトスはサナに抵抗し、体制を整えようとしていた。だが、その状況からすぐに頭にあった戦術を塗り替える。
「サナ!」
ポトスはサナの引きに無抵抗になった。しかし急に抵抗をなくされたため、然るべく今度はサナが体制を崩してしまう。ポトスは透明なままのサナを手探りで抱きとめ横っ飛び。そのまま海道をゴロゴロと転がって回避した。
転がった勢いが止まる前にポトスは跳ね起きる。片腕にサナを抱えたまま。
「サナ! 大丈夫か!?」
「うん……」
サナは大丈夫。
では黒い巨体は。と、ポトスが二匹の行方を追うと海道と海岸の砂浜の丁度境にゴブリンが横たわっていた。その横たわっているゴブリンを押さえつけているのは先程の黒い巨体。信じられないことにその黒い巨体は太い腕でゴブリンの体を砂浜ごと殴りつけている。何度も何度も、打ち付ける。その悲惨な光景には二人共驚きを隠せず、目を丸くするばかり。
既にゴブリンの体は動いていない。痙攣するようにぴくぴくと体を小刻みに揺らすだけだ。白い砂浜はゴブリンの赤黒い血によって染められていく。
「あれはオーガ」
「……あれが?」
十数年前、ある国を滅ぼしたとされる黒い集団があった。どこから沸いて出たのか、誰が手引きしたのかは一切わからない。気付いた時にはその国を黒く染めてうごめき、やがて民の血で赤く染め上げたと伝えられている。
生息地は不明、生態もまた不明。
実話として、ある研究者は好奇心にそそられ、探究心を満たす為に兵を率いてその国へ踏み込んだという話があった。だが誰一人として帰還したものはいなかったという。詳細は掴めないまま、更に研究者達の消息も掴めないままとなる。
しかし、全くの詳細が不明というわけではない。
国は広い、広い国には多くの民がいる。命からがら逃げ延びた者も少なくは無い。その生き残りの中には抵抗し、倒した者もいるのだ。彼らの証言によりある弱点が知られている。
「見たのは初めてか?」
「生では……」
オーガは走れば早いが小回りが利かない。力は強いが重鈍。知能は低く襲って食べてを繰り返すだけ。更に弱点は背中に生えている黒い石だということ。とても脆く鈍器やナイフで削れば簡単に破壊することができるのだそうだ。
他の特徴と言えば食べた者の血肉を体内に取り込んで変異することくらいだ。
この情報はすぐ国中に広まって警戒するように呼びかけられた。数十年前だがまともな教育を受けてさえいれば石が弱点ということくらいは一般常識として入ってくる。
「弱点は分かってるな」
「うん……あれ」
オーガはゴブリンに夢中で気付いていないが無防備にも背面をポトス達に向けたままだ。黒い石があらわになっている。
「任せて」
ポトスが抱きしめた事が悪かったのか、サナの光学迷彩はもう解けている。しかしゴブリンに気を取られている今ならば簡単にあの石を破壊できる。
サナが地を蹴り、勢い良くスタートをきる。が、その脚をポトスが掴んで引っ張った。
「待てサナ!」
良い勢いのままサナは倒れ、ヘッドスライディングだ。
「うぅ……痛い……何するの」
涙目でポトスに訴えるサナ。ポトスは焦って掴んでしまった事へ謝罪し、その理由をそそくさとサナへ説明した。
「オーガについての研究はあまり進んでいない」
「……うん」
若干涙声になって話を聞くサナだがこれも恐らく演技だろう。涙など一滴も出ていない。
「それもこれもあの脆い弱点のせいだ。だからあの石を無傷でくり抜いて持ち帰りたい」
熱い探究心で命を焼き尽くした研究者が死地へ赴いた理由の一つがこれである。オーガを操っているのは背中に埋め込まれている黒い石だと予測されているのだ。そこには幾重にも高度な術式が埋め込まれているのだと研究者の間で話題となっていた。しかし脆く、弱点でもあるため実物は完璧な形では存在しない。命からがら逃げおおせた生き残りもそんな余裕があるわけなく、更には生息地も不明。とくれば、これほど希少な場面は滅多に無いのだ。
「分かった……じゃあくり抜いてくる」
何故かサナはポトスのほうを警戒しながら後ずさりし、距離をとっていく。
「……安心しろ。もう掴まな――」
言いかけて止めたポトスの視線はサナの肩越しに見えるオーガがの起こした行動が原因だった。
「げぇ……」
サナがポトスの上ずるような恐怖の声と視線を追う。
視線が行く前に聞こえてきたのはゴリゴリという不気味な音。サナがそこへ視線を投げるとオーガがゴブリンの小さな頭を噛み砕くところだった。オーガの口からはゴブリン特有の黒い体液が大きな口から滴り落ちている。
「……今日は飯抜きだな」
「私は……食べる」
「なに!?」
ポトス達が馬鹿をやっているうちにオーガが食事を終えたようだ。頭を噛み千切った後は早かった。自分の顎を外し、丸のみだった。
「サナっ!」
気付かれたら面倒だ。ポトスの指示と共にサナが走る。
サナは速かった。ポトスが見た通り、やはり良く鍛えられているようだ。脚は大股ではなく小刻みにして軽やかに前進していく。アサシン独特の走り方だ。片手には先程ゴブリンを殺したダガーを持つ。
しかし無駄話が過ぎたようだ。丸呑みし終えたオーガは立ち上がり、悪いことにサナの方へ振り向いた。オーガがサナに気付く。
低く、重量感のある声と共にオーガの太い右腕がサナの顔面目掛けて迫る。ゴブリンにしたように鷲掴みしようと手を広げて。
かくしてオーガの右手は空を切った。サナはその愚鈍な腕の更に下を潜り抜け、弱点となる石までの最短ルートを走破したのだ。
「おお! すばやい!」
サナは潜り込むと同時に体を反転させる。
腕を出すと同時に体をひねったオーガ。サナの眼前には抉り出せとばかりに黒く突起した、オーガの弱点となる石がある。後はそのダガーで抉り出すだけ。
サナは力の限り、黒い石の直ぐ横にダガーの剣先を打ち込んだ。
「っつ!?」