20、二人の絆
誰かが僕の腕に触れているのを感じる。母さん。爽やかな香り。
「クリストファー…」
うっすらと瞼を上げると彼がいた。そうだここはエルフの里だった。彼の暗い瞳に光が差した。僕はゆっくりとベッドから起きあがった。
「僕は…」
「ワイズダムから聞いた。きっと、グァッサラの実に当たったんだ。人間の体質には合わないかもしれない」
彼は小さな声で良かったと何度も呟いた。僕は彼から目をそらした。彼と手は触れていても絆は蜘蛛の糸のように細い。
「ワイズダムはあなたがどこかからの帰りだったという。どこに行っていたかは知らないがあまり、出歩かないように」
彼の態度は先ほどこの家を出ていったときのままだ。しかし、その前ではまるで大人になったように恋人と語っていた。
彼の気持ちはどちらに? 僕はそのことを伝えようと彼を睨もうとしたが、眉間の緊張は解けていく。彼の冴え冴えとした瞳は子どものように心配した色をたたえているだけだ。彼の姿は繊細でそのような文句をぶつけると、儚く消えてしまいそうだ。また、彼の行動がどうであっても彼は人を引きつけ、放さない魅力があった。
心の葛藤の末、僕は呟いた。
「…僕が邪魔なら僕はここから出ていきます。所詮僕はエルフではないのだから」
「どういう意味だ?」
「あなたは死にそうな僕のうわごとを聞き入れてくれ、ここにつれてきてくれました。それについてはとても嬉しかったです。けれどもあなたの重荷となってまでここにいたくない。…僕が邪魔ですか?」
僕の口調はただならぬ物と知って、彼は顔を険しくした。
「何を言っているんだ、クリストファー。何があったのだ?」
「そのままの意味です」
僕の強い視線に彼は目をそらせて立ち上がった。
「あなたはまだ熱があるのだ。寝た方がいい」
「シャイン」
彼はゆっくり足を止めて振り向いた。碧の瞳には老人の厳しさがある。それに動じず、僕も見返す。
「正直に言って。僕はここから出ていった方がいい?」
彼は低く息を吐いて、言った。
「私も問おう。何があったのだ?」
「…自分の胸に聞いてみたら分かるのではないですか?」
「どういうことだ?」
彼の顔は氷のように強ばり、目だけが鋭く光っている。彼の睨みには迫力がある。相手は四百年も生きているエルフだ。しかし、僕にも言いたいことはある。
「…あなたは嘘つきだ」
その途端、彼の軽い体は俊敏に動き、ベッドに寝ている僕の上にのしかかった。冷たい手で僕の首を掴む。怒りに満ちた顔を近くに寄せ、鋭く尖った犬歯の間から獣のようなうなり声が聞こえる。
「私を愚弄するとは…何があったか、聞かせてもらおう。話すまで放さないからな」
僕は彼を見たまま、吐き出すように言った。
「あなたは嘘をついた。僕は見た」
「何を見たというのだ?」
「あなたと、グラナ・アキュベーという名のエルフだ」
彼は不思議そうな顔をした。
「僕は行ったんだ。スラナの大広間に…。そしたらあなた達がいた」
彼は困惑したような顔をしていたが言った。
「あなたは奴が私の伴侶だと思ったのか?」
彼の口調は予想外と言ったような雰囲気が含まれていた。僕はどうして良いか分からずに顔を背けた。僕の上で彼が笑ったように声を出した。
「…それは違うな。確かに奴はいい顔を持っているが、…権力が好きだ。正直、あの時はどうしたら早
く帰れるか考えていた。そうしたらあなたがちょうど倒れたとワイズダムが来たじゃないか。最初はあなたが起こしたボヤ騒ぎと思った」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
急速に身体が温かくなっていき、足が地に着いたようだ。そのくせ、心臓だけが軽くなったようにふわふわと頭上を漂っている。
「ワイズダムは慣れない運動のため翼が筋肉痛になったと休息中だ。…ちょうど良い運動だ。彼はこの頃、翼があるくせに人の肩を借りて移動する年寄りだから」
僕はちょっと笑ったら、彼もすぐ上で笑い返してくれた。
彼の細いからだが隣に倒れ込み、彼が持つ花の香りがたつ。繋いだ皮膚越しに伝わる彼の脈が僕の物と重なる。引き裂かれたことでいっそう太くなった彼との絆。胸の中の雛は彼と触れあうたびに幸せな感情を伝えてくる。僕の顔からほんの少ししか離れていない彼の顔がこちらを向く。
「…クリストファー、二人で旅をしないか?」
「え?」
僕は夢心地で彼を見た。
「ここは私にとって窮屈でしかならない。私が伴侶を見つけられなかったら、エレヴェンダーは私に相応しい人を見つけようと永遠に努力しようとするだろう。自分の人生が人によって決められるのはもうたくさんだ」
その時、僕は思った。僕がエルフで彼の伴侶だったら良かったのに。そうしたら同時に二人とも約束を破り、お互いに怒られ、変な歌や詩を発表しなければならないが、うれしくないはずがない。何のしがらみもなく過ごせる。彼もそう思ったように切なそうに遠くを見つめるような目つきで見ていたが、やがて瞼を閉じた。
僕は彼に答えるように彼の手を強く握りしめた。シャロンに言われたときに感じた違和感は全くなかった。
「僕はあなたについて行く」
「本当に?」
「うん」
彼は笑って、同意のサインのように僕の手を組んでニヤリと笑った。僕の胸の中の雛も鳴いて心から同意した。
「あなたが隣にいてくれればそれでいい。それでは誰にも気づかれないように準備しなくては」




