変態との出会い
意識が無くなって気絶をするような事は、少なくとも私が人生の中で経験する事は無いと思っていた。 そんな事はどこぞの海外ドラマや暴力関係の人間の事だけだと思っていたのだ。
だが、いとも簡単に意識が遠くなって深い眠りに引きずり込まれていった。
まあ、とにかく今までで経験したことのない出来事であったという事だ。
・・・
・・・・
頭がフラフラして、ボーっとする。
視界は霞んでいて景色が良く分からない。
ずっしりとくる頭の重みは、しばらくは動きたくも無いほどの気怠さを催していた。
しかし、顔と地面の距離が全くなく、景色が横向きに見えることに気が付いたとき、私はどこかに連れ去られて放置されている事に気が付いた。
地面は冷たく、頬にずっと当たっていたこともあり、徐々に意識がハッキリとしてくるのが分かった。
冷たい床は私の家の床ではないことを現している。
赤い絨毯の上で倒れているのだが、床の温度は随分と低いようだ。
(ここはどこなのだろう?)
とりあえず体を起こすことにした。
体はまだフラフラするが、もう少しで治まりそうだ。
弱い力で目をこすりながら辺りを見渡すと奥まで続く広さに驚いた。
どうやらとても広い場所に連れてこられたらしい。
奥にズラッと道が続いていて一番向こう側には偉い人が座るようなイスとそれに立てかけてある杖が薄らと見えた。
老人でも住んでいるのだろうか。
どちらにせよ建物は莫大な金で建てられたに違いなく、それに、少し古い感じがこの場所の威厳というか体裁を保っているようにも感じられた。
私を誘拐した(のかは知らないが)人物はどうやら今居ないようで、周りの状況を確かめるには打って付けの状況であった。
少しだけ軽くなってきた体を起こし、私はゆっくりとイスのある方へ向かって行った。
辺りを警戒しながら進むがやはり人の気配は無い。
しかし、一体どれほどの時間気絶していたのだろうか。
全く見当もつかない。
それにこれだけ広い建物がある地域に私は住んでいないため、どれほどの距離まで連れ去られたのかが分からない。
そんな事をゆっくりと考えるほど奥までの通路は長かった。
警戒しつつ考え事など自分で言うのもおかしいが、器用なものだ。
段々と自由になってきた体は考え事をしている間に一番奥まで辿り着く。
私が奥に辿り着いて見ていたものは一つだけだった。
最初遠目から見えていた杖は近くから見ると、どこか禍々しい。
底にあり得ないほどの力を秘めているかのような存在感を放っている。
私は辺りを警戒するのを忘れ、その杖に釘付けになった。
触れてみたい・・・。
人間という生き物は危険を感じても逃げずに、その危険の方向へと進んで行く心理があるという。
例えば、建物の中で銃声がしたとして、その銃声がした建物の中にサブキャラが入り込んで撃ち殺されるなどという事が海外ドラマであるだろう。
あれも、逃げればいいと視聴者側は思っているのだが、恐怖に対するものに近づくという性質の元、建物を覗きこんで殺されてしまう。
さっさと逃げればいいのにだ。
すなわち、今の私の状況も同じではないだろうか。
この禍々しい杖を触れば、何か良くない事が起きる予感がする。
だが、私は恐怖もあったが好奇心から触らずにはいられなかった。
そっと手を伸ばして杖の先に触れてみようとする。
「おいっ!」
私は釣りたての魚のようにビクッと跳ね上がった。
決して大げさではない。
そして、後悔した。
やはり、危険なものだったと。
触れようとした瞬間に持ち主が帰ってきたのだと。
あー、私は訳の分からない場所に来て変な死に方をするのだと。
冷や汗をかきながら、ゆっくりと後ろを振り返るが声の主はどこにもいなかった。
「あれ!?」
確かに声はした。
私の幻聴という事は、気絶する前の事といい、気絶をして体調がすぐれない事を差し引いても無いハズだ。
だが、何処にも声の主が居ないという事はやはり私の幻聴だったという事だろうか。
だとしたら、私も若いくせに末期だと鼻で笑った。
「ワシの名は魔王」
いや、違う! 私の幻聴などではない。
声は確かに聞こえてきた。一回目と違い多少冷静に声がした方向を確かめることができた。
だが、認める事が出来ない!
