強敵との戦闘
急いで始まりの町に戻る。
あの叫び声、私が町を出る前は魔物が町の中には居なかった。
そして、草原に居る間にも、魔物が町に侵入はしていなかった。
つまりだ、人間が人間に何かをしたという考えが最も近いことになる。
しかし、町を出る前はそんな気配は全く、それどころか人の気配すらなかった。
緊張感が増していくのが分かった。
盗賊とは比べ物にならない何かが私の緊張感を増しているのだ。
やがて町に戻ると広場には一人の男が血を流しながら倒れていた。
レベルスコープでステータスを確認しつつ、様子を見るために近寄る。
主人公であればレベルスコープが反応し、一般人であれば魔力を有していない限り、反応しないハズだ。
ただ、ズダボロに引き裂かれた鎧のようなものを見ると、犯人は主人公で確定だろうか・・・。
画面を見るとやはり主人公である事が分かった。
主人公 レベル2
武器 ナイフ
防具 皮の鎧
装飾品 無し
スキル 無し
魔法 無し
能力値 88
ステータスにはレベルの低い主人公である事がうかがえた。
すでに息は無く、腹の当たりで二つの傷が真っ直ぐに入っている。
切り傷のようなもの、剣によって出来たものだろうか、いや、だが剣にしては傷口がズタズタになり過ぎではないだろうか。
いや、剣の傷なんて見た事ないので憶測に過ぎないけれど。
それにしても見てられないほどの酷さだ・・・。
これを見るだけでも犯人は残虐な性格であるだろうと分かる。
「酷い傷だ・・・」
「ええ、主人公がやったのかしら?」
私の声は震えていないだろうか? 冷静を装いながら魔王と会話をする。
しかし、聞くまでも無く主人公だろう。
スライムがこんな傷を付けられる訳がないし、第一に魔物が侵入した形跡は先ほども言ったように無かったのだからやはり主人公だ。
一般人にこんな荒業が出来るとは到底思わない。
それにしても、倒れている主人公の装備であるナイフが全く汚れていないのを見ると、まるで相手にならなかったようね。
ナイフに戦った形跡がないという事は一方的に斬られたという事だろう。
私は膝をつきながら誰の仕業だろうかと考えていた。
その間警戒を少しだけ怠っていたのだ。
「ユウナ、上だ!!!」
魔王がシリアスな声でそう叫んだのを聞いて、私はハッとした。
顔に冷たい水をかけられたかのように一瞬で気合が入ったような気がした。
瞬間、上を見上げると私の真上から人影が落下しながら何かをしようとしているのが分かった。
余裕をもってとはいかなかったが、私は横転しながらその何かを躱す。
いや、人生で横に回転の様な事はしたことないのだが、意外と何とかなるものだ。
ってそんな悠長な事考えている場合か!
回避できたものの崩れた体制であったため、両手は地面に付いていた。
顔を正面に向け、私を攻撃してきた「敵」に目を向ける。
地面にぶつかる音は金属音で、その音がするモノを見た。
そして、そこに倒れている主人公の死因がコイツとコイツの武器によるものだという事は容易に理解することができた。
変わった武器だ。
円形状の武器で円の真ん中を持つ部分がある。
そしてその円の周りにはびっしりと刃のようなものが付いている。
確か、チャクラムとかそういう感じの名前だった気がするが、成程、主人公に付けた傷はこれによるものだったのか・・・。
「ほお、避けるとはな! さっきの雑魚よりは楽しめそうだな!!」
目の前の男は嬉しそうにそう言った。
しかし、顔つきがマズいわね、殺人に快感を覚えているような外道の顔だ。
なんで分かるかって? そんなもの私でなくとも見れば分かる。
レベルスコープをグロウアップ画面に転送して、男のレベルを確認しよう。
まずはそれからだ。
私は、脳内でイメージし、グロウアップ画面に男のレベルを転送する。
本当にレベルスコープから転送できてよかった。
この手の殺人鬼は一瞬の油断が命取りなゆえ、レベルスコープをいじっている暇はない。
だが、一瞬の隙がどうとかなどは、男のレベルとステータスを確認した瞬間、どうでも良くなった。
前の男のステータス、一目見てマズいと感じた。
今まで見た事のない数値と能力は、いかに私の考えが甘いかと言う事を思い知らされた。
自分の能力が高くて、この世界でも退屈になると思っていた私がバカだったのだ。
(ユウナ、逃げるぞ・・・)
だからこそ、いつもふざけている魔王が小声で私に忠告している。その言葉はそれ以外の選択肢は無く、戦えば死ぬと言っているようだ。
心拍数が上がる。
手は汗でびっしょりで、視線は男から離せなくなっていた。
どうする?
