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逃亡者たち  作者: モーフィー
第三章 Twilight
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73、エルフの王


 ナウサ・エレヴェンダー。


 数年前、滞在許可を得るためにシャインに連れられて一度会ったことがあるエルフの王だ。大理石の玉座に腰掛け、銀髪で灰青色の瞳を持つ堂々としたエルフであるという印象を持っていた。しかし、彼にあまり良い感情は持っていなかった。どうも、一度目の逃亡妨害は彼のせいに思える。シャインは彼が人間を好かないと言っていた。きっと、人間がどういうものか、どのように森を侵略するのか聞くのに違いない。


「これを被っておけ。外は寒いし、エルフはおまえの耳を見れば、生きては王にお目通りは不可能だろう」


 久しぶりの外の空気である。見れば、ちらちらと雪も降っているのであった。


 大理石の廊下を急ぎ足で過ぎ去るエルフたちは皆、顔を険しくし、男も女も伴侶を見つけていない子どもも、簡単な胸当てなどの防具を身につけていた。そして、半数のエルフは剣や弓などの武器を持っていた。


 王に会う前にと、浴場に通された。そこですべての垢を落とし、エルフの衣に袖を通す。


「王の元に案内しよう」


 香を持ったエルフにつれられ、すべてが芸術と言っていい大理石の廊下を通り抜け、たどり着いたのは城の最上階だ。前にシャインと供に謁見した場所とは異なっている。衛兵のエルフは僕の姿を認め、扉を開いた。


「入れ」


 おそるおそる僕は冷たい床を踏んだ。


 予想外なことに部屋は柔らかなデザインだった。政治を行う場にしては少し、人間味のある壁掛けや置物が並んである。一つ一つが技巧な品ではあったが、人を緊張させるものではない。


「クリストファー・ワイズ」


 突然、張りのある声が聞こえた。振り向くとそこにはエルフの王、ナウサ・エレヴェンダーが立っていた。記憶と同じように立派なマントをはおり、銀色の髪は艶やかに輝いていた。僕は慌てて頭を下げる。


 彼は僕に何を望む?


 相手が何を考えているのか必死に見分けようとする。


 しかし、顔を上げたとき、やはり彼は大理石を刻んだような顔に何の感情も浮かべていなかった。


「そなたとは数年前にもこの城で会ったな」

「…ええ」


 慎重に答えた僕に彼はふと笑みを漏らした。


「そう固くならないで欲しい。私がどうしてそなたをここに呼んだか分かるか?」

「人間がどのように森を攻略してくるか、どのくらいの戦力を持っているのかと聞くためではないでしょうか」

「どうかな。そなたは牢に閉じこめられている間、牢番を見かけるたびにわざわざ人間側の事情を、こちらが聞かなくてもいい物を喋ったらしいではないか。おかげで我々は助かったが、もう十分だ」


 僕は押し黙った。牢へ閉じこめられているとき、僕は知っている限りのことを詳しく伝えていた。しかし、エルフたちがまるで無反応に見えたので気にかけていないと思っていたのだ。


「…シャインは? 大丈夫ですか?」


 鋭い横顔がわずかに曇る。


「分からない。何の連絡もないのだ。彼女にはワイズダムが付いている。何らかの異変があればすぐに知らせてくれるだろう」


 僕は拳を握りしめた。


「僕はどうしてここに呼ばれたのです? 僕は人質だと言われ、捕らえられました。エルフは人よりも勝っている。人間に捕らえられた彼女さえ助かれば人質なんて必要ない。…用済みになった僕を殺すため?」

「いいや、違う。人質をとることは私の意思ではなかった」

「僕を苦しめるため」

「さあ、どうかな? それをするならばとっくにしているだろう」


 まるで、謎かけのようだ。僕はいらいらしてきた。思わず牢で過ごしてきたおかげで鬱屈していた気持ちをぶちまけた。


「あなたが人間のことをどう思ってようが僕にはどうでも良いことです。言っておきますが、人間には愛想が尽きました。僕自身が人間であることを消してしまいたいぐらい。本当ならば塔にいるときエルフ達に殺されても別によかった。けれども僕は彼女と約束した。僕は人間だけれども彼女の伴侶だ。…僕はこれから彼女のために生きます」