なぜなら、声がする方向はこの禍々しい杖からするからだ。
「杖が喋ってるの!?」
一応、一応確認をする。
これで違ったら私はあっち側の人間という事だ。
だって魔王とか幻聴で聞く時点でそういう事だろうから・・・。
「いかにも! ワシが話しているぞ!!」
私は無言になった。
いや、あり得ない事が起きると人間って無言になるのかな。
あー、私ってやっぱり疲れていたのかな。
「っておい、反応なしか。まあ良い。このRPGの世界に連れてきたのは他でもないワシだ」
RPG? 何を言っているんだと半ば呆れていた。
私は今悪い夢でも見ているのだろうか? だとしたら早めに目覚めたいものだ。
大体RPGの世界ってゲームの事を言っているよね? いくらゲームをしない私でもそれ位の事は分かる。
そして、そういう世界では戦いやら何やらがあって強くなる、とか勝手に私は思っている。
ともかく、私はそんな訳の分からない世界に連れてこられたのだろうか。
私は両手で頬をつねりながら冷静に考えていた。
「水晶から君の姿を見ていたが、人間界で随分と退屈そうにしている様子だったぞ?」
ずっと無言で頬をつねっていた私を見かねたのか、自称魔王が口を開く。
そして、そのセリフに私は驚いた。
「!!!」
どうしてそれを知っているの? いや、今水晶がどうとかと言っていたのだが、本当にここはRPGとやらの世界なの? 一度に多くの疑問が浮かんでくると困る。
こんなに疑問が浮かんだことは今までなかったから。
だから確かめないと。
「ここは私の住んでいた世界と違うの?」
「さっきもいっただろう?ここはRPGの世界で君に、・・・って、名前知っているからユウナでいい?」
なぜ初対面の杖に名前を知られているのか、どうして私が退屈な毎日を送っているのか、ああ、くそう頭がこんがらがってきた。
「落ち着け、ユウナ」
いや、落ち着けるかっての! しかも気安く下の名前で呼んでいるのが不愉快だ。
「自称魔王さん、だったら何で私はこの世界に連れてこられたのかしら? この際アナタが私の事を知っている事はいいわ、そういうのは慣れっこだし」
私がそう言うと、自己紹介がまだだったな、と言わんばかりのノリで話し始めた。
「ん、ああ。まあ、簡潔に言うとこの世界を完全に滅ぼしてほしいかなって。今ねこのRPGの世界の主人公達が荒れているからね、この機会に主人公達をやっつけてほしいのだな」
かるっ! けど言っている事おもっ!! えっ、要するに世界を滅ぼす人間になれって事!?
「でも、何でそんな事を私に言うの?」
そうだ、軽かろうが重かろうが、問題なのはなぜこの世界に私だけが連れてこられたという事だ。
隣に住んでいる人でも仕事場の上司でも良かったハズだ。
・・・。
いや、本当は分かっている。私にしかできないから。それだけだ。私が住んでいた世界で私の能力は存分に発揮されない。さっきの魔王のセリフ「人間界で随分と退屈そうにしている様子だったぞ?」これが事実なのならば、私が連れてこられたのにも納得がいく。
つまりはそういう事なのか。
「今の考え方で正解だな」
自称魔王はどうやら、私の心の中が分かるらしい。
しかし、やっぱりそうだったか。
「五年前、この世界に君と同じ人間界から来た人間が主人公達を殺しにやってきた。正確に言うとワシがこの世界に今の君のように連れて来たんだよ。名前は平岡達也といって、最終的には神の主人公と戦えるまでになったのだ。まあ、その神の主人公も君の世界から来たのだがな」
「それで彼と同じように君も人間界で退屈してうんざりしている様子だった。素質のある人間をようやく、再び見つけたと思ったよ。今度こそ完璧に主人公達を根絶やしにできると。」
そういう事か。
前主人公殺しと同じように私はこの世界を滅ぼす素質のようなものがあると。
それで私をこの世界に連れてきたという事か。
そんな事を考えていると、魔王がベテラン商売人のように営業トークを続けた。
「この杖はな、「スキルの杖」といって三つだけどんなスキルでも会得できる、世界三大武器の一つなんだ。ワシが達也君に殺される前に、ワシの魔力を注いで、この杖に憑依したのだ。だから、君もスキルを会得することが出来る」
まあ、何でアナタが主人公殺しに殺されたのよ、とかツッコむところはあったのだけど、流石商売人、私の興味は目の前の禍々しい杖「スキルの杖」に向いていた。
だけど、いきなりこんなところに連れてこられて、主人公を倒せって言われてもね・・・。
まずはこの世界の状況などが知りたい。
「確かにその杖は魅力的だろうけど、まずは世界を滅ぼす云々はおいて、この世界がどういう世界なのか自分の目で確かめたいわ」
「ああ。とりあえずこの世界を旅してみるのもアリだとワシも思う。ただ、時間はあまりないがな」
「いいわ。退屈な人生から抜け出せるのなら、変態のアンタに乗るわ」
「ってワシ変態じゃないし、失礼な!!」
この世界でどうなるかなんて分からないけど、退屈しなさそうな予感がした。
ただそれだけの理由で取りあえず外を歩いてみようかな。
私の顔は不思議と嫌な表情をしていなかった。