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逃亡者たち  作者: モーフィー
第二章 Noon
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29、取引相手

「ようこそいらっしゃいました」


 しなびた執事はそう言って、深々と頭を下げた。昔は僕に対しても母に対しても高圧的な態度しかとってこなかったのに皮肉なことだ。但し、彼はまだ僕のことに気づいていないのかもしれない。なぜなら彼は常にぺこぺこしていて僕らと目を合わせたことがないからである。


 ルパードは一生懸命こびを売ろうとする執事にはまったく興味を示さず、辺りを無遠慮に見渡す。


「…全く、ひなびたところだな。ここに石炭がなかったならば誰も来るはずがない」


 執事はそれに対しても何も反論することなくただ、調子を合わせていた。ルパードは客観的な感想をしばらく述べていたが、やがて切り上げるように言った。


「それで、ご主人はどこにいらっしゃる? すぐにでも交渉に入りたいのだが」

「ええ、ああ、はい。ご案内いたします」


 それから、側に控えさせた従者達に僕たちの荷物を全部預け、前を歩きながら饒舌に語りだした。踏み固められた道を、僕にとっては懐かしい道を歩く。


 新芽の匂いをはらんだ春風が吹く。僕が嗅いだことのない匂いだ。ここは、宝の山が眠る土地だけではなく、植物にとっても豊かな土地であるのだ。


 九官鳥のように話す老人をルパードは半分聞き流しながら、周りを計算高く見渡している。たぶん、彼の頭では石炭をとるための建物と、お金が同時に入り交じっているのだろう。ガタのきた母屋につき、ようやく老人の舌が止まり、ルパードの顔が引き締まる。


「ま、気楽に行こうぜ」


 僕は荷物を運んでくれた少年の従者達にチップを渡し、ルパードに続く。今度はシャロンに誘われ、気まずい思いをしながら入るのではなく、対等な立場の者として。


 僕が心配していたことは、僕を拒絶したシャロンの父親であるロブ・ゴードンが取引相手としていること。しかし、実際にテーブルに落ち着きなさげにいたのはロブ・ゴードンとは対照的に痩せた男であった。


「は、初めまして。オーウェン・ゴードンと申します」


 ルパードはちらりと僕を見た。父ではない。たぶん、シャロンの兄となる人であろう。僕は密かにほっとした。

 彼には父親が持っていた風格はなく、僕らの初めての商売相手としても物足りなさを感じさせた。もしかしたら僕らが手を付けなかったら、たちの悪い者に土地を安く買い取られていたであろう。まあ、僕たちも買えれば買える分安く買うが。しかし、こんな元で働いていたと思うと怒りさえ感じた。


「どうも、私はルパード・グリント。そしてこちらはクリストファー・ワイズです」

「ええ、存じております」

「あの、失礼ですが商談の前にお伺いしたいことがあるのですが」


 僕は言う。


「な、なんなりと」

「僕は昔ここに勤めていました。しかしながら、先代のゴードン氏はどういたされているでしょうか」


 彼はびくりと顔を上げた。


「つ、勤めていた」

「ええ。母と共に秋だけでしたけれど。シャロンお嬢様は元気でしょうか?」


 僕の業務用笑みに何か、含まれていないかと探すのがありありと分かる。まだ若いのに皮汗をかきながら彼は脳味噌をフル回転させる。


「…ええ、妹は遠くに嫁いでおり、元気です。あの、父があなた様に何か悪いことをしたでしょうか」

「いえいえ、ただ若い頃はお世話になったと挨拶の一言ぐらい言いたいと思いまして。それでお父上は?」


 彼は手に持った布きれでやや薄くなった生え際を拭いた。


「父は三年前、工事の着地具合を見に森に行ったのを最後に亡くなりました」

「そうですか。それは失礼しました」


 精力的な父親を亡くしたのを期に、ここは衰えていったのであろう。パッとしない息子がぐずぐずしているうちに近代化の波に乗り遅れ、買い手がいるうちに手放してしまうのが関の山という所だろう。やはりマンネリズムとは良くないものなのだと納得する。しかし、僕たちは彼らが出来ないことでもできる。


「横道に逸れてしまいましたね。それでは本来の目的である商談の方に移りましょうか」

「は、はい」


 僕たちはロンドンから呼んだ証人を僕らとオーウェン・ゴードンの間に立たせて商談を開始した。商談は面白いように簡単に進んだ。この息子は新しい商売も知らず、僕らが提示した値段に飛びついてくれた。ルパードと目を見合わせ、無理だと思っていた条件を盛り込んでいく。最後には息子の顔が歪むのを強引に頷かせ、取引は成立した。


「これを持っていけば、あなたは大金を手に入れられる。そしてこちらは土地と使用人を預かることになる。商談成立だ」


 オーウェン・ゴードンは汗ばんだ手で証文書を受け取ると、早々に礼をして立ち去った。この後は新しい金でまた商売を行うのか、そうでないかは定かでない。証人に謝礼金を払い、部屋に二人きりになったところで今まで神妙な顔をしていたルパードの表情が崩れた。同時に僕の顔にも笑みが広がっていくのを感じた。肩を強き叩き、歓喜の声を上げる。


「やったな! これからやっとオレたちの事業が始まるんだ。全く、最高の出だしだ」

「ああ。そうだとも!」


 僕らがいる母屋、周りに建った建物、そして広い農場と周りの森の開拓権、それらがすべて僕らの物になったのだ。それを知り、再び歓喜する。


「よし、それじゃあオレたちの夢を手助けしてくれる従業員たちにも挨拶しに行こうじゃないか」


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