34、縁談話
「…お、おい、ワイズ様だ」
「生きておられた!」
足を引きずりながら帰還した僕を皆は驚き迎えた。人々の歓喜と驚きの中で同じく生き延びたようのルパードがやってきた。彼は軽傷であった。僕たちはお互いまた会えたことを喜んだ。
「おまえ、どうしたんだ?」
「おまえこそ。あんな森で。…俺は、あいつが刀を振り上げておまえを」
「いいや。やりかけの事業を残して置いては死ねないよ」
ルパードは笑って包帯の下にあるじゅくじゅくとした腕の傷を見せた。獣の歯で裂かれたような切り傷だ。
「噛まれたときの傷だ。どう思う?」
「傷が残るだろうな」
「そこだよ。ご婦人に見せたらどうなると思う? これで心をつかめるぜ」
しかし、運が良く生き延びた僕らと対称に何とかたどり着けまではしたが、亡くなった者もいた。村の牧師を呼んで皆で手を合わせると、その数は片手を超えていた。
言えば、状況はむしろ悪くなっていた。僕もルパードも傷を負っていたし、不安は高まっていた。
ルパードはもう一度最新式の武器を持ち森へ行こうと提案したが、彼らは拒絶した。
「全くのお手上げ状態だよ。奴らは怖がって動こうとしないし、おまえまでしばらくは動けない」
事態がなかなか進まないその数日後、更に悪いことに工事の視察団がやってくるという知らせが入った。ルパードは苦虫を噛みつぶしたような顔で言う。
「…ああ、資金源の息子がオレたちの事業を見たいとさ。どれだけ金を吸い取れるかを視察しにくるわけだ。将来、オレたちがよっぽど稼がないとこいつは永遠に金を吸い取られる。しかも、今はあの森のせいで工事は進まず、吸い取られるどころか倒産寸前だ!」
と、ふと僕を見た。
「…しかし、だな」
ルパードは言葉を切った。その視線が気になる。
「なんだよ」
「あそこにはちょうどお嬢様がいて結婚相手を捜していると言っていた。確か将来の有望な若者に嫁がせたいと漏らしていた。…おまえ、どうだ?」
まるっきり予想もしていなかった展開に思わず言葉を詰まらせた。
「と言われても、会ったこともない相手だし」
ルパードはにやにや笑った。
「そこは心配ない。お嬢様はある程度の美人らしいぞ」
一瞬、豊かな感情をたたえた碧の目の彼女の姿がよぎる。どうしてこんなときに彼女を思い出すのだろうとうんざりした。
「それでも、そりが合わなかったらどうする?」
「まあ、ものはためしだな」
僕がややまごついているのを見てルパードは僕よりも老成した目をしていった。厳しい世を渡る中に自然に身に付いた彼の世界観だ。
「おまえ、結婚は愛し合っている二人が幸せになるものだと思っていないか? 確かに、世の中にはそんなものもある。しかしそれはそんな暇がある少数の奴らでしかない。しかもその愛が崩れたらどうする? 二人を繋げていたものはなくなり、すぐに砕ける。…愛のある結婚は脆いもんだ。それよりは将来を見据えて、どんな嫌な相手とでも結婚をした方が得だ」
彼の理論は正しかった。頭ではそれは常識だと分かっているが心ではどこか甘い夢を見ていた。しかし、心もその考えを受け入れるのにはまだ若かった。何も言えない僕にルパードは冷静に声をかける。
「おまえがお嬢様との縁談を受けるならおれが手はずを整えても良いぞ。言っておくが、相手は美人だと噂だし、器量もいいのだろう。それだけでも幸運だぞ」
「…おまえがお嬢様とっていうことはないのか?」
「俺は、この前見合いを済ませてきた。今度の春には結婚する」
僕はびっくりしてルパードを見た。このヘラヘラした親友がすでにしっかりと相手を決め、すでに結婚すると決めている。僕は何となく彼は遅く結婚するのだろうと思っていた。パーティーなどに言っても女をたぶらかしてばかりいる友人がそんな決まった道を歩くわけはないと思っていた。しかし彼はしっかりと将来を見極め一歩一歩歩いている。なぜか、彼と引き離されたようでズキンと心が痛んだ。
「…じゃあ、そのことを言っておくからおまえも準備しておけよ」
「…ああ」
「しかしだな、奴らが来るまでに何とか状況を展開しないとなあ」
僕は彼女を思いだした。僕を見たあの瞳には何か隠れている。昔彼女とあった何かが…。
「僕がもう一度行く」
ルパードが振り向いた。何か言いかけようとするのを遮る。
「大丈夫だ。供と武器は必要ない」
「おまえ、何をするんだ?」
「ちょっとね。思いついたんだ。大丈夫」
「しかし…!」
「僕には良い考えがある」
結局ルパードは頷いた。僕に強要は出来ないし、何しろ他に手だてはない。猫の手にもすがりたい気持ちなのだ。




