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逃亡者たち  作者: モーフィー
第三章 Twilight
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77、前触れ


「エルフか?」

「違う。あれを見ろ!」

「クリストファー様だ!」


 息を切らし、荒い呼吸を繰り返す僕の姿を見つけたとき、銃を持った従業員はひけ腰になった。それもそのはず、僕はもはや普通の人間とは見えないほどの獣たちに囲まれている。


 顔なじみの男達は目を白黒させ、猟銃を構えたり下ろしたりしている。獣たちはそれに直感的に鉄の棒に悪意を感じるのか威嚇するよう吠える。


「…銃は下ろしてくれ。…手出ししなければ、襲ってこない」


 まともに空気を吸えるようになった僕は言った。


「もう、森へ侵入したのか? シャインはどうしている?」

「ま、まだ、森には。相手の出方が分からないからヘンリー様がまだ手出しするなと。婚約者様は母屋で監視されて…」


 僕は、静かに僕を待つ森の生き物たちを振り返った。


「僕はここまでで大丈夫だ。僕はヘンリーに掛け合うから、森に戻っていてくれ」


 地面に座り毛繕いをしていた彼らに何度か話しかけると僕の内容を理解したのか、一匹、また一匹と森へと戻っていった。それを、目を皿のように大きくして見る男達に再び振り返った。


「いいか、君たちも許可が下りるまで森に入らないことだ。そのことを仲間に知らせるように。そして僕をヘンリー・ウィンスレット殿の元へ案内してくれ」




 住み慣れた農場は緊張に包まれていた。今にも雪が舞いそうな雲の下、誰もが厳しい顔で走るように歩いている。来るべき戦いにより男達は銃を取り、女達は子どもたちや食料を運んでいた。


 母屋の前には数十人の立派な軍服を着た男達がたむろしていた。きっと、ヘンリーが雇った傭兵だろう。彼らは皆額にしわを刻み、敵襲に備えていた。従業員の一人が、僕に気が付き声を張り上げた。


「ヘンリー様! クリストファー様が戻られました!」


 奥から大きな音がして母屋の扉が大きく開けられルパードが飛び出した。目を大きく見開かれせ、飛びかからんばかりにやってきた。


「クリストファー!」


 友の抱擁を受け止めると、彼はその気障な顔は少し潤んでいた。


「シャインは大丈夫?」

「ああ、お袋さんといる。おまえはどこ行っていたんだよ。心配かけやがって。森でエルフの野郎に喰い殺されたと思った…」


 僕はハッと身を退いた。


「ヘンリーから彼女のことを聞いたのか?」

「何のことだ?」


 その反応に森にエルフが住んでいるということは知っているが、きっとヘンリーは彼女の正体のことを皆に明かしていないのだと知った。


「何だよ、おまえは。ようやく着いたら着いたで恋人のことを心配して。オレたちだってこんな呪われた森におまえを捜そうと何度入ろうかと思ったか…」


 僕はルパードの言葉を最後まで聞いていなかった。母屋の扉から黒い影が現れたからだ。冷たい空の下、プラチナブロンドを煌めかせて男は入り口に立った。


「クリストファー」


 ヘンリーは相変わらず穏やかな声で言った。しかし、その目には微かな苛立ちがあった。


「君はどちらの味方としてここへ来たのかい?」

「ヘンリー殿?」


 僕はルパードの不審そうな声を押しとどめて、きわめて抑えた声でいった。


「ヘンリー殿、お話があります」

「言っておくが、既に鉄道の件は決まったことだ。君が何を言おうと関係ないし、今更君や彼らが悪あがきしても我々は成し遂げる」

「違います。…僕はあなたと取引がしたいのです」


 その秀麗な眉がぴくりとあがる。


 これが、僕がエレヴェンダー王と最後に約束したことだ。絶望的な未来の中、光を勝ち取るための必死の訴え。


 僕は更に冷静な声を重ねる。


「あなたは以前、正当な申し出なら応じると言いましたよね。それから時期は遅くなりましたが、それなりの交渉をしたいと思いまして。もちろんこのことは全く義理や情とは関係ありません。一人の経営者として、僕たちにとって一番公平な話し合いを望みます」


 今更、親子の絆だなんて甘いことは言わない。


 僕たちは黙ってお互いの腹を探り合う。最後にヘンリーは踵を返した。


「…君の意見を聞こう」


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