具現化の修行
「リアルクリエイト」想像を具現化するスキル。
ワシはそんなスキルを会得できるわけがないと、正直内心で思っていた。
恐らくスキルを生み出すこと自体は可能である。
だが、そんな反則にも近い、下手をすれば世界をも滅ぼしかねないスキルを人間が会得できるわけがないだろうと、もしユウナが会得できなければ別のスキルを勧めていた。
しかし、そんなワシの思いに反しユウナはすんなりと会得してしまったのだ。
現役の頃のワシですらそんな反則的スキルは会得できなかったであろう。
全くなんて末恐ろしい奴だ。
このスキルを完璧に扱いでもすれば本当に世界に革命が起きてもおかしくない。
と、言っても今は全くのペーペーで可愛いくらいリアルクリエイトに使われているがな。
・・・
・・・・
「はぁ、はぁ、はぁ・・・。あー、もうっ! 全然ダメね」
魔王城を下り、温泉も近くにある草原。
そこで私はリアルクリエイトのコントロールの修行をしている。
たった今、その草原に両手と尻餅をつき、空を見上げて呆然としていたところだけど。
昨日倒れて、次の日の今日、割と全快まで魔力が回復していたので修行中であるが、ここまでこのスキルのコントロールが難しいとは思ってもみなかった。
空飛ぶバイクことエアバイクを呼び出そうとしたが、出現してせいぜい二十秒しか姿を保ってくれないばかりか、すぐに魔力が尽きてブッ倒れてしまう様だ。
気絶して、目を覚ますと体が鉛のように重たかったので、とりあえず温泉に浸かる。
それによってかなり回復してきたので現在ラウンド2である。
側にいた魔王は「エアバイクは止めておけ、まずはネネの実からたくさん出せるようになっておけ」と言ったので今は昨日呼び出したネネの実をひたすら呼び出している。
昨日は一つだけ呼び出せたが、今日は両手で二つ同時に呼び出すことに成功した。
イメージするものが複雑であったり、複数であればあるほど、魔力の消費量、集中力、疲労感その他もろもろの消耗が激しい。
それは口で言われなくとも感覚で容易に分かった。
ネネの実でさえ、一つと二つではかなり違うものとなった。
例えるのが難しいが、あえて言うなら、バスケットボールを一球だけでドリブルするのと両手で二球ドリブルするくらいの違いだろうか。
これが三つ、四つとなればどうなるだろうか。
それを今からやってみるために立ち上がる。
体に付いた草を軽く払ってから、気合を入れなおす。
「ふぅ」
一つため息をして目を閉じる。
私の頭の中のキャンバスに三つのネネの実をイメージする。
一つ目、これは何なくイメージ完了。
二つ目、これも何とかイメージされキャンバスに描かれていく。
三つ目・・・。
これが中々難しい。
中々イメージしても描かれてこない。
いや、もっと集中するのよ。
そうすれば、絶対に出てくるハズ・・・。
(びゅーてふぉー、ゆーなたんかわええぇ)
・・・。
雑念。
コイツ、ワザとやってるのかしら?
ゾクゾクするような悪寒とともにキャンバスのネネの実は消え去る。
私はしばらく立ち尽くした。
なんか他人にトランプタワーを崩された時ってこんな感覚だと思う。
「・・・。とりあえず蹴っていいよね?」
「えっ? なんで!? ワシは集中して目を閉じるユウナが綺麗だとおもっ・・・うぎゃあああぁぁぁぁぁ!!!」
はい、ご愁傷様。
魔王様、天国へ直行デス、ってあれ?
「どうして足元にこんなにネネの実が?」
足元には六つのネネの実が転がっていた。
もちろん、最初からあった訳ではない。
そんなことは誰でも分かる、ならば私が生み出したのか?
だけど、呼び出すためのイメージなどしていない。
むしろ魔王にかき消されたくらいなのに、どうして?
「私が、やったの・・・?」
「ゆ、ユウナ。お前は力みすぎだ・・・。もう少しリラックスすれば・・・」
バタッ、という音が似合うくらいセリフのあとに力尽きた魔王。
もしかして、私の側で変なことを言っていたのも私をリラックスさせるため?
確かに物凄い集中をしていて、力が入っていたのは私でも分かる。
つまり、集中しつつリラックスしたイメージの仕方が大切だと体を張って教えたわけ?
