26、親友
静まりかえった講義室の中、今日も僕は彼と供にいた。
「…一応、昨日、手紙は渡したんだけれど返事がなかったんだよ。というわけで、おまえ、メアリー嬢を呼び出してくれないか?」
学校内の親友とも言えるルパード・グリントは言った。彼は赤っぽい髪を持ちそして女性にもてるすっきりとした顔を持っていた。
そんな彼は必死な顔をして頼んでいた。その必死さは伝わるものの彼は別にメアリー嬢にお熱というわけでもなかった。
「一生のお願いだ。今月は仕送りが無くて女に回す金がないんだ。こんな男ばっかりの所では息が詰まる。な、おまえが頼んだら大概の女はついてくるだろうよ」
手を合わせて頼む彼に僕は苦笑した。
「それだったら、何で僕に頼むんだ」
「だって、女に興味が無くて、それでも引っかけるのがうまいといったらおまえだろう」
そう言うことをぬけぬけと言う。けれどこの男を僕は嫌いではなかった。更にこびを使って頼み込むルパードに言い返す。
「女がダメなら男だっていいだろう。それに僕は女に興味がないわけじゃない」
「ここらの男に何を求めるんだ。まったく、いるのはかちかちのぼんぼんか、もしくはびらびらした天狗だぞ。くそ、おまえのおかげで半分ぐらいの女を逃がしているんだぞ」
鼻をすすって引き上げた彼は同じように教壇にもたれかかった。ストレートの髪を長く伸ばしてリボンで結い、上等物の上着を粋に着ているが彼は正統な将来を約束された青年ではなかった。聞いたところによると幼いころ資産家の父を亡くし、路頭に迷った大勢の兄弟を、その後は母が切り詰めたり家のものを質に出したりして生計を立てていたらしい。そして、彼は自らの道を切り開かないと言った。
「世の中ものをいうのは金だからな。だから俺は一旗たててやるんだ」
そしてそんな彼とは以外と気があった。自分自身今は資産家の息子となっているものの、将来は家からの援助を絶ち、自分自身で生きていかなければいけないのだ。似たような境遇の中お互い競い合っていた。
「…まあいい。しかし、おまえに女がいるとはな。何でもっと早く言わない」
「はあ?」
「さっき言っただろう」
僕は思い返してみた。横からルパードが口を挟む。
「興味があるって言っただろう。相手は誰だ? もう寝たのか?」
頭の上まで血が上ってきたが、すんでの所で気づかれずにすんだ。同い年の男子にそれを聞いて顔を赤らめるのを気づかれるほど恥ずかしいことはない。
「…何でおまえはそうすぐ結びつけるんだ。興味はあると言ったが出来たと言うことにはならない」
「おまえが好きになったと言ったら女は断るはずがないだろう」
そう彼に言われるたびに変な気分になる。鏡を見るたびに見つかるのは昔よりは大人びたが、やはり青白い顔をした青年だった。みんなと同じように格好としては流行の物を身につけているがそれが何か自分の容姿を変えているようには思えない。ただ、仲間の常識として身につけているだけだ。
「その女っぽい顔が女にとってツボなんだろうよ。まあ、俺が言える事じゃないが」
彼はわざとそうしたであろう前髪をなでつけた。それによって彼は年よりも幼く、そして女っぽく見える。こびを売ったときの笑顔が人を引きつけるのもこの前髪あって成るものであった。答えに窮して黙っている僕に更に畳みかけるように言う。
「さあ、さっさと白状するんだな。何なら俺が手助けしてやってもいいぜ」
「よけいなお世話だ。…さて、これからジョンソン氏の所へレポートを提出しに行かなくちゃいけないから失礼するよ」
ルパードは顎に手を当てて考えた。
「ジョンソン氏は一週間の休暇を取っていないそうだぞ。なんだ、おまえジョンソン氏とも面識があるのか。確か、彼は気に入った奴しか研究所の出入りを許していないそうじゃないか」
「そうかもしれないが、僕の場合はそうでもないと思う。ただの茶飲み仲間のように思われている節もあるし」
「いやいや、謙遜する必要はない。俺はおまえの才能を認めている第一人者だからな。どうだ、俺にそのレポートを見せてくれないか」
僕はしぶしぶとカバンに入れていた紙束を渡した。彼は真剣な顔をしてそれを眺めていたが、やがて頷いた。
「どう思う?」
「やっぱりな」
ルパードは真剣でそれでいて生気のある瞳で僕を見た。
「おまえの理論は美しい。但し、それを実践に活かすとなるとおまえには無理だろう」
思わず、ルパードを見た。
「姑息な物はなくて、すべてが法に基づいている。それでいて茶目っ気があって相手がいかにも飛びつきそうな条件を備えている。ある意味、芸術みたいなもんだな。もしも、おまえが芸術家で紙の上のことなら、これは素晴らしい経済大書となるだろう。しかし、現実は生きている人間が相手で予想外の要素も多い。率直に言えばおまえがそんな対処には向いていない。な?」
図星である。そのことは先生方にもよくよく言われてきたことであった。返答が返せない僕にルパードは言う。
「その面、俺はそんな理論を組み立てる頭には恵まれていない。まあ、その代わり、細々とした理論が行き届かないしわ寄せは得意中の得意だ。…それで、俺が今日おまえを呼び止めたのはメアリー嬢の事じゃあないんだ」
疑いの目で見た僕にルパードは言い返す。
「本当だ。…期待はしていたけれど」
僕は手に持った紙束と、ルパードの野心に満ちた目を交互に見る。
「一緒に組んで商売をしないかと?」
「そういうことだ。おまえの理論と俺の行政能力で。卒業するまでにはポケットに一杯札束を詰めて金持ちになるんだ」
確かに彼は、見た目はちゃらちゃらとして、気の向くまま動き回る能のない人間だと思われやすいが、いったん足を踏み入れるとどこまでもまっすぐな芯があり周りを冷静に見渡す確かな目があった。
「穴はあるのか?」
緊張して僕を見ていたルパードはニヤッと笑った。
「一つ、いけそうなところを見つけた。一人では難しいと思っていたがおまえが来るなら勝率は間違いないだろう」
「分かった。商談成立だ」
「おお、それでこそ我が親友殿だ」
にっこりと人なつっこい笑みを浮かべたルパードはその印にかたく握手した。
二章は経済絡みで展開していきますが、全くの適当です。どうぞ見逃してください




