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逃亡者たち  作者: モーフィー
第二章 Noon
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58、嵐

後半はR15となっております。ご注意ください。



 彼女は今までないほど明るく笑う。水のように注がれるワインやビールを飲んでいると僕も腹の底から幸せが染み渡っていくのが感じられた。彼女は今までのためらいをなくしたように僕に抱きつく。本当に酔っていると思ったが、それが気持ちいいと言うことは否定できなかった。僕は人の視線を気にすることなく彼女にキスする。おかげで空に放たれた花火を見逃してしまった。辺りでは絶え間ない音楽が流れ、カップル達は我先に踊り場へあがろうとしている。僕は腕の中にいる潤んだ瞳の彼女を見つめた。今こそ思いを伝える時だ。


「…シャイン、僕は」


 その時、間が悪いことに近くの男から合いの手が入る。


「おい、お二人さん舞台に上がったらどうだい?」


 彼女は笑って舞台に促した。観客からの視線を感じながらも、軽快なリズムに合わせて二人とも見まねで単純なステップを繰り返す。時折スカートから見える彼女の滑らかな足に目が奪われる。時折観客からのヤジが飛ぶ。彼女はすぐに勘を掴んだようだが僕は何度か足をもつらせ彼女の足を踏みかけた。


「右、左、左、前だ」

「やっているさ。足が動かないんだ」


 彼女はバラ色の頬をして僕にほほえみかけ、僕の首に腕を投げかけた。僕は足を止めそのまま彼女を抱きしめる。そのまま放さずにじっとしていると彼女は耳元で囁く。


「…もうすぐ嵐がやってくる」


 そっと彼女を放してその顔を見ると、その顔には不思議な表情が浮かんでいた。その滑らかに彫られた横顔を火に照らし彼女はちらりと空を見上げた。そして空はいつの間にか厚い入道雲に覆われていた。僕はちょっと彼女を見る。


「濡れない前に二人でどこかに逃げる?」


 そしてぎゅうと細い腰を抱く。


「いや、ここに」


 彼女は僕に負けず意味深な笑みを浮かべた。彼女は何かを待つように目を閉じていたがやがてほっそりとした腕を何かを孕んだ天に伸ばした。


 次の瞬間ぽつりと雨粒が当たる。突然降り出した雨に人々は違った喧騒に包まれる。


 ご婦人達は借り物のドレスを雨に濡らすまいと屋内に退散し、雷が鳴り出す頃には男達も簡単な後かたづけを終えて屋内へ入り鋼鉄のドアを閉め始めた。たちまち人影はなくなり、雨の中でも燃え続ける松明だけが光源になる。


 彼女は目をつぶり、雨を感じていた。とかされて繊細に結い上げられていた髪は水を吸った重みで崩れる。彼女は笑って髪をふった。薄い生地のドレスは彼女の肌に張り付きその体の線を魅惑的に浮き立たせる。とうとう誰もいなくなり僕らは二人舞台の上に立っていた。人々は締め切った屋敷の中で先ほどの続きを始めているのだろう。


「これで二人きり」


 僕はキスして微笑んだ。そしてもう一度彼女の唇の味を確かめてそっと放す。


「…シャイン」


 僕はからかい気味にでも一生懸命真剣な顔を保つ。そしてハンカチに包まれた銀の指輪をそっと取り出す。その細い手を取り薬指にそれをはめる。


「僕と結婚して…」


 彼女の美しい碧の瞳は不思議そうな表情を持つ。


「人間は将来の伴侶が分かったときに結婚ということをするんだ。そうすれば一緒に暮らせるし、…子どもだって持てる。僕はあなたとずっといられるために森から手を引いてもらった暁に仕事を辞める。そして二人で暮らそう」

「…仕事を辞めると、あなたはそれでいいのだろうか?」

「僕が信じられない?」


 彼女は笑って首を横に振った。そして呼吸の音の下で小さく囁いた。


「…ええ」

「本当に?」

「私が信じられないのだろうか?」


 僕は彼女を抱きしめて口づけた。長いキスに意識が遠のいていきそうだった。今一度夕方の激情が甦ってくる。


 僕は彼女を抱きしめたまま、誰もいないと分かっている小屋の中に入る。潤んだ瞳、真剣にこちらを見つめる表情、赤みの差した頬、それらすべてに口づける。そしてすべては熱かった。彼女は身をのけぞらせる。少しずつ、濡れたドレスは床へと落ちていく。それは僕の衣服に関しても同じだった。こんなに大理石のような冷たさを思わせる青白くても、雨で潤った素肌は熱く燃えている。


 目が回るような移動の末、ようやく着地したところが簡素なベッドだと分かった。


 僕は露わになった彼女の全身に思わず見とれてしまった。角のない身体はどこまでも柔らかそうで、ふっくらとした乳房は果実のように重たげである。その肌は薄明かりの中でもわずかに発光していた。黒く長い濡れた髪が蔓のように絡まっている。


 そして僕は彼女に既に昔の名残がほとんど残っておらず、完成されたことを知った。その一つ一つに口づけていく。彼女は熱っぽい碧の瞳を僕に向ける。どうして、こんなに心が乱れてしまうのだろう。どんなに彼女にキスしてももっと欲しくなる。


「…クリストファー」


 彼女は自分がコントロールできないようだ。それも当たり前、彼女は惚れ薬を飲まされたのだから。それは情愛をかき立てる。彼女の瞳から涙落ちた。


「…大丈夫?」


 彼女は答える代わりに熱いキスを返す。それを最後に僕たちは本能の忘却の渦に巻き込まれていった。



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