「アンタって奴は・・・。最初からそう言ってくれれば蹴らなかったのに!」
全くだ、暴力沙汰になる前にそう言ってくれれば蹴ったりはしなかっただろうに。
まあ、多分後で殴るけどね。
あんな気持ちの悪いこと言われたら誰だってそうよね。
「な、習うより、慣れろ・・・だ」
最後にそう言って変態は力尽きた。
なるほどね。
リラックスが大切。
力を抜くことでイメージを容易にして集中力も増すと。
確かに普通に考えれば分かりそうなものだった。
魔王は私によって犠牲となったが、気にしない。
「さってと」
私は開き直って草原に座り込む。
あくびを一つ盛大にかまして目を閉じる。
一粒の涙がこぼれた目を閉じると草のなびく音が聞こえてくる。
その演奏は私を限りなくリラックス状態へと持っていった。
柔らかい音、暖かい気温に美味しい空気。
リラックスすれば、こんなにも自然の状態が分かる。
そして、その恵まれた自然の中に脳内のキャンバスは、もっと絵を描かせてと言わんばかりにネネの実を出現させる。
これが、リラックスと集中状態。
さっきまでとは打って違う、脳内の溢れんばかりのネネの実。
いける。
今なら出来そうだ。
(凄いな・・・。ワシの助言(と言っても半ばセクハラだが)を聞いてすぐにこの集中とリラックス具合。センスはピカイチだな)
「リアルクリエイト、ネネの実」
私は最後にそう言う。
すると私が座っている周りに大量にネネの実が出現した。
「やったわ魔王! こんなにたくさん出てきた!!」
数えると二十四個、先ほどの十二倍。
これほど出現したハズなのに魔力の消費量は二個出した時と変わらない。
「おいおい、それ、全部食べるのか?」
半分冗談めいて、半分驚愕の声と言ったろころの魔王。
「そうね、確かにこの量は食べきれないかも!」
私が感動していると水を差すように魔王が話し始める。
「これで集中とリラックスの大切さがワシのおかげで分かったと思うが、ただお前はまだ理解していない部分がある」
自分で言いおったで、この変態。
せっかく魔王流石ね! とか思っていたのに台無しだわ。
しかし、最後の理解していないとはどういうことかしら?
「何を理解していないの? リアルクリエイトがどうすれば効率よく具現化できるかはこれで理解したことにならないの?」
「まあ、これも習うより慣れろだ。直に分かることだろう、何たってその果実・・・」
変態が言い終わる前に気配がした。
咄嗟に振り返ると、どこからやってきたのか、ガタイの良い(ってそういうレベルの規模じゃない)牛のような生物が鼻息を荒くしてこちらにやってきたのだ。
「ネネリアバッファローの大好物だからな。そいつを相手にリアルクリエイトで戦ってみろ」
ネネリアバッファロー。
ネネの実(正式名称 ネネリアの実)しか食べないと言われる、果肉食類といった珍しい魔物。
食べるものと反して、性格は極めて凶暴、ネネの実の匂いを嗅ぎ分けて二十キロ先のネネの木を食い散らしに行くこともあるという、嗅覚に優れた魔物だそうだ。
じゃなくて、コイツの説明の前にリアルクリエイトの説明をして欲しいわ。
アンタの魔物博士ごっこはいいから、スキルの説明をしなさいよ。
「だから、習うより慣れろと言っただろ」
くっ、こういう時に限ってスパルタな魔王。
しかも、エアバイクの前にネネの実の方からたくさん出せるようになっておけと言う前フリはこれの布石だったってわけ?
「分かったわ、リアルクリエイトだけで倒せばいいのよね?」
「ああ。ヒントとしては、コイツの頭部を鈍器のようなもので叩くと効果抜群だぞ。まあ、エアバイクよりは簡単だろ」
頭部、ね。
確かにあれだけ大きな頭を思い切り叩くと効果抜群なのも分かるわ。
「はいはい、終わったらアンタの頭も叩くから覚悟しておいてね」
「なんで!? どうして、そういう思考回路に至っちゃった!!?」
そんなやりとりをよそに、ネネリアバッファローは、ネネの実をよこせと言わんばかりに接近し、突進を開始してきた。
しかし、近くで見れば見るほどサイズがデカい。
私の世界にいた牛、あれをさらにふた回り大きくして立派な角を生やした感じかしら。
とにかく、突進が直撃でもすれば内臓破裂か、角に貫かれて死ぬわね。
これって意外と危ない修行だと思うよ、魔王くん。
「来るわ」
後ろ足を二度ほど蹴ってから、私に向かって突進してくる。
私じゃなくて魔王に行けばいいのにという余裕ぶった考えはすぐに消えた。
「はやっ!?」
そう、速い。
横に飛び退いてその突進を回避したのだが、見かけによらずスピードが速い。
ボケっとしていればすぐに角の飾り物と化しそうな程だった。
「はーい、はーい! 早くしないとバッファロー君怒って益々手が付けられなくなるよぉー?」
くっ、魔王本当に鈍器で殴ってあげるから待ってなさいよ。
鈍器、そう鈍器。
これを早めに呼び出して終わらそう。
さあ、まずは目を閉じて集中して鈍器のイメージをって・・・。
あ、そうか。
さっきのように目を閉じたらいけないんだ。
ネネの実の時は集中のために目を閉じたけど、今戦闘中であり、そんなことをすれば格好の餌食である事は明白だろう。
それだけではなかった。
リラックス?