どう逃げる?
そもそもに逃げれるの?
・・・。
「さて、死ぬ覚悟はいいか?」
ステータス画面で名前は確認した。
名前はククルカン、奴が両手のチャクラムを構えて私に死の宣告をする。
来るわ!!
集中しなければ瞬きをした瞬間に首が地面に落ちているなんてことも有りうる実力差だ。
ククルカンはセリフの後、私に向かって駆け出した。
右手に持っているチャクラムを上から下に真っ直ぐに振り下ろす動作。
よし、確認できるわ!
私は後ろに大きく後退してククルカンから距離を取る。
「いーい反応だ! ここら辺に住んでいる奴じゃできない反応だぞ」
「そいつはどうも!」
どうやら、このチャクラムは魔力か何かで刃が回転している。
それによって切れ味が増し、殺傷能力が向上しているみたいだ。
つまり、掠りでもすれば動きが鈍り、急所に当たれば一気に抉られて死に至るということだ。
そんな事を考えていると嬉しそうに私の方へ飛びかかってきた。
「アナタの目的は何!?」
横に振られたチャクラムを五十センチほど上体をそらして躱す。
ワザと遅くしているのか躱せない速度ではない。
チェーンソウのように大きな音をあげて振られる凶器は躱すたびにプレッシャーを増していく。
当たれば終わり、当たれば終わりなのだ。
「目的か? 目的はなあ!!」
チャクラムを振り回しながら喋る。
今のところ避けるのには苦労していないが、相手は武器を振り回しているだけだ。
あれだけのレベルと能力値、他に何かあるハズだ。
しかし、常に受身だといつかボロが出てしまう。
危険だが反撃して、その隙に逃げるしかない。
私にできる抵抗といえば、戦闘タイプからして覚えたての氷魔法しかない。
「殺しを楽しみたいからに決まってんだろうがッッ!!!」
振られたチャクラムを躱し、一旦距離を取る。
一体、何回目の後退だろうか。
(ユウナ、氷属性魔法で動きを止めたらワシの魔法で逃げるぞ! すでに溜めつつあるが、ワシの魔法はこの体だと魔力を溜めるのに時間が掛かる)
流石に思考を読めるのなら、連携も容易い。
普段セクハラにしか感じない能力も、戦闘となれば頼もしいものだ。
分かったわ、私が時間を稼ぐわ!
しかし、奴の答えは外道だ。
殺戮主義者など吐き気がする。
こんな奴相手に手加減はいらない! 今は勝てないだろうが、いつか必ず!!
ククルカンが突き出すように右手チャクラムを私に向ける。
当たれば腹部を貫き、回転により体は真っ二つになるだろう。
だが、そんな事に臆してはいけない。
「喰らえ!!」
「喰らいなさい!!!」
ほぼ同時に言った後、右手のチャクラムが私の腹部を目掛けて、私の右手は奴の右手を目掛けて氷属性魔法を発動した。
発動の仕方など、やってないから分からなかった。
正直、これで発動しなければ私の腹部は貫かれ、その隙に左手のチャクラムで切り刻まれていた事だろう、確実に。
だが、そうはならなかったという事は上手くいったという事だ。
肘まで凍りついた、右手を見て焦ったのかククルカンは左のチャクラムで雑に私に向かって振った。
しかし、同じように氷魔法で左腕も凍らせる。
一度できれば、二度目は容易い! 上手くいってよかった。
「何? 氷魔法だと!?」
ククルカンは私が魔法を使えたことに驚いている。
すかさず両手を構え、奴の両足に向ける。
発動の仕方は対象物に向けて氷属性魔法を念じるようにすれば良いようだ。
手を構える必要があるのかは分からないが、その方が分かりやすいだろう!
