55、男たちの視線
屋敷からは溢れんばかりの人がいた。皆、スタンリー・ティグニーのおごりでだされるご馳走にあやかろうと呼ばれてもいないのに来ているのだ。僕と彼女は馬から下り、門番に合図する。
「ワイズ様」
「ご苦労。馬を頼む」
年若い門番は隣に立つフードを被った彼女にぶしつけな視線を当てながら馬をひいていった。フードからわずかに見える物が疑いもなく美的だからであろう。僕はこれから彼女がこのような視線に晒されることの不快を思いながら彼女をエスコートする。
「僕たち専用の場所があるんだ。そこなら人の目もあまりない」
騒ぎは最高潮に達しているようだった。辺りがどんどん暗くなるに連れて、すべての松明には火がつけられ、辺りはまるで昼間と変わらないぐらいの明るさになった。
町の楽団が陽気な音楽を響かせ、しつらえた板の舞台上では既に気の早い者たちが踊っている。あちこちのテーブルで見栄えのする料理がひっきりなしに現れ、そして人々の胃の中に消えていく。ワインもエールも樽ごとだされ、あちらこちらで飲み比べが行われている。
喧騒とも言える中、何度か人とぶつかりそうになり、ようやく僕はテラスに彼女とあがった。テラスではすっかり笑顔のルパードが両手を娘達の肩に回し語っていた。
「…それでな、俺はすっかり使い物にならなくなった銃を捨てて剣を取ったんだ。俺は昔は貴族相手に剣も習っていた。ちょっとばかし狼の奴の耳を切り取ったら奴ら、すっかり怯えてな、犬みたいに逃げていった」
最後をおどけていったルパードの言葉に娘達はクスクスと笑う。
「…おい、ルパード」
ん、と振り向いたルパードは僕を見つけた。
「どうしたんだ、クリストファー」
「どうしたじゃないだろう。僕がさっき言ったことをやっていないで」
「ああ、あれか。あれはもう無理だ。こんなにあっちこっちで起こっているんだ。身体が幾つあっても足りない。…まあ、俺はおまえが来るのを待っていたんだよ」
そう言ってルパードはプレイボーイの笑みを浮かべて、僕とルパードを見ていた娘達に言った。
「口うるさい相棒が来てしまった。また後で一緒に踊ろう」
娘達は口々に承諾しながらテラスから降りていった。
「それはそうといいが、…ん?」
ルパードは僕の陰に隠れるようにして立っていた彼女を見つけた。
「そちらは…」
「彼女はシャインだ」
戸惑うようにフード越しからルパードを見ていた彼女ははらりとマントをとった。途端、ルパードの好奇心の表情がすぐに驚きへと変わっていった。
「シャインです。初めまして」
淡く発光する肌に人間離れした美しい顔立ち。そして、辺りには彼女の甘い香りが漂う。
「…こりゃ、まいったな」
ルパードは一瞬たりとも彼女から目を離せないよう言った。彼女は戸惑うように僕を見た。僕は催眠術にかかったようなルパードに声をかけた。
「おい、名前ぐらい名乗ったらどうだ?」
「…ああ、ルパード・グリントです。どうぞ、よろしく」
「それで、僕は何をすればいいかスタンリー・ティグニーから言われていないか?」
それには答えずにルパードは僕の腕を引っ張ってテラスの隅っこで僕を見る。
「…おまえに以前、女の見る目がないっていったことあるか?」
「いつも言われている」
「取り消す。どうしたんだ、あんな美女。なかなかいないぞ」
僕は肩をすくめた。だが、親友の彼女への絡みつく視線が気になって言う。
「手を出すなよ」
「さあな。おまえがあの娘からちょっとでも目を離したらふらふら言い寄ってしまうかもしれない。…
そのためにはずっと手をつないでいるんだな。というか、おまえどうしてあんな挑発的なドレスを送ったんだ? 彼女の趣味ではたぶんないだろうが、男がずっと彼女を見ている」
「え?」
しかし、本当のことのようだ。辺りの男達は彼女の芸術的な肢体に目を奪われている。
「ばか」
ようやくルパードが離してくれたので僕は心細げな顔をしている彼女の元に戻った。
「なんでもないよ」
彼女は安心したように笑った。それでも僕は何気なく彼女の前に立ち、好気な視線から彼女を隠す。
「それじゃあ、そっちのカップルさん。スタンリー・ティグニーがお呼びだ。と、そちらのお嬢さんも同伴と言うことで」
「そんな」
顔をしかめる僕にルパードは真面目な顔に戻って言う。
「おまえらがそうだって事だとあいつが知っているとしても、この事業を成功させないといけないからおまえをそう扱うことはしないだろう。いくらあいつが童顔だって大人なんだから。普通に構えていればいい。…見た感じだとおまえらの仲に入ろうとは並大抵の事じゃないって分かるだろう」
それから彼女にも笑顔を向けた。
「あちらにスタンリー・ティグニーやお偉いがたがいるはずだ。…お嬢さんのマントはここに置いていった方がいいようだ」
彼女の滑らかな背に手を回し、ルパードに教えられた所へ向かう。
「…さっきの人はあなたの友人だろうか」
「ああ、良い奴だけれど、女の子に目がない」
彼女は面白そうに笑って髪の房をいじった。彼女の長い髪はすっきりとまとめられているが尖った耳は絶妙に隠れている。僕らと立ち会う人々はどうしてか二度僕たちを見る。