あ、そうか。
これも、戦闘をしながらなんだ。
今更だけど、簡単なことに気がついた。
あの立派な角に当たったら死ぬことを思いながらリラックスなんて出来るハズもないわ。
(気がついたか。そう、理解してないとはその事だ。普段の集中とリラックス、それと戦闘中の集中とリラックが同じなわけがない。常に命を刈られる緊張感を持ちながら(相手にもよるが)集中はともかく、リラックスが容易に出来るわけがない。そう言う意味では非常に使い勝手の悪いリスキーなスキルとも言えるな)
マズいわね、鈍器どころか、いつもイメージに利用しているキャンバスすら浮かんでこないわ。
戦闘中のイメージがこれほど難しいとは思わなかったわね。
魔王が理解していないとはまさにそう言う事だったのね。
(理解力は素晴らしい、後はお前が掴むしかないぞ。だから、ネネの実でワザと魔物をおびき寄せるようにしたのだ。まあ、ネネの実ですら今日中に大量に発生できるとは思っていなかったがな)
どうする? どうする? どうする?
パニックになってはダメ! 常に冷静にどうすればいいのかを考えるのよ。
あ~、面白いわね!
こんな時だっていうのに思わず笑みがこぼれるわ。
(ユウナの奴、こんなピンチの時だっていうのに笑ってるな。それはつまり向こうの世界では味わえないスリルな感覚がたまらなく面白いということか? なあ、ユウナよ)
そうね、具体的に何を呼び出すかから決めましょうか。
幸いにも距離さえとっておけば突進しかしてこないから、考える余裕は十分にあるわ。
(さあ、表情が変わった。動き出すか?)
やっぱり鈍器といえばハンマーよね。
いや、ただのハンマーじゃインパクトが少ないか。
じゃあ、叩いた瞬間に衝撃波を発生させるハンマーとか?
面白そうね、キャンバスに描くのは止めて、手に発生させるイメージをしてみようか。
(集中しているな。目の前の相手を警戒しつつ、武器を生み出すことに集中している。素晴らしい集中力だ)
よし、いい感じだわ!
後はリラックスして、実際に手に発生させるイメージをすれば!
「リアルクリエイト、インパクトハンマー!!」
(全く、想像以上のセンスだ・・・。素晴らしいの一言に尽きるよ)
「やった! 出来た!!」
私の手にあるのはズッシリとした大きめのハンマー。
後は、突進のタイミングに合わせてカウンターをすれば倒せるハズ!
「行くわよ、バッファローさん」
私に向かって何度目かも分からない、突進をするネネリアバッファロー。
よくもまあ、スタミナが持つものだと思うがそれも最後ね。
アナタはこれで気絶しなさい!
「せーのっ!!!」
バッチリのフルスイング。
頭部にハンマーが当たった瞬間に、大太鼓で叩いたかのような振動が発生した。
ビリビリと私の手にも大きな衝撃が走ったため、本人は相当な衝撃を受けているだろう。
角にヒビが入り、大量のよだれを垂らした後、バッファローは地面に崩れていった。
まさかの一撃、どんだけ威力高いのって感じよね。
「やった・・・! やったわ、魔王!! あ、れ。まただ・・・」
緊張の糸が切れた瞬間、私の意識は遠くなり、最後には大空が薄らと飛び込んできたのだけ記憶に残っていた。
「魔力の使いすぎだ。まあ、よく頑張ったな」
・・・
・・・・
ああ、こうしてベッドに横になっているということは、また魔力切れで倒れたんだ。
全く何回倒れればいいんだ私は。
「目が覚めたか」
魔王が私を運んでくれたのね。
杖の姿で移動できるわけがないから、きっと魔力を消費してテレポートしてくれたのね。
「ええ、運んでくれてありがとう」
「気にするな、気分はどうだ?」
「思ったよりも悪くないかも・・・」
魔力切れのダルさみたいなものはあるが、不思議と嫌な感じはしない。
運動後の疲労感と若干似ているかも。
「初めてにしては頑張ったな。後は反復して慣れるしかないな」
「そうね、っていうかアンタを鈍器でまだ殴ってないわよ?」
「ちょっ、なんでそうなるの!?」
「ふふっ、冗談よ。今回は許してあげる」
スパルタだったけど、アンタは流石魔王なだけはある。
私にこんなにも早くスキルの扱い方を教えているんだからね。
それに免じて鈍器攻撃は忘れるわ。
叩かれたいならいくらでも叩くけどね。
「あのー、思考を読めるって恐ろしいね。ユウナちゃんの考え、丸聞こえだからね?」