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逃亡者たち  作者: モーフィー
第一章 Dawn
23/84

22、熱

最初は微R15。ご注意ください

 僕たちが初めて出会った古びた塔を探しだし、そこに今日は泊まることにした。

 暗い中、持ってきた松明だけを光源に建物を照らす。それと同時に胸の内で初めて感じた甘いものが再び溢れる。


 締まりの悪いドアを閉めると、吹雪になりつつある雪が叩きつけられる。一つの松明に照らされて二人の影が揺れた。


 僕たちははしゃぎながら螺旋状の階段を上る。彼の後を歩くと甘い香りが胸に満ちた。小さな部屋は外と変わらず凍りつくような寒さだったが、風がない分ましであった。


「火が必要だな」


 幸運なことに近くには埃を被った泥炭がたくさんあった。ここには元々人も住んでいたらしい。たくさん積み上げられた本の合間には簡素なベッドと、温かな毛皮があった。最初はくすぶるように燃えていた泥炭も根気強く空気を送り込むと大きく火を上げて燃え始めた。僕たちは、ベッドと言っても藁を敷き詰めただけのようなものを出来るだけ暖炉に近づけ、濡れた服を干し、一緒に温かな毛皮の中に潜り込んだ。彼の滑らかで冷たい肌も少しずつ熱を帯び始めた。


 身の回りの諸用事を終えた僕たちは不思議な気詰まりに気がついた。互いの存在が強く意識され始める。心臓という巣で縮みこまっていた雛が起き出した。雛が僕の目を通して彼をしげしげと見ている。雛は生まれたときに感じたあの巨大な歓喜を覚えていた。そして、あの時のような強い感情を欲していた。


 と、隣で彼は泥炭を足そうと毛皮の中から起きあがった。薄い服の彼が起きあがったときに、陶酔を誘う蜜の匂いが立つ。


 彼が再び戻ってきたときには僕は自制がきかずに、彼の腕に触れた。はっとしたように彼はこちらを向くが、拒みはしなかった。溶けるような碧の瞳に熱がおびる。いつもは冷たい白い肌が今は熱を浴びた鋼のようだ。すんなりと伸びた肩を手に納める。


 彼の熱い指先が頬に触れたとき、濃密な感情が流れ出した。彼の首は滑らかでどんな陶器にだって負けない。どんな味がするのだろうか。僕は思わず、そのうなじに手を置き、彼の喉を舐めた。想像よりもそれは甘く、味蕾を痺れさせた。


 僕は本能のまま舌を這わせた。二人静かに毛皮の中に倒れ込み、ただ、この極上の食べ物を味わう。彼が息をのんだ形が分かる。そして、瞼はさっぱりとして、耳は不思議な味、そして頬はまろやか。けれど一番は…。彼の艶やかな瞳が僕を貫く。潤んだ赤い唇が甘い香りを放つ。彼の潤んだ瞳から一滴の涙がこぼれる。


 僕はハッと我に返った。


「ごめん…」

「違う…」


 彼の流した透明な涙の一粒、一粒を指で拭き取る。しばらくして涙を止めた彼は静かに呟いた。


「今はもう眠ろう。明日には出発だ」


 彼は僕に背を向けると、しばらくして寝息が聞こえてくるようになった。


 どうして、どうしてあんな事をしてしまったのだろうか。


 僕は暗くなった世界のなか、暖炉の炎のように静かに燃えさかる感情に一人泣きながら瞳を閉じた。




 翌朝、彼の蜜のような香りの中で目覚めると寒さが身に染みた。奥歯を噛みしめ、大きくのびをする。すると隣で既に起きていたらしい彼が微笑んだ。


「おはよう、クリストファー」

「おはよう」


 ちいさく、くしゃみしてから藁のベッドから起きあがる。昨日はあまり寝られなかったが、心は彼といることが出来る幸福感で一杯だった。


「ほら、パンとチーズだ。さっき温めたばかりだよ」

「あなたは?」

「食べ終わった」


 気のせいか彼は朝日に映えていつもより青白く見えた。ピンク唇には笑みを浮かべ、碧の目を細めている。彼は大きなマグカップに熱いハーブティーを並々注いでくれた。


「良い香りだね。なんてお茶?」

「ロボラスカ。私が調合したお茶だ。これだけは誰にも秘密でね」


 もうもうと立ちこめる湯気ごしに彼を見つめる。視線が合い、僕たちは永遠にも近い甘いひとときを味わう。しかし、彼の満ち足りた笑みが微かに歪んだ。それを僕が発見する前に黒い髪が顔を隠す。側にある手を取ると、まるで体温が無く石のように冷たい。


「どうしたの?」


 よくよく見てみると青白いとすまされることではないほど血の気のない顔である。彼は冴え冴えとした碧の目で僕を落ち着かせるよう言った。


「何でもない。…ただ少し腹が痛いだけだ」


 僕は驚いて立ち上がった。僕がのんびりしている間にも彼は苦しんでいたのだ。ここで何とか出来るのは僕だけなのだ。僕は右往左往しかけて彼に止められた。


「心配しないでくれ。人には原因はなくとも調子が悪いときがあるだろう。これがその時だよ。放っておいても治るものだ」

「そう…」


 僕は不甲斐なくて座り込む。彼はクスクスと笑う。


「それでも、心配してくれるのはうれしい」


 彼は僕が食べ終わると、さっと片づけた。


「出発する前に外を見てきたらどうだろうか? すごい雪だ。さきほど面白い野ウサギの親子を見つけたぞ」

「あなたは?」

「私は少しやることが残っている。出発するときになったら声をかけよう。私は大丈夫だよ」


 なおも心配そうに見る僕を察してか、やはりどこか具合の悪そうだが微笑んだ。僕は仕方なく氷のように滑りやすい階段を駆け下りた。



「わあ」


 目の前に広がっていたのは刈り取られた大地と鋭く差し込んだ朝日だった。生まれたばかりの太陽は膨大なエネルギーを燃やし世界を焼こうとしている。それはひどく恐ろしくも美しい光景であった。しかしそのアンバランスの均衡も成長していく中で、やがて倦怠とした冬の日差しへと変わる。ほんの数分の奇蹟を目に焼き付けていると、僕の頬には涙のような物が落ちていた。自然の荒々しさはいつでも僕を感動させる。涙を拭き取り僕は歩き出す。


 生きた植物はほとんどなく、僕は雪化粧をまとった樹に指を這わせ歩く。


「光の蔓は

 導いて 螺旋描いて

 あなたと出会った

 時を超えてつくられる

 結晶のように見えない絆は

 強く結んで輝く…」


 注意深く、辺りの樹に集中していると深い雪原の中、彼らは静かに呼吸しているのが分かる。誰もいない、僕だけの世界。白が僕を埋め尽くす。すべての感覚が目の前にある景色に同化していく。


「…これが、シャイン様を惑わせた者の詩ですか」


 突然世界に柔らかい声が響いた。


"Crystal vine" by Dream come true

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