両足を地面と一緒に凍らせることによって、身動きをとれなくする。
だが、これもククルカンの実力からすれば一瞬で解凍されるだろうから、逃げるのなら今の内だ。
(よし、ナイスだユウナ。今から発動する)
「チッ・・・。小細工な! こんなものすぐに解凍して、ぶっ殺してやる!!」
あと数秒で破壊されるだろう。
だからせめてもの一発、私がアナタを力一杯ぶん殴ってあげるわ。
そこに死んでいる主人公のためとかでは無いけれど、アナタは殴られるのよ!
盗賊の内臓を軽く殴っただけで破裂させたパンチを力一杯顔面に目掛けて殴った。
爆音にも近いような凄まじい音は骨を砕いたのが容易に分かるほどだった。
「・・・グッ、貴様ァ!!!」
殴られて横に向いた顔。
横目で私を睨むククルカン。
本気の殺気を向け、私にそう言う。
今にも解凍されそうな氷と奴のセリフは、私の中で久しく眠っていた「恐怖」を起こすのに充分だった。
私は震える。
ダメだ。
体が言う事を聞かない。
バカみたいに全身が震えている・・・。
そして、氷が砕かれ本気で振られたチャクラムを避けることができないと悟った私は静かに目を閉じた。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!!!
(よし、間に合った! 行くぞユウナ。ブラックホールテレポート!)
体が軽くなり、どこかへ飛んでいったような感覚になった。
チャクラムによる痛みはなかった。
・・・
・・・・
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
間一髪魔王の魔法で私はククルカンから逃げることができた。
息が切れたのも本当に久しぶりね・・・。
恐怖によるものなのかしら? それとも魔法を使ったから? どちらにせよ、少し休みたいわね。
「両方だな。恐怖は言わずもがな、魔法の方は魔力を消費するから、使いすぎると疲労するぞ。で、空っぽになれば死ぬからな。ごっほ、ごっほっっ!!」
うん、アンタの様子を見たら死にそうだから良く分かるよ。
って死んでいるんだったっけ。
しかし、私の考えは甘かったわ。
この世界でも退屈なんて、考えてはいけない。
「ああ、お前より強い奴などごまんといるからな。気を抜かない方が、ごっほ、ごっほっ!!!あー、しんどいわー」
「そうね、身に沁みて分かったわ。それより、大丈夫なの?」
いや、死んでも構わないけれど(死んでいたね)魔法一つでそこまで疲労するものなのかしら? ちょっと大げさな気もしなくはない。
「大げさではな、ごっほっ・・・。ワシがこの杖に憑依した魔力の量は、現役に比べてかなり少ないからな。テレポート一つでかなり魔力を消費するし、発動に時間が掛かる。今日なんかは、お前にスキルを身に付かせたし、さっきの奴の戦闘前にも始まりの町にテレポートしているからな」
「そっか・・・。ありがとう、魔王」
まあ、今回ばかりは感謝しないとね。
今回ばかりってまだこの世界に来てから一日しか経っていないけれど、細かい事はナシで!
「うわぁ、素直なユウナちゃん気持ち悪っ!」
「ぎゃああぁぁぁぁ!!!!!! 嘘です!! ごめん、ごめんって! 止めて!! 折らないでぇぇぇ!!!!」
魔王の声は辺りに響き渡った。
今のもアンタが悪い。