27、事業
そう言って、一ヶ月が経つ。しかし、ルパードからは音沙汰がなかった。心の片隅でそれを気にしながら時は流れていく。
自室で届いた郵便物に目を通しながら、紅茶の香りの中、リラックスしているとカツカツと靴音を響かしてルパードがさっそうと部屋に入ってきた。
「おい、クリストファー。忘れてないだろうな。オレたちの事業を始めるぞ」
「ずっと音沙汰無かったくせに」
それを無視してルパードはどさっと、机に資料を投げ出した。
「ロンドンから離れた村だ。そこでは大地主が大部分の土地を管理していたらしいが、訳は分からないが売り出したいそうだ」
僕はルパードが持ってきた資料をペラペラめくる。
「それで? こんな寒いところ。まさか、僕たちは小麦を作るつもりか?」
「まさか。おまえは今が何の時代か知らないな。蒸気機関だよ」
「そのくらいは知っている」
憮然と答えた僕に再びルパードは袋を投げた。ごろごろと音がして、中を開けると漆黒の塊が入っていた。目を見はる僕にルパードは得意げに言う。
「石炭だ。そこでは上質な奴が取れる。Aランクの奴だ。誉めてくれ、一番早くに情報を入手した」
僕は粗い麻の袋から黒い石を取り出した。わずかに砕け、手にはざらざらと炭素がつく。ずっしりとした重さと硬さは価値の大きさを伝えてくる。
「すごいなこれは」
「だろう? うまくいけば金塊以上の価値を持つ。ロンドンでは蒸気機関をつかった機械が流行っている。しかしその一方燃料となる石炭の量が全然足りない。オレたちはこれを金持ちの奴らに高額で売り渡すのだ」
「で、その地主はいくらで応じると言っているんだ?」
「だいたい百万そこらだ」
頭の中で暗算してみてもこれはまたとないチャンスである。
「こちらで用意できる金は?」
「ちっと足りないがまあ、何とかなるだろう」
「ようし」
ニヤリと笑って僕とルパードは顔を見合わせた。今、初めての商談の船出が始まるのだ。僕の理論とルパードの行政で一山築いてやる。
僕は早速、膨大な計算式を書きだし、そこから出した金額と予算見込み金と睨めっこししながら着実と積み上げていく。そうしてできあがった原案をルパードに渡した。彼は彼で現実的な視野で数カ所訂正しただけで大本の筋は僕の案を中心にしてくれた。もちろん本業の勉強も同じく行わなければならず、単位を落としそうになってヒヤヒヤした。計画の後半になるとルパードの出番が増えた。彼の行政能力もたいした物であれやこれやと支持者が集まってきた。
「よし、後はこれを持って銀行へ貸し入れ願いを頼むだけだ」
そう言って、いつも陽気さはやや疲労に隠れ、しかし満足したようにルパードは言った。数ヶ月そこらで書いた紙束をパラパラとめくり僕はルパードが食堂からかっぱらってきた安物ウィスキーをちびちび飲む。たちまち酒に弱い僕は頭がカーッとして涙をこらえた。それを見たルパードは瓶を取り上げる。
「まったく、酒は暇に飲むもんじゃない。楽しむために飲むんだ」
僕は手を伸ばして瓶を取り戻そうとしたが、くらくらしてきたため止めた。代わりに大きなため息をつく。
「やっと、それらしくなってきたな」
「まあね。クリストファー、おまえのおかげだ」
僕は笑って、長くなった髪を掻き上げた。ルパードは瓶をあおり、おもむろに尋ねた。
「そういや、おまえ結婚の方とか決めているのか?」
いきなりの話である。やや酔いが醒めてルパードのほうを見る。からかっているかと思ったらそうでもない。
「いや、よ。おれたちはまだ地位も実力もないから後ろ盾のある嫁を取った方がいいというだろう。俺はある人に紹介されて今度お見合いに行くんだけれど、おまえはどうするんだ?」
「結婚だなんてまだ早いだろう」
僕はびっくりしていった。事業を行うと言っても僕たちはまだ学生だ。結婚だなんて…。それを感じ取ったようにルパードは言う。
「いーや、そうでもないぞ。結婚って言うもんは保険のようなもんだ。こっちが倒産したら助けてくれる、有名所とのコネが出来る。良いことづくしだ。おまえも早めに決めた方がいいぞ。何なら俺が紹介先を探してやろうか?」
僕は黙る。結婚とは自分が愛する人と出来ると純粋に信じているわけじゃないが、如何せん、このルパードの口調と言い、ただの契約を結ぶような無感情。僕には何か心の奥底で引っかかる物があった。夢で時折見るような幻で理想な存在。そんな人がこの世界にはいるような気がした。
言葉を濁した僕をルパードが笑い飛ばす。
「おいおい。好きな女がいるのだったら金をもうけて愛人に迎えればいいじゃないか。結婚をしたって恋は出来るさ。とりあえず、お見合いでもしてみたらいい。な? それじゃあ、誰か適当な女がいたら紹介しよう。いいな?」
「ああ…」




