65、懐かしい再会
それから後任のヘンリー・ウィンスレットへの事業細々としたことや、気まぐれのようにやってくる客人の対応に追われながら日にちは過ぎていった。荷物はほとんどまとめられ、もういつでも部屋代わりしてもいい状態である。それでも心はいつでも彼女に会えない痛みで疼いた。
そして、彼女と別れてから四日目、一台の馬車がやってきた。
しっかりした馬車の造りから客人が決して無下にしてはいけないということが分かる。今日の予定に客人が来るとはなかった。馬車の扉は開けられているが、中でどうやら話をしているみたいだ。声からしてご婦人だ。僕は側に立っていたルパードに目配せし、エスコートをしようと馬車に近づく。
「クリストファー!」
突然、聞き慣れた声がして驚く。鮮やかな金髪が目に眩しい。その声が誰だか知るや否や、良いドレスを着たその婦人は馬車から降り、勢いよく僕に抱擁した。僕も久しぶりに会えたので胸がいっぱいになった。
「久しぶり。リリーは元気にしている?」
「ええ、ちょうど軽い反抗期なのよ。だから少しはほっておいた方がいいかもしれないわ」
ぱっと後ろを振り返ればルパードが実に不思議な顔をしてこちらを見ていた。
「クリストファー、このご婦人は…」
ああ、と頷いて僕はご婦人を促す。依然と変わらぬ美しい蒼の瞳は今の生活に満足しているせいか、穏やかになっているようだ。
「僕の母だよ」
「こんにちは。息子がお世話になっています」
母は丁寧に頭を下げた。以前ここに来たときには考えもしなかった上品なドレスを纏い、手入れされたブロンドの髪は結い上げられている。母はルパードに笑いかけた。数秒の間ルパードは固まっていたが、僕のシャツを掴み影に呼び寄せた。
「…おい、あのご婦人は本当におまえのお袋か? 継母とかじゃないのか?」
「何を言っているんだ。顔見れば分かるだろう」
するとルパードは穴が開くほど僕と母を見比べため息を付いた。
「…分身なみに似ている」
そう、僕は母に似ている。髪の色から瞳まで。ルパードはなぜか残念そうだ。この男は何を見ているのか。
「かなり俺好みの美人なのに。なんだ、あれが年上の魅力って奴か? おまえの母ちゃんじゃなかったらよかったのによ。けれど、おまえもあんな母ちゃんに抱きつかれてよく欲情しないな」
「自分の母親にどうしてそんな感情が湧くんだ!」
「例え、結婚してもおまえのパパにはなりたくなかった」
「それなら、事前に分かってよかったな」
ふん、と鼻を鳴らしたルパードだが再び母に向き直った時にはご婦人キラーの笑顔だった。
「こちらこそ、お世話になっています。クリストファーの友のルパード・グリントです」
母はおっとりと笑った。
「ええ、クリストファーからよく聞いているわ」
ルパードはちらりと僕を見て、唇だけで何を言ったんだと合図する。しかし、母に再び話しかけられて会話に戻った。母はずっと喋り続ける。小一時間も経っただろうか。一通りしゃべり、ルパードがしまいにうんざりした表情を見せたとき、次は思い出したように僕に視線を向ける。
「それで、クリストファー、あなたが言っていた彼女とは誰かしら?」
「今日はいないよ」
僕はなるべくさり気なく言った。それにルパードが口を挟んできた。
「お袋さん、この男はですね、自分の恋人が惜しくて誰にも見られないようにいつもかくまっているんですよ。森の中にわざわざ家を造って人目に触れないようにしているんです」
「何を言っているんだ。そんなことない」
「いいや、俺はクリストファーが彼女と一緒にいるときのあんな笑顔は今まで見たこと無いですよ。もう、鉄板に乗せたチーズでも負けますね」
「まあ、クリストファーが?」
母は僕に疑いの目を向け、ルパードはその後ろでにやにやと笑う。
「母さん。こいつの言うことは大体嘘だから耳を貸さないで。彼女、シャインにはすぐに会わせるから。彼女はものすごく素敵な人なんだ。だから、おいルパード! にやにやするぐらいなら荷物を運んだらどうなんだよ」
「はいはい、分かったよ。それじゃあ、お袋さん。客室に案内いたしますよ」
ルパードは馬車から降ろされた荷物を両手に持ち、母に説明しながら母屋に向かう。僕はため息を付いて、それでも母に会えたうれしさはどうしても込み上げてきた。




