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逃亡者たち  作者: モーフィー
第三章 Twilight
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78、愚かな神話


 明るい室内の中、僕らは向かい合うようにして座る。長時間、走ったり歩いたりしたため正直立っているのさえきつかったのだ。僕がなるべく姿勢良く座るのを見たヘンリーは自らの手で香り立つ紅茶を目の前に置いた。


「ひどい顔だ。ずっと眠っていないようだな。飲んだらどうだい?」


 不純物が入っていないか確認して口を付けた僕に彼は笑った。


「商売敵とはいえ、自分の息子だと分かったんだ。殺すつもりはないよ」

「あなたの言うことは信用できません」


 短く言った僕にヘンリーは苦笑した。


「…全く誰に似たのだろう。レイチェルは盲目的に人を信じる娘だった。だとしたら、私かな」

「僕はあなたを父だと認めません」


 吐き捨てた言葉をヘンリーは気にしないようだった。くつろいだように背もたれに背を預け、前髪を掻き上げた。


「ああ、それは前にも聞いたよ。けれども、残念なことに君の血の半分は私だ。この事実はどうしても消せるものではない」

「僕はあなたとそのようなことを話に来たのではない」

「そうだね。君がそれを飲んだならさっさと話を始めよう」


 相変わらず穏やかな瞳で僕を見守る彼を横目に手に持った紅茶をぐいっと飲み干した。僕は睨むように男を見て、宣言した。


「あなたは先ほど、僕がどちらの味方か言いましたよね? 僕はエルフ達の味方です。それだけは最初に言っておきます」

「そうかい。君が人を捨ててエルフの犬になったとしてもおかしくはない。それを知れば話は早い。それでは単刀直入に聞こう。エルフ達の用件は何だ? 彼らは何を言いに来たんだい? ただ言っておくが、こちらの降伏はないよ」


 締め切った部屋だというのに窓から入ってくる明るい日差しのため、部屋は明るい。


 長く保った沈黙の中で僕は吐き出すように真実を言った。


「エルフは…森を手放すと」

「対価は?」

「必要ない」


 ヘンリーは目を見開いた。全く信じられないといった顔だ。彼にしては珍しく、一泊置き、再び尋ねた。


「それは本気で言っているのか?」

「ええ。エルフ達は森から退去しました。もし、あなたが今森に入ったとしても、エルフの組織的攻撃はありません」


 彼はしばらくの間、背もたれに背を預け、顎を撫でていた。これが罠かどうか図りかねているのだろう。僕は紛れもない真実を言った。しかし、それは嘘よりも達が悪い。嘘であったなら見分けることは簡単である。だが、真実ならば、もしかしたら、大部分の真実を言っていない可能性だってあるのである。だから、ある程度の嘘は見抜ける事業者達であっても、このことを喜ぶべき事か分からないのである。


 ヘンリーもちょうど、それを考えていたようである。知らぬ人が見たならば魅力的な笑みを浮かべた。


「それは私にとって最も嬉しい知らせだ。無駄な血を流さずにすむし、森を倒す労夫達を守るための防衛費も抑えられるしね。それでもクリストファー、エルフ達は納得していないだろう。あんなに森に執着していた彼らだ。いったいどのような心変わりかね?」


 明るく言うヘンリーとは対照的に僕はぶっきらぼうにかえす。


「心変わりでも何でもありません。彼らが何百年も前から考えてきたことの結果です」


 ヘンリーは抜け目のない目で椅子から身を乗り出した。


「それはどういうことかな? 私に分かるようぜひ説明していただきたい」


 僕は考えを張り巡らせた。


 彼に聞かせるべきだろうか。聞いたばかりの荒唐無稽な人の未来のことを。そのことが輝く彼の歩む道の障害物になり得るのだろうか?


 さんざん躊躇って僕は言った。


「…森を滅ぼすことはいずれ世界の滅亡に繋がると」

「世界の滅亡?」


 予想通り、現実主義の彼は顔をしかめた。


「それはエルフの神話か何かかね? 森を一つ消すと、何が起こるのか? 土地神が怒るのか? それともこの森が世界を支えているというのか? 馬鹿馬鹿しい。仮にも現代だぞ。エルフは未だそんな幻想まがいのことを信じているのかね? クリストファー、君もそのことを信じているのかね?」

「…エルフは以前、世界を滅ぼした過去があると」


 僕は言いながら、自分が馬鹿なことを言っている気がしてきた。言葉は尻窄みに小さくなっていく。明るい日の元、ヘンリーはそれを笑い飛ばした。


「エルフが子どもを脅すための誇張だろう。まじめに聞いている君がおかしいよ」


 森一つで世界が滅ぶ? どう聞いてもこれは気が狂った言葉だ。何日も牢に閉じこめられ、そして徹夜で森を走ってきたおかげで僕の頭が混乱しているんだ。その証拠にヘンリーは嘲りを隠そうともしない口調で言った。


「エルフは叡智の生き物だとよく言うけれど、君の話を聞くとそんなことないようだな。君はきっとエルフ達に一杯食わされてきたんだ。良識を持った誰がそんな子供だましを信じられる?」


 ヘンリーが足を組み直したときには彼の顔に残っていた侮蔑の感情は消え、冷静な経営者としての理性だけが残った。


「それで、クリストファー。君がそれを信じようと何しようと構わないが、私の考えは変わらない。その説明によって私に鉄道開発を中止せよと言うのは無理がある。それを抜きにして、何を取り引きしたいんだ?」


 僕は鈍い頭を振り払い、冷静になろうと言った。


「…エルフ達は森の大部分は手放します。けれどもある場所だけは僕が譲り受けたいのです。もちろん、経営には影響のないところです」

「ほう、そこはどこかね?」

「エルフの里です」


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