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逃亡者たち  作者: モーフィー
第三章 Twilight
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72、彼女の決断


「…シャイン?」


 また、幻を聞いたのではないか? どうしようもない状況におまえは現実逃避したのでは?


 しかし足音は確かに振動となって僕の身体に伝えた。


「シャイン!」


 暗闇から彼女が現れた。髪を結い上げ、見慣れぬ衣装を着た彼女は美しく幻覚にも見えるほどだった。けれども鉄格子越しから触れた、その強い手の感触が現実の物だと僕を納得させた。


「クリストファー…。無事でよかった」


 この際、彼女に触れられれば何でもよかった。すべてを包みこむよう、鉄格子ごと彼女を抱きしめる。彼女の匂い、彼女の髪の感触だ。


「僕は大丈夫」


 震える頬をなぞる。熱く何度も触れる唇がこれまで離れていた時間をすべて凝縮してくれる。


「シャイン様…」


 と、急に響いた声にびっくりしてしまった。人がいたとは思わなかったのだ。少し、彼女を離して周りを見渡すと、三人のエルフが渋い顔をしてこちらを見ていた。シャイン自身、やや気まずそうな顔をして、僕からそっと離れる。けれど、繋いだままの手は彼女の感情を物語っていた。闇に緑色の瞳を怒りに煌めかせ、彼女はエルフ達を睨んだ。


「これは、どういうことだ? 森の番は私だ。森の監視のことは私が責任を持って行う」


 エルフ達は顔を見合わせた。


「…しかし、今は緊急事態です。森は、人間の被害により既に無視が出来ないほど傷ついています。更に、昨日森には大人数の人間が侵入しました。彼らの目的は森林の破壊にあるようです。この評議員達の議決により、森番以外のエルフの介入を採択しました。そして、森を傷める人への制裁を」

「そんなことを! エルフにも被害が及ぶことを考慮に入れてのことか? 人は我らが思うよりしたたかな生き物なのに、生半可な決断ではエルフは滅んでしまうぞ」


 彼らは黙り込んだ。やがて一人のエルフが口を開く。


「…先ほど、牢屋番がこの人間が言っていたことを伝えてきました。彼を人間の元へ返せば、森を救うことが出来ると」


 彼女はハッと僕を見た。僕はぎゅっと冷たい彼女の指先を握りしめた。


「ヘンリーは、新しい経営者が僕の本当の父親なんだ。彼は森を金のために破壊しようと決定して僕はそれを覆せなかった…。彼は優秀だし、今すぐ行動をとらないと手遅れになってしまう。際どい敵だけれども、僕はあなたのために命を懸けてこの森を守る」


 命を懸けて。


 例え、彼を殺し、殺されることになっても。彼女は血の気を引かせた。


「そんなことを…」

「お願いだ、シャイン。僕は約束しておきながら森を守ることが出来なかった。だから今こうしてあなたのために戦おう。こうして戦わないと僕たちに明日はない。けれど、無駄に命を絶とうとは思っていない。僕はあなたの…」


 唇だけで、その言葉を伝えた。言葉に出さなくても分かる。それは彼女にとって生きている意味でもある。


 長い沈黙の中彼女は僕の言ったことを反芻していた。どうか分かってくれ。一度、彼女は僕の手を握りしめるとキッとエルフ達を見返した。


「彼の釈放を! すべての責任は私がとる。彼と私が人の元へ行って交渉しよう」


 その唐突な言葉にはその場にいた全員が反対した。


「シャイン、駄目だ! 君はエルフだと知られているんだ。殺されてしまう!」

「馬鹿なことを! あなたは王位継承者だ。何にも代え難い。この者も出すことはなりません。人質としての切り札です」


 その言葉に、シャインは数秒だけ考えたが、大きく息を吐いた後はっきりと言った。


「…それでは私一人が行ってくることにしよう。この者の釈放が叶わぬならば、私が人への説得を行おう。もしもの時は人質にでも何でもなろう」

「シャイン!」


 僕は叫ぶ。しかし、彼女はそれを無視して仲間の元を振り返った。エルフ達は戸惑うように言った。


「なぜ、あなたが行く必要があるのです?」

「仲間をいきなり連れさらわれた彼らが心配に思わないはずがないだろう。こちらから紳士的な態度を示さなくてはいけない」


 言葉を失ったエルフ達に彼女は低く言った。


「彼には一切の手出しをしないよう。…もしも何らかのことがあったならば、どうなるか分かるだろうな?」


 そして、僕を見て柔らかに微笑んだ。


「クリストファー、そんな顔をしないで欲しい。私だって四百年を生きてきた。自分のすべきことは分かっている。そして、私はこの一生の中で一番幸せであるときはあなたと一緒のとき。私はそれを守りたい」


 そして、彼女は一瞬甘い笑みを閃かせた。


「遅くなってしまった。けれど、帰ってきたら結婚式だ。…クリストファー、愛している」


 彼女は解き放った長い髪を翻し、闇の中へ溶けていった。





 それからどのくらい時が流れたのだろう。暗い牢の中、時間を教えてくれる物は何もない。エルフ達はシャインが言ったことを守り、食事を届けたりしてくれる。暖をとるための火鉢も用意してくれた。待遇は悪くない。


 けれども、僕は人とエルフの戦いがどうなっているかさっぱり分からなかった。食事を届けるエルフに毎回尋ねてみるも、全く埒があかない。天井からしみ出してくる水滴が地面を叩き、心を焦らす。


「シャインは…? 彼女は大丈夫なの? エルフ達は? 人間は?」


 答えてくれる者は誰もいない。


 時間を考えればほんの一日、二日かもしれない。しかし、最初に来たときのようにエルフが闇から現れたときにはもう一週間もここで過ごした気がした。無駄かもしれないと思いつつも鉄格子に掴みかかる。


「教えてください! 彼女は大丈夫ですか?」


 軍備を整えたそのエルフはやはり僕の質問には答えなかった。ただ深い瞳で感情を映さず僕を見た。しかし、次の瞬間牢の閂が外された。


「出てこい。ナウサ・エレヴェンダー王がお会いになる」


 僕は湿った牢から出された。


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