 王は僕をまっすぐ見つめた。


「君が彼女の伴侶だと?」

「…ええ。彼女のためには僕は喜んで人と戦いましょう。スパイとしてでも、実際に兵としてでも」


 だから、とにかく僕を動かしてくれ。もう何も考えなくてもすむように。けれど彼は意外なことを言った。


「クリストファー、私は君と話がしたくて呼んだのだ」

「話、ですか」


 思わぬ提案に目を見開いた僕に王は優雅に頷いた。


「少し歩こう。こちらへ」


 王はゆったりと背を向け、居心地のよい部屋を歩き出す。彼に逆らえない何かを感じて僕はついて行く。部屋には天井まで届く本棚や意味の分からない木の根っこが無造作に置かれていた。


 それらをよけ、大きく開けられた窓をくぐると、そこは広いテラスが広がっていた。簡単にテラスだと言っても、今まで見てきたものと全く違う。テラス一つがまるごと芸術のようだ。大理石と今なお生きる大きな樹がテラスの土台を構成していた。人智を超えて絡み合う生物と無生物に脅威を感じる。そして、城の一番高いところに位置するそこからはエルフの里が一望することが出来た。エルフの里が山の盆地に位置していることが分かる。


 そして、すぐ下を見ると、これまで見たことの無いぐらい大勢のエルフが城の中庭で何かを待つようにこちらを見ていた。慌てて僕は顔を引っ込める。


 僕はエルフの王が何を言い出すのか分からずただ黙っていた。


「人間がここに立つのはきっと君が初めてだろう。歴代の王はきっと考えもしなかっただろうな」

「…あなたはそれが残念なことだと思いますか?」

「それは、私が人間を嫌っているかどうかと聞いているのだろうか?」


 僕は何も言わなかった。


「私個人のことは置いておき、確かに大半のエルフは人間を嫌っている。なぜならエルフは人間が自分の身をわきまえず、母なる大地を蹂躙していると考えているからだ。確かに大地の意思を無視することは将来的に見ても愚かなことだ」

「あなた自身はそんな人間のことをどう思っているのですか?」

「人がそのように行動しているのは無知故である。エルフ達はそれを欠如して考えている。火の中に手を入れ、自業自得の故泣く赤ん坊に誰が怒ることが出来る?」


 僕は顔をしかめた。


「それは好き嫌いというよりもっと達が悪い。確かに人間はエルフより劣っているかもしれないけれど…」


 そう露骨に言われると。エレヴェンダー王は少し考えたようだが、立ち止まり頭を下げて謝った。


「そうだな。これはエルフ達のおごりだ。そなたの気を悪くした。すまない」


 礼儀正しく許しを請うエルフの王に僕は慌てた。


「そんな、気にしないでください」


 おそれ多くもエルフの王に頭を下げられると落ち着かない。頷いた僕に、彼はため息を付き優美な手で中庭を指した。


「…ここに集まった者たちがエルフの里に住んでいるほとんどすべてのエルフだ」


 色とりどりの髪が冷たい空気の中美しく映え、狼のように堂々と立つ彼らは十分強そうであったがいくらか数は少ないように思えた。それが伝わったようでエレヴェンダー王は付け加える。


「更に森の獣たちもいる。クリストファー、君がこれを見るとエルフは人間に勝てるだろうか?」


 僕は少し考えて頷いた。


「そうですね…。確かとは言えませんが森が戦いの場となるので、エルフの方がおそらく勝つことは出来るでしょう」

「そうだ。我々はそれだけの戦力を持っている。しかし、我々の側に犠牲がないとは言えないのだう?」

「ええ、人は弓よりも発達した銃という武器を持っています。それを使われれば、犠牲は避けられないと思います。それでも、銃は障害物の多い森の中ではそこまで役に立つものではありません」


 王は視線を民の方へ向けた。


 地上で一番優れた種族は人の横暴を阻止してくれるだろう。そして大きなため息とともに王は言った。


「クリストファー、私たちが森を手放そう」


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