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逃亡者たち  作者: モーフィー
第二章 Noon
43/84

41、山から下りてきたエルフ

 スタンリー・ティグニーは既にいなくなりこの場には僕と彼女しかいなかった。僕はおそるおそる尋ねた。


「…本当にシャインなの?」


 黒い人物はこくりと頷いた。


「どうしてここに」

「…私も人間のことをもっとよく知りたい。大丈夫。あなたには迷惑をかけない」


 黒い布越しに聞こえる彼女の声はどこか楽しそうでもある。それでも僕はとまどいを隠せなかった。呆然と立ちつくす。彼女が人間であったらと何度も想像したこともあったけれど、今現実にそこに彼女が立っていると何か違和感が生じる。現実に生じた夢といった具合だ。それに、今はまずい時期である。アン・ティグニーと交際を重ね、目を覚まそうとしている時に夢の精である彼女が現実に現れる。なんだがこれからのことを考えると頭が痛くなりそうであった。しかし、一方では相反する感情が存在していた。また彼女に出会えて心が弾んでいるのは隠せなかった。僕は戸惑いながらもぎこちなく言った。


「ん、まあ、部屋にご案内しましょうか」


 僕は馬を使用人に預けるとシャインは囁いた。


「あなたはここでの主のような者なのか?」

「え、うん。まあそんなものかな。けれど今のところの実権はあいつ、スタンリー・ティグニーにとられているけれどね」


 彼女は納得したように頷いた。森の中では溶け込むような黒衣もここでは変人に見えるらしく来る人来る人が奇異の目で彼女を見る。顔まで隠す服装が不思議なのだろう。といってもここで顔をさらしてももっと人が集まるのは確かだった。僕は気になっていたことを聞いた。


「スタンリー・ティグニーに何をしたの?」


 彼女は布の下で笑った。


「彼が馬から落ちていたのを助けた。あなたと契約しただろう? 人間も森の加護の対象となった。私も困っている人がいたら出来るだけ助けよう。ただし人も森が困っていたら助けなければいけない」

「うん。あなたは道を造ることを許してくれた。だから僕も昔は畑であったところを森に帰そうと思っている。畑を維持するにも人手がかかるし」


 僕は客室の一間を彼女に与えた。


「僕からみんなに言っておく。何か欲しいものがあればそばにいる人を捕まえて言って欲しい。それから僕の部屋はここからまっすぐ行ったところの奥の部屋だから何かあるなら訪ねて欲しい」


 彼女は首のところで固定している紐を解き、頭に被った布を解き払った。途端、豊かな髪があふれ出す。こちらを向いた彼女は碧の瞳を光らせ薄く笑みをひいていた。夕日の朱色を弾く肌はそれだけでも芸術品である。特に更に赤みを増して光を弾く唇は魔性の物だ。僕は顔を赤くなるのが自分でも分かった。何度見ても新鮮さが失われない彼女の容貌。彼女はやはり楽しそうに言った。


「…それでは、クリストファー、私に人間らしい服を貸してくれないだろうか」




 僕は彼女を衣装部屋へと連れて行かなければいけなくなったのだが、その尖った耳を隠すためにはもう一度布を被らなければいけなかった。そのおかげで、管理している老女には変な顔をされた。


 すべての衣装をただいまアン・スタンリーたった一人のために用意されているため、数は少なかったがさすがに流行の物が多かった。僕はドアの前に立って考えた。どうしてこんな事になったのだろうか。こんなにはしゃいだようの彼女を今まで見たことない。考えれば考えるほど混乱してくる。しかし、奥で彼女がたてる音に僕は不埒な考えがむくむく湧き起こってきた。今まで女らしい彼女を見たことないがどんな風にドレスを着こなすのだろうか。


 彼女が何のためらいもなくドアを開けたとき、僕は少しだけがっかりして、それでもこれが一番彼女にとって妥当だと思わざるをおえなかった。彼女はアン・スタンリーが身につけていたような男物のシャツとズボンを身につけていたのだ。そこに耳のとんがりが絶妙に見えないよう簡素に髪をくくっている。しかしそれらを着ていても彼女がもつ生来の女性の曲線は隠されておらず、それらが逆に魅力となる。僕は男物を着てもなお艶めかしい女性を初めて知った。しかし、普通の女性とは一線をきして強い光を放つ碧の目も相まって一瞬凛々しい青年にも見える。それらのアンバランスが人の目を引き寄せた。しかし彼女は自分の風貌に自信がないようで危ぶむように自分の姿を見る。


「動きやすい服を選んだのだが…おかしくないだろうか?」

「大丈夫、だと思う…。女の人は大体スカートを身につけるんだけれど。あなたがこれを気に入ったならば」


 僕はさきほど睨まれた老女が口をあんぐり開けて彼女を見るのを見つけた。僕は何となくそわそわして彼女と共に夕食の席に急ぐ。彼女をこれ以上他の人の目に晒したくない。それが本音であった。


「シャイン…あなたのことをどう彼らに説明する?」

「どう、とは?」

「娘一人が森の中に住んでいたら誰もがおかしいと思う」

「そうだな…」


 彼女は面白がるように考え込んでみせる。彼女の表情は僕の心配に関わらず無邪気だ。


「森に住んでいる人間。樵と言ったかな? エルフの伝説でもよく聞く人の存在だ。それだと言うことにはならないか?」

「女の人は樵にはならない。その娘ぐらいにしよう」

「分かった」

「後、シャイン。言葉遣いをもう少し女っぽくした方がいいと思う…」


 僕は冷や汗をかいてきた。彼女は先ほど大丈夫と言ったが、こういう調子では先が思いやられる。それでも彼女は元気よく頷いた。


「努力しよう」


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