30、新しい理論
僕らは服装を整え、全体に集合をかけた。母屋の前のやや開けた広場に人が集まり始める。老人や、若者、一緒に働いたことのある人だっている。そして僕は人々の後ろ側に、昔僕を愚弄した若者の塊を見つけた。興味のなさそうな顔でこちらを見ている。僕は今ではここにいる誰よりも偉い存在なのだ。やろうと思えば、彼らに制裁を下すことも出来るのではないか。僕は意地悪い考えに踊った。
粗末な衣服を身につけた小作人達の前に立ったルパードは糊の利いたスーツを着こなしていて既にロンドンで評価されているようなやり手の経営者のように見えた。彼はぐるりと、彼らを見渡す。
「私はルパード・グリント、こちらはクリストファー・ワイズだ。オーウェン・ゴードンに変わって今度からここの経営者となった。まずは挨拶を言おう」
彼らは何の反応もない。経営者が変わろうと自分たちの生活は所詮変わらないと思っているからだ。しかし、僕たちは案を用意してきた。彼らのやる気を引き出すこの時代に適した物だ。
「私たちがここを管理するに当たっては先代とは異なる形式を用いる。それは諸君にとっても良いことだ。もちろん、きちんと働いた者にはだが。今までは個々の仕事の達成度に関わらず皆に同じ給料は配給されていたはずだ。しかし、それは今日限りで止めにする。私たちが行うのは個々の成績を見て、給料額を決める。一生懸命ここの繁栄に手を貸してくれた者は優遇しよう。また、暇を見つけて森を開墾した土地には十年間の借地権を与える」
土気色をした彼らの瞳に光が宿る。彼らの暮らしは貧しいものだった。昔味わったことだから知っている。安い給料で腹を空かせながらの重労働。それによって労働質は落ち、ここは近代化の波に乗り遅れたのだ。
しかし僕たちの論は違う。労働者一人一人の質を上げ、全体の質の向上をはかる。例え、今は損をしても根気強く行っていれば将来必ず実を結ぶ。
「そこでだ、君たちがやって欲しいのはこれだ」
ルパードは袋から石炭を取り出し宙に晒す。
「石炭だ。これが山に大量に眠っている。諸君にはそれを取り出して欲しい」
「そんな、煤の塊を?」
皆は信じられないように手の中の黒い物体を見る。ルパードは笑みを浮かべる。
「ああ、そうだ。ロンドンに行って正しい手だてで売ればこいつは金ほどの価値を持つようになる」
彼らは驚きの声を上げた。こんな者を喜ぶなんて都会とは何と不思議なところなのだと呟く声もある。
「ただしだ、このことはよそには漏らさないように注意してくれ。さて、これから石炭掘りの構成を行う。子どもと女はこちらに、体力のある男はこっちだ」
僕たちはロンドンで雇った、工事の指揮者を呼び寄せる。彼らは怒鳴り声を上げてまたこのグループを分け、そして細かい仕事内容をそれぞれに伝える。彼らはこれからずっと石炭掘りの指揮につき、統率を行っていく。
僕はよどみなく動く人々を見て満足に頷いた。
「これでここも炭坑の町となっていくのだろうな」
「今はこんな、田舎にしかおもえないけれどな。おまえが言うのだからそうなるのだろう」
僕らは風の噂で聞いたことのあるゴールドタウンという町を思い出した。世界のどこかでは金が流れている川があるという。そこに集まった人々は川をさらい、その金を売り金持ちになって町から去っていくという。昔この話を聞いたときには荷物をまとめてすぐにでも出発しようと思ったほどだ。そんな町の開拓者は今では僕たちである。
「よし、明日には山を見に行くぞ。早い中に寝ておこう」
「だいたい掘る場所はめどがたっているのか?」
「まあな。今専門家と現地の奴をやらせている。夜明けには決まるであろう」
用意された寝所に早々と着き、僕たちは早く明日の朝が来ないことかと待ちわびながら眠りの中にとけ込んでいった。




