24、謀られた罠
激しいショックにも関わらず僕の表情は変わらなかったらしい。ただ、彼女となった彼を見つめているだけである。それでも心では一回り成長した雛が飛び立とうと暴れる。
シャインが、女?
そんな、僕たちは永遠に年をとらない。男でも女でもない。二人ともそんな存在だったはずだ。
思わず一粒の涙が頬を流れた。彼女の顔があせていく。一瞬の秋の香りのような思い出が冬の雪の重みに押しつぶされる。その時、跪いた若いエルフの一人が尋ねる。
「…陛下、相手の伴侶とは」
目を伏せていた彼女はそっと僕を見た。白い面のような顔に期待の朱が散った。何かを伝えようとするように唇が微かに動く。
将来、共に暮らし、子を育て、いたわり合うパートナー。伴侶はエルフでなければならないのか、それはそうであろう。人間とは憎む存在なのだから。
しかし、彼の明るく輝く瞳はそんなものは関係ないと言っている。過ちを隠してでも彼女は構わないと思っている。
細い腕が上げられ、彼女の指先の先にエルフ達の目は吸い寄せられる。ほっそりとした指先の人物は一人しかいない。エルフ達は指が完全にさされる前に相手が誰なのかどうか分かっていたに違いない。
しかし。
「お待ちください」
一つの冷静な声が挙がる。立ち上がったエルフはみんなの注目を集め、言った。
「みなさん、このものが誰だか分かっているはずですよね。エルフではない、人間です」
もの柔らかな態度のグラナ・アキュベーは僕を見る。
「エルフが、しかも王が人間と結ばれるということはあり得ません。きっと、人間の新たな魔術によって陛下を欺いたのでしょう」
それから、驚いた顔の彼女を見る。
「陛下、彼が何者か分かっておりますよね」
ほんの数言だけだったが効果は抜群であった。エルフ達は瞬時に黙り、僕と彼女とグラナ・アキュベーを見る。彼らの口から疑問や疑いが現れては消える。今まで、人間を伴侶にしたエルフはいないと。
そして、ある一人が漏らす。
「それでは真の伴侶とは?」
「陛下、最近出会った未成年のエルフは?」
彼女の顔が段々と歪む。この、巧妙に作られた網が見えてきたのだ。彼女は答えなかったが、この場全員のエルフが彼の意を理解したようだ。今度はグラナ・アキュベー中心にエルフが跪く。
「陛下」
満足そうに頷いた彼はすぐに命じる。
「誰か、すぐにこの人間を捕らえなさい。エルフの里を荒らした罪で里に帰れば尋問を行います」
たちまち、エルフの力強い手に捕らわれる。しかし、その間に青い顔をした彼女が立ちはだかる。
「止めなさい! シャインの名において命じる」
エルフ達は新しいエルフの王の前にためらった。しかし、側に立つグラナ・アキュベーはやんわりと諭すように言う。
「あなたは新しく生まれ変わって動揺しているのです。このものは人間です。我々の敵なのです。…誰か陛下を城に」
暴れようとする彼女をエルフ達は丁重に、しかし手加減せず外に連れ出した。後には数人のエルフとグラナ・アキュベーだけが残る。彼はテーブルの上に置かれた僕のノートを拾い上げた。
「…なんと堕落した歌でしょうか。これで陛下を惑わすなんて汚らわしい」
彼はそれをやや燻るだけの暖炉に放り投げた。
「止めて!」
僕のすべてが燃えていく…。思わず暖炉に駆け寄り、火の中に手を入れ、ノートを取り出す。炎の舌に舐められたノートを抱きしめた。
僕はすべてを拒絶して泣いた。すべてが広がっていくと信じていた夢が引き裂かれ、空から落ちた。
そんな僕を冷めた目で一瞥してグラナ・アキュベーは言う。
「…このものをつれて行き、牢に閉じこめなさい」
エルフ達に担がれ、手加減もなく、とげとげしい木の中を通り抜けた。
僕は大理石で出来たエルフの里の一番暗いところに閉じこめられた。じめじめして、寒い。そこにさまざまなエルフが訪れた。彼らはまず僕の丸い耳を見つけると怒りを露わにした。それから、思いつく限りの罵倒を上げ、時には殴られた。
つり上がった猫の目に睨まれ何度も詰問される。他に仲間は? どうやって陛下に近づいたのか? 冷たい水をかけられた。これ以上ないほど辛い目に遭わせてやると脅された。
人影に恐怖しか抱かなくなったとき、金髪のエルフから言い渡された。
「おまえは明日朝、未明処刑される」
僕は牢の角に隠れるように彼を見た。
「ただし、陛下からの強弁な主張があり、我らは仕方なく痛み無く刑を行うことに決定した」
彼は床に唾を吐くと牢から出ていった。
牢のわずかな隙間から月の光が射し込む。その明かりを頼りに、震える手で胸の中で守り抜いたノートを開く。
その時、鳥の影がかすめた。早くも死肉の香りをかぎ取った野鳥かと怯える。だが錠前に止まった烏は白い羽根を持っていた。そしてその黒い目には本能を超えた知性が宿っている。
「…ワイズダム?」
烏は低く鳴いた。すると、遠くから白い衣をまとった人影が現れた。思わず影の隠れようとした僕の前で人影はフードをとく。
「クリストファー」
そこにはシャインが立っていた。まるで妖精のごとく軽やかである。淡く化粧が施され、女の衣装を身につけている。彼女は碧の目を驚きに歪ませた。
「どうして…」
床に崩れ落ちようとする僕を鉄格子の向こうから慌てて支えた。
「シャイン」
震えながらも手を差し上げた僕を優しく包み込む。その温かさに安らぎを覚える。
「僕はこれから死ぬ…その前にあなたを見られて幸せだ」
彼女は僕の髪を掻き上げ、額を密着させ、自分の体温を分けようとする。それでも僕の身体はどんどん重くなっていく。
「クリストファー…」
白烏はとがめるようになく。早くしないと見つかってしまうと。しかし、彼女は祈るように黙っていた。そして、きりっと涙で濡れた顔を上げた。
「このことはすべて私の責任だ。私の我が儘のおかげであなたには迷惑をかけた。私がすべての咎めを受けるし、どんな仕打ちにも耐えよう。だから、クリストファー、あなたは何としてでも生き延びてくれ。…私のためにも」




